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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第一章 風の旅立ち 水の都編
14/63

第13頁 塔に眠る大地の神

 悲哀の獣の塔9階の最上階。夜の冷たい風が強く吹き通り、これといった鉄柵はない。万が一、落下するかもしれない恐怖が装甲兵にも僅かに感じていた。

「媒体5つの投下から1分経過! 未だに反応は見られません!」

 ひとりの装甲兵が、装置の画面に映る何かの変動グラフと塔内監視カメラの映像を見ながら報告する。デクトは少し落ち着きがなかったが、言葉を語ることはなかった。

「ドリーさんとメリックさんの連絡がない……まさかやられたってわけじゃ……」

「馬鹿なこと言うな。あの方々がどこまで人間離れしているか、みんなが知っているはずだろ」

「そ、そうか……まぁ相手は引退した『罪狩り』とよくわからねぇ白髪頭の若僧だったしな」

「にしても、地面を掘り起こした時の砂埃が舞って塔の中がほとんど見えないな……コンピュータでは順調に進んでいるが……」

 屋上にいる兵たちは警戒しながら小声で話す。

 そのとき、ゴゴゴ、と地鳴りが生じる。


「社長! 反応が急に!」

 デクトはすぐさま装置の画面を食いつくようにみた。細かな震動が靴越しで伝わる。

「来たか! 操作コードはちゃんと接続しているな?」

「はい、欠陥はありません!」

「よし、あとは勝手に目覚めるのを待つとしよう」

「社長! 倒れた兵は……」もう一人の装甲兵が声をかける。邪魔をされた気分になったデクトは怒鳴る。

「水を差すんじゃねぇ! ほっとけあんなもん」

「で、ですが、ドリーさんとメリックさんも……」

「ふん、連絡がないということはあの二人に敗けたってことだ。敗者を救う必要はねぇよ」

 画面を見たままデクトはそう言った。

「……っ、……わかりました」


      *


「なんだなんだ!?」

 揺れは直に大きくなり、足元がふらつく。アウォードは大剣を地面に刺し踏み堪えており、リードとエリナは地面に伏せていたが、イノはふらつくこともなく依然として立っていた。

