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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第三章 孤独の影光 廃島フォルディール編
45/63

第44頁 A Predatory Monster

「ひどいですよまったく。僕を何だと思ってるんですか」

 先程まであった工業団地は、もはやただの廃墟と化していた。元々廃墟だったため、そのような表現は正しくはないが、敢えて訂正するなら、生きていたものが活動を停止する、それも凄惨な姿で。

 服が半ば焼け焦げ、頬が赤く腫れているイノはプンスカと怒っていた。感情的にしてはかわいい怒り方だとシードは少し和んだが、リオラは眉を寄せ、言い返した。

「おまえさっき自分のこと砲弾だとか言ってたじゃねぇか」

 3人の傍には夜空に染まる中、眩しいほどの照明に照らされた全長40m以上の巨大兵器。重機と建設機が混ざった要塞のような古代兵器なにか。どの金属素材にも当てはまらない(部品には銅や水銀等が含まれていたが)その残骸は内部の熱機関、燃料、弾薬の誘爆等で廃材の山となったが、一番の損壊原因は、リオラの一撃がほとんどだ。

 その一撃をイノは顔面で受け、その上共に爆発に巻き込まれたはずなのに、こうしてぴんぴんしているのはやはりおかしい。

(やっぱりコイツも人間じゃねぇな……)

 そして同じく巻き込まれた搭乗者のメッサー・ハインケルの死体はどこにも見当たらなかったが、武器兵器がなければただの人間。わざわざ探してトドメを刺す必要もない。

「でしたらそれなりに丁寧に扱ってくださいよ。あんなの大砲で飛ばすというより核爆弾の爆風で砲弾飛ばしているようなもんですよ」

「その例え方が訳わかんねぇよ。とばせりゃなんだっていいじゃねぇか。逆に普通に生きている方にオレは納得いかねぇよ」

「あ、ひどい! やっぱり殺る気満々だったじゃないですか! 僕なにも食べてませんよ」

「なんだよそのオレが食い物の恨み強そうな言い草は」

「でも食い意地はありますよね」

「あって悪いかよ」

「いいと思います」

 これでは埒が明かない。リオラは黙り込み、話を変える。リオラは視線を移動させ、それを見たイノは横の鉄骨だけのビルが倒壊したような廃材の山の向こう側を見る。

「……んで、このマシンがぶっ壊れた爆発とかで山削れたな。内部の施設と繋がったぞ」

 爆発により削れ、山内の工場のような施設の一部が表に出たが、どう見ても正規ルートではないことは誰の目から見ても分かっていることだった。

「山登るよりはこの中入った方がスムーズっぽいな」

「よし、じゃあ行きますか!」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 イノが駆け付けたところで、シードは呼び止める。それに二人は反応し、振り返った。

「あ?」

「なんですか?」

 リオラのギロリとした眼光に畏怖を覚えるも、シードはばれない様につばを飲み込む。

「ここからは分担して行動した方がいいんじゃねぇか? 俺は同胞を助けに行かなきゃなんねぇし」

「でも任務が優先っていってましたよね」

「まぁそうだな。実質そうだし。でも、生きているんだったら……必ず助けてぇんだ。それに、島が制圧されていても、国に還れなきゃ無意味だ。バイロの連中がこの島のすべてをお持ち帰りする前に、食い止めればいいだけさ」

 腰に手を当てて、ニッと笑う。内心は、とても心配で不安になっている。

 無事でいてくれ。ただそう願うしかない。

「それもそうですね」

 イノも同じように笑顔を見せる。どう考えているかわからないが、大丈夫だという意味での笑みかもしれない。

「んで、二度と戦争に使われないように機能停止させるだけだ」

「思ったんだけどよ、この島ごとぶっ壊すっていう選択はないのか。まぁ地下の熱で薄々予想はついているが」

 リオラは腕を組み、分かり切った顔で質問する。シードは「ああ」と返事をし、

「確かにリオラの破壊力をみれば、この島がその腕っぷしで沈められるってのは十分にあり得ると改めて分かった。けど、この島は元々火山島。それもちょっと変わったタイプでな、まぁ島が破壊されるなんてことは4年前バイロ連邦が核実験でオーシャンス列島をぶっ壊したぐらいのもんだが」

