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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第二章 竜の巣食う大陸 アリオン地方編
20/63

第19頁 変わり者同士

 数時間後、王族をはじめとした行列は、捕まった30名近くの鎧兵の集団とともに町を出、がらんと静かになった。町の人々はがやがやとしながら、祭りの後始末を行っている。既に店の営業を再開しているところもあった。

 被害者も王族も幸い、意識を失っている者もいたが軽傷で済み、また唐突に起きた故なのか、現時点では大事にはならなかった。


「結局イノさんって何者なんですか?」

 ラコレの住む宿屋の食堂のカウンターに座っているイノは答える。祭りの後で忙しいのか、宿屋の食堂には客一人いなかった。

「旅人ですよ」

「いや、あの、そうじゃなくて、ええと」

 言葉がまとまらないのか、ラコレは曖昧に話す。

「もういいじゃないかい、この旅人さんのおかげでアリオン王もこの町も無事だったんだからさ」

 40代程の恰幅のよい宿屋の女店主はラコレにそう言いながらイノにステーキ料理を提供する。感謝を述べ、さっそく口にする。噛みごたえのある弾力だが、柔らかな肉を噛みしめる。そのたびにじゅわりとあふれ出てくる肉汁が、口元の筋肉を緩ませる。

「そうよ、もう気にすることないじゃない。何回同じ質問を旅人さんに訊いてるのよ」

 宿屋で働いている20代前半の女性「ケサラ」も呆れながらイノに水を渡す。

「なんだよふたりして……」

 ラコレは少し落ち込みながらコップの水を飲み干す。

「そうですね、まぁラコレさんと同じ人間っていえば大丈夫ですか?」

「人間でもあんな技できるのかよ。それに……」

 納得がいかない表情だった。


 華奢な身体に似合わない身体能力。百歩譲って武術の一種だとしても、人を簡単に殺す武器相手に圧倒的勝利を掴んだのはやはりありえない。その上、撃たれても平然としているのは、どう考えても人間じゃない。そうラコレは思った。

「あたしらは見てなかったけど、そんなにすごかったのかい。王族救ったのはすごいのはともかくとして」

 女店主は懐疑的な目をイノではなくラコレに向ける。

「な、なんで俺なんですか店長……」

「あんたの話すことって大体が針小棒大なんだよ」

 厭味ったらしく女店主は半目で見つめる。

「あ、それは言えてる」

 ケサラも指をさしながら頷く。ラコレは「う……」と目を逸らす。

「んー、普通だと思うんですけどね。ただ単にラコレさんが知らないだけだと思いますけど」

「いや常識的にあんなの……」

「どこまでが常識って決まってないですよ」

 淡々とイノは言い、目の前のおいしそうな料理を食べ始める。

「旅人さんいいこと言ったねぇ。すぐに決めつけるラコレにはピッタリの言葉だよ」

 感心した店長に対し、ラコレはぼうっとしているような表情をしていた。

「どこまでが、常識……」

「なーにボーっとしてんのよ」

 バシッとケサラに背中を叩かれ、「痛っ」と声を上げる。

「あ、いや、なんでもない」

「まったく、少しはしっかりしなさいよ。あ、そうだ。旅人さんはこのあとどこへ向かうの?」

「特に決めてないです」

「あそこなんてどうだい? 『ドルマの町』」

 店主が閃いたかのように話す。ケサラも「ああ! あそこね」と納得の顔で言った。

「あの町って結構広いし、いろんな旅人が訪れてるのよね。旅用の資材が盛んだし。小さいけどここの町の列車でいけるから、旅人さんも行ってみるといいと思うよ」

 ケサラは笑顔でイノに勧める。イノはものを食べながら話を聞き、飲み込んだ後、水を飲む。

「そこも楽しそうですね。でも厄神のなんとかってとこにも行ってみたいです」

 すると、全員の表情が変わり、動きが一瞬固まる。イノは「?」を浮かべ、3人の表情を覗き込むように見回す。

「もしかして、『厄神の祠』のこといってる?」

 最初に話したのはラコレだった。半ば驚いているのが見て分かる。

「あ、それです。そういうやつです」

 思い出したのか、前屈みに近い体勢になって、嬉しそうに言った。

「いくら鎧着た男共を撃退した旅人さんでも、そこだけは行ってはならないよ」

 お気楽そうな表情だった女店主も、真剣な表情だった。

「やっぱりなんかあるんですか?」

「この大陸で育ってきた人なら誰だって知っている伝説さ。あそこは禁断の聖地さね。決して目覚めてはならない龍が封印されているんだよ」

「そういえばこの大陸ってドラゴン多いんですよね。ということはその閉じ込められているのがいちばんすごいってことですか?」

「まぁ伝説だけど、そうだろうねぇ。とにかく、そこへ行こうなんて考えはやめときな」

 イノは頭をぽりぽりと掻きながら、「そうなんですか」と呟くように言った後、

「伝説だから大丈夫だと思うんですけどね」


 そのとき、左の方から二階から誰かが降りてくるような、ギシギシと古い木製の階段が軋む音が聞こえてくる。イノ含め、全員が階段の方へ顔を向けた。

 降りてきたのは、黒髪と金髪の混ざった短髪の、190ほどの長身の男性だった。四十代に見えるが、体つきは細く且つがっつりとしており、顔立ちも西洋人寄りで多少は整っている。しわのついたスーツを着、紺色の上着を肩に担ぐように持ち、気怠そうな表情で、少しふらついている。

