第43頁 ELIMINATE
建造物の壁が二階の壁ごと捲れ、打ち破られたドアのように地面に叩き付けられる。明らか内側からの力作用だ。千切れ、地面に倒れた壁は難なく粉砕する。
機械音、甲高い電子音がエンジン音のようにその身体から唸り声を上げる。
腕も脚も胴も分厚く、太く、頑強な黒い鋼鉄装甲で覆われている。傍から見れば、それは人間の形をしたロボットそのもの。隙間なく鋼鉄で埋め尽くされており、その下には無数の電線や人工繊維、電子回路で埋め尽くされていることだろう。極太の鋼鉄の剛腕よりも小さく見えるヘッドは黒のヘルメットと軍人男性の顔が模られているデスマスクで素顔が見えない。
非常に分厚い胸の鋼板の中央にはバイロ連邦国のステンシル。
金属色だが、薄汚れている他の重装兵とは異なり、その機械人は全身真っ黒の金属光沢を放っている。最新式だと誰もが思うだろう。または丁寧に作られた物か。
その背には戦闘ヘリに装着するようなガドリングが2機接続されていた。銃口の大きさからカノン砲にも見えるが、その銃口数は7連。ガドリングの大きさの桁が通常の軍とは一味違っていた。
駆動音を唸らせ、感情の無いフェイスをイノたちに向ける。
『――Confirm the existence of……ELIMINATE!』
連邦軍特殊処理隊隊長「T・フィーヴァー」。3度に渡る人体改造手術により、巨人族の血との結合を図る品種改良兼人体実験、半人半兵器化、そして禁忌と実現不可能として知られる不死化の三重奏を実現させた異例の被験者。全身鋼鉄装甲の身に覆われた重装兵と大差はないが、その巨体は全長3mを上回る。
『――SCRAP! SCRAP!』
ゴォン! ゴォン! と鋼鉄の拳をぶつけ合い、火花を散らし、打ち鳴らしている。その哮る声は人間らしくない、無機質の音声。重低音の声が重複しており、何かと聞き取りづらい。
「……どっちかっつーと、テメェの方がスクラップされそうな身体してるけどな」
リオラはポケットに手を入れたまま、その際ちらりと見たときのイノの表情はまるであてにならないと判断していた。ロボット好きなのか、目が好奇心の光沢で闘争心ゼロを示していた。
しかし、すぐに攻撃してくる様子が見られなかった。というよりは、今さっき臨戦状態を解除したような動き。無線で連絡を取り合っているのか。
途端、3人に9発の巨大な徹甲弾が降り注ぐ。90㎝砲弾は巨漢ともいえるリオラでさえ二人分は入る程の大きさ。
しかし、爆発はその場で起きることはなかった。ガゥン! と巨大徹甲弾4発を凹ますどころか風穴を空ける程の強撃で殴り飛ばしたリオラの軽快な表情はシャドーボクシングをしているボクサーにも見えた。
イノも同様、徹甲弾3発を着弾させることなく、カクンと軌道を変更たが、その回し受けにも似た手捌きは肉眼ではとらえきれなかった。
火力は十分。撃てる余裕はある。しかし有限の弾薬は使用せず、自身の体力と気力を原動力に両手から強力な電磁力をシードは発生させる。軌道をぶれさせ、速度はある程度落とせた。起爆作用も起こすことなく、巨大な弾丸はガランゴロンとシードの後へと墜落しては転がった。
「流石だねぇ御三方。いいものを見たよ」
三人は声の方へと見る。スピーカー越しの人の声。雑音が砂嵐のように混じってはいたが、何を言っているのかは十分に聞き取れた。
シードとイノは一度対面したことがある人物。曹長メッサー・ハインケルだった。
しかし、そこにいるのは生身の人間ではない。
巨大重機・巨大建設機が融合し、入り混じったかのような40m級の要塞にしか見えない4の脚腕を持つ巨大機械。鉄やチタンとは違った、石質金属でできた骨格的構造が異なるボディは、この島の先人たちが作り上げた古代兵器であることを物語らせる。
その中央にあるボックス型の頭部には強化ガラスらしきものが張られており、中にメッサーが乗っていた。
何年前かもわからない、得体のしれない技術で造られた太古の機械であり、その上廃れている。そんな未知数で不具合もあるはずのマシンを巧みに操作できているのは連邦軍の技術なのか、それともメッサーの器用さなのか。
「うっわーなんですかこれ! めっちゃデカいじゃないですか!」
「なんだこいつ、馬鹿にでもしてんのか」
声の質から、リオラはそう聞き取れたのだろう。しかし曹長は眉と口角を吊り上げた。