 シードは転がっていた廃材に座り、水分を補給する。糖とミネラルが濃く混じった硬水は相変わらず口に合わない。だが鉱人族の身体には適している。

「フォルディールは所謂『栓』みたいなもん。その下には磁場を歪めるほどの電磁エネルギーや熱エネルギーが詰まっている。まぁマグマだな。栓が脆くなったり、壊されたりすると、下にある超高熱超高密度のマグマが噴き出すんだ。いろんな成分が含んだマグマだから、そのマグマでできたフォルディールは金属や鉱物で栄えて、太古にはこんなマシンみてぇな、見たことねぇ金属でできた兵器も作られた」

「てことは、この山とか地面とか壊れたら一気にマグマが噴火するんですか」

「そういうことだ。大都会の高層ビルよりも数倍高い火柱が見れるぜ」

 まぁ冗談は置いといて、と続け、

「その大噴火による被害は尋常じゃない。この白鯨の海域も火山ガスで大半は死骸の海になる。空もずっと真っ暗になって灰色の雪しか降らなくなる。その噴火による衝撃で隣接したプレートもズレを引き起こす。ま、大震災が起きる可能性大ってことだ」

「そんなにすごい噴火を起こすんですかこの島って」

「蓋してるにもかかわらず、島にすらたどり着けないほどの磁場の歪みと光の屈折。空間のゆがみに等しい現象を引き起こすほどのエネルギーが漏れているんだ。その根源はそれ以上のエネルギーを秘めているんだよ」

 だからこの島を破壊せず、フォルディールの文化遺産だけを再起不能にさせるんだ、とシードは強く言った。

「けど、その文化遺産は島と濃密に絡まり合っている。血管や神経シナプスみたいなもんだ。壊しちゃダメだ。停止させなきゃならねぇ」

 真剣な目だった。嘘をつく理由もないが、その目には根拠があり、本当だと強く物語っていた。

「戦争もあって災害もあって……なんか大変ですね」

 イノは肩を落とし、眠気が来たのか、めんどくさそうに目を擦る。今の話をあまり理解していないのだろう。

「今の話は全部、この山以外の大体を調べただけで組み立てたような仮説だ。ある程度の文献とバイロ連邦の行動も因子には入ってるけど」

「なんでもいいですよ。違っててもこの山に行くことには変わりないですし」

「言っておくが、既にこの島にデケェ戦艦が一隻停泊している。時間はねぇぞ」

 何を根拠に、とシードは思ったが、化物級の超人リオラのことだ。凄まじい千里眼とか地獄耳とかあってもおかしくはないと考えたのだろう。ツッコむことなく、話を進めた。

「お迎えの輸送船だな多分……やっぱり応援要請は来るか。とりあえず、バイロの目的を阻止して、島の活動を止めねぇと」

「じゃ、オレは自分テメェの好きなようにするぜ」

 リオラは先へと歩を進める。シードは「え」と立ち上がった。

「同行しねぇのか?」

「あそこの工場の中に腹を満たすものがなかったらの話だ。オレの目的も、ある程度の準備が要るしな」

 踵を返し、リオラはそう言い返す。現時点では同行するようだ。

「そうか……じゃあイノは――」

 そこにいたはずのイノがいつの間にかいなくなっている。数秒前までその姿はあったはずなのに、何の音沙汰もなく忽然と消えている。

「マジかよ、またいなくなってる」

「まったく、あいつはオレ以上に身勝手な野郎だぜ」

 もう慣れたような様子でリオラは呆れていた。

(一応自覚はしてるんだ……)

 決して、口にはできないことをシードは考えていた。

 せめて心を読み取る能力がないことだけを祈るばかりだった。


     *


 薄暗い独房が並ぶ、まるで数部屋ある金庫の中のようだ。壁も床も天井も、自身が繋ぎとめられている鎖も枷もすべてが鋼鉄製だった。

 そこに漂うのは白い蒸気。重水素や有毒ガスが含まれているため、長居すれば身体が蝕まれ、終いには死に至る。わざわざすぐに処刑しなくとも、勝手に死んでいくだけ。苦しませながら殺すという考えはバイロ連邦軍には十分似合っているとドレックは心底嗤った。

