第35頁 鬼龍の血
この章の登場人物紹介
イノ
旅人と名乗る性別の判別ができない白髪赤眼の若者。リオラの合流を求め、途中で出会ったシードとリトーと行動を共にする。
茶褐色のブーツと藍色と黒の混じったジーンズ、黒のコートの下にはカッターシャツのような白い服と黒のアンダーを着ており、赤いマフラーを腰巻として着けているのが特徴。淡々とした性格で、影が薄い。
リオラ・G・ペルテヌス
厄神の祠の大黒鋼に閉じ込められていた赤毛の竜人族。2mある筋骨隆々の年若の男であり、災害級の筋力や竜の臓器器官をもつ。流れ着いた無人島の脱出とイノの合流を求め、瑛梁国の国家直属憲兵団緊急選抜隊との行動を共にする。
金と白の刺繍が施された赤っぽいカンフー着のような軽装を身に纏っている。好戦的で食欲旺盛。
【瑛梁国国家直属憲兵団緊急選抜隊】
稀少鉱石「ルミナスの柱」を始め、豊富な化石燃料、金属等の産業資源の回収と、無人島「フォルディール」の「再起動」を防ぎ、完全停止することを目的とした国家派遣の少数精鋭。全員が技師であり、採掘士でもある。
オービス・プロセル
選抜隊隊長。メンバーの事を常に考え、強い意思を持つ40代半ばの生粋の軍人。妻子持ち。
ドレック・ポートマン
副隊長。若い風貌だが、運動能力が優れており、近接戦は選抜隊で最も優れている。サルベージと航海士の資格を持つ。顔の割に女ができないことに悩みを持っている。
ホビー・フルード
気が弱いが、知識が豊富な地質学博士号所持者。武器は取り扱えるが、近接戦は得意ではない。ドレックより年下だが、既婚済み。
ラックス・メイカー
数多くの武器兵器を身に纏うガスマスクを着けた巨漢の軍卒。豪快な性格で、よく冗談を言う。趣味は裁縫。
ダリヤ・ディヴィー
ロボット関係の機械技師である女性軍人。冗談の通じない毒舌の持ち主だが、仲間の事は大切に思っている。銃を使うのが大好きで、休日は狩猟をよくやる。
シード・ステイク
三十路手前であるが、どうみても金髪の少年にしか見えない自称天才エンジニア。マッドサイエンティストとチームから称される程、狂気ある兵器づくりを生きがいとする機械フェチ。見た目は人間だが、隊で唯一の異人種であり、リトーと同様、出身国も異なる。
リトー・チューナー
大型機械を操縦でき、危険物も取り扱える軍卒。紛争で瀕死の所をシードに拾われ、2mの殺戮兵器ロボットの身体にされる。恩人であり、製作者であるシードの事は嫌っている。改造前は即席麺が好物だった。
【バイロ連邦軍「EH-06」】
フォルディールの資源と独特な技術と兵器設計の回収を図る超大国の特殊編成派遣部隊。崩落しかけているアリオン帝国の領土を求めた戦争に、完全勝利と戦争参加国をすべて植民地化するための圧倒的な軍力『古代兵器』の復活を求める。
フォン・フェルディナント
連邦軍大佐兼特殊部隊最高指揮官を務める20代の女性。同時に開発者であり、天才的な技術力と発明的頭脳を持ち合わせる。ショタコンである噂が軍の間でもちきりになっている。
リピッシュ・タンク
連邦軍大尉であり、武装隊隊長を務める40代の大男。戦闘を好み、世界で1,2を争うほどの強さをもち、その実績と素顔がわからない顔面プロテクトから、軍からも畏れられる程。しかし、人間的な面の問題で昇格できていない厄介者。妻と一人娘にはめっぽう弱い。
ユンカース
連邦軍中尉の異人種。40代ほどであり、機械修理と武器開発に務めている。コンプレックスである肌の色は合成被膜でカモフラージュしている。体質よりフェルディナントの実験対象にされがちなのが悩みだが、好意的によってくるので悪い思いはしていない。