「とんでもない、寧ろ感動で心底震えているよ。生身の人間が戦艦をも貫通させる弾丸をものともしないという現実を前にね」
巨大な機械は高出力で甲高い電子音とエンジン音を猛る。機械特有の無機質な音は広範な工業団地に響き渡る。
次の一手が繰り出される前にシードは節約した弾丸を自作の機関銃で使用する。弾は小さかれど、威力は他国の軍が使う迫撃砲より高い。
全弾被弾、爆発の衝撃波がイノたちにも肌を通して感じた。少しばかり肌がビリビリする感じは、まるで金属棒をコンクリートの壁にぶつけたときの振動。爆撃の威力も十分以上と言える。
「……だろうと思ったぜ」
爆発の時点でシードは分かり切っていた。着弾する手前、砲弾は見えない壁にぶつかったように空中で爆発したのを確認した。このタイプも眼では見えない滞空シールドが搭載されている。
「これでどう抵抗しても無駄だと理解できたか低脳共。このシールドは永続的に全方位展開を可能とする。Tも同様だ。触れようとすりゃその手が焦げてなくなるぜ?」
顔を歪め、メッサーは笑う。どちらもそれ相応の武器数を所持している。逃げても無意味であることをシードは悟った。
「どいてろ、スクラップにしてやる」
聞き捨てならない一言にシードは反応した。
「……は? ちょっとおまえさっきあいつの言ってたこと――」
そう言ったときには、既に足を一歩踏み込み、30m上のメッサーのいるコックピット前まで跳び、一撃を与える。肉眼では見えないはずのシールドだが、リオラの眼には見えているようで、その拳は確実にシールドを狙い打ちしていた。
だが、その拳が焦げる様子はない。しかし焦げる音は十分に聞こえ、熱や痺れが鱗や皮膚を通じて感じ取れた。
一瞬だけ大気が陽炎のように歪み、カノン砲でもびくともしないどころか、その砲弾を焼失させるほどの電磁的滞空シールドが歪み凹む。しかしそれが破れることはなかった。
だが、衝撃波はある程度伝わったようで、強化ガラスが罅割れ、バリンと砕け落ちる。機体も数カ所の罅が入った。
試験でも前例なかった事態にメッサーは冷や汗を流していたが、結果的に無事であることを悟り、汗を流しながら「いっひひ」とニタリ嗤う。
「うっわ、リオラのパンチでも通らないって、シールドすごいですね」
イノの一言にメッサーは狂ったように嘲り笑う。
「でゃっははは! あったりまえじゃろうがい! 太古の最高級ナメんじゃねぇぞオラァ!」
「にしても口悪いですね」
荒々しくなったメッサーの口調に対し口出しするイノだったが、その呟きはリオラ除き誰も聞こえていなかった。
着地したリオラの拳は焦げた煙が上がるだけで、どこにも損傷はなかった。
「おまえマジでバケモンだな……」と呟いたシード。
「オレが眠っている間に、随分と技術が進んでいるようだな」
ここがどこの世界かもまったく見当がつかねぇけどな、とリオラはすっかり臨戦態勢に入っている。今すぐにでもあのシールドを打ち破りたいようだ。
戦闘時の殺伐とした、しかし力を持つ強者同士に起こる、殺り合えるという楽しげな雰囲気。しかしその空気を一人の旅人は打ち壊した。
「あ、そうだ、折角3人いることですし、なんかコンビネーション技やってみたいですね」
壊れた空気はすぐにシードの一言で修復される。そして空気は流れとなった。
「打ち合わせも戦略もなしなのにか」
「はい! 協力プレイって憧れだったんですよ。やりましょやりましょ!」
「T! あのネズミ共を排除しろ」
待ちきれなくなったメッサーの指令でティーガーは背に担いだ2機のガドリング型の巨砲を片手ずつ持ち構え、鉄を纏った炎を音速且つ大量に撃ち続ける。戦車どころか、戦艦でも要塞でも風穴を空けるという威力は、連邦軍ならではの技術であろう。
「おわっつつ!」
金属物を反射できるとはいえ、その弾丸は音速。体力的に疲れていたのならなおのこと。しかし防弾壁らしきものはない。だがそれよりも頑丈そうなものがあった。
「オイてめっ、勝手に盾にす――」
シードはリオラの背後に隠れ、それに気を取られてしまったリオラはほぼ全弾をまともに浴びてしまう。前面爆炎に塗れるが、生身であるリオラは怯み、一歩後ずさりする程度。決して倒れることはなかった。
