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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第一章 風の旅立ち 水の都編
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第3頁 列車の旅

 花の町の活気溢れる賑やかな商店街を抜け、整地された土坂の上にある駅へと着く。開け放たれた駅は木造で、青々とした苔や細かい装飾を施された金具の錆は歴史を感じさせる。イノとリードはあまり人がいない駅を抜け、黒光りしている古びた列車に乗る。蒸気の排気音を唸らせ、列車はガタゴトと走り始めた。


「すごいなー、列車に乗ったのいつぶりだろう」

 リードは目を輝かせながら車窓から見える景色を眺める。イノも同様だった。

 線路と町を分かつ石垣越しには、色とりどりのポピー畑が目に飛び込み、石町を抜けていく。抜けた先には、先程見た青い麦畑が一面に広がっていた。


「イノ、知ってるか? この列車って炭出さないんだって」

 頬に貼られた白いバンドエイドを少し気にしながらリードが話しかける。

 イノの視線は麦畑の景色からリードの方へと向けた。

「蒸気機関車なのに?」

「うん、燃料の石炭を使わずに一回で大量の電力を発電させる機械があって、それを一定間ごとに発電させることで、その電力を使って熱へと変えて、燃料の水を蒸発させて動かしてるんだよ」


 固い腰掛けから伝わるリズミカルな振動に揺られる。景色は既に麦畑などは無く、ただ緑の大地が広がっていただけだった。開いた窓から吹き抜ける風が、微かに髪を揺らす。

「へー、よく知ってますねぇ。でも大量に発電できるならその電力で列車動かせるんじゃないですか?」

「そこまで電力は無いし、列車が造られたときの技術がまだなかったから電気を熱に変えることぐらいしかできなかったんだ。でも、黒煙出さない列車って結構自然に優しいよね。それが何か好きなんだ」

 楽しげに話すリードは、その年齢にしては知識がある方だった。町の子供たちと上手く馴染めなかったからだろう。


「僕もそう思いますよー」

「だよね! 最近なんでか息苦しい煙を出す機械や乗り物が増えてさ、どんどん空気汚れてるんだよ。正直、自殺行為だと思う」

「技術の進歩ですか。まぁそのとき便利だと感じたら真っ先に使いたがりますからね僕等って」

「そうなのか?」

 疑問に思ったリード。イノは笑顔で肯定する。

「そうですよ。デメリットより目先のメリットを選びたがるのは人間の性ですし、野生の生き物でも同じです」



 景色は緑の大地に変わりはなかったが、奥地には蒼白色の急峻な山脈がそびえており、雪が積もっていた。風も涼しくなってきたのでここは高原なのだろう。高原に咲く白い花(エーデルワイス)が風で散り、舞い上がるそれは美しいものだった。

「そっかー。イノはさ、どこから来たの? 服装もなんか旅人のイメージとはちょっと違うし」


 リードの言う通り、イノの服装は白いワイシャツのような上着に黒いアンダーシャツ、その上にはボロくなっている黒いコートが羽織られている。藍色のジーンズに見えるズボンと、その下に茶褐色のブーツを履いている。生地は上質ではないが、肌触りの良い、動きやすそうな服だ。

 旅人というよりはどこかの街に住んでいる私服に近く、見た目だけではどうも旅をしている様には見えない。そうリードは思った。

「いろんなとこ行ってきましたからね。あ、でも最初は山に住んでました。ここからとっても遠いとこにありますね」

「山? 山村に住んでたの?」

「いえ、人一人いない大きな山です。名前は分かりません。そこがどこかも知らなかったんで」


 それを聞いたリードは思わず声が出てしまうほど驚いてしまった。周りの人には聞こえないくらいの声だった。

「ひ、一人だけでそこに住んでたの?」と顔を引きつらせる。

「ああはい、そうですね、覚えてる限りではずっと一人でしたよ」

 故郷に思い入れがなかったのか、それとも何かの理由で覚えていないのか。結局わからなかったリードは、その何も考えてなさそうな顔を見て、単純に忘れているんだろうなと結論付けた。

