第41頁 リベンジ・スマッシャー
パイプから洩れる重苦しい蒸気が漂う中、山上の崖際にある狭い茶色のコンクリの沿路を一台のバイクが騒音をまき散らしながら走り、一機の兵器がそれを追う。
その3mにも達する機械兵器は犬にも似た形状をしており、動物特有の四足運動で自動二輪車の距離を詰める。
ヒビ割れているにもかかわらず、道はそこまでがたついていない。そのおかげで地下で拾ったタイヤは消耗せず、スピードは緩むことはなかったが、問題は寄せ集めの少ないガソリンと廃材の部品でどこまで走れるかだった。
「糞犬め! こっちはフリスビーでも何でもねぇってんだ。おいイノ! いつまで弾外してんだよ下手糞!」
操縦しているシードは真後ろにいるイノに怒鳴る。材料不足か、マフラーがないのでエンジンによる騒音がダダ漏れだった故、怒鳴るほどの大声を出す必要があった。イノはシードを背にし、バイクから振り落とされないようにしながら両手の自作銃を兵器に向け撃ち続けていた。
少しでもスピードを緩めたらその金属の爪と両刃剣のような牙で噛み千切られることは解っていたにもかかわらず、イノは騒音でも何故か鮮明に聞こえる呑気な声で、
「ちゃんと当ててますよ。相手がちょっと厄介なんで」
「なんだよ厄介って! つーか早よ言えアホ!」
「なんですかねこれ、シールドっていうんでしたっけ」
「ッ、こんな錆兵器にそんなモン搭載してんのかよ!」
思い当ったシードは滞空シールドの展開を思い返していた。現時点の科学では研究段階のレーザー式防御兵器。理論を述べればきりがないが、物理的シールドの開発に成功しているのはこの島にいる派遣された連邦軍が最初だ。
「まーなんともあっけなく弾がジュッと融けながら弾かれてますね。でも前方だけみたいですよ。横とか狙えるんじゃないですか?」
撃ちながら悠々と話す。シードがそれを聞き、特に余裕ぶっているわけではないことは分かるが、危機感や焦りがないというのは明確だった。脳の中の扁桃核をどこかに落としてしまったのだろう。
「悪いイノ。今の俺にはそんな余裕ねぇ」
真剣な表情でゴーグルをかけているシードは苛立つ余裕さえない。自分の腕1つでふたりの命がかかっているからだ。命の責任の重さはいつだって慣れないものだった。
犬型の兵器は機械音を鳴らし、その脚力で道路を壊しながら前へ走っている。崩れた道路から数本のパイプが露わになり、重たい蒸気を吐く。
直角に近い急カーブを曲がる。バイクがほぼ倒れこむように傾くが、曲がり切った後、その車体を起こした。道路にタイヤ跡がつく。
「お、これがドリブルってやつですか。直で体験するのは初めてですね」
「全っ然違ぇよ! それいうならドリフトだっつーか話しかけんな!」
「冷たいですね」
「お前のアタマが温かすぎるんだよ!」
犬型の大型兵器は急カーブを曲がるが、四肢を巧みに動かし、地面を崩しながらなんとか落ちずについてくる。
「犬畜生が! しつけぇんだよ!」
「追いつかれそうですよーがんばってー。あ、これ弾切れです」
「お前はもう少し緊張感持てよ!」
「そんなことよりなんか音しません? 前からっぽいです」
「あ?」と訊き返したとき、それは現れた。
前方の曲がり、突然山の急斜が爆破させたように粉砕して現れたのは15mほどのガタついた自律式重機。土のこびりついた巨大な金属タイヤは前脚代わりとして支えとなり、塔のような双腕式の巨腕でそのボディを引きずるように前進させる様は、爪を掻き立て這いずる巨人のようだと思わせる。操縦場所だと思わせる球型の頭部は人工知能が入っているだろう。その球体を中心に電磁的薄膜――シールドが張られていたのを肉眼で認知できた。