「あ、何かお飲物でも用意しますか?」

 従業員兼看板娘のケサラはその男の元へ歩み、作りのない笑顔で話しかける。

「ん? ……あぁ、いちばん度の強い酒とクソ苦い珈琲頼むわ」

 かしこまりました、とケサラは女店主の元へ駆け、注文されたものを復唱する。

「ずっと寝てたのかいアンタ」

 女店主は気軽に話しかける。男はボリボリと首元をがさつに掻き、ドガッとイノの二つ隣りのカウンター席に座る。

「壁に背もたれて考え事してたら寝てたわ。足が疲れて棒だぜこりゃ」

 眠たそうな顔で男は肘をつく。

「て、店長、この人は……?」

 ラコレは異様極まりないと言った目で長身の男をみる。

 すると、回転する丸椅子でぐるっと回り、男がラコレの方を見る。ラコレはビクリとする。

「ヒスト・リンドールだ。親に名付けられたかった名前はライアンかクラウス。響きがかっこいい」

「あ、と、よろしくおねがいします」

「よろしくされたが、俺は何もしんぞ」

「え、あ、はい」

 想定外の相手の返答に曖昧にラコレは返事した。

 丁度、ケサラが真っ黒な珈琲と無色透明のお酒をカウンターに置いた。

「お、サンキュな」

 ヒストと名乗った男はまず酒をグイッと飲み干す。

「うわ、アルコールやべぇわコレ。この店ちっぽけなくせにこんな強い酒売ってたのか。なんて名前やつだ?」

 店主は嬉しそうな顔で答える。

「ノッキーン・ポチーンっていう、大麦やカラス麦を原料とした蒸留酒さ。アルコール度数は90度だよ」

 ヒストは「へぇ」と平然の表情で珈琲に一口つけ、

「よく取り扱ってるな。燃えるぞ」

「そこらへんは気を付けてるから大丈夫だよ」

 店主は大口空けて笑うが、男は大口空けて欠伸した。

(その度数でなんで酔ってないんだよ)

 今日は驚いてばかりだと片隅で驚きつつ、ラコレはヒストの存在を不思議に思っていた。

「なぁ女将さん、俺の横にいるアルビノ患者っぽい子供が気になって仕方ないんだが」

 ヒストは右に座っているイノを指さす。イノは鼻をつまみ、ヒストをずっと見つめている。

「誰が女将だい。この人は旅人さんだよ」

「イノって言います」

 鼻をつまんだまま鼻声でイノは名乗る。少し顔が赤い。

「イノねぇ。I・N・O……まぁ、いいんじゃないか? その名前。それで、おまえアルコール弱いんだな」

 気化したアルコールでイノは少し酔っているようだ。

「普通に弱いです。それ以前に90度とかどうかしてます」

「だな。俺も正直飲めるとは思わんかった」

「平然な顔で口からなんか溢れてますよ」

「女将さん拭くもの頂戴」


 吐きながらヒストは、店主からタオルを貰い、口まわりを拭いてからタオルを落とし、床を足で拭く。ケサラも雑巾をもち、「あとはやります」と言って、床を拭く。ラコレもその場に乗じて手伝った。