「うわー、この揺れは凄いですね。地震の揺れ方じゃ……あれ?」

「……急に揺れが収まった……」

 リードは不安げに呟く。

「ッ! おい、砂埃が……」

 見てみると、塔の中から漏れだしてきた大量の砂埃が風の速さで塔の中へ、そして中央ホールに開いた大きな黒い穴へと吸い込まれていった。

「……なーんか嫌な感じだなぁおい」

 アウォードが大剣を握りしめ、地面から引き抜こうとしたとき、塔の上から声が耳へと伝わる。静寂と化したのでその声ははっきりと聞こえた。

「あの社長さんの声だ」

 イノは塔の最上階を見上げる。


「――おまえらもよーく見ておけ! 生き残れた褒美として、この神々しい存在をその目で見れるのだからなぁ!」

 デクトは手に持っているノートパソコンに似た装置を操作すると、再び地面が揺れ始める。

「また揺れがっ」

「くそ、思ったより操作が難しい」

 デクトは歯を食い縛りながら操作盤を動かす。

 すると、塔から少し離れた地面が盛り上がる。湿り気の少ない枯れた土は罅割れ、しかし脆く崩れていく。

「うわぁっ! な、なんか出てくる!」

 リードはすっかり目の前の非現実的な事態に脅えている。

「塔から出て来ると思ったが、ご丁寧に俺たちの前へお出ましかよ。ていうかマジモンで怪物じゃねぇか」

 半笑いして流れる冷や汗を誤魔化す。イノは相変わらず平然としていた。

「でもまぁ、塔を壊しての登場はなくなったってことですね」

「デクトがコントロールしているようだけど……」

 エリナは辛うじて冷静をふるまい、塔の頂上を見ながら言う。だが、これから何が起きるのか、そのような恐怖が表情で見て取れた。

 地面から黒い鎌のような巨大な何かがボコボコと飛び出てくる。その場の誰もが驚いただろう。

「くそ、一部出やがったか。……おい! おまえら二人は逃げろ! 特に怪我はしてねェンだろ! 急げ!」

「で、でもみんなで逃げ――」

「みんなで逃げたら誰があんなの食い止めるんだよ! いいから行け馬鹿野郎!」

 アウォードの怒鳴り声に少し震えたリードだが、すぐに切り替え「エリナさん早く!」とエリナの手を掴んで森へと走る。

 そのとき、ズドン! と地面が大きく振動した。

「うわっ!」

「きゃっ」

 ふたりは倒れ、前を見ると、目の前に2メートルほどの壁が立ちはだかっていた。地面のズレで断層という壁が生じる。

「畜生、届きそうなのに……!」

 とてもではないが、子どもと女性の二人ではその壁は登れそうになかった。辺りを見回しても、脱出できそうなところはない。周りも同じように段差ができていた。つまり、塔とその近辺が沈降したのだ。完全に囲まれたことになる。

 アウォードはその様子を見、舌打ちをする。


「ああくそ、逃げそびれたかあの二人……」

「……」

「デッカイ虫の肢みたいだな。本体はどのくらいあるんだ?」

「……」

「……? ……っ、~~っ!」

「……あいたっ! いきなり何すんですか?」

 強く叩かれた頭を押さえ、イノは納得のいかないような顔をする。

「お前よくこの状況でウトウトしてたな! なんなんお前? 馬鹿か? 死ぬか?」

「だってよく考えたら今って真夜中ですよ? 眠たいに決まってるじゃないですか!」

「いや威張んなよ! 前見てみろよ!」

「ん? おー、これはまた立派な」

 目の前には夜の色に溶け込んだ、しかし月光で黒光りに照らされた巨大な生き物がそこにいた。黒い装甲をまとった巨人が這いつくばっている形にみえなくもないが、下半身がなく、代わりに黒い菌根のようなものを樹の根のように張っていた。

 塔の4階ほどあるその巨体の上半身は、鍛えあげられた人間の胴体に似ている。腕の部分は確かに人の腕だが、どこか虫の肢のような棘々しさと筋肉の付き方をしている。下腹の部分からは蜘蛛の脚のようなものが5本生えている。前屈みになるときその巨躯を支えるためなのだろう。

 首から上は蟷螂かまきりのような頭と複眼に、獣のような口と牙をもっている。耳は狼のように鋭く、黒い背は筋肉が盛り上がっている。体毛は無く、すべてが黒い甲殻で護られていた。


「――おお! これが昔この国を滅ぼした、神と呼ばれた生物か! 異様にデカいのは媒体が多かったのか、それとももともとの個体が大きかったのかはわからんが、何はともあれ、成功だ!」

 デクトは嬉しそうに叫ぶ。その目はこの先の良き未来図を構想していた。

「では、その操作盤で休眠状態にさせて……」

「いや、せっかく眠りから覚ましたんだ。こいつのもつ国をも滅ぼした力というものを披露させようじゃねぇか」

 手に持った操作盤を強く握った。その目は子供のような好奇心に満ち溢れていた。


「……普通に気持ち悪いですね。これあれですよ、栄養摂るとき遺伝子も反映しちゃうタイプですよ。あの黒いカビを使って死体とか虫ばっかり摂取してたからあんなのに変わり果てちゃったんでしょうね」

