第25頁 風のみちしるべ
番外編に近い挿入話です。
全5部でお送りする予定です。
Could you be my friend please.
(私の友達になってくれませんか?)
I can never be, No!
(絶対にいやだ!)
What is the reason you can not.
(どうして友達になってくれないの)
Mother taught me not to.
(お母さんがダメだっていってたんだ)
She said, “Cut Red spring’s witch loose”.
(赤い泉に棲む女の子と関わるなって)
1
目覚めたばかりの景色は薄暗く、しかし明るく照らそうとしている優しい空は夜明けだということを教えてくれる。一度深呼吸し、口の中に入り込んだ新鮮な空気は夜に溜め込んだ鬱憤をすべて吐き出し、リセットしたかのように気持ちの良いものであった。
さらさらと足元の草が擦れ合う音を奏でる。肌を撫でる風はその真っ白な髪をも揺らす。
「んぁ~気持ちいいなぁ」
目の前の大草原をその色鮮やかな真っ赤な瞳で眺め、そう呟いた旅人「イノ」は起き上がり、背をぐっと伸ばした。
「あれ、リオラがいないや」
辺りを見回しても赤毛の竜人族「リオラ」の姿が見当たらなかった。20代とも30代ともいえる容貌だが、その風格や威圧感は食物連鎖の頂点である野生の竜でさえも畏怖する。
「やっと起きたか白髪頭」
肝が据わったような声を聞き取り、イノは振り返る。
「あ、おはようございます。今日もいい朝ですね」
猛獣でさえ慄く人物を前に、相変わらずの呑気な笑顔で迎える。
そのソフトマッチョ型の2mの巨漢の右腕には全長40mほどの大型の獣竜の尻尾が担がれていた。素手で狩り獲ったのだろう、その巨体を引きずり運んでいるが、決して重たそうな表情は一つもしていない。
「いまどきそういう挨拶しねぇだろ」
素直に挨拶を返すことなく、無愛想に息を吐く。
「リオラって早起きなんですね」
「少し寝りゃあ十分なんだよ」
「ふーん」とイノはリオラよりも担いでいる獣に似た竜の肉を見つめている。それに気づいたリオラは、
「食いたきゃテメェ自身で狩りに行って来い。これは俺の分だ」
「え、いいじゃないですか。少しくらい分けてくださいよ」
ねだっても、リオラはぴしゃりと断る。
「ダメだ。食うなら狩りに行って来い」
「えー」といいつつも、しぶしぶ湖の向かい側で寝ている全長50mほどの首長の草食竜を見つめる。背中に苔やキノコがいくつも生えている。
「やっぱりいいです。今は食べる気ないです」
リオラは聞き流し、腰につけてあった幾つかの麻袋と木の実と石を取り出した。
「なんですかそれ」とイノは興味津々だった。めんどくさそうな表情をするも、リオラは話し始めた。
「竜の肉の大体は固い。食うことを考えれば家畜よりも肉質は劣る。食えねぇことはねぇが、肉は軟らかめが一番美味い。これは肉をより美味くするための食材だ。香辛料もある」
「じゃあこの石みたいなのは?」
「ざっくりいえば塩だ。岩塩じゃねぇけどな。砕いて粉末にすれば塩らしい味が出てくる。それと、この赤い実の種は砕いて粉末にすれば丁度いいスパイスになる。特に肉の旨味を引き出してくれるし、加熱すれば肉繊維を広めて固くなりにくくしてくれるんだよ」
「おおー」
「が、焼く前に塩撒いたら肉の水分が抜けちまう。焼いてから軽く振った方がいい。濃度は人族の体内の塩分濃度と同じぐらいだ」
「へー」とイノは感心して聞くが、右から左へ聞き流しているようにも見える。
「リオラなりの焼き方もあるんですか?」
「ん、まぁまずは、この竜の肉に香りを引き立たせるための竜脂を挟んで、樹液油を染み込ませた網脂にこれを包む。これで肉の臭みをなくして、肉本来の香りを引き出すんだ。そこから焼く工程に入るが、火で急に熱すると細胞が収縮んで、水分や脂が逃げてしまうからな、旨味や肉汁を閉じ込めるためにも、低温でじっくり焼いたほうがいい」
「そうなんですか」
「ただ竜の肉は人間もそうだが竜人族の口にもあまり合わない。元からかなり筋張っているからこの黄色い実を焼く前に使うんだけどな。この実の果汁はな、結構な酸味と旨味があって数滴でも十分だ」
「……」
「じっくり焼いて、中身に火が通ったら塩を振る。そのあとさっと焼いて、焦げ目がつけばいい。んで、ここではじめて胡椒を撒けばいい。最後にその肉を焼いた竜脂の上で、焼いた時間だけ肉を休ませる。肉汁が外に出ないために休ませるんだ。焼いたばっかりだと中の水分が暴れているし。あとはソースがあればいいんだが――」
ペラペラと説明し続けるリオラの目は楽しそうに見えた。それをみているイノも嬉しそうな顔になる。
「……なにじろじろ見てんだ」
「えへへ、別にー。リオラって料理好きですか?」
