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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第二章 竜の巣食う大陸 アリオン地方編
19/63

第18頁 ただの旅人

 町の大通り。爆発による焦げ臭さと土埃が舞う中、30を越えた鈍重の鎧を着た反王政国民が、通りを封鎖するように囲っている。その中央には2台の馬車と王族3名、そして統率者のザルドが国王ベルトルトの前で交渉しているのが確認できた。

「選択A、テメェを殺し、俺たちが政治をつくる。B、生かす代わりに今の政治方針を俺たちの納得できるように変え、また俺たちに優雅な生活を提供する。さぁどっちだ。ま、どう考えてもBの方が賢明な判断だと思うが」


 ザルドはにたりと笑う。

「……」

「どうしたアリオン国最高責任者。すぐに判断できなくてどうする?」

 しかし、王は黙ったままだった。動けない王女レリアはその様子を不安な顔で見つめ続ける。

「なんにも答えねぇなら、Aになるぞ。それでいいん――」

「ちょっといいですか?」


 その声と、ザルドとベルトルト王の間に突如現れたイノに周囲のほとんどが驚きの表情を見せる。ザルドは驚愕の声を上げた。ずっとイノの存在に気づいていなかったようだ。

「な、何だお前は! どこから出てきやがった!」

 ガゴン、と中型火器の弾丸を改めて装填する。

「うわ、銃口の前に立つべきじゃないですね。ずっとここにいましたけど……」

 イノはぽりぽりと頬を掻き、横目で話す。

「えーとですね、あのごっつい鎧の人たちでここから出られなくてどうしようかとですね、物騒ですしなんとかしたいんですよ」

「……っ、何でもいいからそこからどきやがれ! 交渉に割り込むんじゃねぇよ!」

「おっと」

 ザルドはその鈍重な中型火器でイノを叩き付けて払おうとした。だが、イノはしゃがみ、避ける。振った火器が空をぐ。

「交渉ってより脅しですよ。エゴイズムって言ってましたけど、どっちもどっちですね」

 半ば困ったかのような表情をしていた。

「……っ、おい、この童顔白髪を捕まえろ」

 ザルドは指示をし、他の鎧兵たちはイノの腕を掴み、羽交い絞めにする。

「うわ、なにするんべふっ」

 その場から引き剥がされ、地面に顔面ごと体を押さえつけられる。持っていた竹刀は地面に転がっていった。

「はぁ、とんだ邪魔が入ったな。さて国王様よ。俺の気も変わったことだし、別のやり方で交渉を再開する。おい、つれてこい」


 ザルドが他の鎧兵に声をかける。すると、鎧兵はあらかじめ捕まえていた町の人を前に突き出し、頭部に拳銃を突きつける。

「……ッ馬鹿な真似はやめろ!」

「あ? テメェこそ馬鹿な真似やってたじゃねぇか! そのおかげでどれだけ俺たちが苦しんだことか! さぁベルトルト! 3つ数えるまでに選択肢を選べ! 3つ数えきったらこいつらを一斉に撃ち殺す! 選択肢以外のこと話したらテメェを殺す!」

 イノは顔を上げ、数人の人質を見渡す。


「……あれ、ラコレさんじゃないですか」

 イノがそう言ったとき、王族が捕らわれていた情景に驚いていたラコレも、イノの存在に気が付く。

「イノさん! やっぱり捕まって――」

「黙ってろテメェら! 撃つぞ!」

 鎧兵の怒号でラコレはびくりとし、すぐに黙る。イノは地面に顔を押さえつけられる。

「はいイーチ…………」

「っ!」

 数え始める。全員が国王に注目し、ベルトルトは目を見開かせる。


 単純なことだ。普通に考えれば簡単に選択できることだ。

 だが、万が一、この集団が嘘をついていたとしたら。最終的にその場の全員を殺すとしたら。どうする。突破口はあるか。見つからない。だが、無様に命乞いしても、この男の思う壺だろう。

