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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第三章 孤独の影光 廃島フォルディール編
35/63

第34頁 逢魔が時 ―交わることなき昼と夜の接触―

「それはつまり……既に他の国の者がいるということか」


 動く気配を見せない錆びれ寂れた廃工場の小さな広間。資材置き場であろうその空間には何もない。オービスの問いにリオラは答える。

「ま、そういうことになるだろうな。しかも、既に工場を動かしているから、あんたらが来る前からいたんじゃねぇのか?」

 その言葉は突き刺さる形となった。一瞬言葉を噤む様子がわかる。


「そもそも本当なの? あなたの言っていることは」

 ダリヤは未だ疑っているようだが、リオラは表情を変えずに、「こんなクソつまんねぇ冗談を言ったって、どうにもなんねぇだろ」と言った。それでも、納得する様子は見られなかった。


「まぁそいつらを確かめて、この島のシステムを回復されるのを止めさせるのが優先になったな。とりあえずそこ目指してここから出ようか」


 空気を変えようとしたドレックは奥を指差し、皆に話しかける。

「そ、そうだね……」とホビーも恐れをなしたような顔をする。


「しっかし、どの国だろうな。厄介なとこじゃないってのは祈っておこうか」

 ガスマスクを未だ着けている赤茶色の髪が特徴の巨漢ラックスは冗談染みたことを言う。


(ま、所詮は武装した程度の人間だ。『あんときのような国』程の厄介さはねぇと信じるか)


 リオラも運を祈った時、


「――ッ」


 何かを感じ取る。

 それは根拠のない直感に過ぎなかった。しかし、数コンマ後に根拠となる五感が第六感の原因要素を突き止め、そしてそれは声という伝達手段で強く告げた。


「テメェらこっから逃げろ! 今す――」


 巨大な揺れが廃工場を歪ませる。爆音と共に訪れたその揺れはどこから来たものなのか、普通の感覚では掴めなかった。


「な、なんだァ!?」

「何が起きてるのよ!」


 ドレックとダリヤが体勢を保ちながら叫ぶ。地震の揺れではない。何かの作用で崩れているような揺れだ。

 爆撃である。


「まさか……向こうは既にこちらの動きが把握しているというのか」


 歯を噛み締め、オービスは舌打ちをする。


「下から撃ち崩そうとしてんだよ! テメェらちょっと高いとこから落ちたら死ぬ人間だろ! さっさと行きやがれ!」


 リオラは傍の鉄の壁に手を突っ込み、メキョメキョと両手で外へとつなげる穴を作る。風が入り込み、下は十階ほどの標高を誇っている。底は表面に苔の生えた排水池となっていた。とてもここから逃げれそうにない。

 しかし、それよりも目の前の光景にオービスらは驚いただろう。

 夕日が沈みかけた空に映る大量の黒い影。それがこの巨大な施設に降り注いでいることは言うまでもなく、体感している振動と轟音で物語っていた。


「なんなんだよこれ……なんだってんだよ!」


 砲弾の雨。中央の独立峰から飛んでくるクラスター弾は敵国兵を建物ごと爆破しようとしている。爆炎が内部に入り込み、温度が上がる。

 この状況を目に焼き付けられたホビーが声を震わした。それでも、しっかりと皆の耳には届いた。


「こ、こんなことしでかす国なんて、ひとつしかない……」


 勘付いたのか、ラックスが真剣な声で問うた。


「……冗談だろおい。まさかあのクソッたれな連邦国だなんていわねぇだろうな」

「ッ!」


 推定していなかったわけではない。確認してもいない。だが、この狂ったような光景を見て思い浮かぶ国と言えば、誰もがあの軍事国家を挙げた。その現実は、数秒の猶予を無駄にした。

 開けた景色から見えた山の内部へ続いているらしき通路が渡り廊下として近くにあったのをオービスは確認した。


「とにかくここから出るぞ! 早く山の中へ! 急げ!」


 全員が先へ走り出す。しかし、リオラは自身が空けた壁を前に立ちつくしている。

 それに気づいたドレックは踵を返し、呼びかけた。


「おい! おまえも早く――」


 だが、ドレックは途端に言葉を投げるのを止める。大きな背中に感じる威圧の重さ。威厳の一言では言い表せることができない恐怖を覚える。龍の血を持つ男は何を見つめ、何を思うか。


「いいから先に行け」


 目の前に三発のクラスター弾が向かってくる。だが、逃げることなく、その鉄の塊を睨み、逆立っている赤い髪からバチン! と空へ放電した時、一点から焦げた穴が空いた後、着弾前に爆破した。夕焼けより赤い光がリオラとドレックの身体を照らす。


「やることができた」


 瞬間、ドゥン! と竜人は遥か空へと跳び、翔けていった。弾の降り注ぐ空へと向かっていくその姿は瞬く間に小さくなっていく。その跳ぶ力は凄まじく、ドレックのいた足場がひしゃげる程であった。


