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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第二章 竜の巣食う大陸 アリオン地方編
22/63

第21頁 魔の棲む闇はどこまでも深く

 「厄神の祠」のある山は、カイスの町からでもうっすらと見えるほど、そこまで遠くはなかった。隣町までの道を歩き、途中で外れた先に所々に生えている灰幹の巨木の林地を抜ける。一晩かかり、着いた先には山脈がそびえていた。山のふもとは黒い葉の森だが、途中から岩肌の急斜面となっている。頂上は雲がかっていたが、ちらちらと雪のようなものが覆っているように見えた。

 「カイスの町」を襲ってきた危険指定の飛竜「蒼炎竜」を追い払い、竜狩り兼薬草採集専門ハンター「クレイズ」と英雄ハンター「リック」と「シーナ」とともに、旅人「イノ」は目の前に立ちはだかる真っ黒な森の前にいた。


「ここ越えればほこらに着くんですね」

 イノの表情はうきうきとしていた。

「ほんっとに命知らずって顔だな」

 黒い大剣使いのリックは皮肉じみたことを言う。相棒のシーナは少し不安そうに森の奥を見ている。


 「厄神の祠」は目の前の広大な無名の黒葉の森、通称「永夜の森」を抜け、「龍口山脈」を越えた先にあるという。永夜の森は奥へ入ったが最後、二度と出られなくなると言われている、「厄神の祠」同様に恐れられている場所の一つだという。

「そういやまだ聞いていなかったが、あんたらはなんであんな朝早くに外にいたんだ?」

 竜狩り兼薬材集め専門ハンターのクレイズは、英雄ハンターのリックとシーナに訊く。

「朝起きてもまた町のみんなにちやほやされるだろうからさっさと準備して流離さすらいの旅人のように去ろうってシーナが言ってきたんだよ。どこまで人見知りなんだよって感じだったね俺は」

 シーナはキッとリックを睨む。

「なによ、自慢話ばっかりしてた酔っ払いよりかはまだマシでしょ? 挙句の果てに根も葉もないこと言っちゃって。情けないったらありゃしないわよ」

「んだとこのコミュ障女」

「まーまー、事情はわかった。いいからあいつを追うぞ」

 口喧嘩になりかけたところをクレイズは止め、森の中に入っていったイノを追いかける。渋々と二人も後についていった。


       *


「おもしろいですねー、昼なのに夜って気分です」

 黒い枝葉が茂る森の中は夜の如く真っ暗に近かった。葉肉が厚い上、枝葉が何層にも重ね合っているので、日光が漏れることなく葉に吸収されているのだろう。

 木の幹も黒っぽく、表土も黒色だった。黒色土は厚い腐植層をもつので肥沃度土であり、弱アルカリ性寄りの土でもある。それ故なのか、黒葉の木々以外にも様々な草木が生え、虫の鳴き声も少なからず聞こえてくる。


「光もないのに、よくこんなに生い茂っているもんだな」

クレイズは辺りを見回しながら呟く。

「唯一の光は蛍だけね」

シーナは仄かに光っている蛍を見る。


 蛍の種類は一種類だけではないのか、それとも幾つかの特性を持っているのか、ホタルの発光色はひとつだけでなく、赤や青、白など、色とりどりの色が鮮やかに、しかし周囲の闇によって仄かに煌めく。それによって微かに灯される森の姿は幽玄の様であった。

「静かだな。ふくろうの鳴き声まで聞こえるぞ」

リックは携帯照明具を片手に足元に気を付ける。

「イノ、『厄神の祠』自体はわからんが、その周辺がどんな地形になっているか少し教えてやろう。聞いて損はない……おい聞けよ」

 クレイズは蛍の光を追いかけようとふらふら遠くに行きそうになるイノの首元を掴み連れ戻す。

「蛍に夢中ってこどもか」

「クレちゃんって説明が好きなんですね」

 イノは引っ張られながら蛍を見続けている。


「おまえみたいな常識知らずのためだ。場所としては『厄神の祠』を中央にして、環状の山脈がそれを囲っている。んで、山脈の外側の麓にはこの真っ黒な森が覆っているというのが簡単な説明だ。ちなみにここも指定危険区域だから気を抜くなよ」

