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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第二章 竜の巣食う大陸 アリオン地方編
24/63

第23頁 それぞれの進むべき先へ

「『竜都』? 聞いたことないな。そこに住んでいたのか」

 "永夜の森"は相変わらずの暗さだ。巨大昆虫の死骸の一部を食い千切ったリオラは、言葉を返したクレイズの問いに答えるように説明を続けた。

「出身がそこってだけだ。つーことは『龍國』も知らねぇ口か」

 クレイズは頷く、リックやシーナもかぶりをふった。

「……なるほどな。まぁ千年も経てば当然か。つーか、この虫からお前らと似た匂いがするが、元々人間だったのかこいつら」

 永夜の森。そこに生い茂る黒い草木により、日光を一切森の中に射さないため、そこだけ真夜中のように錯覚させる暗闇の森。その上、感染すれば虫と化す病原体が蔓延している。イノたちはその森の中にいた。幸い、飢餓に近いリオラもいてか、熱と光に反応して寄ってくる巨大甲虫はたちまちリオラの餌へと化していった。

「らしいですよ。みんな『厄神の祠』を目指してこの森に入ったんです」

 イノは後ろ歩きでリオラと話す。リオラは情けないと言わんばかりに息を一つ吐く。


「ハン、テメェの身を知らずに入るからだ」

「……なんでこっちみたんだよ」

 リックは見下された気分になり、背の高いリオラを下から睨み返す。

「なんでもいいだろ」

「……」

 睨み返され、畏怖を感じたリックは目を逸らし、舌打ちをした。

「あ、あれじゃない? ほ、ほら出口!」

 その場の殺気的な空気と重いプレッシャーに耐え切れなかったシーナは、タイミングよく森の出口の微かな橙色の光を見つけ、大きめの声で言いながらその先を指さした。

「おー、やっと出れるな」

 同様にその場の雰囲気に冷汗をかいていたクレイズも安堵する。


     *


「この町でやらなければいけないことがある」

 イノたちは今、城郭都市『ルメニア』に来ている。「永夜の森」を抜けた数時間後、たまたま通りかかった旅団と出会い、彼らの旅に一日だけ同行した。彼らの行き先は六角形の城壁に囲まれた街。そこで旅団と別れ、宿屋『黄龍亭』にて一晩を過ごした。

 翌日の朝、宿を出た途端にそう言いだしたのはクレイズだった。


「いきなりどうしたんだよおっさん」

 クレイズは、意外そうに訊いたリックに一通の封筒を渡す。封は空いているのでリックはそこから紙を取り出す。

「なんだよこれ」

「俺の所属している同業組合ギルドからの依頼書だ。昨夜に俺の伝書鳩がこの依頼書を運んできたんだ。運のいいことにその依頼場所が偶然この街だったんだが、内容はちょっと厄介でな」

「どんな内容だったのですか?」

 シーナは訊く。クレイズは懐から新聞を出し、シーナたちに放り投げる。

「この町の新聞読まなかったのか? 俺たちが厄神の祠に行っている間に大変なことが起きていたようだな」

 シーナは新聞を広げ、リックと眠たそうなイノ、宿屋に売ってあった軽装の黒いカンフー着に着替えたリオラはシーナの後ろから新聞の一面記事を見る。

「黄龍亭に置いてあった新聞だ」

「ちょっと、これって……」

「アリオン王が国民に襲撃されたってホントかよ……」

「数日前の王国行列祭に港町ウィアで起きたことだ。事件はすぐに鎮圧されて、そのザルドって男を主犯に、反乱者全員は捕まったし、レリア王女やクリス王妃も重傷を負ったが幸い命に別状はなかったそうだ」

