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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第一章 風の旅立ち 水の都編
13/63

第12頁 A Hard Combat ー少女の記憶ー

 同刻、「悲哀の獣の塔」前の広場にて。

「うぉらあああああッ!」

 アウォードは猛り、錆びた大剣を駆使し、何十人もの装甲兵や重兵器を薙いでいく。

「へっ、大分片付いたみてぇだな。にしてもあいつはどこ行ったんだ?」

 アウォードは辺りを見渡す。しかし、あの目立つような白い髪の人物は一切見当たらない。

「逃げたってことはないよな……。じゃあもうとっくに塔の中に居んのか?」


 アウォードは判断し、塔の中へと向かおうとしたとき、丁度塔の入り口からひとりの大男が出てくる。その姿は他の装甲兵とは異なり、全身武装で、武器といったものは持っていないように見える。少なくとも、アウォードより体格は大きかった。

「ん? なんだあの真っ黒なデカブツ。2メートルあるんじゃねぇか?」

 前方にいるその全身武装の大男はアウォードを見つけると、ドゥッ! とその巨体とは不釣り合いなほどの風のような速さで殴りかかってきた。

「――っ、うぉっと!」

 咄嗟に大剣を構え、飛んでくるように迫ってきた大男の一撃を間一髪で防ぐ。

「うぐっ」

 だが、轟音と共に訪れたその大砲のような衝撃は凄まじく、アウォードの身体が浮き、後方の木の幹にぶつかる。

 迫撃砲の爆撃でもものともしなかったアウォードの肉体がここまで吹き飛ぶとは、どれほどの威力なのか。未だに気を失っていない兵は味方でありながらも背筋を凍らす。


「うぉぉ、生身でも十分バケモノじみてるけど、武装したドリーさんはさらに上回るな」

「ああ、流石の『罪狩り』も社長のボディガードには敵わねぇ」

「それに、メリックさんも相当強いからな。スタイルは違うけど、どっちも人間離れしている」

「ま、この二人がいる限り、俺たちの勝ちだな」

 その場にいた数人の兵は余裕の笑みを浮かべる。


「……くそ、何だあのバカ力。マウンテンゴリラにでも育てられたのか?」

(いや、あの武装のおかげか。一瞬機械の駆動音が聞こえたからな)