「な、なんか随分大変な生活だったんだね」

「そんなことないですよ~」

 驚き呆れたリードに対し、イノは呑気に笑う。


「あと、なんで髪が白くて目が赤いの? もしかしてそういう病気?」

 イノは真っ白な髪の毛に指を絡める。癖毛はあるものの、さらさらとしており、車窓から射してきた日の光でホワイトオパールのような輝きをみせていた。若くして白髪頭なのも珍しいが、ぱっちりとした真っ赤な瞳も中々いない。少なくとも、リードが住んでいる町の中では誰一人いなかった。

「もともとこうでしたよ。どうしてかは知りませんけど」

「へぇー、生まれつきの病気とか、それともやっぱり……」

 いじめっ子たちを追い払ってくれた時の顔を思い返す。

 ゾッと、少し恐れたような表情を見たイノは、

「普通の人間ですよ。リードが思うようなものではないです」

 微笑んだイノに少しほっとしたリードは話題を変える。

「じゃあ、イノはなんで旅を始めたの?」

「うーん……やっぱり自由にいろんな場所を見てみたいことですかね」

「何か目指してることはある?」

 質問攻めにされても、イノは丁寧に答える。

「特に決まったことはないです。ただ――」


 そのとき大きな汽笛が鳴り響く。同時に列車のスピードが減速し、やがて停車する。車両内の何人かが荷物を抱えては立ち上がり、人の流れを作っていた。

「駅に着きましたね」

「ここは確か……遊牧地で有名な『ヘルボル高原』だったと思う。この先に集落があるんだ。更に奥へ行くと油田があるよ。ほら、こういう切り立った山脈って石油が多くあるから」

 本をよく読んでいるのか、リードはつらつらと説明する。イノは「ほぇー」と関心の声しか出さなかった。

 列車の扉が閉まり、再び動き出す。ガシャン、ガシャンと一定間隔で続く機械音が振動と共に響く。


「この列車って都会とか繋がってますか?」

 イノは先ほどの会話がなかったかのように話題を変えた。

「この列車は昔からあるやつだから、都会とはつながってないんだよね。だから駅の数も少ないんだよ」

「あといくつ駅があるんですか?」

「あと2つでサドアーネにつくよ。1時間ぐらいで着くと思うけど」

「結構スピードあるのに時間かかるんですね」

 窓の外を眺めながらイノはつぶやくように言った。晴れ渡った青い空と大地を風のように列車は駆けていく。

「それだけ距離があるんだよ」


「ふーん」と興味なさげに納得しつつ、「じゃあ寝ようかな」と身体の力を抜いたかのように息を深く吐いた。

「え、寝ちゃうの?」

 リードはつまらなさそうな顔で言う。もっと話がしたいようだ。

「うん、疲れたし」

 そうあっさり言い返す。「そうかー」と無理に話に付き合わせるのも悪く思ったリードは言う。

「じゃあ駅についたら起こすから……って、もう寝たの?」

 イノはぐっすりと寝付いてしまった。相当疲れていたのだろう。

「……まぁ、話したいことは後ででも聞けるか」

 リードは変わる景色を浮き浮きした気分で眺望していた。


     *


 景色を眺めている内にリードもうとうとと眠っていたようで、目が覚めたときには3つ目の駅で列車が停車していた。

(ここって……ああ、『カラジェス』か。湖の町の『ライラント』の駅は過ぎちゃったのか)

 リードは目をこすりながら外の景色を眺める。緑一面の大地とはうって変わり、草木がほとんどない、涸れきった、しかし自分の故郷よりは賑やかな情景だった。


 砂の街「カラジェス」。海岸沿いにあるが、海岸に流れる海流が寒流の為、雲が出来ず、雨が降らない日が続く。そのため、砂漠地帯と化している。

 故に砂漠なのに涼しさを感じるが、空は暑く感じる程、燦々(さんさん)と晴れていた。


 リードの住む花の町「エーデル」とは違った文化が見られる。服装や街並みは勿論、駅前の広場にある灯台のような黄石の巨大な彫刻には驚いた。リードの知る限り、奥地にはこの街の先祖が遺した遺跡があるらしい。ちなみに財宝なんてものはない。


 イノは二人掛けの固い腰掛けの窓よりに座ってすやすやと寝ている。寝顔がとても美しく見えた。

(よくみると綺麗な人だなぁ。イノって女性なのかな?)