「っていっても、所詮『迷いの森』とかの類だろ? 野獣がいたってたかが知れてるし、森にすむ竜だってそこまでやばいやつは――」


 リックの表情が固まる。口をあんぐりと開けた彼の視線の先を全員が視ると、暗闇に溶け込んでいて認識しづらかったが、鎧を纏ったような巨大なからだ鍬形くわがたをもつ虫が依然とそこにいた。静止していたが、死んではいなかった。

「あのクワガタかっこいいですね、飼ってみたいなー」

「……ハハ、餌代考えとけよ?」

 冗談で言いつつも、クレイズの眼は笑っていなかった。冷汗が滲み出る。

「あんなの絵本でしか見たことねーぞ。マジでいたのかよ」

「あんなのに目をつけられる前に早く行こうよ」

 声を聞く辺り、シーナは焦っている様子が読み取れた。

 無事に過ぎ去り、イノ以外はほっとする。よく見れば、ちらほらと獣や巨大な虫がいたが、幸いなことにこちらに危害を加えるような様子はなかった。

「そういや、噂じゃ厄神の祠に着く前に、この森や山脈でなんかに襲われて帰ってこなくなったっていう話もあるらしいぞ。まぁよくあるパターンだけどな」

「でも噂でしょ? その噂の真偽を解明する調査隊の報告も外観と入り口付近だけだからろくな情報もないもんね。」

「奥まで行った奴帰ってこないんだからどうしようもないんだけどな。飛行船使っても山脈に巣を張っている飛竜に襲われるし」


 そのとき、わずかだが風が吹いた。

「風……?」

 ただの風。だがクレイズはその風に違和感を感じた。

 「痛っ」突然リックが声を上げる。

 リックは肩付近の二の腕を見る。すると、頑丈な黒の装備が皮膚を通して破損していた。傷口から僅かに血が出てくるが、すぐに固まるだろう。

「うわ、マジか」

「どうしたのリック……あら、欠けてるじゃない。その防具って竜の牙でも弾く堅さなのに」

「……」


 クレイズはそれを横目に懸念の表情を浮かべる。英雄と称されるほどの者の着ている装備はそこらにはないクオリティを誇るものだ。それが損傷するのが問題だということもあるが、それだけではない。

 それを損傷させたものがおり、今さっきそこを通ったということだ。

「やはりといえばそうなんだが……何かいるぞ、この森に」

 クレイズがそう言うと、二人の目つきは真剣になった。警戒態勢だ。

「だろうな。だけどまさか虫が原因でここに来た人ら全員やられたってのはないよな? 嫌だぞそんな情けねぇこと」

「でもさっきの見たでしょ? あんなでっかい虫がいたら、人を殺す虫だっていてもおかしくないわ」

 ジャコン、と弾丸を装填する。リックは抜刀する。

「けどよ、竜より強い虫っているか普通?」

 鎧の損傷部分を見る。竜でさえ中々傷つけられない防具を難なく壊すことは、二人にとっては考えられなかった。

「知らないわよそんなこと。一番大きい虫でも50センチくらいのしか狩ったことないし」

「おっさんはどうなんだ」

「俺は竜狩り専門だから知る訳がない。まぁあんたらみたいな伝説級の龍を狩れるような実力はないが」

 辺りを見ても、頼りない蛍の光以外、真っ暗で何も見えない。無闇に武器を振り回しても無意味に等しいだろう。

 クレイズは蛍の光を頼りに、ランタンを用意し、明かりをつける。

「おっさん、そんなもんあるなら最初から用意しろよ」

「逆に聞くが、あんたらはなんで持ってないんだ」

 真っ暗な分、ランタンの明かりは強く、3人の姿を明瞭に照らした。光を必要としていないのか、それともそのような種類なのかは不明だが、照らされた草木はどれも枯れたかのように黒っぽい色だった。