メッサー・ハインケル
連邦軍曹長兼調査隊隊長を務める30代の細身の男。機械の操縦を得意とし、搭乗すると荒っぽい性格に豹変する。独身だが、特に気にすることはなく、車のコレクションに熱中している。
その場にあった装甲兵員輸送車や鉄色の重兵器が、つむじ風に飛ばされる落ち葉のように舞い上がる。
空に舞うは鉄と炎。それらが織りなす竜巻の目には赤き竜人族の姿。彼の拳は大地を突き、赤く燃え滾っている。その拳は噴火にも形容できる火流の渦と数トンもの重機を台風に飛ばされる家の如く転がり舞うほどの分厚い爆風と衝撃を引き起こし、それは要塞として利用されている観測所の三分の一を容易に崩した。
「――どぁあ!」
窓際にいたリピッシュは壁ごと吹き飛ばされ、館内の端の壁に激突する。無線機を手放し、転送されてきた大佐からのドリンク瓶を落とす。それらは床に転がった。
『――どうしました、リピッシュ大尉! 応答してださい! リピッシュ大尉ッ!』
雑音に混じり、こちら側の爆音に気が付いたメッサーの真剣な声が、無線機越しで聞こえてくる。
「……こんの、今になって繋がるかよ」
プロテクトで覆われた顔面を歪ませ、笑うように歯を見せる。
しかし、そう言ったときには既に電波が届かず、再び連絡が途絶えてしまった。
空から戦車や近くにいた故に巻き込まれた兵が降り注ぐ。爆炎は一瞬の発火の如く、空へと噴き上がっては消える。赤く染まり、燃えていた腕は人肌の筋肉質の腕へと収まり、その赤髪の竜人――リオラは起き上がる。
金と白の刺繍が施された赤褐色を強調した軽装のカンフー着。捲くられた袖からみせる筋張った腕はその名の通り、竜の腕を連想させる。鬣にも似たオールバックの大男は半壊した基地を一瞥し、一歩踏み出した。
そのとき、リオラの顔面や上肢に数弾の爆発が襲う。無事だった軍兵の肩には85mm無反動砲が担がれていた。
巻き上がる爆炎と黒煙。風で流され、露わになったのは倒れた竜人の死体ではない。依然と変わらぬ姿勢でリオラは撃って来た方へと睨む。
「ここで間違いねェようだな」
「何が目的だ!」と上位らしき軍兵が射撃体勢を取ったまま、動かずに――否、動けずにいた。山頂付近の寒い風が首筋を撫でている。
竜人族の乱入。その侵入者の一撃で抉れた基地は、内部にいるリピッシュの視点から見れば、薄暗い夕焼け空と火の粉、そして落下していく鉄の塊が広がっていた。
打ち付けられた身体が内臓に響き、脈拍を狂わせている。うまく呼吸が出来ず、身体も怯んで動きづらい。
(『異人種』か……。中でも厄介な人族。いやちげぇな、その中でも厄介な輩か)
「……」
あらゆる異人族の強者を殺してきた経歴のあるリピッシュだからこそ、遠くにいるリオラの強さが威圧を通じて分かった。
天井が崩れかかる。下の柱がガラガラと崩れる音がした。
床が揺れる。この階が雪崩のように崩れるのも時間の問題だろう。
この危機をどう打破するか。現に部下が犠牲になっているかもしれない。そう考えたときに目についたのが、傍に転がっていたドリンク瓶だった。
(大佐からの……)
あの大佐のことだ。ただの栄養ドリンク剤ではないはず。それか、あのキチガイ軍医の代物か。
そう判断したリピッシュは起き上がり、その液体の入った褐色瓶を咄嗟に掴んだ。
「あそこからだな」
兵の言葉をも無視し、崩れかけた基地の二階を見る。その瞳は獲物を狩るそれだった。