「おい隊長、これからどうするんだ? このままみんなで心中するか?」

 ドレックは半ば笑いながら選抜隊隊長オービスに言葉を投げかける。

 鎖で鋼鉄の壁に縛り付けられている為、視界に映るのは挟まれるように隔たれた鋼鉄壁と正面の鉄骨檻、その向かい側も鋼鉄壁。仲間の姿は見えないが、声の聞こえる方は両隣。この部屋にいることは承知していた。

「テメェと一緒に死ぬのは御免だ」

 左側から聞こえるオービスの声に、奥の方からラックスの豪快なゲラゲラ声が聞こえてくる。

「ハッハハハ! 隊長も言いますねぇ! みんな毒にやられて毒しか吐けなくなってやがらぁ!」

「ふざけんのも大概にしな、ラックス。そのガスマスクのキャニスターだけぶち壊すぞ」

 そう言葉を吐いたダリヤは咳き込む。

「ハハハ! ダリヤはいつでも毒吐きのままだな。今の咳き込みもきっと毒が含まれてるぜマジな方で。だが残念だ、捕まった時すでにキャニスターだけぶち壊れて、俺もテメェらと一緒にこの息苦しい蒸気を吸ってるぜ」

「ちょ、ちょっとみなさん、真面目にここから出る方法を考えましょうよ」

 ホビーはなんとかここから脱出する方法を考えている。

 しかしドレックは半ばあきらめたかのような声で話す。

「真面目にっつったってなぁホビー、俺らは全員非力な人間だし、武器も奪われちまった。リトーはあの金髪女になにかやられてずっと動かねぇままだし、まぁあいつの言うことが正しかったらまた起動するらしいが、自動で復帰することはないだろうよ。シードも生きているかわかんねぇ。精々希望があるとすれば……」

「あの竜人族……」

 オービスが口にするその言葉は、全員の脳裏に焼き付いた威圧ある男の姿を思い出させた。

「確かにあの男なら、こんな鋼鉄の壁ぐらいどうってことなさそう」

「ダリヤはそう思うか。でもよ、あいつ結構な身勝手野郎じゃねぇか。気まぐれで俺たちを助けるとは到底思えねぇが」

 そう否定するラックスの隣にいるホビーは歯を噛み締める。

「でも、今はそれに賭けるしかないですよね」

「まぁ、賭けるだけなら、な」

「じゃあドレック、俺は助けが来ないに一票。当たった方が外れた方に打ち上げの会費奢るってことで」

 ラックスは声を上げて、部屋に響くように言った。オービスも鼻で笑い、ダリヤは溜息をつく。

「なんでだよ普通逆だろ」

「たまにはいいじゃねーか。男気ジャンケンだって勝ったもん敗けだろ。運が当たった上に奢ってもらえるのは不平等ってもんだ」

「へっ、都合のいい野郎だ。じゃあ俺は来るに一票。その賭け、あとで無しとか言うんじゃねぇぞ?」

「あったりまえだ。やっぱり反対な、とかも無しだぜ」

「まったく、あんたたちは相変わらず下らないよ」

「ま、何もできねぇなら、気を抜くのがいちばんってもんだ。いつ死ぬかわからねぇし、今の内に話してぇこととか愚痴とかジャンジャン言った方が気持ちよく死ねるだろ」

 ラックスは調子のいいことを言う。その言葉にみんなは軽く笑う。

 看守や見張りがいない。その違和感は楽しげな会話と共に薄らいでいった。


     *


 同施設の体育館ほどあるスペース。そこはフェルディナント専用の開発室。天井の瞬く照明で幾つかの開発物が反射し、博物館の展示物のようにその作品たちは見栄え良くなる。まだ制作途中のものもあるようだ。