 多種多様の小さい虫が確認できたが、光を嫌うのか、クレイズたちから離れていった。


「……あいつは?」

 クレイズの一言に2人はハッとする。

 イノがいない。

「クソ、あの旅人ほんとにフラフラと……」

「もしかしたら、さっきので連れて行かれたんじゃ……」

 苛立つリックに対し、シーナはイノの生死を心配する。

「虫が獲物を攫っていくってやつか。死んでなきゃいいが、とにかく探すぞ。それに、ここに佇んでも危険なだけだ」

 ガサガサと辺りから草と何かがの擦れる音が小さいながらも聞き取れた。

 クレイズを筆頭に、急ぎ足で先へ進む。


     *


 グシャ、とキチン質の殻と柔らかい肉質が裂けるような音が、暗闇から幾つも聞こえてくる。

「あぁ鬱陶しい! 急に襲い掛かってきやがって!」

 リックの大剣が巨大な虫の体躯を切り裂く。暗闇のためあまり見えないが、奇声と共に暗闇色の体液と体組織が飛び散る。小さな虫から人よりも大きな虫、羽虫から甲虫まで、多種多様の虫が大勢向かってきていた。

「思ったより脆いなこいつら」

「あんたの剣がすごいんだよ」

 いとも簡単に剣を弾かれたクレイズは人間大の虫を蹴り倒し、体の節に剣の切っ先を突き刺す。


 地面に置いてあるランタン一つを頼りに戦い続ける。暗闇から湧いてくるように出てくる様は、一瞬たりとも気を抜かすことはできない。何匹仕留めても、次から次へと黒く大きな甲虫が寄ってくる。基節あしが発達しており、獣のように口を広げ、牙のような針が並んでいる。四足歩行の獣のような体勢の種が多く、またその体勢は歪であり、気味の悪いものだった。

「まったくなんなんだよ、こんな気色悪ぃ虫見たことがねぇ」

 剣を振り回しながらリックは嫌悪感溢れる顔で舌打ちをする。

「クレイズさん、なんで私は撃っちゃダメなんですか?」

 シーナは持っている携帯式巨砲を叩き付けるが、怯ませるだけで、直接的なダメージはみられない。

「さっき逃げ続けて気づいたんだが、こいつらは灯りか熱を感知している。一発でもぶっ放してみろ。うじゃうじゃと奇妙な虫が俺たちを喰いに群がるぞ」

 リックが雄叫びと共に黒い剣を薙ぐ。


「キリがねぇ、しかもガチで斬れねぇやつもいるし」

 一種類の巨大な甲虫を残し、ほとんどの虫を切り捨てた。

「竜の甲殻より硬ぇやつがいるなんてありえねぇだろ」

「実際に目の前にいるんだから。それに、構うだけ無駄よ、早くイノを探さないと」

 シーナは武器を構え、ドゥン! と銃弾を放つ。暗闇の森の奥からカッと明かりが灯り、同時に爆発音が閑静な森に響き渡る。虫の群れはそれに反応し、爆発の方へと向かう。

「おお、頭いいなお前」

「虫に当てるのがダメなら、遠くに撃ったって文句はないでしょ。あとこのくらい思いつかなきゃね」

「よし、今のうちに逃げ――」

「――助けてくれぇ!」


 そのとき、力を振り絞ったような声が遠くから聞こえてきた。掠れているが、男の声だ。

「っ! 生き残りいんのかよ!」

「こっちからよ、早く!」

 声を頼りに3人は走る。幸い、葉の生える位置が高いため、低い場所に枝葉がなく、それによる遮りがなかった。暗く、鬱蒼とした森でも、地面は安定していた。

「くそ、近くにいるのは分かるんだが……」

 クレイズは息を切らしながら辺りをランタンで照らす。


「あ、いた! クレイズさんこっち!」

 シーナの指さした方へと駆ける。黒い樹に座り込んでいる影が確認できた。

「おいあんた、無事か……、っ!?」

 ランタンを持っていたクレイズは驚愕の表情に変わる。リックは「うぉ!」と驚愕の声を上げ、シーナも同様、悲鳴にも似た声を漏らす。

 ランタンで照らされた調査隊の服を着た男の姿は奇妙なものだった。右腕が黒い甲殻を纏った節と化しており、横腹から基節が生え始め、右目は単眼から複眼へと細胞分裂するかのように変貌していた。左腹部を喰われたのか、そこから赤い血が流れている。