「まさに『吐き掃除』ですね」

「お、うまいこといったな。んで、なんだったっけ。なんか『祠』の話が聞こえた気がしたんだが、気のせいだったか?」

 指を鳴らしたヒストは珈琲と付属されていた角砂糖3つを別々に口に入れる。

「あ、そうなんですよ。僕そこに行こうと思っているんですよね」

 キラキラと目を輝かせているイノに対し、ヒストは「ふぅん」と興味がなさそうな目で話を聞く。

「まぁなんかあるのは確かだな。じゃなきゃそこに行ったもの好きが帰ってくるはずがない」

「へぇ、そうなんですか」

「やっぱり行くのやめた方がいいわよ。私たちも悪い気がするし」とケサラは心配そうな顔を浮かべる。

「理由でもあんのか?」

「話を聞いて面白そうって思ったからです。何もなかったら何もなかったでいいですし、何かあればラッキーですね」

 無精髭をさすっては何かを考えている男は小さく唸る。そして珈琲を一口つけた後に再び話し始めた。

「……そこに行きてぇなら、列車じゃなくて町の西口からまっすぐ行くといい。バカ広い草原の先になんかの町があるから、あとは聞けばなんとかなる」

「そうなんですね。教えてくださりありがとうございます」

 いい加減に教えたヒストは黒い珈琲を飲み干す。鼻をつまむのをやめたイノはぺこりと頭を下げては席から立つ。

「それじゃ、僕はこれで失礼しますね」

「え、もう行くの?」

 掃除し終わったラコレは不意に反応する。

「はい、おいしい料理も食べたことですし、もう満喫しました」

「本当にそこへ向かうのかい? 死んでも知らないよあたしゃ」

 女店主は心配しつつ、半ば呆れ顔だった。

「大丈夫ですよ、なるようになりますし。それに、死ぬこと怖がってたら旅なんてしてませんよ」

「恐怖を覚えるからこそ生きる手段を身につけるのも一理あると思うが、そこらへんどうなんだろうな」

 ヒストは呟くようにイノを見る。サファイア色の瞳が細い目の奥で鈍く光る。

「仰る通りです。怖さも痛さもなければ旅じゃないですもん。でもそれ以上に楽しいから旅をするんです」

「……そうか」

 なにか言いたげだったヒストは一度口をつぐむ。ぼりぼりと頭をかいては懐からカードのようなものを取り出す。銅の色に近いプラスチック製のカードには見知らぬ言語や数字で何かが書かれていた。

「なんですかこれ」

「俺の故郷のパスポートだ。あぁ、アンタらの知っているような個人専用のパスポートとはちと違うが、これなかったら入国できねぇし、逆に出国もできねぇとこは普通のパスポートと変わりない。これは個人情報書いてないが、見せるだけで無条件で入れる、その、なんだ、特注品みたいなやつだから」

「おお! ありがとうございます」

 イノは嬉しそうにカードを手にし、目を輝かせる。ヒストは欠伸を一つし、

「おまえさん見た目も中身も変わってるからな。そんで、他人事とは考えにくい。要は、そこに辿り着きそうな気がするんだ」

「そういやアンタどこの国のモンだい」

 店主は疑問に思ったのか、グラスを磨きながらヒストに訊く。

「シードレック帝国。ま、『ここ』にないし、知らんと思うけどな」

 ニタァ、と笑うが、そこまで嫌悪感はなかった。

「ま、そんなわけでいつか……なんだ、もういっちまったのか」

 先程いたはずの旅人の姿が物音なく忽然と消えていたことにラコレと女店主とケサラは驚いていた。

「……っ! ちょっとラコレ! どこ行くの!?」

 ケサラが叫ぶが、ラコレは唐突に駆け出し、入口のドアを豪快に開け、外へと出ていった。

 ヒストはボリボリと頭を掻き、

「じゃ、俺も行くとするわ。ありがとさん」

 そう言い、銅貨数枚をカウンターに置く。

「俺ぁ計算苦手だから、おつりはいらんわ」

 そいじゃ、とヒストは顔を見ることなく、店のドアを開け、外へと出ていった。

「……苦手にしては、金額がぴったりなんだけどねぇ」

 女店主はそう呟き、息を一つ吐いた。


     *


 店を出たラコレは左右を見渡すが、白髪頭の姿は見当たらず、いるのは数人の通行人と民家の前で談笑している女性数人のみだった。

「……」

「告白か?」


 ビクゥ! とラコレは飛び上がるように驚いた。振り返ると、ヒストが気怠そうに髭の生えかけた顎を指でさすっている。

「ち、違いますよ! お礼を言おうとして……」

「へぇ、人助けの旅人ってやつか。んでもってかわいいしな。変な奴だけど」

「ちょ、それは関係ないですよ」

 否定したラコレの顔は紅潮していた。

「"漫画"みてぇなリアクションするんだなお前」

「ま、まんが?」

「まーなんだ、とにかく、あいつに会いたかったら強くなれ」

「……? それってどういう――」

「強くなれなかったらどこにも旅立てない。それだけじゃねぇ、何もなけりゃ自分の望みすら叶わねぇのさ」

 ヒストの蒼い瞳には同じ色をした空が映っていた。

「……強く、ですか」

「あぁ、一回なんでもいいからかっこいいこと言ってみたかっただけだ」

「……は?」

「じゃあな少年よ、またいつか会おう。なんつってな」

 渋く笑い、ヒストは立ち去る。酔っているのか、少しふらふらしている。

「……強く、か……」

 その目には、静かに燃える何かが映えていた。


     *


 町の西口は小さく、馬車一台がやっと通れるぐらい小さいトンネルのような通路が続いていた。天井から水が滴り、床に水溜りができている。薄暗く、前後の出入り口が唯一の光となっている。ただ歩く音が響き、湿った冷たい風が弱弱しく髪を揺らす。

 トンネルを抜けると一面に燃える緑が広がっていた。ぶわっと風が吹き上げ、日の光が目を眩ませる。

「ここをまっすぐかぁ……」

 イノはそう呟き、草原の遥か先を見つめる。飛竜の鳴き声が遠くで空に響く。

 旅人は歩を進める。果てしない緑の大地をかき分けて、まだ見ぬ世界に出会うために。


一話分完結です。

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