にやけるように微笑んでいるイノは素朴な質問を投げかける。リオラは気を難しくすることなく、珍しく素直に答えた。
「ん? まぁな。昔、狩ったやつをただ丸焼きで食うのは飽きたところからいろんな調理法でやってみたって感じだな」
「そうなんですかー。なんか料理人みたいでしたよ今のリオラ」
にひひと笑うイノだが、先程のような無愛想を表すことなく、普通の対応を返した。
「そうか。まぁそんぐれぇ勉強したのは確かだ。そこらのシェフよりはうめぇ料理作れる自信はある」
「本当ですか! なんか野性の塊っぽいリオラから勉強という言葉聞いて驚きましたけど、今度僕に何かおいしいの作ってくださいよ」
「気が向いたらな。まぁ、そんなときは一生ねぇだろうがな」
あらかじめ集めておいてあった粗い木片を山状に積める。最初からその気などないと言ったようにも聞こえる。
「え! なんでですか作ってくださいよひとつぐらい」
「テメェに喰わせる飯はねぇ」
断言したリオラは左手の手刀を右手の人差し指に置き、マッチ棒で火を起こすように一度だけ目に見えぬ速さで擦った。
擦れ合った金属に近い音がしたとき、木片の小さな山に火が燃え上がる。それを確認したリオラは振り返り、イノを睨む。
「いいか、友になる条件でオレは解放されたが、あくまでオレがついてくる理由はテメェを喰らう為だ。正々堂々、勝負してその心臓を喰い千切るまで、オレはおまえから離れねぇ」
決意と殺意を持った眼。地獄から呻くような獣の重い声は、その場の大地を震わせたと例えても過言ではない。それだけの気迫があった。周囲にいた竜がその場から去ったのが何よりの証拠だ。
イノはそれを目の前で、自分に向けられた言葉であるにもかかわらず、平然とリオラの赤黒い瞳を見ていた。
そこにあったのはいつもの笑顔ではなく、少しだけ哀愁ともいえる目をしていた。
「なんだかもったいない生き方ですね」と平原の方へと見渡し、
「まぁそれがリオラのしたいことならいいですけど、僕は食べられるつもりはまっさらないんで」
ニッと笑ったとき、リオラの顔には血管が張っていた。口は閉じていても、歯を噛み締めているのが十分に分かる程、首筋が張っている。
リオラは笑う。否、笑うというよりは牙を剥き出している。
「じゃあ、やるか」
その赤と黒の軽装から出ている肌に血管が浮かび上がる。瞳の形が変わり、臨戦体勢に入る。凄まじいオーラは殺気として爆轟の如く広まる。周囲で屯っている竜たちがびくりと反応し、リオラから逃げるように離れていく。
草木が揺れ、騒めき出す。雲が太陽を覆い隠し、風が強まる。
「遠慮しておきます。せっかくののどかな場所を台無しにしたくないですし」
イノが瞬きしたとき、目の前にあったのは爪。人と変わらない指だが、爪と言っても過言ではない、刃物のような鋭利さを本能的にイノに感じさせた。
しかし、イノの姿はフッと消える。筋力的な動作はまったくなく、まるで空間移動でもしたかのように、忽然と消えた。
リオラの突きは風に穴を空ける。大気をも斬り裂いたような音と同時、振り返りながら蹴りを放つ。そこにイノがいた。
竜の肉体をも千切る程の蹴り。それに直撃したものの、全身で受け止めて衝撃を利用される。パァン! と全身で軽快な音をたてながらイノはその身を高速で回転する。
「ぃよっと」
着地と同時、イノはリオラの足首を掴み、くるんと捻る。いとも簡単にリオラの巨体は一瞬だけ宙を回転し、地面に叩き落されるように倒される。しかし、両手の指のみで全体重を支え、掴まれていなかった足でトドメを刺そうとしたイノにバリスタのような蹴りを放つ。天へと打った蹴りは同時にリオラの身を起こす推進力となった。
「っ!」
リオラの顔面がイノの手のひらに叩かれるように掴まれる。パン! と巨大な岩に手を叩きつけるような音が鳴る。
「ほい」
イノは腕の力だけでリオラを地面に投げ落とした。ズドンと地面に振動が伝わる。背中に感じる草のチクチクした感じ。
「はい、おしまいです」
パンパン、とイノは手を払い、にひひと笑う。仰向けに倒れたリオラは反抗することなく、しかしその表情は不機嫌に等しかった。殺気ともいえるオーラと熱気は消えていた。
「クソが! なんでオレはこんな奴なんかに……っ」
芝生を拳で叩く。鈍い音がイノの足裏に感じた。
「なんにも視えてなかったら、そりゃ勝てなくても仕方ないですよ。まずその考え捨てたらどうですか? でも力では圧倒的にリオラが上ですよ」
じんじんと痛む顔面を手に当て、リオラは溜息をつく。風が赤い髪を僅かに揺らした。
「嘘つくんじゃねぇよ」
「いやこれはマジです。やり方次第で力なくても勝てることだってありますよ。"力"に対する"理"というやつですよ」
「……」