巨兵と建設用重機が融合したような要塞型兵器が轟音を哮り、列車並みの速さで立ち向かってくる。その上、関節を曲げ、そのアームを回転させながら対向車めがけて殴りつけようとする光景は、シードに数瞬の思考停止・放心状態へと陥らせた。
(あ……終わったなこれ)
突然現れた押し迫る壁。ブレーキをかけようが、ハンドルを回そうが、もう手遅れだと悟った。
――ズガァン! と上から何かが落下してくる。否、落下ではなく着地。物体ではなく人間。空からイノたちと巨大重機の目の前に現れた。
「――おぁあああッ!?」
しかしその着地は荒く、道路が深く割れ、凹型の地と化す。その反動によって軽量のイノとシードがバイクごと投石器の石のように宙高く跳び上がった。
「戦う気ねぇなら引っ込んでろ!」
「あっ! リオラ!」
その男はイノが探していた竜人族のリオラだった。リオラに見上げられている位置にいるのに、見下されている感じがしたシードは「リオラ!?」とイノの言葉を反芻する。仲間であることを認識するも、その殺気に近い威圧感は心底慄く。
イノとシードは地面の衝撃と反動で跳び上がってしまったものの、その高さは15m越えた重機型巨兵の上を行くことはなく、頭部付近――滞空シールドに衝突しそうになる。
(やべぇやべぇやべぇ! 焦がされるって溶けるって死ぬってこれマジ頼みます生かしてください彼女もういらな――)
「――オルゥアアアアア!!」
腰を据え、重心を低くした体勢で、リオラは向かってきた重機兵器のライトアームの一撃に右腕のアッパーを繰り出した。
そのアームは2mほどのリオラの身体を包み込めるほどの大きさ。圧し掛かる重量も凄まじく、どんな頑強な兵器でも潰されてしまうだろう。
しかし、相手は山のような白鯨を殴り飛ばした男。
ズガシャアン! と兵器の腕はその小さな拳に押し返されるばかりか、一回り装甲が固められた肩部まで捥ぎ取られ、バランスを後方へ崩してしまう。
兵器の掌が拳でめり込んでいる。腕力だけで捥ぎ取った9m級の腕を巨大な剣のように振るい回し、背後から迫ってきた動物型巨兵器の側面を殴りつけた。イノの読み通り、滞空シールドは前方にしか展開されていなかった。
装甲が壊れ、人工筋肉や部品の破片、オイルが血のように漏れ爛れ、本体は山の茶色い壁にめり込んでしまう。壁からブシャアア! と潰れた兵器越しで白い蒸気が吹き出す。
前方の重機型兵器は腕を捥がれた勢いで足場とバランスを崩し、山の崖を転がるように落ちていった。そして下から爆音が起きた後、イノとシード、そしてバイクが斜めの角度で落ちてきた。ふたりと一台は数回バウンドし、転がってやっと勢いが収まる。バイクは落下衝撃でバラバラに破損した。
「――ったく、どこほっつき歩いてんだよおまえは」
リオラはイノの元へ歩く。イノはすぐ起き上がり、尻尾を振る犬のように喜んだ。
「うわーっ! リオラだ! 探してたんですよー!」
「黙っとけ。子供じゃあるめぇし」
「……おぐ……っ、車に……突き飛ばされた、みてぇ……だ」と呻き声でシードがゆっくりと起き上る。衝撃で横隔膜がひくついており、上手く呼吸できていないが、種族的頑丈な身体であるためか、そこまでの時間を要することなく治った。
「よくここがわかりましたね」
感心したイノだったが、リオラは素っ気ない顔で、
「バカデケェ音とデッケェ機械が暴れてたら誰だって気づくだろ」
「それもそうですね」と納得するイノは呑気に笑う。
リオラはそこに転がっている背の低い金髪の青年を見る。「んで、こいつが瑛梁国の選抜隊のひとりか」
「そうですね」
シードはゆっくりと起き上り、「痛つつ……」と呟きながらリオラの姿を改めて見る。
その第一の感想はふたつ同時に頭の中に出た。(デカい)(殺されるんじゃね?)
(……ッてか、こいつが仲間!? 竜人族じゃねぇか!)