 アウォードは脳内で冷静に分析し、武装姿の大男「ドリー」を睨みつける。全身武装の為、顔の表情までは分からない。

『ふん、罪狩りも所詮こんな程度か。笑わせやがるぜ』

 武装マスク越しにドリーは野太い声で嘲笑する。

「へっ、そんな全身護るような保守男に言われたかねーよ」

 アウォードも同様に嘲笑する。

『ハハハッ、そんな生意気な態度、いつまでもつんだろうなァっ!』


 ヴヴヴン、と脚の装置から聞こえる機動音と共に脚部からのジェット噴射が距離を一気に縮める。

 しかし、今度は防ぐことなく、ドリーの一撃を避け、手に持った大剣を横へ薙ぎ払う。

「――ぁぁあああああ!!」

 ドゴォン! と野球のように、飛んできたドリーの巨体をその大剣で叩き飛ばし、塔の傍の岩へ衝突させ、たちまち粉砕する。


     *


「おいおい! あの赤髪野郎もドリーさんに負けてねぇぞ!」

「バケモノじゃねぇか!」

「俺たちで援護しねぇと」

「おまえドリーさんの獲物に手を出すのか?」

「おい! いまさっきデクト社長からの命令で準備にかかれと連絡がきた!」

「とうとう実行するのか」

「ああ」

「援護はできねぇが仕方ねぇ、ここはドリーさんに任せよう。あの人は強い」


     *


 岩が崩れ、砂埃が舞う。パラパラと礫の音とともにドリーは立ち上がり、アウォードの前へと歩きはじめる。

「……なんとかヒビは入れたが、特にダメージはなさそうだな」

『ハッ、こんな程度でこの俺がくたばるかよ。しかし、この鎧にヒビを入れたことは褒めてやろう』

「ははっ、そりゃどうも」

 アウォードは軽く笑い、大剣を再び構える。

「大将のお出ましということで、やーっと面白くなってきたな。存分に楽しませてもらうぜ!」


 足を踏み込み、ドリーのもとへ駈ける。ドリーも同様、弾丸のように地面と平行に跳ぶ。空中で身体を捻じり、回し蹴りを繰り出す。

「せいあっ!」

 アウォードは大剣でその脚を斬り捨てる程の豪力で対抗する。しかし、金属音が甲高く響き、火花が散るだけで、その剣は弾かれると同時に、ドリーは着地し、回し蹴りの回転力を殺さぬまま腰部を支点とし、アウォードを殴り飛ばす。

 血を吐き、大剣を手放し、塔の壁へ衝突する。壁は罅割れ、窪みができるが、崩れなかった。古くとも、それほど頑丈にできているのだろう。

 潰れかけた肺は咳を引き起こす。視界がぼやけ、口の中で鉄の味が充満する。立ち上がった瞬間、視界が塞がる。

「……っ!」

『――オルルルァアアアアア!』

 掴まれた頭部が壁に叩きつけられ、更に壁が凹む。

 ドリーは掴んだ手を放し、拳を握る。頭からドクドクと血を流しているアウォードに向け、砲弾のように顔面めがけて殴りかかった。

「……っ、畜生がァ!」

 アウォードの目に光が戻り、砲弾の速さに等しいその一撃を避け、ドリーの頭部を掴み、人とは思えぬ腕力で壁へ叩きつける。

 そして、懐から取り出した2つのダガーで両肩と肘の黒い装甲の関節部分を瞬息で切りつける。振動音と「ジュワッ」という蒸発音と共に不燃物が溶けたような臭いが鼻につく。

 ドリーはアウォードを蹴り飛ばし、壁に半分埋まった頭部を抜き、首をコキコキと鳴らす。腕を回すと、妙な違和感にドリーは気付く。

『……今何をした』


 丁度傍にあった、重さで半分ほど地面に埋まっている大剣を杖替わりにしているアウォードは血の混ざった痰を吐いてから話す。

「こっちはただ伝統だけ引き継ぐ鍛冶屋じゃないんでね。近代の技術を使ったって文句はねぇだろ」

『……ダガーに半田鏝はんだごてを搭載するとは随分工作っぽいな。笑わせやがる』

「けどよ、それでそのバケモンみてぇなパワーは出せなくなったぞ。接続回路がダメになったからな」

 アウォードの笑みをみて、ドリーは再び自身の腕を見ると、腕からの機動音は聞こえなくなり、時折回路が切れたような放電音が火花と共に空へ散る。

「あと、半田鏝とかいうんじゃねぇよ格好悪ぃ。ま、発案はそこからだけどな。あとスタンガン機能もついてるぜ」

 余裕の表情にドリーは舌打ちする。

『……ハッ、腕がダメでもこの脚がまだある限り、まだお前は――』

 足元でなにかの金属音が鳴る。足元を見ると、右足首の隙間にそのダガーが突き刺さっていた。蒸発音とともにバチバチと回路が無理矢理遮断され、漏電する。

「……あと、投げナイフにも最適だな」

 アウォードはにやりと笑う。


『~~っ! このクソ野郎がァ!』

 ドリーは屈んでダガーを引き抜き、その屈んだ体制のまま僅かに起動するその脚の機械を使い、弾丸のように跳ぶ。

「ん、場所外れたか」

 アウォードは大剣を地面から引き抜き、同時に、ドリーの左脚の踵蹴りを躱し、その大剣を半円を描くように叩き降ろす。

 ズドンッ! と地面が悲鳴を上げると同時に、その大剣はドリーの巨体を地面に叩きつけていた。うつ伏せで地面に半ば埋まってるドリーの黒い装備の後背部分が大剣の叩き降ろしによって深く刻まれていた。しかし、流石に頑強な装甲の為か、ドリーの肉体までには刃は届いていないようだ。