弾丸の横殴りが収まったかと思いきや、上からメッサーの乗るマシンから脚腕がプレスしてくる。「マジか」と呟いたシードだが、そう言ったと同時、背を少し反って体勢を保っているリオラは右腕を上げた。
ドガッ、と数十トンを超える衝撃と重量。無造作な機械の破壊作業。それを片腕一本だけでぴたりと止めた。両足が地面にめり込んでいる。
黒煙上がるリオラの前面。風で露わになった表情はリラックスしているものだった。煙草の煙を吐くように、煙を口から吐き出す。
「……次ィ許可なくオレを盾代わりにしたら、その知能に秀でた頭を握り潰す」
ゾッとした声にシードは返事すらできなかった。背中に感じる鬼気だけで殺されそうだ。先程の弾丸の雨を浴びた方が良かったかもしれないと後悔した自分を覚えた。
「ハッハハ! やるじゃねぇか! イイねイイねイイねェ! そうでなくちゃあなァ!」
その巨大なプレス脚も表面にシールドが張られている。リオラは右腕に乗っかった機械の巨腕を振り払い、同時に八方に来たホーミングミサイルを蹴り潰し、殴り壊した。シードは為す術なく、情けなくもその場でしゃがみこむことしかできなかった。
「表面のやつが厄介だな」
リオラは舌打ちをし、メッサーを睨む。
そのとき、砲弾のような速さでティーガーが跳んでくる。鈍重な見た目であるが、その脚力と俊敏性は凄まじいものだった。
『SCRAPゥ!』
その剛腕を叩き付ける。しかし躱されてしまい、それどころか、その隙を狙っていたのかイノに背後から斬られるかのように鉄骨で背中を叩きつけられ、工場の壁へと激突し、奥へと吹き飛んでいった。
「ふぅ……思ってたより重いですね」
ゴトンと一本の鉄骨を地面に置き、イノは「さて」と話を続ける形でリオラとシードを見る。
「それでですね、僕が弾丸で、リオラが大砲、シードは電磁パルスの役をやってもらおうと思ってるんですよね」
そういえば先程の弾丸はすべて避けたのか。シードは唖然としていたが、イノの話したことも含めて、そのような表情をしていたかもしれない。
「……って、結果的にどんなことするんだよ! それにあの馬鹿デケェマシンにはシールドが張ってあんだぞ! コイツの怪物パンチでさえ通らなかったんだ! どうやって突破するんだよ」
シードの説得に応えず、リオラに声をかける。
「リオラ、あそこまで僕を投げ飛ばしてください!」
「メッサーのところにか? シールドはどうす――」
「とにかくお願いします!」
イノの無事に関心はなかったため、リオラは勝手にしろと言わんばかりに「わかったよ」とぶっきらぼうに言った。
「くたばっちまえネズミ畜生が!」
発狂寸前のメッサーは、あらゆるヵ所から3mの誘導爆弾を発射させる。それらはイノたちの居場所を穴ぼこだらけへと変えた。
吹き飛んだかのように避けたイノは壁に着地した途端、蹴り、地面に足をつけ、リオラのところへ駆ける。微動だにしなかったリオラはそれを見つめる。
爆撃に耐性の無いシードは攻撃が来る前にリオラに投げ飛ばされ、脆い壁に半ば埋まっていた。岩石並の体強度とはいえ、生身である以上、異人種のシードにとっては半殺しに等しい。以前女子の前でかっこつけようとバク宙をしたが背中から落下した経験を思い出していた。それの5倍の衝撃が背中にジンジンと痛んでくる。
「いきまーす!」
かなりの速度。一秒にも満たずに8m先のリオラの元へと走った。
「よし来たな」とリオラは握った拳と腕に血管を浮かべた。筋肉も盛り上がり、目にまで血管が充血してきている。このとき、敵味方問わず、誰もが投げる気は皆無だと察した。
寧ろ殺す気だと。
「え、なんかそれ違――」
メキョ、と顔面を殴られる。一瞬だけ歪んだ顔面。常人ならば骨格の粉砕はおろか、頭部が身体とおさらばしている。
ドパァン! とイノの身体ははじけ飛ぶようにメッサーのいる方角へと殴り飛ばされていった。まさに大砲の砲弾の如く。一直線且つ、それ相当の速度を発揮していた。
「兵器の弾薬よりも劣る人間大砲をやったところで何の意味になる」とメッサーは言おうとしたが、それは投げ飛ばされた(正確には殴り飛ばされた)ものがシールドに衝突した場合に言う台詞だった。
「――なっ!?」
無抵抗という言葉が最も似合っているだろう。イノの身体はシールドを突き破ってはいない。まるでそこになにも隔たりがないように透過したのだ。
(シールドは展開しているはず! どうやって通過した!)