今まで出会ってきた、力のある獣人族や鳥人族とは桁が違う。こんなにも力強い以上のオーラがある人族はシードにとっては初めてだった。
「……ハ、ハジメマシテ……ッ!」
「シードめっちゃ声震えてる」
「そいつが選抜隊が言ってた変人か。もうひとりはここにはいなさそうだな」
「え……俺の隊と会ったんですか!?」
リオラはシードを見るが、身長的な差もあってか見下すような形になる。怖い相手だとはいえ、少しムッとするものがあった。
「まぁな。テメェらの目的も、ここにいる他国の奴らの目的もそいつらから聞いた。この島の『再起動』を防ぐんだろ?」
辺りの喧騒な景色を見回し、「ま、とても防げたようには見えねぇがな」
「おっ、じゃあ話が早いですね! リオラがいれば怖いものなしですよ!」
「ただテメェが休みたいだけだろ」
「僕は光る物探したいんですよ。なんとかのなんとかってやつです」
「全然覚えてねぇじゃねぇか。もしかして『ルミナスの柱』っつー鉱石か?」
「あ、それっぽいやつですね!」
「そういやテメェらもそれ欲しがってるんだよな」とリオラはシードに目を向ける。未だ恐れているシードは敬語で応える。
「あ、ああそうっすね。でもそれは国の産業発展の為の第二優先の任務でして……」
「なんだっていい。そんなの途中で見つければいい話だ。あと話しづれぇなら自分の楽な話し方で構わねぇよ」
「あ、ああどうも……」
そこまでぎこちない敬語だったかと思いつつも、リオラの言葉に従った。
「ま、とりあえずこの島があいつらの手に堕ちたってなら、安全な場所はない。気ィ抜く暇は――」
突如リオラの側頭部に1.85mの地対空ミサイルが突っ込んでくる。が、着弾寸前でそのミサイルを左手で掴みとり、グシャリと握り潰した。
ミサイルが飛んできたのはリオラだけではなかった。イノとシードの方にも同様のものが一弾向かってきたが、シードは発した電磁力で横へと逸らす。しかし誤ってリオラの方へ飛ばしてしまうも、リオラはそれを蹴り上げた。上空で花火のような音を立て、大きな爆発を引き起こす。リオラの握り潰した不発弾は崖下に放り棄てた。
「……ねぇってことだ」と第一山峰を睨む。
「ありゃー遠くから狙われてますね」と笑う。
(うおおおお! 死ぬかと思ったぁあああ!)と内心思いながらも「すいません……」と半ばやってしまった感がある顔でリオラを見た。冷や汗をかいていることは明白だった。「ん」とリオラは気にしている様子は全くなく、生返事をした。
「あの山からですね」
「遠隔で狙ってやがる……生身の人間相手に対戦闘機のミサイル使ってんじゃねぇよ恐ろしい」
「つっても、オレら3人はただの人間じゃねぇがな」
「僕はただの人間ですよ」
「おまえは黙っとけ」
聳える独立山峰を見る。空は暗いものの、見下ろす景色は光瞬き、人通りが多い都市のようだった。機械の音、蒸気が噴き出す音、工場が集う街並みは目と耳を刺激させる。しかし、これだけ喧騒な街に人ひとりいない。空虚の国は、意味を持つように、意味なく呼吸を続けていた。
「不思議な光ですね」
意味深とも、よくわからないとも捉えられる言葉を置く。リオラはイノを横目に、再び目の前の景色を眺める。
「あそこに行くのには問題ねぇが、時間も限られているだろ」
「どういうことですか?」
「このまま連邦軍がここに残ってるってのもおかしいんじゃねぇか? 生産地を制圧したってことは、貿易船が来るはずだ。もしかしたら既に来ているかもしれねぇ。磁力が歪んでいるとしても、到達が不可能ってわけじゃねぇしな。そもそも、その国の技術がなんかで島に普通に来れるんだろ?」
その問いかけに慌てた様子でシードは答えた。
「あ、ああ。だから増援が来たらたまったもんじゃねぇし、このまま持っていくもん持っていかれたら、それこそ戦争はあいつらの圧勝だ。軍事力でバイロ連邦に勝てる国ははっきりいって無い。せいぜい華慶民主国とビスケルト合衆国の二大国ぐらいだ」
「そもそも戦争自体なくせばいいじゃないですか」
「それができたら苦労しねーよ。どの国も最大級の領土を狙っているし、4度目の世界大戦が来ること間違いなしだ。最低限として、バイロ連邦だけは何としてでも戦争に勝たせるわけにはいかねぇ。全大陸の将来が鉄臭くなっちまうからな」
「つーかよ」とシードは二人を見る。というよりはイノの方を見た。
「この蒸気はっきりいって毒ガスに近いんだけどよ、ふたりとも大丈夫なのかよ」
心配そうに訊いたシードだが、どうせ平気なんだろうなとその目で語っていた。そして予想通り、
「息苦しいですけどなんとか大丈夫ですよ」
「こんなの全然だろ」
「そ、そうか……ガスマスク要るの俺だけか」