「よ、よかった……来てくれたか……ッ」

 全身の筋肉を動かすように、力を振り絞って男は3人を見、話し出した。

「おい大丈夫か! この姿はどういう……」

「近寄らない方がいい……助けてとは言ったが、多分俺は助からないだろう。けど、この森の知っている限りのことを全部話す……だからよく聞いてくれ」

 男は左腹部の痛みをこらえながら上体を起こし、口を震わす。

「この森に入った人が返ってこない理由は……みんな虫に殺されて餌になったか、感染して虫になったからだ……」

「!?」

「か、感染……? どういうこと……」

「この森にしか生息しない菌か何かによって感染して、うぐ……巨大な虫になってしまうか、大量の虫を生む母体になってしまう……他の奴らは虫に襲われてそうなっていった。俺は運よく今さっきまで襲われなかったが、どうやら空気感染もするらしくてな……こんな気味悪い姿になってしまった」

「いつこの森に入ったんだ?」

 クレイズが訊く。冷静な目だった。

「ずっと真っ暗だからな、わからないが多分3日は過ごしたんじゃないかと……」

「ここから出る方法はないのかよ」

「それを知っていたらとっくにやっているさ……まっすぐ進んでもなぜか外に出られない。木を登っても無駄だ。びっしりと虫の巣が張ってある。肉食の上に毒もある虫がな。それに、森を出る前に、虫の餌食になるし、逃げ延びても感染して虫になる」

「……じゃあ、森に入ったときから既に……」

「ああ、もう君たちは感染している。大方助かる見込みはない」

 絶句した。リックは男の前まで寄り、叫ぶように言う。

「どうにかなんないのかよ! なんか方法があるはずだ!」

 だが、男は首を横に振る。ドクドクと流れている腹部の血の色が薄まってきている。肌が凍ったかのように硬直し、黒く変色していく。


「方法は……わからなかった」

「!」

「探したが……いや、見当がつかないまま、今までを過ごしてきた……ごめんな」

 男は咳き込む。透明色の体液を口から嘔吐する。

「すまん……意識が薄れてきた……最悪、理性失って君らを襲うかもしれない。俺の知っていることはここまでだ……今すぐ、俺から……離れ……ッうごぁ!」

 男は複眼に変化しかけている目を見開き、身を屈め、体を震わす。

「お、おい! 大丈――」

 途端、呼吸ができなくなっていた。リックは掴まれた首を必死に引きはがそうとするが力が強く、ビクリともしない。


「……頼みがあるんだ……おれなぁ、ほとんどなにも喰ってないんだよぉ……だからさぁ、喰わせてくれよぉ……なぁ……」

 狂気染みた笑みを向ける。ぞっとしたリックは更に力を入れるが、やはりびくともしない。窒息するよりも先に、喉を潰されそうなほどの握力。首から血が流れ、リックの意識が薄れていく。

 クレイズは剣を抜き、腕を切り落とそうと関節を狙う。だが、それよりも虫と化している

 男の方が早く、空いた左腕で受け止められてしまう。まだ虫化していない左手だったが、力を入れても決して剣を離さなかった。

「シーナ、撃てェ!」

 クレイズが叫んだと同時に砲撃が男に直撃する。リックが解放され、互いに黒い地面に転がる。クレイズの剣も手放され、後方へ下がる。

「げほっ! がはぁ! ……ゔぉえ……」

「あんたってほんと情けない! 早く立って剣持って!」

 シーナは男から視線を離さず、リックに怒鳴りかけるように言う。

「う、うるせぇ! 今からが勝負だよ」


 すると、爆炎の中からほぼ甲虫と化した男が、奇声を発しながら上半身のみで地面を這って襲い掛かってくる。頭部は口を残し完全に虫となり、損傷していた腹部が再生しており、そこから未発達の基節が生えていた。隆起した背中から透明な羽が片方だけ脱皮するように皮膚を剥いで出てきていた。