 だが、と付け加え、

「問題はそのあとだ。これが今日の新聞」

 クレイズはもうひとつの新聞を渡す。


「「暗殺!?」」

「……」

「ここの国の王が殺されたのか」

 リオラが口を開いた。クレイズは頷く。

「銃殺されたと書いてある。犯人は捕まったし、今頃首を落とされていると思うが、その犯人が数人の国民だったらしい。少なくとも、ザルドの行為がきっかけだったのだろうな。確かにこの国の政治は他の国よりも少々無理なものがあったが、とうとう国民の堪忍袋の緒が切れたようだな」

「それで、クレイズさんの依頼って……」

 クレイズは宿屋から少し離れ、街路の隅に寄りかかる。

「情報によればザルドの反逆集団やその暗殺集団の所持していた武器は、どれも一般市民が手にするにはあまりにも兵器的で性能が良すぎる。軍レベルと言ってもいい」

「つまりなんだ? ただの国民じゃなくて、なんかの革命軍か暗殺組織だってことを言いたいのか?」

 リックは封筒をクレイズに返す。イノはただ話を聞いていたが、先程までの眠たそうな顔ではなかった。

「それも考えられる。それか、何国どこかの煽りと協力か……それを突き止めるのが俺にきた依頼だ」

 クレイズは真剣な顔でそう答えた。すぐに封筒を服の中にしまう。

「あの、クレイズさん……本当にハンターなんですか?」

 シーナは躊躇うように訊く。クレイズはしばらく黙り込んだが、

「薬剤の材料採集と竜狩りの仕事をしていることに変わりはない。ただ、俺の属している組合がちょっとそういうことに触れているだけだ……リオラ?」

 リオラは話を離脱し、その場から離れようとした。不思議そうにクレイズは見る。

「暗殺の元凶を突き止めるって話だろ? オレには関係ねぇことだ。それに、あの白髪頭がいねぇからついでにオレもどっか散歩してくわ」

 リオラがそう言って初めて、イノがいないことに全員が気づく。

「あいつ……影薄いのはいいが、勝手にいなくなるなよな」

 リックは呆れんばかりに黒い髪を掻き上げる。

「まぁ、これについては俺の問題だ。リックやシーナには関係ない話だから協力しなくてもいい。ただ、この件については一刻も早く解決しなければならない。……下手すれば無実の人々が政治で殺されるかもしれないからな」

 見上げれば曇り空。今にも雨が降りそうな灰色の空にクレイズはただ息を吐くのみ。


     *


 この町は人の流れの激しい、活気にあふれた通りが多かった。周囲を見れば、金物屋、仕立屋、果物屋、雑貨屋など、さまざまな店が並んでいた。

 リオラは人混みに紛れ、様々な店を見て回っていた。ただ、背が2メートルを越えた巨漢である以上、彼の周りだけ少し距離が空いていた。

「……」

 だが、そんな人々に一切目に触れることなく、ただ歩を進める。

(国王暗殺か……)

 心の中で呟く。その表情は何かを思い出しているようにも見える。

 どこからか香辛料の香りを嗅ぎつける。香りのままに進むと、瓦屋根と赤い壁が特徴の料理店がみえた。

「お、旨そうな店だな」

 入口の前に立ち、香りを嗅ぐだけで腹の虫が鳴く。


「でもお金持ってないから入れませんよ」

「うぉっ……おまえいつからいたんだよ」

 驚き呆れたリオラの隣にはイノが立っていた。

「今来たとこです。この店で食べたいんですか?」

「ただ見てただけだ」

 リオラは踵を返し、人混みに入ろうとする。

「あ、ちょっと待ってくださいって」

 そのあとをイノはついていく。


「うわ、雨降り始めましたね」

 町を見回って十数分。霧のような小雨が降り、肌に涼しさを与える。

「雨か……いつぶりだろうな」

 リオラは物懐かしそうに空を見上げる。彼の身体に降り注ぐ霧雨は蒸発し、水蒸気が風で流れる。イノはその言葉が気になり、見上げて質問する。

「岩の中でも意識はあったんですか?」

「あ? あるわけねーだろ」

 苛立ちの表情を見せるリオラ。イノに敗けたことをまだ気にしているようだ。

 雨が降り始めたのか、人の数が少なくなり、傘をさす人が増え始めた。湿気が肌でも感じ取れ、雨特有の匂いが鼻に詰まるように町に溜まっていく。

「オレが最後に見た景色はなんもねぇ砂漠だったよ。何でそこにいたのかは忘れたが、そこで刀を持った変な男に会ったんだ。オレを殺しにきたと言い出しては襲ってきやがった」

