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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第三章 孤独の影光 廃島フォルディール編
37/63

第36頁 Military Operation ―作戦開始―

 薄く広がっていた夕焼けはすっかり沈み、薄明るい夜を迎えていた。小一時間もすれば星空が際立つ暗闇が訪れるだろう。

 活動している――何かの兵器を製造している工場は島の中央の独立峰の内部にあるので窓のような外を確認できるものがない。辛うじて点いている白濁色の蛍光灯が唯一の頼りだった。

「それはこの島の技術を連邦軍が既に収得してるって言いてぇのか」

 資材置き場倉庫でのブリーフィング終了間際、「はい」とシードはドレックに対し頷く。それを聞いていたチームのうち、ラックスは「んなバカな」とでも言いたげに軽く笑う。他は眉を潜めながらも黙って聞いていた。

「Tファージ型の兵器も、一般の兵として扱える柔軟なヒト型ロボットも、滞空シールドも、発案こそあるものの、それは理論上開発が可能なだけあって、現時点では実現できるものではないんすよ。構造や回路、何より原理が解ってなきゃやろうと思ってもできない」

 でも、とシードは説明を続け、

「技術力が秀でている、特にフェルディナントの発明力と開発力がこの島の設計図並の繊細な原案はっそうを実現させているんすよ。いつからここに滞在しているのかはわからないっすけど、アリオンが崩落したという情報が回ってきてからそう時は経ってないんで、長くても一週間位だろうと思うっすね」

「神速の腕を持つ『“ユーグレス歴の産業革命者”フェルディナント』……僕はてっきりアリオン領土を求めた戦争の協力で自国にいると思ってたけど、まさかこの島に来てるなんて……」

「それだけ、この島にはすごいものが眠ってるってことなんでしょ。資源も、その空想技術オカルト設計図ブループリントも」

「この島の昔の技術を奪われていることはわかった。んなことよりも今やることは、一刻も早くこの島の制圧を食い止めることだろ。この工場も既に占拠されて兵器が製造されているしよ、この調子でどんどん奪われちまうぞ」

 ラックスは急かすようにガスマスク越しで話す。三白眼しか確認できないが、それなりに顔にコンプレックスを抱いているのだろうとシードは当初思っていたことを思い出しながら、

「そうだなラックス。あ、副隊長、もう1つ……定かではなかったすけど、模擬的な『電脳技術』も開発済みの可能性があります」

「マジか」とラックスとドレックは声を重ねて同じ反応を取る。「本当に?」と博士号を得たホビーが信じられないとでも言いたげな顔をする。

 最先端技術国サントゥから由来した電脳技術。物体を電子化させ、Eメールのように遠くへ瞬時に転送できる他、端末に保存、条件付きで編集加工やコピーができるなど、多岐に応用できる。

 連邦軍のメッサー・ハインケルが使用したその技術は不恰好で未完成にも見えたが、言い換えれば独自の形で造り上げたということになる。

 遠くから大きな音が反響して聞こえてくる。ガゥン……と、金属の塊が勢いよく落ちたような音。それか、大きな扉を開けたような音。一つ上の階から聞こえた。

 その音で全員が察知する。バイロ連邦は既にこちらの居場所など把握済みだと。

「いつでも戦える準備をしろ。ブリーフィングは終わりだ」

 オービスの重い口が開く。全員の目の色が変わる。

「硬膚剤と丸薬は飲んだな? 先程の通路にあった階段に行く」

「ちょいと一服したかったんだけどな」とドレックは目を合わせる。

「そんなもん帰ってからだ。さっさと準備をしろ」

「あれ、あいつどこ行った」

 シードが口にし、辺りを見回す。

 気づけばイノが消えていた。忽然と消えていた。

「ん? そういやいねぇな。いつからいなくなったんだ」

「おいおい、旅人ってのはこんなに身勝手な種族なのか?」

 自分も含め、誰も気づかなかったことに疑問と苛立ちを覚えたが、軽口を叩いたラックスを無視し、またひょっこり現れるだろ、と軽い気持ちで気にすることをやめた。


     *


 岩肌を露わにした山頂付近の崖際に建っている測候所。そこの入り口前にもバイロ連邦の拠点があったが、即席でつくられたようで、軍用の大きなテントが4つ張ってあるのと、測候所のすぐ傍に発電所らしき小さな施設があった。そこにも山内部へと続く坑道がある。