「普通の砲弾じゃダメだ! 対戦車ミサイルで撃て!」
軍兵一隊は弾を装填し、十数もの対戦車ロケットを放つ。もう一隊は損傷していない重火器を操作し、対戦車ミサイルを数発撃つ。
盛大なる爆炎が足場ごと崩した。削れ、吹き飛び、雪崩のように砕けた岩が急な山坂を転がっていく。
しかし、それと同時に基地の二階からガシャアン! と激しい物音がした。
そして、大きい単振動と共に根のように地面に深い罅が刻まれる。
「――ッ、まさか」
「タンク大尉が!」
揺れを耐え忍んだ後、兵はすぐさま行動へ移る。しかし、それはあくまで補佐として動いたのであり、決して上司を助けようとしているわけではない。
その理由はあまりにも単純。
「テメェから鬼の匂いがするなぁ。それも赤鬼の血が」
崩れかかった歪んだ基地。リピッシュはリオラに一階まで床ごと叩き落とされ、身体の半分ほど地面に埋まっている。
「ぐ……ぁが……ッ」
(この竜人族……! なんっつー馬鹿力だ……ッ)
外部に漏れた衝撃による破壊力でさえ凄まじいものだが、それ以上にリピッシュに打ち込まれた衝撃が彼の体内で激しく反響している。それ故に怯み続け、リオラの姿を拝むことしかできないでいる。
「それと、『竜』と同じ匂いもする……オレの欲しかったものを先に喰ったようだな」
瓦礫を踏む音。竜人が近づいてくる。重圧が増してくる。
何のことだかわからないリピッシュだったが、もしや、と記憶を思い返す。
「『鬼龍の血』。そんなモンどこで手に入れたんだ……ッ!」
鬼気溢れる表情で問い詰める。
龍の中でも特に恐れられている鬼龍種の血液は酸素や栄養を運搬するための役割だけでなく、狩り、つまり闘争に必要な力、闘志、パフォーマンスなどの向上に関係する血統因子が含まれ、関連のホルモンを過剰に分泌させる。
また、アドレナリン、インパルス発射頻度が著しく増加し、神経伝達も早くなる。高速的な破壊と再生・超回復を促す遊走性のアメーバ状のファージが血球に棲みついている。
血液に含まれる『龍』の因子と『鬼』の因子。それらを含む『鬼龍の血』は猛毒であり、人体に入れば細胞が大量死し、再生する前に中枢神経が機能停止する。耐久できない余り、臓器不全に陥る。
微量でも十分な猛毒。だが、同時に人並み外れた増強剤にもなる。
リオラはその右足でリピッシュの首を踏み込むように踏みつぶす。更に地面が割れる。
「――ッ!」
喉が潰れる。
脊髄が潰れる。
この時、リピッシュは明らか死亡していた。
だが、宿った血液が、死を否定した。
ドグン、と停止しかけた心臓が脈打つ。
ドグン、ドグン……! 脈拍は早まり、張り裂けんばかりに膨張する。血が沸騰している。五臓六腑が暴れている。筋骨が膨張している。全細胞が軋み、悲鳴を上げている。
損壊。
再生。
増幅。
損壊。
再生。
増幅。
神秘的で残虐的なサイクルが一人の男の中で行われている。それも、数秒の間で。
鬼龍の血は叫んでいる。謳歌している。渇望している。数多の血肉を。飢えた心臓に血を浴びせようと求めている。
悲鳴を上げていた細胞は、殺気溢れる雄叫びを上げていた。
「あがっ、げぼッ、おぅえ……!」
息を吹き返した。
その男の表情はプロテクトで分かりづらかったが、苦悶に等しいそれだった。だが、潰れたはずの首が完全に再生している。
一瞬の再生。あの薬品瓶に鬼龍の血以外にどのような成分が含まれていたのか。異人種の血は人間の身体に適合していた。
(……ダメージはある。けど適合が早ぇ。飲んだ時点で手遅れだったか……!)