 そう思いながら見つめているリードはどこかうっとりとしていた。


「――おい」

 突如声を掛けられリードはびくりとする。振り返ると、見るからに自分より倍はあるんじゃないかと思うほどの大柄な体に、和服のようなものを着た、赤い髪の筋肉質な長身の30代前半に見える男がこちらを見下していた。


「は、はい!」

 屈強そうな男の荒っぽい表情と肉食獣のような鋭い目に、リードは身体を強張らせる。

 なにより、リードが恐れていたのは顔や袖からのぞかせる腕、喉元や胸元に刻まれた数多くの傷痕と体中に巻かれたボロボロの包帯だけではなかった。背中に担いであったその男よりは大きな、如何にも重たそうな刃が錆びた大剣があったことだ。

(どこかの兵士かな? いや、狩人かもしれないな)

 関わるのは危なそうだと思いつつも、怖くて断ることができなかった。


「隣座っていいか? 空いてる席ねぇんだ」

 そう言われ、辺りを見渡すと、確かにこの車両では誰一人座っていない席はなかったように見えたが、人一人座れるスペースは幾つかあったはずだ。しかし、それを何故敢えてここを選んだのか。

「い、いいです、よ……」

 リードは恐る恐る答えた。「わりぃな」と赤髪の男はどかっとリードの隣を座る。そして担いでいた錆びた大剣を寝ているイノの隣に置いた。

 ズンッ、とこの車両が微かに振動し、床がミシ、と軋んだ音が聞こえた。それでもイノは起きなかった。

(ど、どれだけ重たいんだ)

 リードがますます怖く思いながらも黙り続けた。列車が汽笛と共に動き始める。


「おい坊主」

「は、はいっ」

 思わずピシッと返事をしてしまった。背筋も伸び、鼓動が跳ね上がる。

「おまえひとりでサドアーネに向かってるのか?」

 普通に話す男を前に、挙動不審に答える。

「あ、いえ、そこで寝ている白髪はくはつの人と一緒に……」

「白髪の人ぉ? いねぇぞそんなやつ」

「え?」

 リードはその言葉を疑ったと同時に何かの焦りを覚えた。

 そのとき、ガタンと列車が少し大きめに揺れ、イノのとなりに置いてあった大剣が傾き倒れ、寝ているイノにガツンと当たる。


「う……ん……?」

 イノはその衝撃で目を覚ます。その瞬間、「うぉっ」と隣の男が驚いたのは何故なのか。

「……こいつのことか? お前の言ってたやつ」

「え、はい、そうですけど……」

「なんで気付かなかったんだ……?」と男は何か考えているようだったが、リードにはそれがわからなかった。

(見えてなかったのかな? だったらイノって影薄すぎだよな)

「……あれ、もう着きました?」寝ぼけ眼でイノは尋ねる。

「あ、まだだよ。この次で着くよ」

「ふーん……あり、こんなのありましたっけ。あ、どうもこんにちわー」


 大剣をどけたイノは赤髪の男に軽く挨拶する。寝ぼけてとろんとした声は気分を和ませる。それでも男は不思議そうに、半ば警戒した目でイノを見つめる。

「お、おう。お前名前は? 俺はアウォード。鍛冶職人だ」

 イノは眠たそうな様子で話を聞く。今にも寝付きそうだ。

「あ~はい、イノって言います。旅人やってますね」

 それを聞き、腕を組んだアウォードは関心の声を出した。

「旅人? ほぉ、見た目の割になかなか度胸があるじゃねぇか。このご時世、いろいろと物騒だからなぁ」

「んで、坊主はこいつの付添いか?」とアウォードと名乗った男は訊く。

「は、はい。自分は花の町『エーデル』から来ました、リードって言います」

「エーデルか、何だ坊主、おまえ水の都へ買い物しに行くのか?」

「え、いや……」

 リードにとっては大冒険のつもりだったが、アウォードにとってこの列車に乗ってどこかへ行くことはただの移動手段にしか思っていないようだ。リードは自分の世界の狭さを恥じた。