コックピットの中に突っ込み、ズガン! と壊れる音が高鳴る。メッサーもそれに巻き込まれ、40mもあるマシンが大きく揺れた。それは巨大な生物がよろめく姿にも似ている。出力が低下する音。ショート音。
「ッ、シールドが消えた……!」
リオラの眼には確かに電磁膜が消える瞬間を捉えることができた。それを聞き逃すはずもなく、シードがとった行動は、予備システム等で自動的に次のシールドが展開されるのを防ぐための行為だった。
自ら発した強力な電磁波を機械に侵食させる。シールド付きや最新機械だと非常に困難だが、がたついている上に損傷しているマシンであれば、一部の機能を停止させることは容易かった。
それによりシールドの再展開は防ぐことができた。反面、シードに多大な疲労が積み重なる。
しかし、それに屈することなく、シードは地雷により共に飛んできた連邦軍兵が使っていた無反動砲を手に取り、メッサーの乗る要塞兵器に向けて撃つ。今度こそ直撃したが、脆そうな風体の割に中々頑丈にできている。
「クソッたれ、金庫の材料に欲しいとこだぜ」
「ナイスアシストだ金髪。もう撃つな」
リオラはシードにそう呟き、マシンの眼下に入る。
イノのという砲弾はかなりいい仕事をしたようだ。コックピットどころか、中心部まで破壊されている。
「……っ、クソ! あの白髪の畜生め、俺ごとマシンに突っ込みやがって!」
まだ意識のあったメッサーだが、顔面衝突したのか、鼻血がぼたぼたと流れてきている。鼻骨が折れ、手で押さえようにも痛みでさわれない。
席に戻った途端、ゾッとした表情になる。血の気が引くほどだが、戦意喪失は出血を促すだけだった。
シールド領域内に一人の竜人族がこちらを睨んでいる。30mの高さからすれば蟻のような存在。しかし、メッサーにはこの40mの機械よりも遥かに巨大な竜が牙を剥いているように見えた。
こちらの兵器ではほぼ通用しない耐久力、シールド有りでも反射しきれなかった衝撃が与えた、強化ガラスを打ち壊す威力を思い出し、確信する。
「ま……待ってくれ! お、俺と交渉しねぇか? 一度休戦して、ここは男同士話し合おうじゃねぇか」
スピーカー越しでなんとも情けない言葉を発した。軍人のくせに何をほざくか。リオラは呆れてしまい、憐みの笑みを零しそうになった。
「こんだけデッケェのになぁ、中身が小っせぇンじゃ哀れすぎるぜ」
瞬きを一回。30mも下にいた蟻が竜として目の前に牙を剥けていた。
「その腐った根性、叩き直してやる」
握られた拳を視界に捉え、メッサーは額に拳銃が押し付けられるよりも恐怖を感じ、生まれたときから今日にいたる日までの走馬灯を駆け巡っていた。
「ああぁあああああぁあぁやめてく――」
深夜1時過ぎ。地を揺らす程の倒壊と爆発が、その日起きた。