ただ、「鬼龍の血」にもうひとつ説明を加えるとするならば、
「げほっ……やってくれたなァ、竜人族」
その血は強い肉体と強い意思を持つほど、比例的に効果を増大させる。
――ズドォン!
銃声でもない。
砲撃でもない。
雷鳴でもない。
割れるような何かの衝撃音が山に反響し、天を裂くほど響き渡る。
海を割り、山をも砕く獄龍の名が付く竜人の肉体は流星の如く一直線下に吹き飛び、下の別の山峰へ激突する。数秒後に衝突音が木霊し、崖下の景色を見れば、崖崩れが起きていた。
一撃。
その筋肉は鋼の腕そのものだった。
重機に劣らぬ重圧。
兵器に相当する威圧。
ただでさえ隆々とした筋肉。大きさとしては然程変わらず。だが、更に一回り幹が纏った、竜人の腕と化していた。その結果、全長3㎞を誇る白鯨を殴り飛ばした異常な竜人を殴り飛ばしたのだ。
これが、鬼龍の血。
これが、ゴスタニア大陸最強。
「……ハハ、こいつぁすげぇ代物だな」
傷などとうに塞がった。
細胞が生まれ変わった瞬間。遺伝子が融合された瞬間。
それでも、鬼龍の血はその肉体を食い殺そうとしている。だが、不撓不屈の男は、内側から飛び出さんばかりの血を、自身の血管を張り巡らせ、無理矢理「血」を服従させた。
崩れきった瓦礫の廃墟からその男が悠々と歩み出てくる。
素顔を失った大陸最強の連邦軍大尉、リピッシュ・タンク。
「全兵、場所を移動する。A地区の拠点へ急げ」
今、鬼龍の潤うこと無き魂を継ぐ。
*
そこは、坑道にしては殺風景だった。
発火筒を着け、辺りを照らす。続いている洞穴の先へ照明弾を撃ち、暗き道を示した。その照明弾には発光する液体も入っていたのか、地面にこびりついた緑色の液体が足元を照らしてくれている。
「坑道にしてはもう少し何かあってもおかしくないだろ」
トロッコを運ぶ線路どころか、壁に伝う電線コードも、洞窟内を支える木製の骨組み門もない。申し訳程度の数の点灯しないランタンが天井に吊り下がっているだけだった。
「というよりは防空壕みたいですね」
イノはきょろきょろと見渡している。足場が悪く、何度か転びそうになっているのが危なっかしい。
「なんかから避難していた場所ってことかよ。有害ガス発生していた場所なのにか」
「そこまでは知りませんよ。言ってみただけです」
それで、とイノは続け、
「シードが驚いていた人って誰なんですか?」
足元の緑色の光と手に持っている赤色発光の発火筒で赤緑に照らされているシードの表情が僅かに変わる。躊躇ったかのように感じた間の後に、口を開いた。
「ちょっとした顔見知りだ」
「そうなんですか、どうやって知り合ったんです?」
「そんなのどうでもいいだろ」とあしらい、紛らわすように別の話を設け出す。
「一般的にフォン・フェルディナントはバイロ連邦軍の中でも、他の国でも有名な天才開発者だ。生まれつきの天才で、5歳で手作り発電機を作ったのが始まりだ」
そして、歯を噛み締める。憎しみの籠ったような強い感情だ。
「最年少で科学賞とか、コンテストで最年少で金メダルとか、憎たらしいほど、嘘っぱちぃ功績を残してきたのが腹立つ。しかも俺より5つも年下なのがプライドとして許せねぇ」
「それはシードの問題ですよね」
もっともな言葉に反論する気は起きなかった。
「……つまりだ。天才である俺にとっては邪魔な存在なんだよ。会ったら職辞めて旦那見つけてそこらにいる普通な奥さんになれと脅してやる」
「やることが平和で安心しました」
しん、と静まる。ただ乾いた足音が坑道に似た何もない洞窟に響く。シードはそこらで拾った物らしき古いゴーグルを付け直し、金色の髪を掻く。
