第17頁 反乱因子
外を歩けば、うるさい程の愉快な楽器の音色が飛び交ってくる。曲芸をする者や演奏をする者、舞踊を披露する者も多数みられた。
昼下がり、人混みの中にはぽつんと目立つ白髪頭と、それを追いかけるようについていく黒髪の少年が歩いている。
「旅って楽しいですか?」
唐突にラコレは訊いてきた。果実焼きや練り饅頭を奢ってもらったイノは、それらを口に頬張りながら話す。
「たのひいでふよー。ひほんなほほはあいふぁふひね。ほへに……」
「あの、せめて飲み込んでから話してくれませんか」
イノはもぐもぐとしっかりと咀嚼し、もの飲み込んだイノはもう一度同じことを答えた。
「たのしいですよ。いろんなことありますし、刺激たっぷりー、みたいな」
あっははと笑うイノ。なにがそんなに楽しいのかよくわからないラコレであった。
行列は相変わらず長く続く。煩いと感じる程賑やかで、鬱陶しく感じる程混んでいた。
ラコレにとって、今日ほど家にいるべき日はないと思っていたが、今日ほど珍しい日、つまり可愛らしい旅人に出会えたことはなかったので、内心嬉しく感じていた。先ほど言われたことに心を痛めながら。
「これいいですね。剣術使いって感じですよ」
「ってそれ持ってきたんですか!?」
イノの手には、いつの間にか竹刀が握られていた。
「この行列祭って毎年やっているんですか?」
竹刀をぶんぶんと振り回しながらイノは尋ねる。
「ちょ、人に当たったら危ないですって」
イノは素直に振り回すのやめる。少しひやひやしたラコレは、ほっとし、問われたことを答える。
「ええと、そうですね、いろんな街へ訪れてはこういうふうにお祭り騒ぎするっていう伝統行事です。俺はこういうイベントは正直興味ないんで楽しみでもなんでもないんですけど」
「彼女いなさそうですもんね。友達いますか?」
その一言に悪意は感じられなかったが、少年の心はぐさりと傷つく。
「う、うるさい! 余計なお世話だ!」
「じゃあ僕がラコレさんの友達第一号ですね」
「え……?」
イノはにひひと笑う。ラコレは呆然としていた。
「お、なんか一層賑やかになりましたね。向こうに何かあるんですか?」
イノは先を指さす。賑やかというよりは歓声に近い声が沸き立っていた。
「え、あぁ、多分貴族か王族の列が来たんじゃないかと……」
「へぇ、偉い人じゃないですか。遥々遠くからお疲れ様ですね」
「俺は好きじゃないですけどね、金持ちって……あれ、イノさんどこいった?」
ラコレは辺りを見渡す。しかし、人混みが激しくなったためか、逸れてしまったようだ。
「参ったな……」
白髪の頭はこの町ではかなり目立つ。だが見当たらない。
(もしかして……)
ラコレは王族のいる行列の方へと向かった。人混みを鬱陶しく感じながら。
「友達、か……」
同時に、手を繋ぎたかったなと微かに思いながら。
*
イノは人混みをかき分け、行列の前に出る。
少し距離があったが、そこには他の行列とは異なった、豪華な馬車が2台あった。その周囲を十数人もの甲冑兵が護衛している。
人々は王族の名前らしき言葉を呼びかけ続けている。馬車の窓から女性2人が微笑みながら手をやさしく振る。そのたび歓声が起こる。
「結構人気ですねー」
幸せそうだなぁと呟く。王族の行列は先へと進んでいった。
何かを食べようと辺りを見回し、その場を去ろうと踵を返したときだった。
「――っ?」
耳を劈くほどの爆音。同時に背後から吹き抜けてくる熱波。
イノは振り返る。すると、そこにあったはずの王族の乗った馬車のひとつが燃え上がっていた。馬は暴れるように逃げ、周囲にいた人々は悲鳴を上げながら逃げてゆく。爆発に巻き込まれた護衛の兵は吹き飛ばされ、気を失っていた。残りの兵は必死に何かを叫びながら馬車の中の王族たちを救出しようとしたり、周囲を警戒していた。
「――動くなァ!」
ひとつの野太い声が響く。全員がその場で立ち止まり、声のした方へと顔を向ける。
そこには頑丈そうな鎧を装着した大男が民家の屋根に立っていた。その手には担ぐほどの中型火器が構えられていた。銃口からは煙が漂っている。
「うわー、囲まれちゃってる」
気が付くと王族のいる行列を逃がさぬように鎧を着た数十人もの男たちが包囲していた。町の人を包囲の外へ追いやり、包囲外の護衛兵を鎧兵たちは駆逐していた。標的は王族だけのようだ。