 イノの分析にアウォードは意外そうな表情をした。

「……一応おまえにも知識ってものがあるんだな」

「ひどいな~、少しバカにしすぎです」

 少し眉を寄せた。しかし、怒っているようにはとても見えないと感じたアウォードは黒い巨大生命が出てきた根元ともいえる部分を指さす。

「まぁともかく、あれ見てみろよ。出てきた穴の中に根を張っているらしいな。あそこを狙えばいいのか」

「一応生まれたばかりですからね。ああでもしないと身体が崩れちゃいます」

 分かっているような口調で話す。それを推察として受け入れ、見て思ったことを口に出した。

「なんかぼろぼろの身体を菌糸で繋ぎとめてる感じだからな。ああやって自己修復しているから、完全に再生する前に仕留めねぇとな」

 と言ったときに辺りが一層暗くなった。同時にミチミチ、と筋繊維が千切れかねんような音が聞こえてくる。

 見上げると、巨大な腕が叩き潰そうとこちらへ振りかぶっていた。

「おいおいおいおい!」

 アウォードはエリナとリードを掴み、その場から急いで離れた。その巨腕が振り落とされた瞬間、雑草の混じった地面が深く割れ、勢い余った衝撃が大地をぐらぐらと揺らした。


「あっははははは! 腕一振りで地面を叩き割ったぞ! 素晴らしい! 最高だ!」

 操作盤をもったデクトは狂ったように笑う。揺れる塔で身の危険を感じた装甲兵はデクトに焦った様子で声をかける。

「デクト社長! このままではこの塔が崩れます! 今すぐここを降りなければ!」

 しかし、その瞳が黒光りに染まっている今、先のことなど見えてはいなかった。

「何を言ってる。この操作盤がある限り、決してこの塔を壊すようなことはしねぇ。それに、この塔は地震程度では崩れん。地上にいるよりよっぽど安全だ」


「いってぇ……近所迷惑じゃ済まねぇぞ今の一撃。おい、大丈夫か?」

 砂っぽい土がパサパサと落ちる。アウォードは起き上がり、連れてきた二人の無事を確認する。

「な、なんとか……エリナさんは?」

「う、うん、大丈夫」

 3人は振り返る。そこには地面を叩き割った虫のような黒い巨人がただゆっくりと呼吸をしていた。

「……動きは鈍いみたいだな。しっかし、どうすりゃいいんだか」

 腰に手を当てて、参ったと言わんばかりの顔で巨人を見つめる。大剣を握る手にも力が入っていなかった。

「……イノは?」エリナが不安そうに尋ねる。

「……え?」

 辺りを見回すも、あの白髪姿はなかった。ぞわり、と悪寒が走った。

「まさかあの中に、巻き込まれたのか……?」

「嘘……でしょ……?」

 巨神が腕をぐぐ、と上げる。ふたつに分かれ、粉砕された地面を見る限り、巻き込まれたら確実に死ぬだろうと誰もが思っていた。

「イノ……」

 リードは茫然とその名を呟いた。

「勝手に死んだことにしないでほしいです」

「うわぁっ!」

 リードはつい声を上げて驚き、アウォードとエリナも同様に驚いた。

「おまえ……いるならいるって早く言え!」

 ドスッとアウォードはイノの頭にチョップを落とす。「痛いです」と一言だけ述べた。

「イノ……大丈夫なの?」

「普通に大丈夫ですよ。どこも怪我はありません」

 満面の笑み。その言葉に一同はほっとするが、アウォードは再び巨神を見上げる。

「イノ、あれをどうにかしねぇと俺たちやこの塔どころか、サドアーネ全域まで被害が出るぞ。さっきの一撃の揺れでたぶん街はパニックだ」

「……」

 エリナはその言葉を聞き、より不安げな表情になる。リードも同様だった。どうしようもない。どうすればいい。この言葉だけが頭の中を掻き乱す。

「でも、あれってあの社長さんが操作してるんでしょ? それを止めましょうよ」

 イノが塔の頂上を見て話す。その楽観的な表情はどこから来るものだろうかとリードは感心以上に不気味に感じていた。

「そうだな。それに人の手で操ってる内はまだ安全だ。寧ろ塔の中に逃げ込めばデクトのバカも流石に塔ごと俺たちを狙ったりしないだろうな」

「そうね……じゃあ今のうちに塔の中へ行かないと」

「あのもう走るの嫌なんで、向こうがミスって自爆で終わる展開を待ちましょう。こういうの大抵自滅で終わるって相場は決まってるらしいですよ。僕はそれに賭けてみたいです」

「おまえのそのわけわかんねぇ考えはなんとかなんねぇのか。文句言ってないでさっさと――っ」

 巨神が再びグググ、とその巨腕でイノ達を横から薙ぎ払おうとしている。縦からならともかく、横から攻められては逃げ場がない。


「――おまえら下がってろォ!」

 アウォードは大剣を抜刀し、勢いよく向かってきた黒い壁のような巨腕を剣一本で受け止めた。だが、僅かしか勢いを緩めることができず、その鞭のようなしなやかな黒い腕によって叩き飛ばされ、塔の壁に激突し、地面に落下する。