「ド、ドリーさんが!」

「嘘だろ! あの黒い装甲、戦車よりも頑丈なはずなのに!」

 装甲兵が驚愕の声を漏らす。



 アウォードは大剣を持ち上げ、刃に触れる。

「あーあー、また刃こぼれか。こりゃ修復に一手間かかるな」

 溜息をつき、アウォードは塔を見上げる。

「デクトがこんなとこで何をすんのか知らねぇが、こんだけ兵を引き連れているから大がかりなことに違いはねぇな。さっさとあいつと捕まった奴ら探さ――っ!」


 何かに勘付き、アウォードは振り返り様に剣を横へ薙ぐ。ガゴン! と轟音は響くも、その勢いは完全に殺される。

「ンな……っ」

 ダウンしたはずのドリーの腹部の装甲が罅割れるも、ドリーは完全に大剣の一撃を受け止め、その剣をアウォードごとぶん投げる。

 空中でアウォードは剣を地面へ向け、突き刺す。ガガガガ、と剣がストッパー代わりになり、次第に投げられた勢いは弱くなる。

 アウォードが刺さった剣を引き抜こうとした瞬間、爆発がアウォードを襲う。迫撃砲を使ったようだ。

「……っ、危ねぇっ」

 間一髪で避けることができたアウォードだが、爆風で吹き飛ばされ、地面に転がる。爆撃を少し受けたようで、右半身が火傷したかのように痛む。

(……おかげで剣から大分遠ざかったな)

 身体を起こし、目を配る。剣の位置よりもドリーの方が近い。

(こいつのタフさは半端じゃねェ。ここから剣を取りに行くことは少しばかり難しいな)


 ドリーは黒い装甲を外し、マスクをも取る。大柄な体つきに似合う髭を生やした強面だった。

「この俺がこんなやつに負けるわけがねェ」

 その目には絶対の自信が現れていた。

「ハッ、ゲイみてぇな顔つきしてんだな」

「黙れ猫目。犯罪者の分際で会社の一大事に関わることに首を突っ込むんじゃねぇ。邪魔をすんな下等市民が」

「おーおー、高級一族がそんな下衆な言葉使っちゃって。どうせろくでもねぇことなんだろ? その一大事イベントってのはよ。テメェらにとっては大事かもしんねぇが、まず俺ら下等市民のことを考えてほしいもんだね。これ最近思ってることな」

 しかし、ドリーは既に聞く耳を持たず、指をコキコキと鳴らしていた。

「……ま、やっぱ喧嘩は拳で語らねぇとな」

 アウォードは血に飢えた獣のように歯を剥き出し笑う。


     *


 ボゴォン! と先程の罅割れていた壁が壊れる。

 同時に、アウォードが転がり込んでくる。

「げほっ、がはっ」

 腹部の痛みと舞い上がった砂埃で咳き込む。壊れた壁の外からドリーが入り、月光が彼を照らし、シルエットを作る。

「こいつ……装備なしでも相当だな」

 この筋肉ダルマめ、と呟き、アウォードは向かってくるドリーを見ながら立ち上がり、右フックをかわし、アッパーを繰り出す。それをドリーはヘッドバッドで衝撃を相殺した。

 だがドリーの方が一枚上だったのか、アウォードは拳の骨を痛めた。

 その隙をドリーは見逃さなかった。フックがアウォードの横腹にヒットする。

「――あぁぐ……ンの野郎がァ!」


 アウォードは踏み堪え、右ストレートを食らわせる。

 首が飛びそうなほどの勢いで殴られるも、踏みとどまり、アウォードの顔面を殴りつける。声も出ぬままアウォードは殴られた勢いで体勢を完全に崩し、頭から床に直撃する。

「ぐ……が……」

脳震盪のうしんとうで思うように動けねぇだろ。まぁ安心しな。すぐに楽にしてやる」

 パン、と拳を掌に当て、首をコキコキと鳴らす。ドリーは倒れているアウォードの前へと歩く。

「名誉に思えよ、俺は財閥一のボディガードにしてUFCの元チャンピオンだ。殺し合いだって全戦全勝だぜ。ここまで俺を追い詰めた奴はそういねぇ、おまえの名前はしっかり覚えといてやるよ」