 その測候所はプロペラのついたロープウェイがあり、乗り降り場が付属している。バイロ連邦なりに修復したロープウェイはゆっくりと正方形の高い屋根のついた着陸点に移る。

 歯車が止まり、ロープウェイを吊る鉄線が止まる。頂上故の寒い風が吹き通る。外は暗く、辛うじて海に映る光が反射して見えるだけであった。

 スライドドアが開き、カツン、と靴の音を鳴らして出てきたのは黒灰色を統一した軍事勤務服を着た160ほどの金髪の女性。黒いネクタイを着けた褐色のシャツの上にふた付きポケットが胸、腰に二つずつある黒いスーツを着用している。スーツの上にベルトとベルトフックがつけられており、あまりトップが高くない軍の制帽を被っている。そしてバイロ連邦国の腕章。

 バイロ連邦軍のこの派遣隊の統括であり、世界が認めた神の手を持つ天才技術士――大佐フェルディナントは早歩きし、側近のようについてくるユンカース中尉と共に測候所の扉へと向かう。その場にいた、待機していた兵の誰もが敬礼をしている。


 測候所二階の操作室。その施設の中で最も広い部屋には数々のコンピュータボックスが並び、コードが奥の操作装置へと接続されている。コードは壁を突き抜け、路上パイプのように発電所、坑道の中へと続いている。

「ハインケル、調子はどうだ」

 すでにこの部屋の全兵、そしてここの拠点を統率していたメッサー曹長はフェルディナントに敬礼をしている。強張った表情でその人形のような顔立ちと無機質さを感じさせる大佐を見る。鋭くしている若葉色寄りの藍色の瞳は若い女性であるにもかかわらず、威厳さがあった。

「はっ、予想以上にシステム回路に不備がありまして、やはり百年以上も廃れている、それも我々とは文化と技術の違う独特の回路を繋げるのは少々――」

「言い訳はするな。あと何分で回復する」

「も、もう少しで」

「何分だと訊いている」

「じゅ、十五分程あれば十分かと……」

 それを聞いた操作室の五人の工作兵は必死に操作盤のスイッチやキーボードを操作する。他の工作兵も急いで作業を進めた。

「おいおいメッサー曹長、それでも名のある技術者かってぇの」

 後ろからユンカースが鼻で笑いながらメッサーを小馬鹿にする。普段ならば冗談交じりにでも言い返せられるが、何せここには最高指揮監督のフェルディナントがいる。返事することさえもできない。

「全体の復帰はまだできませんが、一部の回復なら可能です」

「それにしたって、そろそろ回復してもおかしくはない。そうだろう?」

「そ……その通りです」

「全ブロックが回復しなければ作業は困難。それに、目標も得ることができない。おまえに責任が伴っていることを忘れるな」

 すると、ユンカースが何かを思いついたような顔で訊く。

「そういえば大佐ってぇ、潜水艦内でずっと作業していてほとんどこちらに顔を出しませんでしたけど、一体何を開発していたのですか?」

 フェルディナントは凛とした、一貫性のある声で答える。ユンカースに向けられた瞳も美しいものがあったが、やはり鋭さを感じさせる。

「タンクがこちらに向かってきている。お前たちに関係するものだ。そして、全兵にもな」

 腕を組んでは金髪を揺らし、緩やかに口角を上げる。

「しかし、まずはシステム回復からだ。そうだろう、ハインケル」


     *


 資材倉庫から管が敷き詰められた廊下に出、上の階へ登る。

 先程飲んだ即効薬が効き始め、腹が満たされるような感覚と肌膚が乾燥したような感覚、そして気にもしない程度の痒みが生じる。

 照明は点いているが、明るいというわけではない。何かよくわからない砂粒と液体の乾いた跡が目につくが、特に気にすることはなかった。

「この先だ」

 ドレックが両開きの分厚いスライドドアを指す。

「どうだ、ホビー。向こうに連邦軍はいるか?」

「……今のところ、何も反応はないみたいだ。誰もいないよ」

 ラックスの言葉に答えたホビーの手には熱探知機らしき装置を握っている。壁などの隔たりでも透過し、生体熱と音特有の振動をキャッチできるようだ。

「参ったな、扉が歪んでいて開かない」

 ダリヤが力いっぱいドアを開けようとしても数センチ開くだけで、それ以上はビクリともしない。ドレックはシードの肩を叩き、無言の指示を出す。

「イエッサー」と軍人らしくない声量で2mほどの大きなドアの前に立つ。念のため、他のメンバーはシードから離れ、壁の隅で武器を構える。独創的なデザインのライフルとサブマシンガンのような武器。瑛梁国独自の武器だ。