「アウォードさん!」

 リードは叫んだ。

 3人は先ほど割れた地面の中に避難したことでなんとか免れた。黒い一振りの後に強い風が吹き付ける。

「ぐ……がふっ……ぎ……くそ……ったれ……ぇ……」

 アウォードは奇跡的にまだ意識が残っている。だが、虫の息に等しく、最早立ち上がることさえできなかった。

「早くアウォードさんを助けないと……!」

「リードとエリナさんは赤髪ちゃんとこに行ってください」

 突如イノが指示を与えた。その紅い瞳の先は黒い巨神。ひと足先に立ち上がったことにエリナは気づく。

「イノ、何する気なの?」

「ちょっくら起こしてきます」

「? どういう――っ、イノ!」

 エリナの言葉を聞くことなく、イノは黒い巨神の方へと駈ける。


「流石の罪狩りもこれは死んだか? あと3人生きてるようだが……」

「社長! ひとりが怪物のところに!」

 装甲兵が指をさす。塔の上に立つ彼らの眼下には、小さく映る白髪の旅人が巨人の方へと走っているのが確認できた。デクトは予想外とまではいかずとも、意外な行動に顔を歪めた。

「はぁ? 死にたがりかあいつは!? じゃあお望み通りに……っ」

 デクトは操作盤で巨神を動かそうとしたときだった。


 ――――ズドォン!


 その場だけでなく、森中の木の葉を揺るがし、都の水路に波紋を作る。島中に響いたその音は砲撃でもなく、先程の巨神の一振るいでもない。白髪の旅人の一発の拳から轟いたものだった。

 旅人は巨神の黒く、隆々と盛り上がっていた堅甲な胸部を殴打し、ベゴン! と凹ませた。同時にピシピシ、と胸部の堅殻に深いひびが割れていた。

 跳んだ旅人は地に降り立ち、黒き巨神を見上げる。暗い星空を仰ぐかのような、安らかな目で、

「目が覚めましたか? もう自由に動いていいんですよ」

 ただ、笑った。


「どうした? おい! くそ、操作が全く利かない! 髄がバラバラにでもならない限り言うことは聞くはずじゃなかったのか!? あの白髪頭何をしやがった!」

 塔の上、デクトはノートパソコン型の操作盤をでたらめに打ち込むが、黒い巨神はピクリとも動かなかった。戸惑いを隠せていないデクトは、苛立ちを操作盤に叩き付ける。

 そのとき、黒い巨神の異変に装甲兵は気づく。

「デクト社長! 僅かですが、あの怪物の身体から何か黒い水蒸気のようなものが発生してます。今すぐ塔内へ避難しないと危険です!」

「うるせぇ! ほっとけ屑野郎!」


 エリナとリードはアウォードのもとへ走り、塔の入り口に避難している。土が瓦礫などに被さっており、少しだけ土臭いが、そのようなことに対して気に掛ける余裕などなかった。

「……なにしたんだ? あいつ……げほっ」

 軽い吐血をし、アウォードは塔の傍で倒れたまま掠れたような声を出す。

「……人間って思えないぐらい飛んで、バケモノを殴ったけど……」

 リードは呟くように目の前で起きた現状のままに答えた。

「様子が変……何か、黒い煙みたいなのが漂っているような……」

 瞬間、その場に一閃の光が走る。目が眩み、思わず目を瞑ってしまう。そして次に聞こえたのは雷鳴だった。同時に、塔のそびえる地に雷が降り注ぐ。雑草は焦げ、土がはじけ飛ぶ。