「リードは旅人になりたいんですよー」

「ちょ、イノそれを言ったら……」

 リードの気持ちを察してくれなかったイノは誇らしげに言った。恥ずかしさでリードの顔が赤くなる。


「ほぅ、旅人になりたいからこいつと一緒にいて何かを学ぼうって考えてるのか」

「え……あ、はい……」ともじもじして言う。

 すると、アウォードは大きく笑った。その様子に流石にリードはむきになる。

「な、なにがそんなにおかしいんですか?」

 しかし、アウォードは笑い続けた。

「ハハハッ、いやぁ物好きもいたもんだ。お前みたいなガキんちょでも死にたがりはいるもんだな。それも、手始めに近所のサドアーネに旅っておまえ。あっひゃっひゃ」

 笑い続けるアウォード。かなり馬鹿にされている。そう思ったリードは言い返そうと思ったままの言葉を発する。

「お、俺はこの世界を見て回りたいんです。生きるがままに、自由になりたいんです」

 ダン、と大きな音が足元から聞こえる。足を踏み込む音。その踏み込みの勢いで顔を近づけた。その表情は先程の哄笑とは急変し、ギンと獣のような目でリードを睨みつける。殺されそうな勢いだった。


「まだ何も知らねぇ甘ちゃんが調子に乗ったこと抜かすんじゃねぇぞ。人が支配する人間界も、人が敗けた自然界も、おまえが思う以上に過酷だ。この白髪頭はどう生きているのかは知らねぇが、たぶんこいつも相当な目に遭ってきたはずだ。命が幾つあっても足りない。そんな世界の中で生きていく覚悟はあんのか」

 一瞬、その問いにリードは迷った。

 もしかしたら、自分の夢はただの憧れに過ぎなかったのか。死を覚悟したことはあるのか。

 ただ、今まではなかったかもしれない。

 だが、今は違う。


「……あ、ありますよ当然! 生き抜いてみせますよ!」

 ガタゴトと列車が揺れる。外は風が強く、葉の無い木々の足元に細かな砂がサァァと走っていた。

 アウォードは一瞬ぽかんとしたあと、また豪快に笑った。

「あっははは! 言うじゃねぇか坊主! 男に二言はねぇぞ?」

「も、勿論ですよ!」

 その言葉に、アウォードはさらに笑う。

「あっひゃっひゃ! あーおもしろ。お前名前は? あぁ、リードと言ったな確か。覚悟があるのはいいが、旅を知る為に旅人から何かを教えてもらおうとついていくようじゃ、まだまだアマチュアだ。ま、最低限教えてもらうのは別にいいとするが」

「そ、そうなんですか?」

「自由を選ぶんだろ? これから社会が発展して、義務として建物の中で人事に尽くす生涯を過ごす。そうなっていく時代に逆らうんだろ?」

「……はい」

「だったら、何事も一人で切り拓いていけるようになれ。頼っている様じゃ旅なんぞすぐに終わる。続きやしない」

「……」


 心を見抜いたかのように真摯に見るアウォードの前に、リードは何も言えなかった。

「ま、見たところお前まだ青年期じゃなさそうだから、まだ旅立つには早いんじゃねぇの? まぁこの変な旅人から学ぶのもいいが、しっかり体鍛えとけよ。畑仕事程度じゃまだまだ足りねぇぞ」