 ワイヤーと手のひらにつける電磁石コイルが特徴の電動義手に近い手作りガントレットを右腕につけ、ドアに手のひらを当てる。

 ホビーの懐に下げていた音と熱で反応する生体探知機からピピッ、と音が鳴った。

 分厚い鉄扉を打ち破る凄まじい音。だが、鉄扉はシードの方へ飛んできた。

 何かの冗談かと誰もが思った。S極とN極を間違えたのかと考えた。しかし、その鉄扉の吹き飛び様は向こう側の衝撃によって打ち破られたという理にかなった常識的な発想へと切り替わった。

 シードはトラックに撥ね飛ばされたように、飛んできた鉄扉と共に身を浮かし、廊下奥の曲がり角の壁に衝突する。鉄製の錆びた、脆い壁は砕け、鉄扉が壁の向こうへめり込む。それはダイナマイトで岩壁を爆破したような音だった。

「――ッ!? リトー!」

 椀のように凹んだ大きな鉄扉の上には2mの人型巨漢兵器ロボットのリトーが倒れていた。レンズライトの発光ダイオードはまだ点いている。だが、腹部の合金鎧が欠けていた。

 オービスを始め、誰もがドアの合った境界の先を睨む。銃口は既に向けられている。

 その先は製作場のような広い空間。ずらりと並ぶ巨大な製造装置がエレベータのある運搬用フローリング一枚下に敷き詰められている。同じ部屋にして階層があるようだ。

 誰もが思う。重火器並の重量と火力をもつリトーを車に轢かれた猫のように吹き飛ばした何かがこの先いると。しかし、薄暗い空間の先を見ても、何もいない。

「リトー! 生きてるならなんか言え! 無事なのか!」

 視線を一切変えることなく、後方先に背もたれかかっているリトーに声だけをかける。その機械と数十種の金属と脳髄で構成された生きた人形は身体を震わしながらモーター音を奮い、起き上がる。体に乗っていた礫がパラパラと床に転がる。

「俺は無事だ隊長! けど注意してくれ! あいつらただの軍隊じゃねぇ!」

 向こう側の薄暗い空間が一瞬だけ歪み、現れたのは十人の武装兵アサルト・アーマーと2m半はある三機の人型殺戮兵器ウェポン・ヒューマノイド

「クソッタレ! さっきは反応なかったんじゃねぇのかよ!」

「ステルスだ! 数種類のステルス機能を同時に使ってたんだよ!」

 ドレックの怒鳴り声が響き、勘付いたホビーがそう答えた。しかし、探知機が反応しなかった原因を今いったところで、この現状を打破することにはつながらない。

(光学ステルス……シードの言う通り、連邦軍は非実在の技術モノを……)

 オービスは数秒のみ思考を続け、そして指示を出す。これは正しい判断なのか。否、この限られた状況の中で正しいも何もない。

 敵は紺色のマキシム系水冷式機関銃型口径12.7mm機銃を軽々しく持ち、オービスたちに向ける。余裕があるのか、すぐに撃つことはなかった。しかし、それは確実に撃ち当てるという意味でもあった。

「作戦開始だ! プランβ(ベータ)を実行! ドレック!」

了解イェッサー!」

 ドレックは脚部の金属棒を抜き、レバーを引き出す。すると、半径三㎝長さ二十㎝の金属棒がカシュ、と蒸気と共に展開し、遠隔式爆弾投射器スティッキー・デトネーター型のような形状になる。レバー部分はグリップとなっていた。