「うぉっ、なんで雷が!? 空は曇っていねぇのに!」

 デクトが叫ぶ。屋上に設置してある装置に電撃が走り、金属や部品が飛び散る。被弾点が破壊されるとともに黒焦げになった。

 驚いたデクトは思わず操作盤を落とし、転がったそれは塔から投げ出される。

「あの怪物から発生してるようです! おそらく先程の黒い水蒸気が……」

「流石にマズイ! 塔から降りるぞ! 雷に打たれるよりまだマシだ!」

 正気に戻ったかのように、デクトはもたつく足で誰よりも早く塔を降りていった。


「――っ、おいおい、あいつの一発でバケモンがブチギレたんじゃねぇか?」

 アウォードは冗談気味で苦笑するが、目は全く笑っていなかった。

「さっきまであんなにゆっくりだったのに……それに、さっきからなにか叫んでいるように見えるけど」

 リードの言う通り、黒い巨神は大口を開け、何かを訴えるように咆哮する。しかし、声帯がないのか、激しい呼吸音しか聞こえなかった。

「イノ……」

 エリナは巨神の前に立っている旅人の名を口にするのみだった。



 巨神がうずくまる。背中に力を集中し、硬直させている。すると、隆々とした背中がぼごご、と盛り上がり、殻から孵化ふかするように背中から翼脚が飛び出てきた。甲殻類の肢のような翼の骨格に、粘液が覆う翼膜が脚のように地面にへばり付く。まるでその巨体を支えるかのように。

 そして、イノの前に顔を近づけ、ゆっくりと口を大きく開く。イノは一歩も引き下がらなかった。

 巨神の半透褐色の複眼はイノの姿を映していた。

「……くるしいのですか」

 旅人は巨神に問いかける。

 巨神は鋭い歯を食い縛り、息を荒くする。目の光は強く増した。

 巨神は旅人を睨みつける。

「大丈夫」

 しかし旅人は微笑む。

 そして、

「僕はただ、助けたいだけだから」


 急に巨神の大口が開き、黒い噴煙を放出する。その色は、巨神に寄生し、その未完成な巨体を無理矢理繋ぎ、支えている黒黴カビの色と同じだった。だが、その噴出力は凄まじく、突風よりも爆風に近く、木々は根こそぎ取られ、地面がめくれていた。そこにイノの姿はなかった。

 しかし、巨神は気配を察したのか二時の方向を見、そこにいたイノに向けてしなやかな翼脚を叩きつける。イノは手の甲で自分の身体の数倍はある翼脚を軽く受け止め、くいっ、と手首を曲げる。すると翼脚は流されるかのようにイノのいる位置から逸れ、地面に激突する。地面は爆発したかのように吹き飛び、小さな地割れと衝撃による爆風、そして地鳴りが起こる。

 巨神の挙動ひとつひとつで黒い粉塵が舞い、それが巨神の体表から発する電流に伝導する。また、粉塵の成分によって電気が増幅し、そして雷と化して地へ落とされる。周囲の木々は雷に打たれ、炭化する。

「こっちですよ」

 声という音の振動に反応し、音の発した方向めがけて右翼脚と右拳を同時に繰り出す。瞬息の速さ且つ巨大な一撃はまたもや、この地サドアーネを揺るがした。

 地面に深く埋まった2本の黒い腕と翼脚をズガガガ、と横にスライドさせ地面を抉る。


「ちょ、おい、こっち来てるぞ!」

 アウォードは叫ぶ。だが、先程の巨神の一撃でほとんど動かない身体ではリードとエリナを抱えて逃げるどころか、ひとりで立ち上がることすらできなかった。

「早く逃げろ!」と言う間もなく、目の前には黒い大きな柱のような巨神の腕が迫ってきていた。

 しかし、巨大な2本の腕はボゥン! と腕の髄から破裂し、パラパラと黒い粉末が砂埃と共に舞う。乾燥した繊維の塊が打ち砕いた木の幹のように、思わず目をつむったエリナたちの足元に転がる。

「あ、危なかった……今のって、イノがやったのか……?」

 リードは目の前の景色を見ながら呟くように訊く。最早、何が本当かわからないような目をしている。

「だろうな。俺の大剣ですらびくともしなかったのに……まぁ、体力の限界と刃が錆びていたというのもあるが」

 アウォードは頭部と全身の痛みに堪え、上体だけを起こす。塔の壁に寄りかかってリードやエリナと同様に目の前の状況を見ていた。

「……『人は神に逆らえない。逆らう意思があるのなら、天罰が下される』……」

「……エリナさん?」

「フィルに教えられた言葉のひとつなの……でも、目の前の出来事を見ていると、なんだか信じられなくて……」

 上の空で呟いたエリナの言葉に、アウォードはため息をつく。

「神様っつったって、所詮ただの生きもんだ。天罰も何もないだろ。ま、これは流石にただの生きものとは言い難いけどな」

 砂埃が舞う。風が強く吹き荒れ、木々が揺らぎ、木の葉が散り往く。塔は未だ崩れてはいないが、それも時間の問題だろう。その上、景色が一変する程、塔の周辺の地は巨神の猛威によって凄惨な景色と化していた。