「名前はわかんなかったんですか?」

「名乗ってはいたが忘れた。顔は覚えている。確か……罠にかかったんだっけか。奇襲受けた後でそいつと戦って……久し振りに敗けた」

「そんで閉じ込められていたわけですか。相当強いんですね、その人」


 イノは楽しそうな表情で感心する。対してリオラはその時のことを思い出し、奥歯を噛み締める。その悔しそうな表情が睨みに似ていたのか、彼の前にいた通行人はびくりと震え、そそくさと去り、彼の前に空いた道ができる。

「青い髪ってのは覚えている。久し振りに全力出せる相手が見つかったのは楽しかったが、敗けると悔しいもんだな。次会ったら喰ってやる」

 リオラは拳をぎりぎりと握り、血管が浮かび上がる。シュゥゥゥ、と蒸発音が聞こえ、彼の身体から熱波が発し、陽炎ができる。

「まぁまぁ落ち着いてください。見つけてから暴れましょう」

「んなことより、おまえはどうすんだよ」

「なにがですか?」

 きょとんとする辺り、何もわかっていないようだと判断したリオラは頭をがしがしと掻きながら面倒くさそうに説明する。

「若造二人は知らんが、あの男は国王暗殺の元凶を突き止めるらしいが」

「そうですね、僕もその犯人見つけたいと思ってますよ。一回王様と会ってますし」

 その表情は何とも言えなかった。感情がないとも、しかし無表情ともいえない。一瞬だけその表情を見てはリオラは前を向く。

「時代が狂うだろうな。大抵、大国の王が殺されれば、時代がうねる。王国側と国民側の間に隔たりができて、対立するのはどこでも同じだからな」

 リオラは大通りの道端に目を向ける。何人もの兵士と戦車が小雨に打たれながら横を過ぎ去っていく。市民は不安そうにそれを見つめながら、国王の暗殺についてを口にしていた。

「そういう経験があったんですか?」

「なんだっていいだろ。……あそこにも兵がいるな」

「でもさっきの人達と服装が違いますよ」

 先程通りかかった兵士の軍服は赤を強調していた。それに対し、奥方に見える数人の兵士は灰色と白を強調し、ローブを着ている者もいた。しかし、その傍に見たことのある姿が確認できた。

