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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第三章 孤独の影光 廃島フォルディール編
39/63

第38頁 盲目の亡霊

「第22頁 天体観測所と日記」後半部分と関連。

 そこは、深海のように冷たく、暗く、そして静かな場所だった。

 火山ガスとオイル、そして鉱毒素が混じった有毒ガスが地面に積もる。

 無論、生命など住める環境ではない。

 ただ、この暗闇を照らす発光虫が弱弱しい翅を羽ばたかせている。この虫はこの環境に適応しているようだ。

 空さえも見えない遥か上空から一粒の雫が雨粒のように落ちてくる。山から搾り取られた濾過ろか水だろう。

 その雫は、とある生命に降り立った。

「……ん……」

 冷たい雫を浴び、来るべきではない生命――人間は目を覚ました。

 その人間は起き上がろうとも、怪我を負っているため、痛みで怯んでしまう。起き上がるのに時間はかかった。

「……なんとか、生き延びれたか」

 周囲を胞子のようにふわふわと飛ぶ発光虫がその人間、シードの姿を仄かに照らす。金髪が発光色と暗闇と混ざり、薄いみどりに染まっている。

 シードは真上を見上げる。どこまでが果てなのかわからないほどの暗闇。近いのかも、遠いのかもわからない。ただ、自分のいる周りには数多の瓦礫や鉄くずが敷き詰められていることは把握できた。

(崩れた岩がそこまで小さくなかったから、こんな隙間ができたんだな)

 だから自分はこうやって潰されずに生きている。そう解釈したが、どのように落ちたかはわからない。相当深いところまで落ちたのだろうとシードは考えた。

っつ……合流しねぇとな」

 発光虫の明かりを頼りに、壁を杖代わりに手で伝い、体重をかけながら隙間を縫うように小さな洞窟を進んでいく。

 小柄な故になんとか狭い隙間を潜り抜けた先は、まるで工場そのものがこの狭い空間に詰め込まれ、潰されてるような景色が広がっていた。

 瓦礫は勿論、この広めの空間を支えているかのような、ひしゃげた鉄骨が組まれた歪な柱、ガス漏れしているパイプライン、数ⅿから数十ⅿある大小さまざまなギア、細い鉄筋がはみ出ているセメント壁、垂れ下がったケーブル……そして数えきれないほどの鉄のガラクタ。

「……はは、俺が好きそうな場所だなここは」

 独り言を言う。それを聞く者はだれ一人いない。

 鉄鎖を引っ張り、罅割れた壁を足蹴に上へと登る。錆びついた鉄柵を乗り越え、一つ上の階へ降り立つ。足元には鉄片やギアが転がっている。オイルが固まってこびりついている。奥にはトンネル通路が見える。

(あのまま下に落ちた先だとしたら、ここは山の中の……いや、もしかしたら海面下の廃墟かもしれねぇな)

「……つーか、案外いるんだな」

 シードはふよふよと飛んでいる発光虫をみる。見渡せばあらゆるところにいる。淡い光だが、それでも発光しているおかげで視界には困らないのでシードとしてはありがたい。どうして餌の一つもなさそうな廃墟にこんなにいるのかが気になっているとき、足元のコンクリートの床が握り潰したビスケットのように崩れ、5m下のフロアにすべり落ちた。

「ぉぐ……いってぇ畜生……!」

 声はただ反響して、自身の耳に戻ってくる。立ち上がろうとするとき、礫に混じっていた鉄のがらくたに気がつき、それを拾っては眺める。

(なんだコレ。部品の一つか?)