 街はどうなっているのか。見当はつかないが、少なくとも被害は零とは言い切れないだろう。

 砂埃越しに白い髪が揺れているのをエリナは見逃さなかった。

「イノっ!」

 エリナの声が届いたのか、イノはエリナの方を見た。

「大丈夫」。その一言を笑顔だけで示した。

 巨神が左翼脚を鞭のように柔軟にしなり、その遠心力でイノを潰そうとした。

「これ以上はちょっとまずいですね」

 そう呟いた瞬間、目にも留まらぬ速さでイノの真上から巨大な黒翼脚が振り落とされる。

 イノは踏み堪える姿勢を取り、それを右手で受け止めた。しかし、潰されることはなく、地面が壊れることもなく、何事もなかったかのように自分の何倍もある巨神の腕を片手で止めた。

 バネのように曲げた腕を伸ばすことなく、受け止めた右手に、ぐっと力を込めた瞬間、ドゥン! と右手から爆発に似た衝撃波が巨神の翼脚を吹き飛ばす。その勢いで巨神の上体が上がる。

 パァン! と地面が破裂する程の脚力で巨神の懐まで一瞬で駆け抜け、その勢いで巨神の腹部に蹴りを入れる。その体躯は堅い甲殻で出来ているため、衝撃で横一線に腹部に罅が入る。

 刀の如き一蹴。巨神は蹴られた勢いで前屈みになり、凹んだ胸部と頭部が地面に近づく。

「……ッ」

 イノはギュルリと回転して着地し、その踏み込んだ姿勢で拳を握りしめ、上から近づいてきた巨神の頭部を下から殴った。バギン! と頭部の甲殻と頭蓋骨が割れたような音が響く。

 それを最後に、辺りが静かになる。時間が止まったかのように、巨神も頭部に大きな罅が入ったまま微動だにしなかった。

 イノは拳を降ろし、一歩下がって、静止した巨神を見つめる。

「……」

 しばらく見つめ、そして微笑んだ。イノは巨神に背を向け、その場を去る。


「……これ、結局どうなったんだ……?」

 突如終わりを見せた目の前の光景に、アウォードたちは状況をうまく理解できなかった。

 塔は少々傾き、前よりもヒビの数が多くなっているものの、依然として立ちそびえていた。だが、塔の周囲は凄惨であり、地面はめくれあがり、地割れが幾つもあった。さらに森の奥、その向こうの山にまで達している地割れもあった。木々は倒れ、砂埃がうっすらと漂っている。巨神の身体から発し、鳴り響いていた雷は一切なくなっていた。