 どのような作品ものなのかは、同行してきたリピッシュやユンカースでさえもわからない。未知の領域だった。

「――ということは、あのいちばん巨大な『キャプチャー』がハインケルへのプレゼントだったわけですかい」

 ユンカースは半ば驚いたように、気怠そうな口調で話す。先頭を歩くフェルディナントは鼻で笑う。

「そういうことだ。おまえたちも、それに似たプレゼンを与える。各々のスタイルに合わせた武装兵器だと考えてくれればいい」

「そういう意味だったのか」とプロテクトフェイスのリピッシュは納得した。

 カツカツとブーツを踏み鳴らす。随分と奥へと進む。

「これだ」

 傍に合ったスイッチで、照明をここに集中させる。4mほどの円柱カプセルの中に入っている何か。その隣には無数の電線に繋ぎとめられている機械基盤と回路基板が混じった直径5mほどの球体。それぞれが、ふたりの軍人のものであることは本人たちも察していた。

「……これ、ですか……」

 それがどのような役割を果たすのかは知る由もない。しかし、普通の製造企業なら数年はかかりそうなものであることは、そのプレゼントからにじみ出るオーラから感じ取れた。

 まるで、生きているようにも感じる。ふたりは息を呑んだ。

「予め設計を立てて、あとは組み立てるだけだったから、十分に間に合ったよ」

「そ、そういう問題じゃない気が……」

 フェルディナントはカツン、と大柄なふたりの軍人を見上げ、その眼光で話す。

「これからふたりにはこれを装備してもらう。詳細は後に説明する。ユンカース、おまえは残りの古代兵器をすべて捕獲、資源回収に徹底しろ」

了解ハッ

「リピッシュ、おまえは侵入者の抹殺だ。ハインケルとティーガーに任せてはいるが、万が一もある。それに先程の揺れと音も気になる。小隊を結成させ、本格的に叩き潰せ。簡単なことだろう?」

了解イェッサー!」

「運搬や島の管理等については、先程の要請で来たファーガスに任せてある」

 フェルディナントは腕時計をみる。深夜の1時6分。「よし」と呟いた。

「3時までに、すべてを鎮圧させろ。いいな」


     *


 気まずい。というか怖い。

 山内の施設、いわば地下の施設に入ってから、シードはずっとそのことで頭がショート寸前を引き起こしていた。通路にぼんやり映る赤いランプが自分に警報信号を伝えているようにも見える。

 真横には触れただけでも手が弾け飛びそうなほどの威圧を纏う赤い竜人。決して敵に回したくない人間がこの世にいるとは考えもしなかった。

 カツカツと足音が不気味に響く。ただ鉄の通路を進むだけ。廊下だろうと、階段だろうと、鉄橋だろうと、ただ歩くだけで、目に映った工場内部はそこまでシードの記憶に入っていなかった。ただ、兵士の一人も見当たらないのは気づいていた。

「ヘタに緊張すんじゃねぇ」

 突然の声に肩をびくりと震わした。

「あ、す、すいません」

(てか緊張してたのバレてたのかよ)

「音が聞こえる。あと匂いも近づいてきた」

 リオラは先の方へと目を向ける。なにもいないが、まるでそこにいるかのように見ているようだ。

 しかし匂いどころか、音すら何も感じない。

「テメェはイノと違ってしっかりしているが、固定概念が多い。バイロ連邦についてはテメェの方が詳しいが、あいつらはこの世界に留まらないものを所持しているってのは知ってるか」

「この世界に留まらないもの……」

 シードは考える。他の世界の事だろうかと頭を過る。

「とりあえず、だ。オレはテメェらじゃどうしようのねぇものを喰い止めなきゃなんねぇ。そんときは、テメェだけでなんとかしろ。イノはあてにするな。まずいないものだと思え」

 何かアドバイスを貰ったような。そう感じたシードはガシッとリオラに掴まれる。一瞬死を悟ったが、腕に抱え込まれ、ぽつりと聞こえた言葉で、殺すわけではないと理解した。しかしそれ以上に理解できない言葉が脳内で反響する。