「……っ」


 空を一瞥したドレックは踵を返し、先へ行った隊の往く道へと走り抜ける。歪みに歪んだ鉄の道を駈ける。

 しかし、変わらず降り注ぐ爆撃がすべてを揺らし、走る体勢を崩す。それでも走り続け、あの渡り廊下へと向かう。壁に伝うパイプも曲がり、千切れ、床も凸凹となっている。


(あの左角を曲がれば……っ)


 そこまで遠くなくてよかった。そうドレックが思ったときだった。

 突如、左の壁が爆破し、彼の身体を吹き飛ばした。反対側の壁に叩きつけられ、床に倒れてしまう。


「ぐ……痛ぇ……クソッタレが……ッ」


 血反吐を吐き、唸り声を上げ、破片が刺さった身体が怯んでも、無慈悲に筒型の砲弾は降り注ぎ、鉄片を散らす。


「ドレック! 大丈夫か!」


 上から聞こえてきた声。いつのまにか辺りを包んでいる爆炎から出てきたのは勇ましい男の姿だった。


「オービス……隊長……」

「チンタラしているからこういうことになるんだ。おまえは今までの訓練でなにをやってきたんだ」


 オービスはドレックを背負い、足場の悪い軋み、歪んだ床を走る。他の隊は先で待機しているのだろう。


「も、申し訳ねぇ……」

「ふん、これで貸しひとつだ。しっかり覚えておけよ」


 その声も、爆撃の音で掻き消されていただろう。しかし、「あぁ……っ」とドレックは確かに答えた。

 前には山の中の施設へと続く渡り廊下。その長さは言うほど長くはなく、10mあるかないかだろう。だが、ここは数十mの高さの位置にある。


「万が一……落ちることがあっても俺を恨むなよ」


 珍しく隊長のオービスが冗談を言った。


「はは……そういう冗談でもないことは言うもんじゃあ……」


 一発のロケット弾が、窓のない無機質な鉄の渡り廊下の屋根に被弾する。


「うぉあ!」


 一発だけ。それだけの因子なら壊れるはずがなかった。


 ――ミシ……。


 数百の爆撃を受けた、錆びた故に脆くなった工場が遂にその形を保てなくなった。

 下から崩れれば、どんなに巨大であろうと瞬く間に崩れ落ちる。


「――しっかり捕まってろォ!」


 工場と繋がっている渡り廊下は爆発で空いた穴を境目に、バキバキとボルトが取れ、工場と共に倒壊していく。床が右下へと傾き、下へと向かおうとしていた。

 廊下は分離した。ドレックを背負ったオービスは踏み込み、上へ、前へと跳ぶ。

 辛うじて山側の廊下の床に掴めたが、手汗でうまく力が入らない。その真下は十階建てのビルと変わらない高さ。下が排水池とはいえ、落ちれば助からないだろう。


「俺をよじ登って上へ行け! 急げ!」


「ああ!」とドレックは俊敏に、且つ慎重にぶら下がっているオービスの肩を借りて、なんとかよじ登る。身体は痛むが、なんとか動けるようにはなっていた。

 登る際、オービスの服やチェーンに幾つかのロープの付いたフックを掛け、上った後、少し歪んだ鉄床の隙間に懐から出した大き目の太い釘を刺し、ロープに巻きつけ、結ぶ。


「隊長! 手を!」


 ドレックはロープを引き上げ、上がってきたオービスの手を掴み、力いっぱい引っ張り、なんとか引き上げることに成功した。


「はぁ……ぜぇ……ははっ、なんだか久しぶりにスリルを体感したなぁ。冒険記に書けばベストセラー狙えるんじゃねぇか?」


 息切れしながら笑うドレックに「ふん」と鼻で呆れるように声を出した。


「せいぜいB級小説程度だろうよ。俺が担当だったら破り捨ててやる」

「ははは、じゃあ泣ける人間劇やってそのまま落ちた方がよかったか」

「親しい仲とはいえ、上司に言う台詞じゃないなそれは」


 バシン、とドレックの背を強く叩く。


「痛っつぁ! 爆撃喰らってんだぜこっちはよぉ」


 痛みで涙目になったドレックを一瞥し、オービスは立ち上がる。


「手当は後だ。いいからラックスたちの所へ向かうぞ。ここは危険だ」


 ドレックは後ろを振り返る。

 気が付けば砲弾の雨は止んでいた。しかし、先程まであったはずの廃工場の姿は鉄の瓦礫の山と化しており、あの中に潰されていたかもしれないと思うと少し身震いをした。


「あ、隊長。あの竜人族は……」

「心配はないだろう。異人族、特に竜の血を引く奴等は鬼と同様、そう簡単にはくたばらない」


 オービスはフックをすべて取り外し、山内の施設へと入る。ドレックもそれに続いた。


     *


 雲が被りかかっている山頂付近に建つ、天文学に使われていたであろう小さな施設はある軍の拠点基地として利用されていた。

 切り立った崖の淵には十台ほどの自走式多連装ロケット弾発射機が設置されていた。


「B地区、第3ポイント破壊しました」


 基地の傍でコンピュータを操っている兵が報告する。それに答えたのはイヤホンから聞こえてきた重く、低い男の声だった。それは傍の小基地の内部からの通信だろう。


『クラスター弾は何発使った』

「約八〇〇発分は使用しました」


 その報告に男は鼻で笑う。


『それが我が軍の兵器だと思うと、滑稽で仕方がない』


 それだけ、自身の国の軍力の効率は低く、この島の技術は優れているという意味で言ったのだろう。たったひとつの大工場を瓦礫に変えるだけでそれだけの弾薬を消費してしまった。