 夜風で砂埃が流れる。晴れた景色から白髪の旅人が三人の前に現れる。

「……っ、イノ!」

 リードが駆けつける。足元が悪いため、一度(つまづ)き、転びそうになるも、イノの元にたどり着く。

「イノ、無事か? どこか怪我とかないのか?」

「あーはい、大丈夫ですよー」

 リードの真剣な表情に対し、イノはいつものように笑っていた。

「寧ろリードが怪我だらけですよ。あのときの子ども達よりえらい目に遭っていません?」

「うん。でも、エリナさんを護るためだと思えばこんなんへっちゃらだよ。そのときは死ぬかと思ったけど」

「リードの人生フルボッコですね」と笑う。

「この先は絶対ないって。もうボコボコにされるのは懲り懲りだぞ俺は」

「あっははは……あ、エリナさん。無事で何よりです」

 イノはこちらへ歩んできたエリナを見、声をかける。

「イノ……っ」

「っ、エリナさん?」

 エリナはイノに抱きついた。彼女の目は潤んでおり、声も微かに震えていた。

 抱きつかれたイノよりもその光景を見たリードが驚いていた。

「エリナさん……」

 エリナは何も言わず、ただ身体を振るわし、すすり泣く声を出していた。彼女の今感じている思いが、震える身体と声を通じてイノにしっかりと伝わっていた。

「……泣きたいだけ泣いてください。もう、すべて終わりましたから」

 イノはやさしい声で彼女に語りかける。その手を彼女の背に回した。

「イノ……ごめんね……私……っ」

「大丈夫ですよ」

 イノはエリナの顔を見つめ、微笑んだ。

「みんな無事に生きているんですから。ね?」

「……っ、うん……」

 その微笑にエリナはまた涙が出そうになっていた。


「――いつまでやってんだバカ白髪!」

「のふっ!」

 イノの頭上に錆びた大剣がゴン! と当たる。エリナはびっくりして思わずイノから離れる。

「っ! アウォードさん……も、もう動けるの?」

 リードは半ば恐る恐ると訊いた。

「フラフラだけどな。なんとか大丈夫だ」

 その割には表情に余裕が見られなかった。白い包帯が赤く滲んでいるので、頭だけでなく、身体からも出血しているのが十分にわかる。それでも、その勇ましい眼光は衰えてはいなかった。

 イノは痛そうな顔で頭をさすりながら、

「いったぁ~、殺す気ですか?」

「おまえがこんな程度で死なねぇと思ってやってんだよ。んなことより、まだ終わってねぇぞ。あのクソ財閥のやつらを捕まえねぇと意味ねぇだろ」

「あっ、そうでしたね」

 さする手を降ろし、そういえばそうだった、という顔を向ける。

「そこらへんしっかりしてくれよ」

「大丈夫ですよ。あそこにいますもん」

 イノが指差した先は塔の傍にある石壁の一部だった。その裏にデクトらがいるのだろう。

 イノの声を聞いて居場所が知られたと判断したデクトは、その場にいる銃を持った数人の装甲兵に指示を出した。


「――撃てェ! まとめてぶっ殺せ!」

「っ、マジかおい!」

 アウォードは焦った表情をする。もう対抗する体力は無いに等しかった。抜刀する力すら出てこないことに一瞬の情けを感じていたときだった。

「大丈夫です」

 三人の前にイノが立つ。とても落ち着いた表情でデクトらを見る。

 ドォンドォンドォン! と何発もの銃弾がイノ達に向かってくる。しかし、イノは先程やったように、素手ですべての弾に触れ、その軌道を逸らした。

「……え? え?」

 リードは一瞬何が起きたのかわからないような顔をしていた。エリナも同様だった。その手の捌きはとても目で捉えきれるものではなかった。

「畜生! なんで手で防げるんだ! こっちは銃弾撃ってるんだぞ!」

 デクトは苦虫を噛み潰したような顔でイノを見る。半ば訳が分からないという驚愕の表情も含めて。

「……そうでしたね、あの方々にはまだ何にもしてませんでしたね」

 イノはすたすたとデクトらの方へ歩く。装甲兵も恐れをなしたのか、その場から離れ、イノから離れるように遠くへ逃げようとした。

 が、突然回転しながら飛んできた大剣をまともに喰らい、痛みでその場にうずくまる者もいれば、大剣の下敷きに遭い、動けない者もいた。

「一人も逃がすかよ……ぜぇ……ぜぇ……」

 アウォードは内心運よく命中してよかったと思いつつ、口から血を一度吐き、包帯が巻かれた手で拭う。身体が命に関わるほど限界であるにも関わらず、百キロを超えた大剣を投げた故だろう。

「クソォ! 来るなバケモノ!」

 デクトは所持していた拳銃をイノに向け、発砲する。しかし、一発の銃弾はいとも簡単にイノに叩き落とされた。カラン、と弾が地面に転がる。目の前の異常ぶりにおぞましさを感じたデクトは声が裏返ってしまうほど乱れた呼吸と声を漏らす。

「バケモノが! 下等のバケモノの分際で! 俺を誰だと思ってやがる!」

 ドォン、ドォン、と発砲するも、すべて弾かれる。普通の人と変わらない手に弾かれる。

「……っ、弾切れかよ畜生! お、おい! こっちへ来るなバケモノ!」

 デクトの表情は憎しみと恐怖で歪み、逃げたくてもうまく身体が動かない。

「あなたもバケモノでしょう」

 イノは紅き眼を鈍く輝かせ、静かにそう言った。

 それがどういう意味なのか、今のデクトには理解できなかった。

 そして、地に腰をついたデクトの前でイノはゆっくりと腰を降ろし、その脅えきった顔に手を触れた。


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