 3人は一斉に後方へ下がり、武器を構える。

「……?」

 だが、突然虫化した男の動きが鈍くなる。故障した機械のようにギシギシと痙攣し始め、堅い上半身をガクガクと振動する。

「なんだ? 力尽きたのか?」


 クレイズがそう呟いた瞬間、横から3メートルほどの何かが通り去っていった。あまりの速さに、3人は反射的に体をビクリと動かすことしかできなかった。そこにいたはずの虫化した男の身体がなくなっていた。

「……今の見たか? 喰い攫っていったぞ」

「蜘蛛、だったようにみえたけど……」

 唖然とした二人を見、クレイズはため息交じりに剣をしまう。

「あの男のことは気の毒だが、ここから離れるぞ。治す方法は身の安全を確保してからだ」

 先程の砲撃で燃えた地面をみたリックとシーナは、武器をしまい、その場を去ろうとした。男と共に砲弾を直撃したはずの黒い樹は燃え移るどころか、損傷すらしていなかった。


 だが突然、ドサッと何かが燃えていた草の上に落ちる。その音を聞き取った3人は振り返ると、何故か火が消えていると共に、見覚えのあるものがいた。

「あ、おまえ!」

 リックはつい声を上げる。

「お、よかったー、みなさんここにいたんですかー。探しましたよほんとに」

 木の上から落ちてきたのはイノだった。イノは上体を起こし、相変わらずの呑気な笑顔で対応しているが、暗闇のため、互いの表情があまり見えなかった。

「こっちのセリフだ馬鹿野郎! おまえどこほっつき歩いてたんだよ!」

 リックはイノのもとに寄っては怒鳴りつけた。イノは「ごめんなさい」と言ってただ笑うだけだった。

「でも無事でよかったー、探したんだよ?」

 シーナはほっと胸を撫で下ろす。クレイズは溜息をつき、腰に手を当てるが、その表情は安心しているようにも見える。

「遠くで燃えているのが見えたんで駆け寄ったんですよ。いやー、これでやっとみんなと一緒に出れますね」

 クレイズの閉じていた口が開く。

「出れるってそう簡単に言ってもな……」

 先程の絶望的な事実を突きつけられた3人の表情に、辺りが暗いながらも気が付いたイノはきょとんとする。

「なんかあったんですか?」

「さっきこの森の生き残りに会ったの。もういないけど……それで、その人の話を聞いて知ったんだけど、この森に入ると、感染して虫になってしまうって。運よく出れたとしても、私たちは……」