「……あれ、シーナさんだ」


 不意に背後から声をかけられ、白い軽装防具姿のシーナはびくりと驚き、すぐさま振り返る。白銀の長い髪が雨で少し濡れている。

「な、なんだ……びっくりしちゃったよ。あ、リオラさん、イノと合流できたんですね」

 ほっとしたシーナは膨らみのある胸を撫で下ろす。

「気が付いたらそこにいたんだよ。んで、なにやってんだ?」

「あぁええと、と、とりあえず話は後にして、あの人たちの後をつけないと」

 シーナは数人の白の軍兵を遠くから見つめる。軍兵は未だ何かを話し合っているようだ。

「尾行ですか。おもしろそうですね」

「んなもん力技で聞き出せば手っ取り早いだろ」

「だ、ダメだって! そもそも街中こんなとこだったら目立つでしょ」

「僕尾行とか得意なんですよ。全然気づきませんもん」

「影薄いからな。そうだ、おまえ行ってこいよ。ヘマしねぇ限りどうせ気づかれんだろ」

「え、それはさすがに――」

「はーい、じゃあいってきまーす!」

「あ、ちょ、ちょっと!」

 シーナは止めようにも叶わず、元気よくイノは軍兵の方へと走っていった。案の定、気づかれている様子はなかった。

「だ、大丈夫かな……」シーナはますます不安になった。

「まぁ大丈夫だろ。それで、こうやって行動してるっつーことは、それなりになんか根拠とかあるんだろうな?」

「えぇ、まぁ……あるにはありますけど」

「そんじゃ、教えてくれよ」


「……こっち来てくれませんか」とシーナはリオラを連れ、歩き出した軍兵のいる方向を一瞥した後、人気の少ない路地裏の入り口に行く。ここなら人に聞かれる心配はない。

「この都市はアリオン帝国領土の国境に一番近いとこなんです。隣はシェビアス地方レインガル国という大国があって、そこは軍事国家として領地を広げていった歴史をもつんですけど、クレイズさんの予想はおそらくその国の軍事機関か軍力を持つ組織とこの国の反逆組織とで軍事的流通を行っているって。他の隣接国はどれも小さな国だし、未開地が多いから」

「そーいうことか。んで、おまえらはそれに協力していると」

「はい、クレイズさんは最初断ってたけど、やっぱり国が関わっているから放っておくわけにはいかないと思って」

「英雄は正義感も一級品だな」

 鼻で笑い、皮肉を吐き捨てるリオラだが、シーナは褒め言葉としてとらえたのか、少し頬を赤くし、目を逸らした。

「あ、え、と、とにかくっ! 今はなんとかして暗殺の指示を出した元を突き止め――」

「あ、いた! おいシーナぁ!」


 遠くから呼びかけてきたのはリックだった。雨に濡れながらも、パシャパシャと走ってきている。

「あ、リック。なにかわかったの?」

「わかったどころかわけわかんねぇ仮説も出てきやがった。暗殺のきっかけがオーガニア大陸の瑛梁えいりゃん国の可能性も出てきたんだよ」

「へ? な、なんでそんなとこが?」

「今さっき聞いたんだ。おっさんの同胞からの情報で、暗殺に使われた武器と構造が似ている。それに前から妙な動きをしていたのも確認済みだそうだが、実際はどうだかな」

 リックは息を切らしながら半ば疑っているようにも見える。

「それで、クレイズさんは?」

「俺にそれを伝えたきりどっかいっちまった。この町にいるか、それともその国に向かっちまったか。んで、こういう時に限ってイノはいねぇのか」

「あぁ、さっき尾行させたわ。疑いある国外の軍についていってる」

 やっとリオラが口を開けた。「ああくそ」とリックは焦ったようにも聞こえる声を出す。

「イノに何か用でもあったの?」

「むしろそいつに会うために町中探したようなもんだ。おっさんに頼まれたんだけどな」

「何をだ?」

「それは――」

 その言葉は急に強まった雨で上手く聞き取れなかった。

 降り続ける雨は音と体温を奪っていく。


     *


「うわ、急に降り始めたな」

 灰色の空を見上げたイノは目の前のローブを着た白と灰色を強調した隣国の軍兵の尾行を続けていた。

「――じゃあこれを機に俺たちが横取りすればいい話じゃねーか。そんぐらいの武力はあるんだし余裕だろ」

「馬鹿言え、もしかしたら国民の反乱分子だけじゃないかもしれない。どこからかの指示かもしれないと考えられるし、下手したら戦争につながりかねないだろ」

「まっさか、そんなほかを利用するような卑劣な国なんて近くじゃ俺たちぐらいだぜ? でも今回はなんもしてないし、技術ではラストル地方のサントゥが優れている部分もあるけどよ、あそこは平和主義国だろ。それ以外にどこあるってんだよ」