 立ち上がり、砂を払っては数m先のガラクタの山へ歩く。発光虫がいても、視界が悪いことに変わりはない。2度躓き、1回盛大に転んだ。

「これは電極の一部、か? こっちは……ヘルメットマスクか。いろんなのあるんだな」

 おもちゃ箱をあさる子供のようにシードは目を輝かせてガラクタを見て触る。

 見たことあるようでないものの山。技師シードにとってはそれは宝の山に等しかった。触ってみて、なんとなく何の部品でどのような役割を果たしてきたのかが解ってくる。

「『神速の腕』か……」

 そう呟き、歪んだ鉄骨やボロボロなパイプが交差している上を見上げる。しばらく何かを考えていた。

 認めたくはない。しかし、世界が認め、心のどこかで自分も負けを認めている天性の革命者。植民地にくむべきくに軍事技師にんげんなのに、無意識に尊敬してしまっている。つまりそれは、自分が格下だと認識しているということ。シードは、それを認めたくなかった。卑しい理由であれ、シードは一人の技師として、世界一を超えたかった。

「……どうしたらあいつを越せるんだ……」

「あいつって誰ですか?」

 シードの絶叫が木霊する。

 隣にいたイノは耳を塞ぎ、

「急に大声出してどうしたんですか。ちょっとびっくりしちゃいましたよ」

「びっくりしたのはこっちの方だ! なんでおまえがこんなところにいるんだよ! てかいつから俺の真横にいたんだよ声ぐらいかけろよ幽霊かよ!」

「えーとですね……どれから答えよ」

 薄暗い中、白髪の旅人は少し困った顔で目を逸らしながら頬を掻く。

「一応、幽霊じゃなくて人間です」

「めっちゃどうでもいいことから答えたなおい」

「僕も上の工場から落ちてきたんですよ」

「……? おまえもいたのかよあそこに」

「はい。奥にあった通路の先に寄ったあと戻ってみたらなんか撃ち合っていたんで観戦してました」

 何とも言えない顔をして聞いていたシードは、わざとらしいため息をついて話題を切り替えるように話をもっていく。

「とりあえず、だ。地質学者ホビーもいねぇからさっきの地震がなんなのかわかんねぇけど、ここから出られる道は見つけておかねぇとな」

「そうですね」

 イノは立ち上がる。シードもふらつきながら立ち上がった。

「ひとつ訊くけどよ、その通路の先に何があったんだ?」

 歩きはじめたイノは振り返り、

「拠点みたいな感じでしたよ。他にも道や階段がありましたし、もしかしたら頂上に繋がっていたかもですね」

「拠点か。まぁあそこの工場の管理所とかそんなんだろうな」

 まぁあいつらはなんとかやってくれるだろ、と言いながらトンネルの方へと進む。

「あ、危ないですよ」

「あ? 何が――」

 ガシャァ……ンと2m先に吊り下がっていたクレーンとチェーンが音を響かせ落ちてきた。数コンマ後にコンクリートの柱が砕けながら落ちてくる。響く音が余韻として耳に残る。そのまま進めば下敷きになっていただろう。

「……ここが埋まるのも時間の問題ってか」

 本人は冷静に振舞ったつもりでいただろうが、イノの目には大量の冷や汗をかき、声が震え、目が泳いでいたのが明らかに映っていた。

「ですね。そもそもここってどこなんですか」

「知るかよ。山の中の地下深くってことぐらいは分かるけどな」

「廃棄場みたいなもんだろ」とシードは目の前を乗り越え、トンネルを潜っていった。

 すると、シードが小さく声を出す。チェーンが垂れ下がっている暗いトンネルの中に何かあったようだ。

「どうしたんですか?」

 イノが歩み寄る。シードは振り返らないまま、ただそれを見つめていた。

 トンネルの壁際に朽ちていた4mほどの小型戦車。しかし、砲塔は無く、竜の頭部を抽象的に模していた。その口の中に主砲が入っている。

 足元には溶接機らしき道具と工具が散らばっている。ピッケルを蹴り、戦車の後部を見る。

「マジかよ、弾薬あるじゃん」

 付属していた戦車砲弾を外し、まじまじと見つめる。

「でも使えるかは分かんねえな。……あれ、あいつどこいった?」

「こっちですよー。早く行きましょうよー」

 声の元を辿れば、既にイノはトンネルを出ているところだった。出口は案外近かったのか、と片隅で思いながら弾薬を隅に置き、その場を辞した。

 トンネルを抜け、歪んだ長い鉄階段をよじ登った先、先程よりも足場は悪く、崖のような深い穴も所々見られた。瓦礫だけではない。金属片や加工物の残骸が数百の時を経て、自然によって形作られた朽ちた世界へと化している。廃墟独特の雰囲気を与え、まるでその二人以外の時が止まっているようだ。