「強さは力で決まるわけではありませんし、強いことは勝利に繋がるとも限りませんしね」
リオラは起き上がる。何か言いたげだったが、舌打ちだけしては立ち上がった。
「そういや仙人のいた山の村の宿でも深夜襲いましたよね。起きているからって殺しにかかるのはどうかしてますよ。寝ているときに襲わないだけまだいいですけど」
「うるせぇな、別にいいだろ。逆に返り討ちに遭うオレが文句言いてぇよ」
リオラは狩った獲物の側へ足を向ける。
イノは「そんなことよりですね」と何かに気がついたかのように話題を変える。先程のことなどまったく気にしていないようだった。
「こんだけ広い草原地帯なんですから、どこか近くになんかの村がひとつくらいあってもいいと思うんですけどね」
すると、わかりきったかのように、息を一つ吐いたリオラは二時の方角を指して答える。先程の殺気は収まっていた。
「ここから外れたところだが、あっちから料理の匂いがする。声も聞こえるし、村だろうな」
イノはぱぁっと明るい顔になり、
「お、じゃあそっちに行きましょうよ!」と瞳を輝かせる。
「楽しみにしていた海はいいのかよ」
「旅は気まぐれなのです。そんじゃ、レッツらゴー!」
「肉は食わねぇのか」
「あ、食べます」
「じゃあ狩ってこい」
竜の寛ぐ大平原に風が吹き、空には鳥のような竜が飛び交う。
一刻が過ぎた頃、ふたりの旅人は決めた道の先へと歩きはじめる。
2
疎らな木々を抜けた先、ひとつの集落があった。集落とはいえ、それなりに発達しているようで、木製の家屋だけでなく、石造りの民家もいくつかみられる。坂道などはなく、平坦な村。
「というかよくこんなところに村なんてありますよね」
「そうだな」
よく竜に襲われなかったなといわんばかりの目でリオラはその村に近づきながらあちこちを観察する。まだ朝であるためか、人の姿がみられない。
一家にひとつの小さな畑があるようで、井戸も人工池も見られる。村の中央辺りに10mはある神樹のような古い大木が聳えている。その根が村の外側にまで及び、地面からはみ出ている。村の中から外までに至る根からさまざまな木々が生えている。
「お、第一村人発見です!」
イノは丁度民家から出てきた、赤子を背負った女性を見つけては駆け出し、話しかける。
「すいませーん! ここって何の村なんですか?」
唐突過ぎるだろうと思いながらも、リオラは村に近づかず、遠くのイノとその女性を見つめている。自身の視力と聴力なら、その距離でも十分に女性の顔まではっきりと見えるからだろう。
「あら、もしかして旅の人?」
唐突なイノを受け入れてくれた茶髪の女性は少々驚くも、赤子を揺らしながら爽やかな笑みで迎えてくれた。イノも笑顔を返す。
「はい! イノっていいます」
「その若さでとても逞しいのね。まぁ私もそれなりに若いけどね」
感心しながらも、赤子を揺すっている女性は笑った。
「おかあさんになったばっかりなんですか?」
「ええ、そうよ。あぁそうだわ。どこから来たかはともかくとして、おもてなししなきゃね。ここはメイフェンっていう村よ。あのご神木様のお名前からそのまま取った名前なんだけど」
「そうなんですかー。おもてなしってご飯ですか?」
大きな神木を一瞥し、イノはおもてなしの話題に入る。それだけ食べ物の事で頭がいっぱいなのだろう。
「そうね、特に食料には困ってない村だから、旅人さんがひとり訪れてきても十分に大丈夫よ」と笑う。
「あ、すいません、もう一人いるんです」
そしてイノはリオラの名前を大きな声で呼び、ブンブンと手を振る。少し遠い位置だが、女性の目からでもその大柄な男を捉えることができた。赤毛に少し目が行きつつも、「随分逞しい体してるのねぇ」と感心して呟いていた。
「……あれ、どうしたんですかー? こっち来てくださいよー! おもてなししてくれますよー」
しかし、リオラは一歩も動かない。イノを一瞥しては、神木だけを見つめている。
「ちょっと待ってくださいね」
イノは女性にそう言い、リオラのもとへ駈ける。
「どうしたんですか? なんかあるんですか?」
何故だか機嫌の悪そうな表情のリオラはじろりと自分より背の低いイノを見る。
「なんでもねぇよ。ただ今はあの村に入る気はねェ。おまえは勝手に邪魔でもしてろよ」
「そこらへん歩いてくる」とリオラは素っ気なく顔を逸らし、村を周回するようにどこかへ歩み始めた。「そうですか」と止めようともしなかったイノは再び女性の元へ戻る。
「リオラっていうんですけど、気分でちょっと散歩してくるらしいです」
「いいの? 旅の仲間なんでしょ? それに、村の外の大平原はいろんな竜がいるし……」
心配するが、イノは笑顔で対応する。というよりは、特に考えていないようにも傍から読み取れる。
「大丈夫ですよ、その内戻ってきますし、竜に襲われることもない人なんで」