「近くだったら、の話だろ。別大陸のことも考えたか?」

「……どうもこの軍じゃなさそうだなぁ。狙っていることに変わりなさそうですけど」

 イノは数人の軍兵の会話をすぐ後ろで聞きながら疑いの顔を浮かべている。


「……やめよ。飽きたし」

 雨に打たれ髪も服もすっかり濡れてしまったイノは来た道を戻ろうとする。

 すると、店の軒下で強く降り始めた雨の様子を見ているクレイズの姿があった。

「あ、クレちゃん!」

 その声に反応し、クレイズはイノのいる方へと顔を向ける。

「ん? おお、イノじゃないか。ずぶ濡れだけど大丈夫か?」

「大丈夫ですよー慣れたもんです」

 ずぶ濡れになりながらも満面の笑みで対応するイノにクレイズも少し笑い返した。

「いいからこっち来い。風邪ひくぞ」

「引いたことないですけどね」といいながらクレイズの隣に寄り添う。ザァァァと雨の勢いは収まりそうになかった。

「タオルとかあればよかったんだがな。生憎持ってない」

「すぐ乾くんでいいですよ。さっきリオラとシーナさんに会ってきました」

「おお、会えたのか。でもなんでまた一人なんだ?」

「リオラに言われてあそこの、あ、もう結構行きましたね……あそこのローブ着た他国の兵隊の尾行をしていたんです。でも王様暗殺とは関係なさそうだったんでやめましたけど」

 その言葉に何かを察したのか、呟くように口を開いた。

「……そうか、レインガルは違ったのか。それって白と灰色の武装兵だったか?」

「そうですよ」

 クレイズの顔色が変わる。急に黙り込み、気になったイノは名前を呼びかける。


「クレちゃん、どうしたんですか?」

 すると、我に返ったかのようにクレイズは反応する。

「あぁなんでもない。それよりも、少し頼みがあるんだが、ついてきてくれるか?」

「いいですよー」とイノは歩き出したクレイズの後についていく。

 クレイズは途中で買ってきたのか、持っていた傘を差し、イノもそこに入る。

「途中で迷子とか勝手に寄り道すんなよ?」

「大丈夫ですよ。なんなら手繋ぎます?」とイノは手をクレイズの前に差し出す。

「馬鹿を言うな」とクレイズは目を逸らした。

「えーいいじゃないですか。あったかいですよ?」

「いいって。いいから濡れないように傘の中に入っとけ」

 そう言い、傘をイノの方へと寄せた。クレイズの左肩が雨に当たっているが、特に気にしている様子はなかった。


     *


「よし、着いたか」

「どこですかここ」

 煉瓦の街路を歩いて十数分で着いた場所は人気のない通りにある廃屋。中央を主に半壊しており、雨宿りするには少々無理があった。しかし構わずクレイズはその領地に入る。瓦礫の地面を踏み、足取りが少し悪い。

「んー……あれですか、ここには謎を解くカギがある! みたいな」

「鍵か……まぁあるといえばここにあるな」

「お、じゃあそれを探し――」

 一瞬。イノの喉にクレイズの抜いた剣の切っ先が触れる。

「イノ……ひとつだけ訊いていいか?」


 ザァァァ……とただ雨の降る音が虚しく響く。互いの身体は雨に濡れる。

「……こういうことするってことは、相当真剣なんですね」

 雨に打たれながらイノは微笑む。だがクレイズは一切表情を緩めない。剣先も一寸たりともぶれることはなかった。

「そうだ。アリオン王暗殺の件についてだが、俺たちのギルドの推測ではレインガル国と瑛梁国が暗殺を煽った元凶だという可能性が強くみられた。王が死んで内政が乱れている間に占領する古典的な考えだと思うが、既に一部の部隊が下っ端を捕えて僅かだが情報を得られたそうだ。しかしレインガルは当然否定、瑛梁国は意外にも簡単に吐いてくれた辺り、元凶はその国だろうな。だがその吐いた言葉は」