 隠れて埋もれている丸鋸や鉄骨に気を付けながら、先を進む。真っ暗な天井や錆び跡がついている砕けた壁を見る程、今にも崩れ出しそうだ。鉄くずの雨が降り注いでいる。

「うわっ!」

 思わず叫んだのはシードだった。

 足元には人間の頭部らしき形をしたものだったが、よく見れば人の手で作られたロボットの頭部だった。

「なんだ機械か……ビビらせるんじゃねぇよ」

「シードが勝手にビビってただけですけどね」

「うるせぇバカ。今さっき吹き出してたの聞こえてたからな」

「くしゃみですよ」

「あからさまな嘘をつくんじゃねぇ」

「そういえば変じゃないですか?」

 突然話題を変える。シードの場合、話題を変えているのかどうかわからなかったが。

「あ? 何が変なんだよ」

「人の死体一度も見てません」

「それがどうしたん……」

 言われてみれば、とシードはふと思った。

 こんな災害によって埋め立てられたような、潰れた工場に人間の死体一つあってもおかしくない。微かだが、今もガスが漂っている時点で、当時は相当な毒素が蔓延していたはずだ。

 それ以前の話、フォルディールに到着してから調査し続けて一度も死体を確認していない。白骨も見なかった。仮に数百年経ったとしても骨の一本ぐらいは見つかるはずだ。

「……」

「まぁそんなに深く考えることじゃないですよ。今はここから出て、みんなと合流しましょう」

 自分から振った話を蹴落としたイノだったが、「そうだな」とシードは考えるのをやめ、辺りを見回した。砂がパラパラと上から降ってくる。山積みになった瓦礫と金属塊が崩れ落ちた。

「俺はこっちを調べる。おまえはそっちに出口ないか探してくれ。勝手にいなくなるなよ」

「わかりましたー」

「あと、なんかあったらすぐに俺のところに……」

 少し目を逸らしただけだったにもかかわらず、その旅人の姿は忽然と消えていた。暗闇で奥までは見えないものの、せめて歩く音は聞こえるはずなのだが、全く聞こえない。ただ発光虫が辺りを仄かに照らすのみ。



 暗い道の奥、何かの光が漏れていることを確認したイノは、足場が崩れていても難なくそこへと向かう。瓦礫や鉄くずが灰のように積もった山のような坂道を登った先、先程までの道のりにはなかったものが感じ取れた。

 空気が潤っている。じめりとした湿気があり、ガス臭い毒気は全くなく、澄んだ空気が鼻腔を通る。

「緑だ」

 灰色無色の無機質な空間にはなかった鮮やかな色。辺り一面の苔や僅かな雑草、蔦、そして数輪の紫色の花。シロタマゴテングダケやムキタケなどの形様々なキノコやムラサキホコリなどの色とりどりの粘菌も棲みついている。瓦礫や軍事兵器のような金属物に生きた有機物の集合体が生活していた。