鉱人族の体質と坑道生活に慣れていたシードは、この島にあふれ出た鉱毒素に対しての影響は少なかったが、長時間も続けば不具合が出ることに間違いはない。中毒の段階になる前にガスマスクを見つけなければならなかった。
それを察したリオラは崖の方へと進む。
「どの意味においても、時間はないってことだな。急ぐぞ」
「あ……」とシードが声を出す。「どうした?」
「あぁ、いや……大丈夫だ」
それは咄嗟の嘘であることをリオラは見抜いたが、敢えて聞かないことにした。シードもぼそりと「あとで何とかなるか」と呟いた。
「どうしました?」
しかし、空気を読んだのか否か、イノはリオラの気遣いを無駄にした。シードは言葉を考え、違うことを答えた。
「いや、この犬型っぽいロボット見てみろよ」
「?」とイノは壁にめり込んだ半壊の兵器を見る。リオラもそれに近づいた。シードも崩れた道路に気を付け、それに近づいた。
「このロボット兵器は国旗もついてるし、ちゃんとした金属加工されているからバイロ連邦が製作したものだとわかるんだけどよ」
シードは体の向きを変え、後ろの崖下を見る。
「ここから落ちていった重機のような馬鹿デケぇロボットの方は一瞬だけしか見えてなかったけどよ、なんか素材も構造も今まで見てきたバイロ連邦のものとは違ったんだよな」
異なったのは色だけではなかった。関節、回路、素材、構造、年季、そして根本的なアイデアの違い。きっちりした設計に対し、あの15mもある巨大な兵器はがたつきもあり、回路らしきものや歯車などが露出していた。そして、あの動物を表現していた兵器よりも『生きている』実感があった。
「もしかしたら、この島に元々あった兵器……古代兵器までもバイロ連邦のモノになっているかもしれねぇんだ」
「それはないな」
リオラが口をはさむ。どうしてだといわんばかりの目をシードは少々恐れながらも向けた。
「だったら、どうしてあんなところに軍用ヘリが何機も飛んで、戦車が動いている」
爆音が轟く。独立山峰からだ。明るい緑の地帯に爆炎が上がっている。
「見てみろ、山を陣地に、防衛線を張っている」
リオラの視力では鮮明に見えるだろうが、その距離は数キロ先。常人の肉眼では到底見えない。現在いる位置は島で二番目の1200mはある山脈。独立山峰は標高2000を超えている。
シードは双眼鏡を使う。その麓や山頂までの地帯には数多くの兵器が並んでいた。息を吹き返した廃工場の町に混じり、守りの態勢を取っている。おそらく、その防衛網は山中に張られているだろう。
「あんなに兵器を……っ? どのくらいの兵力をこの島に投入したんだよ」
「ま、応援要請が既に来ていたかもしれねぇな。けど、あるのは絶望だけじゃねぇはずだぜ?」
しかし、それだけではなかった。爆発した元を見れば、撃墜された戦闘ヘリ、火を吹く損傷した戦車、それに抗う蒸気を吹き出す自動車のような自律型機械が確認できた。小さくて良く見えないが、互角にも見えた。
「あんな古い兵器、街や工場のどこにもなかったぞ……」
双眼鏡を外し、シードは呟く。リオラは真っ直ぐとその景色を見続けた。
「まだこの島はバイロ連邦のモノじゃねぇ。抗っているんだよ。オレ達のような侵入者からも、あの国のような侵略者からもな」
「……」
よく見れば、その兵器一台だけではなかった。至るところから突如現れた古代兵器の数々が連邦軍を襲撃している。まるで怒りをぶつけているかのようだった。
土足で島に踏み入り、文明という英知の結晶を荒らした者たちへの報復。そう感じ取れた。
「オレもテメェらも、あの国に貸しがある。だったら、オレたちもやり返そうじゃねぇか。バイロのバカ共によ」
真横の山の壁が道路と共に崩れる。岩壁が剥がれ落ち、土がこぼれ、現れたのは化石。
否、化石の如き巨兵。ヒトと獣の貌が合わさったような、牙の生えた石質金属の頭部。鋭利な無機質の爪、歯車がはみ出た腕、パイプや鉄心で繋がれた脚。鱗のような装甲を纏った半獣型の巨兵が繭を破るように、山の中から這い出し、起き上がる。
それを目の前に、シードは震えていた。恐怖ではない。巨兵故の興奮で震えていた。
「さて、行くとしますかね」
上からイノが降りてくる。いついなくなり、いつその巨兵の元にいたのかは不明だったが、今は気にすることはないと二人は悟った。
自由への解放。水の都サドアーネの『悲哀の獣の塔』に眠っていた巨神と同様に、イノはその巨兵を『起こした』のだ。
3人の兵はそれぞれの目的を叶えるために、討つべきものを先見る。
蒸気を吹き出し、顔面中央の一つだけの曇ったレンズライトを鈍く赤く発光させる。土色の牙を剥き出し、大口を開け、古の巨兵は咆哮を奏でる。
復讐者は拳を鳴らし、大気を歪ませる程の熱を放出つ。
「――リベンジだ」