 雨降る中、クレイズは一呼吸置き、強調するように伝えた。

「『神の使いが自由を阻む王を殺せと命じた』と。詳細を訊くとその使いの姿がイノ、おまえの容姿と一致してたんだよ」

 分厚い雨雲の中で雷が走る。地鳴りのような雷鳴が街に鈍く伝える。


「……そうなんですか」

「まぁ、瑛梁国は宗教国だからそういうのを信じやすい傾向があるが、万が一というのもあって訊いてみたかった。すまんな、こんな下らないことで、それも夢を語り合った友人に剣で脅してしまって」

「そうおもうならやめてくださいよ」

 イノは口だけを動かし、しばらく黙った後、

「随分前ですけど、多分その国に行ったことあったんですよ。でもその国、他の大国に支配というか、植民地というか、自由じゃなかったんです。何かと貧しい感じでした。ですので、ちょっと手伝ったんです」

「手伝っただと?」

「相談に乗って、兵隊さんをちょっと懲らしめたくらいですよ、あぁあと危ないものもぶっ壊しましたか。ともかく自由を妨げる存在をなんとかすればいいわけでしたから」

「……」

「けど、まさかこの間助けた王様がその妨げる相手だとは思いませんでしたけど」

「……? 助けた?」

 ピクリとクレイズの剣先が揺れる。オウム返しをして、イノに問いかける。

「港町の……ウィア、でしたっけ。お祭りの最中にそこで変な人たちに襲われていたところを何とかしたんですよ。それで今度、また会ったときに食事にでも招待し――」

「あれは護衛兵がやったんじゃなくておまえがやったことだったのか!?」

「……? はい、そうですけど。だから今朝の新聞見ててなんか変だなって思ったんですよね」

「話を戻す。つまり、その『神の使い』として扱われたのがお前だと認めるんだな?」

「まぁ、そうなります。でも、そういうことしてほしかったわけじゃなかったですね」

 その場の雰囲気には少し外れた呑気な口調でイノは認める。しばらくの沈黙が走るが、クレイズは剣先をイノの喉元に当てたままだ。

「……」

 その赤い瞳を見つめる。赤い瞳孔は一切動くことなく、見つめ返していた。ただ雨音と時折鳴り響く雷だけが鼓膜を振動させる。

「……」


 スッ、と剣を降ろす。クレイズは深く息を吐き、剣をしまった。

「犯行を裏で指示した奴等と、そいつらがそのような行為をしたきっかけを作った奴とを比べれば、実行した奴らと前者の方が罪が重いだろうな。仮に同罪だとしても、おまえは王の命を一度救っているし、何よりおまえにはいろいろ教わった。この短い旅の間にな」