 静かに話したシーナは俯く。少し震えている辺り、やはり不安と恐怖があるのだろう。蛍の光を見ていたイノは「あぁ」と何か思い出したかのように声を出す。


「治す方法知ってますよ」

「……は!?」

 3人は一斉に口を開けてしまう。その反応に逆にイノが驚いた。

「どうやってだ? 教えてくれ!」

 リックは必死な顔でイノの肩を揺さぶる。

「簡単なことですよ。この森の虫の体液飲めば、その感染ってのは大丈夫になります」

 それを聞いたクレイズは腕を組む。

「血清ってやつか」

「そんなやつですね。あ、でもそこらへんのはダメですね。毒あるんで、あと虫になった人もアウトですね。感染すると思います」

「じゃあどうするの?」

 シーナが首を小さく傾げる。

「この虫ですよ」

 イノはポケットから一掴み分の黒豆のような粒を取り出す。よく見ると僅かに動いている。


「なんだこれ、普通サイズの虫か」

「硬象虫みたいだな」

「ホントに堅いですよ。樹の上の方に結構いましたんで取ってきました」

「ん? そこって虫の巣窟だったよな。行けたのか?」

 クレイズは先程の男の話を思い出しながら訊いた。

「あ、そうですね、危なっかしい虫もたくさんいましたね。あと蜂の巣も多かったです」

「……お前ホントに人か?」

 リックは懐疑的な目でイノをまじまじと見る。シーナも半ば引いていた。

「ひどいなぁ、僕にだってちゃんと足ありますよ」

「幽霊じゃねぇよ。まぁいいや、その虫をどうするんだ?」

「この中に、えっとなんでしたっけ。まぁ虫の体液が入ってるんで、それを飲めば大丈夫ですよ」

「でもこいつめっちゃ硬ぇぞ。どうするんだよ」

 黒い宝石のような虫を触りながらイノを見る。クレイズとシーナは周囲を警戒しながら黙って聞いていた。

「まぁこれを使うんですよね」

「これって?」

 イノは黒い欠片を3人の前にみせる。一回り小さいやじりの先端にもみえるそれは、蛍の仄かな光によって金属光沢を鈍く放っていた。

「硬いものには硬いものですよ。その上鋭いものだったらより割りやすくなりますし」

 イノは一匹の黒い虫を黒い樹の根に置く。

「虫さんには申し訳ないですけど、堅い殻をこれで」

 カン! と黒い鏃のような欠片の先端を虫に叩き付ける。それはまるで釘に金槌を打つような仕草だった。

 すると、パカ、と翅を開くように2つに割れ、透明膜の張った水滴のようなものが露わになる。虫は動かなくなっていた。

「これを吸えば、まぁ最悪を逃れられると思いますよ」

 イノはそれをリックに渡す。リックは少し躊躇った後、ちゅるんと虫の中身を吸い取った。

「……栗っぽい風味だな。しかもなんか甘い」

「じゃ、他の二人も召し上がってください」

 イノは残りの虫すべてを黒い欠片で割っていた。


     *


 治療薬らしき虫をすべて摂取し終え、イノを筆頭に再出発してから数十分が経つが、未だ外に出られる気配はなく、ただ真夜中の森をずっと彷徨っているようにも感じられた。

「『永夜の森』ねぇ、ほんとに永遠に夜って感じよね」

「シーナさんのそれで真上をぶっ放せば光が差してきますよ」

 イノはシーナの白い巨砲の武器を見て、上を指さした。

「ま、森中の虫を相手にすることになるだろうがな」

 クレイズはランタンを片手に軽く笑う。

「でも、ホントにイノは森から出る方法知ってるの?」

「ふつうに森に入ってまっすぐ行けば誰だって出れますよ」

「それが不可能だから生存者がいないんだけどな」

 クレイズは半笑いする。

「みんなまっすぐ歩いていると思い込んでいるだけです。無意識に違う道を進んでるんですよ」

「つーかよ、ホントに感染を防いだんだろーな?」

 リックは、未だ信じていないようだ。

「えー、信じなかったら良薬も効かなくなるって教わりませんでした?」

「それとよ」

 リックはイノの目を見る。イノも目を合わせた。


「……それ俺の防具の欠片だろ」

 イノが持っていた黒い鏃のような金属光沢を放つ欠片。イノは欠片を見つめた後、リックの欠けた黒い鎧装備の部分にカポ、と欠片をはめた。

「えっと、無断で壊しちゃってすいません」

 イノはぺこりと軽く頭を下げた。リックは少し驚いた表情を見せる。

「え、てことはあれって虫の仕業じゃなくて……イノがやったの?」

「はい、そのときなんか必要な気がしてついやってしまいましたけど、まぁ結果オーライって感じでよかったです」

 イノは「ははは」と笑う。

「よ、よくわかんないんだけど……」

 シーナはあまり回らない頭を使うが、やはり理解はできなかった。

「いろいろ聞きたいことがあるが、とりあえず、なぜこの森の感染症の治療法を知っていたんだ? この森でしか病原体が生息していないのに、どうやって発見した」

 クレイズは疑問を浮かべた、真剣な表情でイノを見る。イノは「んー」と頭を掻き、回答に困っている。


「僕もここにくるまで全然知らなかったですよ」

「……じゃあ何で――」

「教えてくれたんですよ」

「教えてくれた……? 誰から――」

「お、あれ出口じゃないですか?」

 イノが指差した先をクレイズ、リック、シーナは見つめる。

 永夜の暗闇の先に見えるぼんやりとした白い光の一筋。それは日の光にしては弱い光だったが、蛍の仄かな光よりも鮮明に、そして眩しく感じられた。


主人公がほぼ空気に感じられますが、それがこの話の主人公の特色ですので。そのうち主人公らしくなると思います。

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