 ステイク式収納型空圧発射無反動砲。

 火薬は不要。弾は大気むせいげん

 しかし耐久デュラビリティ再充填リロードに制限有。

 重いトリガーを引く。

 電磁弁ソレノイドバルブが開き、見えない流体を流し込む。サージ電流が発生。

 圧力容器に不可視の弾丸を溜める。空圧アクチュエータが物質的運動力へエネルギー変換。電力を消費。銃口周りの縁の内部には飛行機の翼のような流線型の傾斜があり、それによって風量が増し、周囲の空気をも巻き込むことで風を増幅。

 既に数十の弾丸がドレックらに迫ってきている。

 その機関銃の最大弾速、秒速1000m。

 その空圧砲の最大風速、秒速……40m。

 尚、発射流体は乱流系、最大風速70m。

 それは、鉄塔をも容易に薙ぎ倒す威力。

「――ぬぐぁッ!」

 無反動など、ただの飾り言葉。

 暴風ストームの具現体。見えぬ牙は入口の鉄縁ごと食い千切る。

 構えが正しくなければ上肢と下肢が綿のように容易に別離しただろう。

 しかし、その自然の脅威を再現した軽量兵器は、迫りくる銃弾と軍隊だけでなく、プランβをも吹き飛ばした。

 発射するのは何も吸い込んだ空気ものだけではない。外部の空気も流動することで、より広範囲の風圧が雪崩のように押し迫る。

 目の前の製造工場内部が鉄くずの山と化す。十の軍兵は奥へと吹き飛ばされ、壁や天井を突き破っていった。

 そして、使用者のドレックも反動で風に乗る鳥のように滑空しながらリトーの機械鎧のボディに突撃する。再びパイプのはみ出た壁に激突し、山内の岩盤が露わになる。室内により暴風が空間内に巡り回り、使用者以外もそれなりの影響を受け、壁際まで飛ばされていた。

「いっつぁ~……話違ぇぞあのマッド野郎、何が拳銃程度の武器だ」

 ドレックは起き上がり、シードが製作した空圧砲をみる。工学的技術に関しては素人ではないドレックだとはいえ、何をどうしたらこのようなバケモノ兵器ができあがるのか理解できなかった。

「こいつぁすげぇ……けどもう使いたくねぇな。身体がぶっ壊れそうだ。……大丈夫か、リトー」

 ドレックは自分の下敷きになっているリトーから降り、声をかける。

「あぁ……なんとかな」

「何はともあれ、無事でよかったぜ」

「本当に無事でよかったです」

「これでも結構心配したのよ?」

 ラックス、ホビー、ダリヤはリトーに声をかける。みんな安心したかのような表情と声色だった。オービスも薄っすらとだが、安堵した表情になり、小さなため息をついた。

「さて、この後はどうする。敵はぶっ飛んだものの、こんな有様じゃ道がなくなったようなもんだ」

「いったん引き返した方がよさそうね」

「そうだな。隊長、一旦戻って別の道を探すってことでいいか」

「おいちょっと待てェ!」

 リトーの後ろの岩盤にめり込んだ鉄扉がバァン! と吹き飛ぶ。ガラァ……ンと鉄の塊が床に転がる。中から血を流したシードが息を切らしながら全員を睨みつける。

「あれ、おまえ今までどこで道草してたんだよ」

「そして今も尚扱いがひでぇ!」とシードは小さな金髪の頭を抱え、嘆く。

「この砲弾みてぇにぶっ飛んできた金属野郎に巻き込まれてずっとドアの下敷きになってたんだよ! 死ぬかと思ったわ!」

「うるせぇ金髪野郎。声が響くから叫ぶのやめろ」

「てかこいつと俺の扱いのギャップな! 気づかれてないってあんまりだぞ!」

「でもシードって性格的にもそういういじられポジ……あ、ごめんなさいなんでもないです」

 ホビーの言葉を目だけで静止させた。頭から血が流れているが、特に貧血のような症例は見当たらない。

「シードなら大丈夫だろうと思ってたが、案外ダメージあったんだな」

「隊長、アンタまで冗談言われちゃ困りますぜ」

 ガシャン、と音がした。少し距離がある。砂利のような細かい粒を踏み鳴らしたような音。

 前方からだ。全員が同じ方向を見る。

「……ッ、おいホントかよ」

 シードは半ば驚いたような声で呟く。

 その表情はどこか笑みが含まれていた。

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