「ニーィ…………」

 それぞれの鎧兵は弾を装填する。ベルトルトは歯を食いしばり、だが、迷いを見せる。

 時間はない。一秒でも時間を稼がなくてはならない。だが、情けないことに、この苦境を脱する言葉が思いつかない。

 ベルトルトは自身の非力さを悔み、覚悟を決めたかのように目を閉じ、口を開こうとした。


「サ……ッ、うぉあっ!」

 ドン、と横から何かに押される。その力が強かったのか、武器とともに地面に倒れたザルドは状況をあまり把握できていなかった。

 誰がやった。そう思い見上げると、地面に押さえつけられていたはずの白い髪の若者がそこにいた。

「あれっ、いねぇ!」

 イノを押さえつけていた鎧兵は声を上げる。

「『選択C、この話はなかったことに』ってなりませんかね」

 人差し指を立て、イノは呑気に笑った。だが、気が付けば、周囲の銃口が一斉にイノに向けられていた。

「あれまー狙われてますね。こんな注目されるとなんか照れま――」

「動くな!」ひとりの鎧兵が火器を構えたまま叫ぶ。

「あー、じゃあ話しますね。ちょっとやりすぎじゃないですか? 折角のお祭りなのに、こんなことにしちゃって。まぁみなさんの気持ちはある程度わかりますけど、王様の気持ちも考えましょうよ」

「……っ、バカ! それ以上言うな!」


 そう叫んだのはラコレだった。銃を突き付けられ、はっと我に返ったようになりつつも、それでも話すことをやめなかった。

「それ以上刺激したら全員大変なことになる! 冷静に言うこと聞いたほうがいいって!」

 起き上がったザルドは鼻で笑う。だが、その表情は先程の醜態で怒りが込められていた。蟀谷こめかみに血管がうっすらと浮かび上がっている。

「そのヘタレ臭さがプンプンするモヤシ野郎の言う通りだ。ここは俺たちの言うことを聞いた方が賢明な判断だぜ? そこの白髪野郎もこれ以上ふざけたことは――」

 だが、その場にイノの姿はなく、もう少し奥に転がっている竹刀を拾っていた。

「い、いつのまにっ?」と、イノに武器を構えていた兵が今気が付いたかのように驚く。

「そんなごっつい鎧着て、おっきな武器持っているってことは、ここで戦う気満々ってことですよね。それtomo,

圧倒的な武力差を利用した脅しをするための武装ですか?」

 土を払い、刀身を肩に置く。

 ジャコン、と耳元で弾の装填音が聞こえる。

「まさかそんな竹の棒で俺たちに刃向うつもりか?」

 頭部に銃口を突きつけた男がへらへらと言った瞬間、周囲の鎧兵は馬鹿にしたように大笑いする。ザルドも同様だった。


 だが、白髪の旅人は顔一つ変えることなく、

「はい、そっちがやる気ならぜんぶ受け止めます」

 と告げた。

 しかし、鎧兵たちはさらに笑い声をあげる。腹を抱えている者もいた。

「……っ、いい加減にしろよ馬鹿野郎! おまえ本当に死ぬぞ!」

 ラコレは叫んだ。それは、友を守るため故の行為だろう。一緒に人質になっていた町の人は「落ち着けって」と小声でなだめようとするが、少年は叫ぶのをやめなかった。

「そんな竹刀ものでこいつらに勝てるわけねぇだろ! 無謀にもほどがある! 絶対に無理だ! それに体格差も、力も、数も、なにひとつ有利なことはないのに、なんでそんな無駄なことしようとするんだよ! こんなところで正義の英雄ヒーロー気取りしたって何にもなんねぇし、そんなものに現を抜かされて死ぬような馬鹿な真似はやめろ!」

 必死に彼は叫んだ。息を切らすほどに。

 だが、旅人は意外そうな表情を微かに浮かべ、

「そうですか」

 と呟くように言っただけだった。

「おいおい、あいつにあんだけ言われてもわかってねぇのか。つまりだ、そんな竹刀もんだけで俺たちの鋼鉄製の鎧に勝てるわけないし、この火器相手に通用するわけねぇだろ。現実みろよおまえ」