「……まぁそんな下らねェ話はさておき、だ」
発火筒の光が弱まってくる。二本目の発火筒を取り出す準備を始める。イノは拾った石で乾いた石壁にガリガリと歩きながら石灰色の線を描いている。
「バイロ連邦の軍事組織には数人もの天才がいる。フェルディナントを始めに、治療と細菌兵器に貢献しているレイド軍医や戦略の天才のアドルフ大将、武力の天才ジェーズ准将、鬼の肉体をもつ世界一、二を争う破壊力を持つゴスタニア大陸最強の「剛龍殺し」リピッシュ大尉……圧倒的な人口と労働力と資源みてぇな裏で支えているモノだけじゃねぇ。そいつらの存在もあって、バイロ連邦に手出しできない状況にあるんだ」
「へぇ~」と関心ある返事をする。しかし、それがどうしたと言わんばかりの顔にシードは「気が狂うな」という目で溜息をつく。
「どれだけやべぇ奴等なのか全くわかってねぇようだな。まぁおまえもやべぇ奴なのはさっき見て分かったけど」
「すごさはわかりますよ。でも、驚いたり怖がる理由にはなりません」
その言葉に呆気にとられる。ガス臭さが一層強く感じた。どこかの穴から漏れているのだろう。
「おまえって……命知らずなんだな」
「軍隊よりは命大事にしますよ」
「よくいうぜ。つっても、まだおまえのことよくわからねぇけど」
「まぁ会ったばっかりですからね。僕はイノって言います」
「とっくに聞いたわアホ。お、なんか出口っぽいなあそこ」
出口というよりは、ただ壁が壊されたような形跡だった。その先にまた施設らしき内部が見える。近づいていくにつれ火薬の匂いと石ころの数が増していく辺り、先程爆発か何かで防空壕の壁を壊したようだ。
「山の中にも建物があるんですね」
「俺たちを待たずに先行ったってのかよ。少しは待ってくれたっていいじゃねーか」
そう文句を零しながら潜り抜ける。
潜り抜けた先は、今まで見てきた廃屋や廃工場などではなかった。シードは少しばかり目を丸くさせる。
「おい、この工場……動いてねぇか?」
工場というには古く、幾分物足りなさを感じる。しかし、頼りない白い照明も、何処からともなく聞こえてくる電動音も、金属音も、機械音も、工場が動いていると思わせるには十分な要素を満たしていた。
目の前に広がる埃漂う空間が柱を介してずっと奥まで続いている。高い天井の構造を見る辺り、いくつかある階層のひとつだと判断した。
コンテナのような機械を始め、何かの機械の塊が流れているベルトコンベア、両側には部品取り付け・溶接の役割を果たすロボットアームのようなものが自動的に巧みに動いている。オイルの足りない、歯車の擦れる音がする。
「動いてますね。普通に」
「待てよ待てよ待てよ。つーことはよ、ここって既にバイロ連邦が占拠してるって事だろ」
「ロボ男さんもこの先行ったってことですよね」
「今は見回りとかいねぇようだな。あそこの上の扉行くぞ」
シードは奥の階段を上った先の鉄扉を指差す。イノはただ頷いた。
兵やあるかもしれない監視カメラに警戒しながらも、広い空間で動き続けているものを見続ける。
今にも壊れそうなコンベアや形の悪い錆びついた工業用ロボットも、見た目とは裏腹に緻密に何かの機械を量産している。
「なんかの兵器でも量産してるんですかね」
紺色の装甲なしの部位から見える無数の歯車とプラグ、ヘッドライト、そして銃弾の格納室と薬室。僅かに匂うオイル臭さ、鉄臭さ。
「それ以外考えれねぇだろ」
そう言った後、シードは黙ったままベルトコンベアを見続ける。何かを考えている。しかし、腑に落ちない。そんな表情だった。
「電力はどっから供給してるんだ……?」