 畑仕事を行っていることを見破ったアウォードにリードは「え」と驚くが、自分の手や身体の匂いを嗅いでみればそれはすぐに分かった。

「わ、わかりました。ありがとうございます」

「おうよ」

 アウォードは少しだけ笑う。その表情がリードにとってかっこよく感じられた。


「……んで、おまえは本当に旅人なのか?」

 アウォードは眠りかけたイノに話しかける。ふぇ? と目をこすりながらイノはひとつ大きな欠伸をする。

「そうですよー」

 のほほんと答える。嘘をついている顔には見えないが、とアウォードは顎をさする。

「でもよぉ、旅人なら荷物のひとつやふたつ、あってもおかしくはないと思うがなぁ」

 アウォードの言う通り、イノの手持ちは一切なかった。リードも今更ながら気付く。

「お金は服の中にありますよ」

「……そうかよ」

 あまり求められていない回答が返ってくる。

「で、服は着ているそれだけか」

「今のところそうですね」

 それを聞いてリードは驚く。だが、体臭は感じられない上、新品とまではいかないが、服がボロボロというわけでもない。強いて言うとしても、上に着ている黒い外套ぐらいだろう。

 大して驚く様子もなく、アウォードは質問を続ける。 

「食料は?」

「そこらへんでなんか採って食べてます」

「獣を狩ったことは?」

「ありますよー」

「武器は?」

「ないですよー」

「素手でやってんのか」

「そうですよー」

「どのくらい旅してる」

「結構続いてますね。何年も」

「盗賊とかに襲われたことは」

「結構あります」

「人と戦ったことは」

「あんまりないです」

「……」


 アウォードはイノの紅い眼を睨むように見続ける。イノは首を傾げ「?」を浮かべていた。

(逃げて生き延びている輩か。いや、素手で獣捕えている奴が逃げる程の弱さじゃあるまいし……)

「見た目やその眼もそうだが、おまえみたいな変な旅人は初めて見るぜ。よく生きてこれたもんだ。おい坊主、こいつを参考にしねぇ方がいいぞ。普通の人じゃ長く続かん。生まれてからずっと密林の奥にでも住んでいない限りこんな旅のやり方はできねぇ」

「は、はぁ……」

 どう反応すればいいかわからないリードは、曖昧な返事をするしかなかった。アウォードは腕を組み、椅子に背もたれる。

「……ま、それはさておき、これも何かの縁だ。よろしくな、おふたりさん」

「よろしくです」

 イノはアウォードと握手を交わす。互いにニッと微笑んだ。


「お、陸繋路線に入ったか。もう少しだな」

 外を見てみると、砂漠の地域を抜けていた。辺りは青一色、水平線が見えた。窓からは潮のにおいが入り込んでくる。

「うわぁ、海の上走ってるみたいですねー」

 イノは感心して窓の景色に釘つけになっている。

「この大陸とサドアーネは土地的に繋がってんだよ。陸繋島と言ったか確か。まぁ、今この列車が走ってんのは海に浸かった陸繋砂州トンボロよぉ。海列車のようで、なかなか景色がいいもんだろ」

 アウォードも窓から見える海を眺めている。相変わらずガタゴトと列車は揺れ、水面を走る音が耳を癒す。

「そういやイノだっけか? おまえはサドアーネに行くのは初めてか」

「そうですね」

「坊主は?」

「小さいころお父さんと一度行ったきりです」

「そうか」とアウォードは言い、話を続ける。

「サドアーネはいいところだぞ。なにより街並みがいい。人は多いが、都会よりは窮屈じゃねぇし、街のやつらの大体は人がいい。居心地もいいから、俺はそこに住んでんだけどな」

 アウォードは懐かしそうな表情を浮かべて微かに笑う。

「アウォードさんはそこで鍛冶職人をやっているのですか?」

 リードが訊くと、アウォードは顔を近づけ、ニッと笑った。

「おうよ。腕には結構自信あるんだぜ? あと、これからの産業発展の為に機械技術もかじってる」

「そうなんですか」

「こう見えても、サドアーネじゃ少し有名な方でな。ま、大体この顔つきじゃあ寄ってくるやつは多くねぇが」

 アウォードは目や頬などに刻まれている古傷を歪ませ、豪快に笑う。釣られて笑うも、苦笑にしかならなかった。

「へ、へぇー。あ、イノ寝てる」

「寝るのが好きだなぁこいつはよぉ」

 ふたりはその幸せそうな寝顔を見る。汽笛が大海原へと響く。

 列車は海を走り、もうすぐで水の都へと辿り着こうとしていた。


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