「近道するぞ」

 足をバネのように踏み込み、一瞬で目の前に天井が迫ったとき、シードの意識は吹き飛んでいた。


 自身がロケットの如き推進力と速度、そして堅硬さと化し、幾層もの階層を突き破る。

 この施設には緊急警報はないが、監視システムは秀でている。侵入した時点で見つかってはいるが、ここまで大胆だと手におえないだろう。

 紙のように鉄製の天井、床が千切れ飛び、偶然目撃した兵士は何事かと戸惑うが、後に来る無線の連絡ですぐに把握する。

 侵入者が本拠地に入り込んだのだと。それじゃあさっきの大震撼も、まさかメッサーだけが操作できた最大の要塞型古代兵器がその侵入者に破壊されたのかと。

 スタン、とどこかの階層で軽やかに着地したリオラは失神したシードを床に落とす。

「この辺りだな」

 おそらくは頂上付近。リオラは辺りを見回すが、人影は見当たらない。しかし近くにいる。

 天井も壁も人が通るための内部というよりは、もともと存在した『回路』に人が通りやすくしたような『道』ができている。そのような場所にリオラは思えた。

「おい、起きろ」

 ズドン、とシードの頭部真横に蹴りを入れる。本能的危険察知なのか、意識を取り戻したシードはガバッと起き上る。リオラの蹴った脚は鉄床を貫通していた。それを間近で見たシードはぞわりと鳥肌を立たせた。

「ここって……」

「さっきいた場所から真上に跳んだ先だ。600は跳んだんじゃねぇか?」

「600ゥ!?」

 高層ビルを優に飛び越えられる高さだ。シードは起き上がり、探査機を使う。

「……そうだった、こんなに電磁場が歪んでるんじゃ使えないんだっけ」

「頼れるのは機械でもないその数ある鉄砲だけだな。大事に使えよ」

「ああ、わかった」彼らしく、そう力強く答えたつもりだが、半ば声が震えている。

「どこの通路かもわかんねぇ。が、おまえの仲間の匂いはわかる。このエリアのどこかだ。すぐ近くじゃねぇが、そう遠くはねぇとこに捕まっているはずだ」

 その朗報を聞き、しかし思わず聞き返してしまう。

「だから、生きてるぜ。5人全員」

 よかった。シードは安堵の溜息を小さくついたが、その言葉に引っ掛かりを感じる。

「5人……?」

「ああ、5人だ。なんだ、誰か足りねぇのか」

 その一言で、シードはある確認を取る。五感が鋭ければ生体反応さえも感知できると知ったが故、あることを質問する。

「その5人の周りになにかないか?」

「そうだな……やけに普通の武装兵より鉄と火薬クセェ兵器がすぐ傍に居るが、動いている様子はねぇな」

 それが自分が製作した半人半兵器のリトーだと把握できたのに時間はかからなかった。

(動かない……まさか破壊されたわけじゃ、いや強制停止か? どっちにしても俺が行かなきゃどうにもなんねぇ)

「――いたぞ!」

 後ろから数人の兵士の声が聞こえてくる。駆けつける音が近づき、装填音もはっきりと聞こえた。

「喰えもしない餌には構うんじゃねぇ。ったく、食糧庫はこの辺りだと思ったんだがなぁ」

(あの完全武装兵+最新武器の屈強な軍人を雑魚扱いか……)