 イノは苔の生えた地に降りる。水分が多く含んでおり、透明な水が染み出てきた。壁を見ればファンやパイプに蔦が絡みつき、錆ではなくカビがへばりついていた。

 中央には溜池。奥へと続いている。壁の排水石質パイプから少しだけ濁った水が流れ出てきており、溜池は淡水魚と水黽アメンボの棲み処となっている。

「あそこから出られそう」

 木漏れ日のように光の差す場所にイノは立つ。

「今って夜ですよね……」

 しかし、光が入ってくる以上、この場所に植物が生えるのも頷ける。外へと繋がっている通気口らしき出口は数十ⅿ上。普通ならば届くはずもない。

「これはシードに報告ですな」

 そう呟いたとき、明らか別の場所から光が目についた。上から降り注ぐ光もそうだが、太陽光特有の温もりが感じられない光。イノは隔たりの壁の亀裂を目指す。

 脆そうな風化した壁の亀裂。そこから光が漏れている。イノは壁をグッと押した。 ガラガラと容易に崩れた壁の先。すすり泣く声が聞こえる。

 少女の声。それは透き通った、というよりは虚ろな音色。

 どこまでも続いた闇を輝かせているのは弱弱しい発光虫。

 しかし、それは少女の声に集まり、ひとつの煌めく星のように周囲の暗闇を消していた。

 旅人イノは箱庭のように廃墟に閉じ込められた草の庭園を十数歩進み、光の群に近づく。光は道を開ける。

 丘の上にあったのは数人の綺麗な白骨の死体。横たわっている白に囲まれ、少女は跪き、顔を塞ぎ、泣いていた。

 ただ、泣いていた。

 排水のように濁った涙を流して。

「……ここにいたんですね」

 イノは少女と同じ高さまでしゃがみ、少女の金色の髪を撫でる。リボン結びにされた赤い帯の髪飾りに触れる。

「みえないの……なんにもみえないの……」

 輝いている星の中に閉じ込められた闇は、小さな声で嘆きを訴える。あのときから、何度も何度も、何度も何度も訴えていた声はただ虚空に消えるばかりだった。

「なんにもきこえない……こわいよ……こわいよ……」

 何日も何年も求め続けた。訴え続けた。

 ひとつずつ失っていく恐怖。なにも感じなくなる孤独。

 誰一人おらず、誰にも気づかれないまま、死に、そして失っていく。

「大丈夫」

 旅人は少女をやさしく抱きしめる。

 なにも感じない。感じないはずなのに、胸から身体へ、手へ、足へ伝わっていく温かさ。それは、忘れかけていた懐かしい体温。

 失っていたはずの感覚、忘れかけていた感情。戻ってくる。

 目を閉じた少女は再び涙を流した。悲哀の冷たさはない。その涙には温かさがあった。

「日記、ちゃんと読みましたよ」

「……っ!」

 夢などではない。

 気づいてくれた。

 見つけてくれた。

 感じる。温かい気持ちが。

 聞こえる。だれかの声が。

 瞳は開かない。まだ何も見えない。

 でも、わかる。

 目の前にいる誰かが抱きしめてくれている。

「今まで、よく頑張りました。もう大丈夫ですよ」

 少女の語らない想いも、旅人に伝わっているだろう。

 そうでなければ、旅人は少女に語りかけはしない。

「あなたがずっと求めていたやさしい光、僕が探してあげます。だから……」

 少女から離れ、その白い手を小さな頬に触れる。

「笑っていてください。あなたの輝きを取り戻してみせますから」

 旅人は微笑んだ。

 少女は声を漏らし、ゆっくりと頷いた。目を閉じたまま、涙を流している。

 そのとき、後ろの方から旅人の名を呼ぶ声が聞こえてくる。イノは振り返り、

「それでは」

 と立ち上がった時、裾を掴まれる。少女は小さな口で、ひくついた声で、閉じた瞳をこちらに向けて、

「やくそくだよ……」

 確かに聞き取った。イノは再びしゃがみ、その小さな手を両手で握った。

「はい! 約束です」

 手に握った力は強かった。ニッと笑ったイノは手を離し、外へと出ていく。


「うっわ! おまえそこにいたのかよ!」

 シードは入ろうとした入口からヌッとイノが出てきたことに驚いた。

「あっはは、返事しなくてすいません」

「ホントだぜ全く。で、返事しなかった理由がその先にあったのか?」 

 シードはイノがいた場所へと足を踏み入れる。

 途端、発光虫がぶわっと飛び交った。またもシードは驚きの声を出した。

「うわっぷ……虫ばっかりじゃねぇか。……ッ! おいマジかよ、あそこにあるのって白骨じゃん。それも数人分の」

 丘の中央まで駆け、「あの虫ってカルシウムか白色に集まる習性もってんのか」とイノに問いかけるように話したが、「知りませんよ」の一言。その一言を聞くこともなく、シードは白骨を調べようとしたが、イノに止められた。

 やはり、あの少女の姿はなかった。


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