「利己主義者の腐れ王族共! 祭りといえど、よくこんな外れ町までノコノコとそのツラ見せに来たなぁ!」
周囲の鎧兵がガチャガチャと鈍重な火器を構え、その砲口を向ける。その数は30ほど。それに対し、動ける護衛兵の数はその二分の一。奇襲と、長旅と竜の襲撃の疲れ、そして平和な街だと思っていたが故に、護衛兵の警戒態勢は低下していたようだ。そのため、抵抗しつつも、体力的、武力的に敗け、すべての護衛兵が地面に押さえつけられていた。包囲した馬車は2つ。一つは爆発で大破に近い状態だった。
「王女! 王妃! お気を確かに!」
ひとりの護衛兵が叫ぶ。
燃え、大破した馬車から護衛兵によって救出されたのは王女らしき若い女性と王妃らしき30代後半程の美しい女性の二人。王女は深い怪我を負い、自力で立てない状態であったが、なんとか意識は保っていた。だが、王妃の意識はなく、辛うじて息をしているだけだった。
「おーおー、思ったより丈夫だったようだなぁ」
大男はまだ生きているふたりを見、笑いながら言った。
「ザルドさん! アリオン王を確保しました!」
ひとりの鎧兵が平らの屋根にいるザルドと呼ばれた大男に報告する。もう一つの馬車からは、確かに国王らしき男が引きずり出され、2人の鎧兵に捕まっていた。頭部から血を流している。
「よし」とザルドは屋根から飛び降りる。鈍重な鎧のためか、ズドン、と地面に足がめり込むほどの着地をしたが、特に肉体に影響はなかったようだ。
ザルドは国王の前に立つ。
「ベルトルト・K・アリオン帝王。ようこそ港町ウィアへ」
「……どこの国の者だ。目的は何だ」
押さえつけられているベルトルト王は怒りの籠った、腹の底から唸るような重い声を放つ。その燃えた青い眼はザルドを強く睨んだ。
「……あっははは! こりゃ幻滅だな! 大国の王が俺たちを異国の盗賊かなんかだと思ってやがる! 俺たちはれっきとしたこの国の民だってのによ!」
「――なっ!?」
王は驚愕の表情を出す。それを見て、ザルドは「あ?」と顔を歪ませた。
「そんな驚くことかよベルトルト。テメェの行政を思い出してみろ」
ガコン、とザルドは中型火器の銃口を王へ向ける。先ほどの威力と距離を考慮すれば、馬車ごとその肉体を吹き飛ばされるだろう。
「納税増加と労働基準の厳格化。『そんだけで?』だと思うんじゃねぇぞ。こちとらテメェらみてぇに贅沢じゃねぇんだ」
それだけじゃねぇ、と付け足し、
「飢餓で苦しむ国民を放置して、自分らは豪華で安全な生活を送ってよぉ、何が国の王だ。笑わせやがる」
ザルドは国王を蹴る。嫌な鈍い音が不思議なほどその場で響いた。
「お父さん!」
意識のあった王女は悲鳴に似た声で叫ぶ。だが、鎧兵に取り押さえられ、身動きが取れない。
「ほぉ、贅沢な生活を送っていた割に、結構いい女じゃねぇか」
ザルドはにたりと嫌な笑みを向ける。
「や、やめろ! レリアには手を出すな!」
ベルトルト王は叫ぶ。
「うるせーなぁバカ親が」とザルドは再び王を蹴る。
「あぁ、そういや目的とか言ってなかったな。俺たちはアリオン地方の各地の独立街で集結したテメェら帝国王政の反乱軍だ。今の政治を終わらせ、俺たちが新しい国を作り上げる。それが俺たちの目的だ。あぁそこら辺は大丈夫だ。俺は元々この国の政治家だ。テメェは覚えていないみてぇだがな。がっかりだよベルトルト国王」
「……本気か貴様ら」
「あぁ本気だとも! そうだ、こういうシチュエーションではお約束の『選択肢』を与えようじゃねぇか」
*
「な、なんだあいつら……」
同刻、ラコレは突如起きた出来事に対し、理解が付いていかなかった。
町の人は逃げ、その奥に頑丈そうな鎧を纏った兵が大勢いたことに。その向こうで爆炎が空へと漂っている。
だが、これだけは把握していた。ただごとじゃないと。
「……イノはあそこにいるのか?」
つい呟いてしまった。
先程のイノとの会話から考えれば、必ずあそこの爆炎の場所にいる。自分と反対方向に逃げてきた町の人を見ても、白髪頭の旅人は見つからなかった。
(……捕まったのか?)
そう考えた瞬間、いろんな思考が駆け巡る。
助けないと、逃げたい、正義感、非力さ、無力感、強そう、あれは敵なのか、今こそが正念場、でも死にたくない、なんとかしないと、でも家に逃げ込んだ方がいい……
「……畜生っ!」
何分その場で考えていたかわからなかったラコレは、考えるのをやめ、何一つ持たずに鎧兵の集団へと駆ける。