 なんともいえない感情が滲み出てきていたが、確かにあの拳の前では軍事兵器でさえも赤子の如く無力だろう。意識していない安心感という余裕が心の底から溢れてきていた。

 それと同時に一つ疑問に感じたことがあった。

「っていうかここって神経パイプ回路じゃん。銃とかぶっ放したらまずいんじゃねぇのかよ」

 それの回答については「知らん」の一言。五感の鋭いリオラでも流石に選抜隊が調べたことを知っているわけではない。

 しかし、選抜隊にんげん以上の能力を持っていることは確実だった。

「が、その常識は捨てておけ」

 と言ったとき、連続した爆発音がどこかの奥からこちらへと近づいてくる。シードも感じた電磁波の乱れ。

 横からだ。

 数ミリの鉄板壁だが、それを襖のように打ち破るのはそうかんたんなものではない。打ち破ってきたのは、やはり爆発。

 爆発はリオラにぶつかる。すると、誘爆するように連続して爆発していた現象はピタリと止む。そしてリオラにしか聞こえなかった超音波音に似た機械音。

 鉄球が戦車の装甲にぶつかるような音。爆炎から突出してきたのは3mの巨体を持つロボット兵器――に近い人間兵器のTティーガーだった。

 その男のタックルをリオラは受け止めるが、出力パワーは凄まじいのか、壁を破り数メートル後方へと下がってしまう。リオラの足元は引きずった跡で抉れている。その深さからどれほどの力で受け止め、どれだけの摩擦力が生じていたのかがシードの目で把握できた。

「っ! おい!」

 大丈夫か、という意を込めたが、それは失礼なひと言だったと後に悔いる。

 それはカウンターか。突進を受け止めたリオラは押し返し、その巨体に一蹴する。ティーガーの戦車のようなボディは巨大な弾丸として山内施設に風穴をあける。その場は狭苦しい廊下のような通路から凸凹の激しい洞窟の内部のようにへと化してしまった。

『ReEMoVAL……rEmoVALLL……REmoVaL』

 奥から煙と蒸気と電子音に交じり、ただ『排除する』の言葉だけがリピートされる。

「クソ、タイガー野郎が……生きてやがったか」

 舌打ちしたシードだが、リオラ鼻で笑った。

「見た目に反していいカラダ持ってるぜあいつ。旨くはねぇだろうがな」

 その声は獣の唸るような声にも似ていた。餌が欲しくてたまらない、本能の具現化は形として現れる。

 身が潰れそうなほどの威圧力。それは嫌でもシードにこれから自分が何をするのかを理解させる。

 捕食。あの無機質と有機質が混ざった餌を喰らう。

 全身の筋肉膨張。踏み出したリオラは、十数ⅿ以上先の立ち上がろうとしたティーガーに、鋭利なゆびで再び壁に押し付ける。一歩の踏み込みは地の破片を舞い上がらせた。

 見開いた目。

 剥いた牙。

 白く荒い呼吸。

 重厚な装甲は発泡スチロールのようにその指で剥ぎ取られ、肉ごと毟り取られる。血管と電線が混じった筋肉繊維。弾ける鮮血オイルと放電。散る部品ボルト機関ないぞう。砕けるかわと骨。

 それでも抵抗し、自身より頭身の低いリオラの身体を大きな手で握る。だが、それは簡単に振り払われ――捥ぎ取られ、骨と肉が千切れる音が嫌に響く。

 喰わせろ。

 嘱わせろ。

 蝕わせろ。

 朒蝕にくはみの慾望は餌がこれ以上抵抗できぬように四肢を潰し、血肉を啜り、貪り尽くす。

 その優れた五感で何を得るか。舌根で感じるものは。胃に満たされるものは。

 心臓を喰らい、脳髄を喰らう。零れるあぶらみそしる。虎が人を喰らう以上に凄惨な光景だった。矛盾なことにシードは目を離せず、しかし目を背けずにはいられなかった。

 これまでにシードは弱肉強食の大自然や死屍累々の戦争を体感したことはあったが、これほどまでの残虐さがあふれ出た虐殺ほしょくは見たことがない。全身が震えあがっていた。下半身の力が抜けそうにもなる。危うく漏れるところだったが、神経を掻き乱され、精神が安定していなかったのは確かだった。

 考えたことは逃げることではない。死を悟ったことだった。

 少なくともこの凄惨な状況を10分も見ているとは思っていたシードだが、実際は1分も経っていなかった。

 餌から聞こえてくるのはエラー音。

 出力低下音。

 甲高い重低音。

 それは悲鳴にも聞こえる。人間の悲鳴でないだけでもありがたいことだった。しかし聞いていても不快になるだけだった。

 ぴたりとリオラの動きが止まる。そこにあったのはただの肉片と機械部品。辛うじてあのデスマスクがひしゃげて転がっているのがやけに目についた。先程までの殺気しょくよくも感じない。