「あれじゃないですか? 自家発電みたいな」
「工場ひとつ動かせるぐらいのものがあったら是非とも拝んでみたいものだ」
「それかどこかの発電所を動かせたか、ですかね」
「かもな」とシードは階段先の鉄扉を開ける。錆びついているのか、結構な力を入れないと開かないようだった。
金属とコンクリの擦れる甲高い音を鳴らすも、中々開かないことに苛立ちを覚えたシードは「クソッタレ」と舌打ちをしては、右腕にワイヤーと金属ギプスが組み合わせられたようなガントレット・レッドを装着し、掌の薄いコイルをドアに押し当てた。
鉄扉は大きく凹み、鉄の千切れる音が銃弾のように山内の施設内に響く。数十キロはある鉄の塊は前方に吹き飛び、床に叩きつけられるような音を響かせる。
打ち破った扉の向こう側。何かを察知する。
シードは咄嗟に腰の自作銃を左手に構える。小型軽量化した五連装口径五mmのミニガドリング銃。小さいというものの、重たいのか、拳銃のように持つというよりは、腕に乗せている様にもみえる。
埃が巻き上がる。近くの資材に身を隠している相手も警戒しているのか、中々撃ってこない。
一瞬だけ数が見えた。しかし、分かったのはそれだけだ。
「……かかってこいよ! 腰抜けめ! それでもバイロの軍かよ!」
「シードと似たような服装でしたね」
「え?」
シードの後ろにいたイノの言葉に疑問を持つ。同じ服装――採掘士と軽い武装姿をシードは思い返した。
「その声……シードか!」
向こうから声が聞こえ、出てきたのは防弾着を上に着た黒いタンクトップ姿のドレックだった。男らしい顔立ちと金髪で誰だかわかったシードは銃をしまい、数歩前へ足が動いた。
「副隊長! てことは……」
「俺たちもちゃんといるぜ!」
ラックスを始め、ダリヤ、ホビー、そして隊長のオービスも資材置き場の影から身を出してきた。
「よかったー、探してたんですよシードさん」とホビーは安堵した表情で迎える反面、「おまえはどこまで人様に迷惑かければ気が済むんだ」とダリヤは眉を潜めていた。
「とにかく、無事でよかった」
オービスは笑顔は見せないものの、そう言ってくれたことにシードはほっとする。変に怒られたくない思いが微かにあったからだ。
安堵して落ち着いたとき、誰もが気付いていたことをドレックが問う。
「リトーと一緒じゃないのか?」
「さっきまでは一緒だったんですが、ちょっといざこざがあって別行動になってるんすよ。でもこの施設内にいるのは確かです」
「そのいざこざってのは内輪もめとかじゃねェだろうな」
冗談めかしたラックスだったが、冗談に乗らなかったシードは真剣にみんなに話しかける。
いつもはふざけたことや冗談が大好きなシードがそのような表情になるのは、それ相応の問題事が起きたということに直結する。内四割ほどはどうでもよいことだとも全員把握して。
「今回はそんなんじゃないっすよ。この島に既にバイロ連邦が占拠していたんです。先程も襲撃を受けて、まぁトーゼン一網打尽にしてきましたけど」
「……っ、やっぱりバイロ連邦だったか」
「え、副隊長らも襲撃を?」
「それらしきものはな。無茶苦茶だったぜアレは。砲弾の雨だぜありゃ」
「ドレックさん、ここで話すより一旦落ち着ける場所でお互いの情報を交換した方が……」
「あぁそうだな。ホビーの言う通りだ。今はバイロのクソッタレもいねぇみたいだし、場所を変えよう。いいよな、隊長」
ドレックは首だけ振り返り、隊長に許可を貰う。ただオービスは頷いた。
全員は歩き出す。この部屋は資材置き場のようだが、それでもいくつもの兵器を入れるには十分な広さだ。