 クレイズは大きな瓦礫の上に腰かけ、雨降る天を見上げる。雨の勢いが少しだけ収まった。

「僕何か教えましたっけ?」

「教えてくれたよ。俺の心に刻まれるほどにな」

「……」

「じゃあ俺は行くとするよ。こうやって休んでいる場合じゃなかった。同胞が待っている」

 クレイズは立ち上がり、廃屋の錆びた門を通る。

「リックやシーナに会ったときは、まぁ瑛梁国に行ったと伝えてくれ」

「……わかりました」

「じゃあな、イノ。よい旅を」

「はい。またいつか、会いましょう」

 クレイズは落ち着いた笑みを向け、踵を返し、前をただ進んでいった。その姿が見えなくなるまで、イノはずっと見つめていた。

 雨が収まり始める。波紋を浮かべ続けていた幾つもの水溜りは次第に曇天と反転した街並みを映し始める。雨で濡れた体が冷たく感じられた。


     *


 雨は止んだ。だが、収まったはずの雷鳴が再び鈍く響き始めた。

「そっか……じゃあ、クレイズさんはもう出発しちゃったんだ」

 シーナは寂しげな声を出す。

 昨日泊まった黄龍亭の前で合流できたイノたちは互いの情報を共有した。

「んで、結局この町には何にもなかったってわけか」

 つまらなさそうに言ったリックは腰に手を当てる。それにリオラが応える

「そうなるな。隣国はただ単に偶然訪れたチャンスを狙っているだけに過ぎねぇし」

「ま、あとはおっさんとその組合の奴らに任せとけばいいだろうな。しっかりした組織らしいから大丈夫だろ」

「そうね。協力したいのも山々だけど……実際私たちもやることがあるよね、リック」

「やることってなんですか?」


「『アルクス』っていう秘境に行って、そこに棲んでいる龍を狩ること。その竜の名前もアルクスなんだけど、なんでも、巨体であるにもかかわらず秘境の自然に溶け込んでいるから幻の竜とも云われているの。偶然発見された死んだばかりの死骸からはすごい素材がとれたらしくて、この先の技術と文化が一変するほどなんだって」

「そんで、俺たちはその秘境に向かっているってわけだ。未来の発展のためにな!」

 ふたりの表情は誇らしげだった。何かを目指している輝いた目。これが彼らが旅をする理由なのだろう。

「おお、なんかカッコいいですね」

 イノは目的ある二人を尊敬した目で見る。

「ま、頑張れよ」とリオラは適当に返した。

「リオラ的にはアリなんですか? 同族の竜を狩るってことに対して」

「どうとも思わねぇよ。いつになっても食うか食われるかの世界で安心はしたがな」

「そっちの方が単純ですもんね」と妙に気が合うふたりに、狩人らは苦笑する。

「おまえらに会えてよかったよ。おかげで俺たちまだまだ世界を知らないんだなって痛感したんだ。俺たちはもっと高みを目指さなけりゃならねぇってな。だからよ、今度会ったときは」

 リックはレザーを嵌めた黒い手で拳を作り、イノたちの前にかざす。

「参ったと言えるほどまで強くなってやるからな」

 それは真剣というより楽しそうな、まるでライバルに勝ちたいという闘争心が彼の瞳に燃え、映えている。

「ハン、やってみろよ」

 リオラはニィ、と歯を見せ、笑った。

「じゃ、私たちはもう一泊してくるわ。いろいろ準備したいし。イノとリオラさんはこれからどうするの? もう一泊する?」

「一通り街中見て回ってきましたんでどこかのお店で食べてから出ようと思います」

「こいつを喰うまでついていくつもりだ。済ませたら俺を閉じ込めた奴を探す」

 リオラは腕を組み、親指でくいっとイノを指した。

「……今の一言聞き間違いであってほしいんですけど聞き間違いでいいですよね」

「テメェに勝って喰うまでついていく。ま、飯はタダで食えるようだからもう少し喰うのは後にするが」

「うわ、友達にしたくないタイプだこの人」

「そもそもテメェからそうしろと言ったんじゃねぇか」

「食べられるために友達になったわけじゃないです。もっとあるじゃないですか、ほら、僕を倒したとしても別に世界最強になるわけではありませんし、むしろ僕みたいに弱い人を守るのが強い人の使命ぐぇいっ!」

 バガン、と拳骨をくらい、イノはふらつく。

「調子に乗んな白髪頭」

「うぅ……これじゃあぐっすり寝れる日がなさそうです」

 あまりの痛みに少し涙目になっていた。

「ま、まぁふたりとも頑張ってね。特にイノ……」

 最後は呟くように言ったシーナは、可哀想だという同情心が芽生えていた。リックはあの拳骨にどれぐらいの威力があるんだろうと興味と恐怖心を内心で抱いていた。

「それじゃあ、ここでお別れだね」

「そうですね、また会いたいです」

 頭をさすりながらイノは笑顔を向ける。

「そんときは必ずおまえらを越えてやるからな」

「ま、せいぜい頑張れよ、人間」

 リックとリオラは互いにニッと笑った。

 イノとリオラは英雄ハンターのリックとシーナと別れ、黄龍亭を後にした。

 そのあと、先程訪れた中華料理店で大量の有り金をリオラの胃の中へと失ったイノは落ち込んでいたが、城郭都市「ルメニア」を出たころにはとっくに気にすることはなかった。


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