「シード」

 突如呼ばれ、びくりと身体を震わすシード。

「な、なんだ?」

 リオラは振り返らないまま、ゆっくりと立ち上がり、血の付いた口をにちゃりと開く。

「喰うもん喰ったし、オレはやることやる」

「や……やることって……?」

 先程聞いた言葉。自分たちには止められない、この世界に留まらないものを喰いとめにいくと。

「決着だ」

 その言葉を発した瞬間、ボッ、と発火するようにリオラの姿が蒸発する。否、驚異的な瞬発力で移動したのだ。

 その場にぽつんと残ったシードは唖然とするしかなかった。いたはずの兵の気配すら感じない。しかし今の光景を見てしまえば立ち竦む前に逃げたということもあるだろう。

「……あんな、見せつけて喰ってはどっかに行くって、身勝手にもほどがあんだろ」

「わけわかんねぇ」と呟いて、シードは安堵の息を吐く。攣る程張っていた緊張は一気にほどけた。

 静寂になって初めて気づく。

(声……)

 誰かいる。いや、これは聞いたことがあった。知っている声。

 ということは、と思い、シードはティーガーが吹っ飛び、抉れたことでできたトンネル通路を通る。その通路の途中に檻のようなものを見つける。

「――シード!?」

 抉れた鋼鉄の壁の先。閉じ込めらた同胞。しかし全員生存していたことにシードは心の底から安堵した溜息を吐いた。

「っ、副隊長! よかった、みんな生きてた……!」

「今の騒動はなんだよ一体。獣みてぇな鳴き声も聞こえたけど、ここで何が起きたんだ?」

 そう訊かれたが、あまり答える気にもなれない。あの光景を二度も思い出したくなかった。

 少し躊躇い、シードは「ま、まぁ無事に巻き込まれてなくてよかったよと」と笑った。

「バカ野郎、俺たちがそう簡単に死ぬタマかと思ったか」

 と、キャニスターが壊されているガスマスク顔のラックスは大笑いする。

「簡単に捕まるタマだったけどね」

 ぽつりとダリヤは呟く。呆れたように溜息をついていたが、半ばそれは苦笑にも見える。

「よし、ダリヤの毒舌も平常運転で安心した」

「おいどういう意味だいそれは」

「シードも無事でよかったよ」

 ホビーもほっとした顔でシードを見る。シードはニッと笑って、「あったりまえだろうが」と鼻を高くした。

「オービス隊長、無事で何よりっす」

「ああ、お前もよく来てくれた。が、あのとき言ったはずだ」

「任務を優先っすよね。大丈夫っすよ。俺は任務を優先して、その途中で偶然掴まっている仲間を見つけただけですから。しかも今は敵もいませんし、助ける以外何があるんすか」

「まぁなんでもいいから早くここから出してくれ。腕吊るされてもう痺れているどころじゃねぇんだ」

 ラックスはそう言うが、シードはニヤリとし、

「いやー嬉しいもんすね。俺がみんなにこうやって頼まれるのは気持ちがいいもんですわ」

「……シード、あまり調子に乗ったことは言うなよ」

 だが、お調子者のシードは鼻高々に、口角を上げ、

「まぁせっかくこういうシチュエーションになってるわけだし、ここは『お願いしますシード様』って言ってくれれば――」

 全員の目が変わった。視線もシードを見ていない。そして突然の気配もシード本人は察知していた。

 その存在感は圧倒的。あの竜人族ほどでなくても、十分すぎる威圧。先程まで同じ威圧感を体感している以上、後ろにいるのは一度は会った存在。

 そして、その姿を見て、シードはある資料を思い出していた。

 バイロ連邦が計画している「アンデッド」。それを軍事利用したという近年のニュース。人体の不死化の研究。

 それらの結晶が目の前に立ちはだかっている。

「嘘だろ……さっき喰われたんじゃ……」

 アンデッド計画の被験サンプル。

 Tティーガーは駆動する機械音に混じり、剥き出た黒歯を見せ、一言だけ合成音声を発する。

『……ERASURE』

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