「じゃ、補給も兼ねてブリーフィングだな。あそこの物影がいいだろう。シード、反省文はしっかり考えてるな?」
「ちょ、勝手に逸れたことの反省っすか?」
「なんだ、わかりきってるじゃねぇか」とドレックは手に肩を置き、ニッと笑う。
「あと、酸化オスミウムの刑な」
ダリヤは人差し指と中指を鼻フックでかけるような仕草を見せつける。その表情は本気だった。
青灰色金属とは、全元素の中で最も比重が大きく、最も密度が高い遷移金属である。粉末は空気中に触れれば特有の刺激臭を放つ猛毒の酸化オスミウムを容易に生じさせ、特に目の粘膜に対して危険性が高いが、吸い込んだり、肌に触れるのも十分に危険な酸化物である。
当然、その危険物と冗談が通じない女軍人の性癖を把握しているシードは、言葉通りゾッとした。
「は? オスミウム!? ちょっとマジで勘弁だってそれは! ……あ! あぁそうだった! まだ紹介してなかったぜ!」
シードは話を逸らし、傍にいるイノを紹介しようと腕を回し、イノの右肩に右手を置く。その瞬間、全員がイノに注目した。「えっ」と声を出した者や目を丸くしている者もいたが、シードはその理由を理解することもなく、
「こいつはな、島で会ったんだ。リトーも知ってるぜ」
「イノです。旅人やってるんですけど、リオラっていう赤い髪のおっきな人探してるんですよね。見かけませんでした?」
少し戸惑っていたドレックだったが、その質問に反応し、「あぁ」と言っては、
「さっきまでその男と行動していたんだ。けど襲撃のときに『やることができた』っつって、どっかに飛び出していっちまったよ。そいつも一応、おまえを探していたらしいけどな」
「そうなんですか」と言っては、「リオラもそれなりに勝手なんですね」と一人感心していた。
オービスが立ち止り、回れ右をしては全員をその鋭い眼でみる。
「この辺りでいいだろう。この島がバイロ連邦に乗っ取られかけている以上、ブリーフィングは手短に行う」
*
独立峰の次に高い山峰は、吹き飛ばされた一人の竜人の衝突でがけ崩れが起きていた。地層が露わになった壁面に、リオラが化石のように半身埋まっている。息もあり、意識もまだあったが、腹部と口から血が零れている。
(あれが……鬼龍の血か……)
咳き込み、血の混ざった唾を飛ばす。全身が麻痺して中々動こうにも動けない。
リオラの求めていた鬼龍の血は人間には猛毒であれ、強い個体の竜にとっては刺激の丁度良い食材に等しい。ドーピング作用のあるプロテインと喩えられる。
痛みが大分治まり、麻痺も薄くなる。不自由だった手足を壁面から引き抜き、身体を出しては急斜面の崖を転がり落ちる。十数m下の固い瓦礫の山にダイブする。
「……あぁ畜生」
ただの人間をあそこまで豹変させる鬼龍の血の効能を体感したリオラは、歯を噛み締める。
「次はぜってー喰ってやる」
大の字で紅蓮に燃える瞳は夜を迎えた空をみる。星明りが僅かに見えた。
しかし、その眼差しは夜空から地層が露わになった崖の壁面へと向けた。
「……なんだこりゃ」
起き上がり、血を拭いながら壁面の前へと歩く。
それは化石というには、あまりにも違和感を為すものだった。
ヒトの顔と獣の顔が合わさったような牙の生えた巨大な頭部と、鋭い爪を生やした機械的な無機質の巨大な左手が、がけ崩れによって顔を出していた。その顔らしき何かも、よく見れば生命特有の有機質などでできていなかった。石というよりは、金属に近い。
「巨人か……? 機械の巨人族は見たことねぇけどな」
頭部についている、ライトに似たふたつのレンズを見つめる。
動くことのないその無機質な目も、リオラを見続けていた。