 ザルドはつまらなさそうな顔で吐き捨てる。そして、その砲口をイノに向けた。

「まずはテメェからだ。英雄気取りのまま死ぬんだな」

 イノは竹刀を肩から降ろし、「んー」と頬を掻き、意外そうな顔で口を開く。

「……まだ撃たないんですか?」

「あ?」

「脅しだけじゃ武器の意味がないですよ」


 その声が聞こえた途端、旅人の姿が消えていた。最初からそこにいなかったかのように。

 同時に、何かが砕けるような、破裂するような音が空に響く。

「なっ!?」

 おそらく、油断していた鎧兵全員も、王族も、人質も、全員が唖然としていただろう。

 そこには、ザルドの鎧の胴をただの竹刀で斬り、否、叩き壊した旅人がいた。

「ぁ……がぁ……っ」

 ザルドはそのまま地面に仰向けに倒れる。中型火器もともに地面に落ち、重たそうな音を立てる。ザルドの意識はなくなっていた。

「……っ、ザルドさん!」

「なんだ!? なにをしたあいつ!」

 旅人は屈めていた体を起こし、振り返る。

「……え? え?」

 ラコレは今の状況を理解できなかった。他の人も同様だろう。

 そして共通した疑問が思い浮かぶ。

 何故、竹刀そんなもの鋼鉄鎧あんなものが壊せるんだ、と。

「現実が視えていないのはみなさんの方じゃないですか?」

 旅人は余裕の笑みで竹刀を肩に置く。

「くそ! 今すぐその白髪野郎を仕留めろォ!」

 周囲を包囲していた鎧兵が一斉に砲口をイノに向ける。

「あれ、こういうのって大将ボスやられたら終わりじゃないん――」

 ドォン! と一斉砲火を浴び、馬車2台諸共その場が大爆発に巻き込まれた。


 ……はずだった。

「……は?」

 確かに撃ったはずだ。確かに標的に向けて撃ったはずだ。

 だが、爆発どころか、撃った砲弾が見当たらない。ただ竹刀が地面に転がっているのみ。

(消えた? なんで?)

 ラコレを始め、誰もがそう思っただろう。

 そのとき、鎧兵の近くで砲弾が降り注ぎ、次々と爆発が起きる。叫ぶ間もなく、鎧兵は爆発の余波に巻き込まれ、その身を吹き飛ばされる。流石の鋼鉄製の鎧でも、強力な火力の前では衝撃に肉体が耐え切れなかったようだ。四肢が無事であろうと、半分近くが爆発で気を失っていた。

「な、なんだあいつ! 今なにをした!」

「まさか、あの『魔術』ってわけじゃ……」

「馬鹿言え、そんなのただの噂に決まってる」

「じゃあなんだ今のは!」

「知るか! とにかく王族の護衛兵よりも厄介だ、優先して討つぞ!」

 鎧兵は人質を突き放し、その鈍重な火器で集中砲火を続ける。

 人質は身柄を解放され、急いでその場から離れる。だが、ラコレは訳が分からぬままその場の情景を見ていた。

「うぉ、容赦ないですね」

 イノの表情は楽しそうにも見えた。

 だが、今度は弾は消えず、砲弾が突然減速し、地面に転がっていく。すべての砲弾が不発だった。

 その光景を見てひとりの鎧兵が気づく。

「こいつもしかして、弾の速度や軌道を変えてるのか……?」

「っ! 馬鹿言うなよ、こっちは砲弾と銃弾だぞ。あいつは素手で、武器を持っているわけでもない。タネがあるに決まってる」

「種は持ってないですよ」

「――うぉあっ!」

 鎧兵の前にいつの間にかイノの姿があった。零距離ですぐに砲弾を発射しようとするが、鎧兵の視界が空へと切り替わる。その巨体が半弧を描き、背中から衝撃を受ける。

「ぐはっ」と、肺が自身の体重と鎧で潰され、中の空気が出るような声を出す。その周りにいた鎧兵も気が付くと一瞬だけ宙に舞い、重力によって地面に叩き付けられる。延髄部と気管支にに過度の負荷がかかり、気を失う兵が大体だった。