 連邦軍は軍事力や技術力は他国を凌駕する程あるものの、フォルディールのように独自の斬新的な設計や発想力が不足している。例え天才がいたとしても、どれもすべてよりよく改善改良を尽くしているのみで、原典オリジンとなる発明は殆どない。


『まぁよいわ。調査が正しければその工場の下に――』

「タンク大尉! B地区十二ブロックが爆発、噴火らしき現象を確認しました!」



 突如の報告。事前調査によればフォルディールはかつての火山島であるため、地下深くにはマグマ溜まりがある。しかし、場所がどこであれ、何の前触れもなく勃発するのはおかしいと連邦軍大尉であるリピッシュ・タンクは眉を寄せた。


「敵国の砲撃だろう。ちゃんと確認はしたのか?」

『はい、しかし、何もない場所から本当に噴火のような火柱が――』


 ズン……ッ、と地震が生じた。天井の吊り下がった証明がカラカラと揺れる。


「……」


 どのような経緯でそのような容姿になったかは不明だが、顔面だけでなく、頭部全体にボルト付プロテクターを覆うように装着している190程ある大男のリピッシュは万一の予測を兼ねて、外を見る。見える景色は夜を迎えて暗いものの、十台の多連装ロケット弾発射機と絶壁、そしてその向こうに第二の山の頂が見えていた。島自体そこまで大きくないので、雲にk少し隠れているが、海の景色も少し見える。


「まさか本当にこの島の噴火が起きようとしてるってのか?」


 リピッシュは外を見るのを止め、無線機を使って、別の場所への通信を行う。


「メッサー、俺だ」

『リピッシュ大尉ですか。どうなされましたか』

「システム回復はまだか。もうそろそろ電力復帰してもおかしくはないと思うが」

『今工作隊にやらせております。あと三十分程かかりますが……あぁ大尉、大佐からプレゼントが送られてきたはずですが、届きましたか?』


「プレゼントだと?」とリピッシュはデスクの傍のコーヒーメーカーに近い形をした転送機をみる。

 透明なボックスから出したのは何かの液体が入った褐色の瓶。それがなんなのか、連絡も来ていない以上、まったくわからない。


「……確かに送られてきたが、栄養ドリンクで元気つけろとでもいいたいのか大佐は」


 そう言ったとき、ガガガ、と電波の調子がおかしくなる。連絡は繋がったままだが、相手も同様、こちらの声が聞こえていないだろう。


「ん? クソったれ、気を抜いたらすぐこれだ」


 舌打ちをして、電波環境を良くしようと扉式の窓を開けたとき、思わず目を疑った。



 基地の外で2人の軍兵が兵器の点検をしながら談笑をしていた。

「しっかし、さっきの地震と言い、噴火と言い、本当にこの島沈むかもな!」

 もうひとりの兵が笑い声を上げる。


「ンなわけあるかよ。今朝の地質調査だって異常はなかったんだ。そんな突発的な災害があってたまるかよ」

「それにしたって電波も悪いしさ、これじゃあ大佐に状況報告できねぇよ」

「おまえただ大佐と話したいだけだろ!」

「だってよ、おまえも狙えたら狙いたい相手だろ。大佐って美人なのに独身なんだぜ? 大チャンスじゃねぇか!」

「バッカ、お前みてぇな下っ端軍人なんか眼中にあるわけねぇだろうが。それに大佐はゴッツイ男よりも女々しい奴の方がタイプらしいぞ」

「……っ」


 その兵は目を丸くして、唖然としていたが、突然のショックに茫然とも言い表せるだろう。まるで親しかった友人が女装癖だと直接告白された時の顔だった。もうひとりの兵はオーバーだろうと笑いながら、


「おいおい、いくらシークレットインフォメーションだからって、何もそこまで――」


 ぞわり、と悪寒が走る。神経がビリビリと痛むような、痺れた感覚。唖然とした一人の軍兵の視線はもうひとりの兵の方を見てはいなかった。

 その軍兵たちが直感で捉え、何かを確かめるために視覚で確認する。

 消えかかった夕焼け混じりの夜空に映るのは、赤髪の男。鳥のように大気を搔き切っては空を舞い、獣のように静かに地に降り立つ。

 どこから飛んできたのか。その男が地に足をついた瞬間、基地の誰もがその威圧を物的危険信号として存在確認する。

 だが、その反射ともいえる人間の行動は遅すぎるに等しかった。


「――お勤めの所悪ぃが、邪魔させてもらうぜ」


 紅蓮の眼の竜人が牙を剥き出して笑った次の瞬間、空まで燃え盛り、地が巻き上がる噴火のような一撃が見舞われた。

 逢魔時、紅き災厄の龍は血を滾らせる。


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