「相手は子供ガキだぞ! なんでこんなあっさり倒されてんだよ!」

 少し距離のある方から、砲弾がイノに向かってくる。しかし気づいたのか、あっさりと叩き落され、不発のまま地面に転がる。

「畜生! 化物かよ!」

 そう叫んだ瞬間、瞬きとともに数メートル先にいたその姿が消える。

「また消えた! どこ行った!」


「――化物みたいな考えをしているのは皆さんの方ですけどね」

 目の前に現れ、そう告げる。驚いた鎧兵は、持っていた鈍重な武器を鉄槌の如く振り下ろす。だが、パシッと簡単に片手で受け止められる。

「え?」

「ぃよっと」

 イノは武器を掴み、鎧兵ごと持ち上げ、一本背負いのように地面に叩き付ける。ガシャアン、と金属同士がぶつかり、大きな音を響かせる。頭から強く地面に落とされたその鎧兵は声を出すことなく意識を失った。


 ふぅ、と一息ついたイノはベルトルト王に近づき、手を差し出す。

「大丈夫ですか? あー普通に大丈夫じゃないですよね」

 王は戸惑ったまま、その手を掴んだ。

「あ、あぁすまない。礼を言う」

 護衛兵は状況を察したのか、急いで王女と王妃の元へと駆ける者もいれば、気を失っている鎧兵や怯んでいる鎧兵の集団を確保しようとする者もいた。前後にいた列の護衛をしていた兵も今更ながら援護に駆けつけるのがみられる。王女は安心したのか、ふらりと気を失ってしまった。

「お、なんとか解決って感じですね。いやぁ前の町に続いてまた暴れちゃうなんて、思ってもいなかったですよ」

 反省しているようでしていない声で独り言のように王に話す。

「旅人、といったか」

「はい、そうですよー」

 周りの様子を見ていたイノは顔だけを振り返り、王の問いに答える。

「この恩は決して忘れん。名を教えてほしい」

「イノっていいます。まぁ気にしなくていいですよ。僕の都合でやったことですから」

「それじゃ、お大事にー」と、イノはその場を去ろうとしたが、突然踵を返し、王の元へ戻る。

「折角ですので、お礼になんかおいしいものを食べ――」

 ドゥン! と銃声が鳴る。

 どこから銃弾が飛んだのか。どこへと向かったのか。

「――ぇ……」

 微かな声を漏らしたのはイノだった。

 右側の腹部を触り、左を見る。地面には銃弾が転がっていた。

 簡潔にいえば、銃弾がイノの身体を貫通していた。

「……っ!」

 目の前にいた王は一瞬で二度驚いた。一つは当然、命の恩人が撃たれてしまったことに。

 そしてもうひとつは、

「……他の人に当たったらどうするんですか」

 撃たれたにもかかわらず、旅人は眉を寄せては痛そうな顔をしているだけで、平然と立っていたこと。それどころか、撃たれた場所から一瞬だけ血が少量出ただけで、溢れ出る様子はなかった。

 けほけほと軽く咳をする。

 イノの見つめた先には、街角で銃を持っていた鎧兵がいた。震えていたその兵は慌ててどこかへと立ち去ってしまった。「待て!」と護衛兵が追いかける。

「ひとり隠れてたみたいですね」

「そ、そうだな……」

 ベルトルト王は半ば恐怖に煽られながら、旅人から目を逸らす。「ああ痛い」とイノは貫通した小さな傷をさすっている。

「まぁ政治ってよくわかりませんけど、考え直した方がいいかもしれませんね。今みたいにまた襲われたらたまったもんじゃないですし」

 地面に転がっている血のついた銃弾を拾う。原形は保っておらず、潰れていた。

「き、君、早く手当てを――」

「いや、大丈夫です。……たぶん」とイノは衛兵に言う。

 そして、王の方へと目を向けた。

「やっぱりお礼はいいです。また今度会ったときにでも招待してください」

 やさしく笑っては、王の前から立ち去った。


 イノはラコレの元へと向かう。

「…………」

「あれ、どうしました?」

 唖然と地面にへたり込んでいたラコレを意外そうに見つめる。ラコレは未だに驚いている。

「お、おまえ……何者なんだよ……」

 ラコレ自身、ありきたりな台詞を言ってしまったと感じていた。

 だが、白髪の若者はやさしく笑みを向ける。

「ただの旅人ですよ」


安定したヒロインはまだ登場しませんが、早いうちに登場させたいと思います。

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