 皮肉じみた同情を吐き、ドリーは拳を強く握る。

 しかし、ドリーの足に一瞬の違和感が走る。そして鈍痛へと変わり、激痛へと急変する。

「――っあがぁああぁあああッ!」


 ドリーの足の甲にはナイフが垂直に刺さっていた。そのナイフからは煙が出ており、ジュワワ、と装甲の金属が溶けるような音が足からする。

 ドリーは身を崩し、刺さった高温ナイフを抜けないまま足を抱えてのた打ち回る。

「はぁ……げほっ、がはっ……流石の脳筋野郎も耐えきれなかったか。念のために一本持っててよかったぜ」

 アウォードはふらふらと立ち上がり、ドリーの足に刺さったナイフを抜き取る。

「大層な実績あろうが所詮は過去の話だろ。テメェがどういう奴だろうがこちとら今のテメェと戦ってんだ」

 そう言うアウォードの声が届いているのか否か。ドリーは唸り声を上げながら、こちらを睨み、立ち上がり様に下からアウォードを殴りつけるが、痛みが足に集中していて思うように立ち上がれず、その動きは先ほどよりもゆっくりだった。

 アウォードは獣の如く鋭い眼でドリーを睨みつけ、ひとつ深呼吸しながら拳に力をいれる。

「――しっかり受け止めろよ木偶の坊がァ!」


 その一撃がドリーの顔面へ直撃する。ドリーの顔はめり込み、ミシミシミシと骨が粉砕直前にまで達しているのではないかというほど軋む音が鳴る。ドパァン! と弾けたドリーの巨体は近距離にあった壁に激突し、ボゴォン! とその巨体に等しい穴が空く。

 塔の外側にまで吹き飛んだドリーの意識はそこで途絶えた。

「……はぁ……はぁ……。やっとか……」

 アウォードは終わったことを確認するとそのまま地面に倒れる。

「筋肉痛どころじゃないなこりゃ」

 しかし、何かを思い出したのか、がばっと起き上がる。

「寝てる場合じゃねぇ! まだ事件解決してねぇよ!」

 そのとき、数メートル先の穴の開いた天井から誰かが降りてくる。軽い足取りでスタン、と着地する人物を見、アウォードは目を広げた。

「……っ、おまえっ!」


 イノだった。だが、先程見てきた雰囲気とは異なり、妙な威圧を放っていた。

 しかし、イノがアウォードの存在に気が付くなり、その真剣な表情と威圧感が消え、呑気な声が返ってくる。

「あれ、赤髪ちゃんじゃないですか。手や顔まで真っ赤になってますけど大丈夫ですか?」

 その声を聞き、呆れる程安堵感を覚えたアウォードだったが、それもすぐに消える。


「……おい、あいつは……?」

 見つめた先には黒衣の姿をした鉄仮面の男がいた。金属色一色のその飾り気ない仮面に不気味さを覚える。

「あの人はしずかちゃんです。話しかけてもなんにもしゃべらないんですよ」

「……おまえのネーミングセンスってなんか……ってうぉ!」

 突然、イノの顔面や身体が何度も爆発し、そこにあった姿は爆圧によって一瞬にして消える。熱気と爆風がアウォードの皮膚を熱くさせる。

 メリックの両の手にはピストルサイズの重火器が構えられており、銃口から煙が真上へと漂っていた。

(銃にしては威力が高すぎるだろ!)

 砲弾よりは軽い爆発だが、突然故、不意を突かれる。

「……くそ! 直撃しやがった!」

 あの爆発だと、普通は頭ごと身体が焼け、消し飛んでいる。アウォードはそう思った。

 イノは軽く吹き飛ぶが、壁の手前で足を地面につけ、爪先で急ブレーキをかける。

 頭部は吹き飛ぶどころか、傷一つ付いていなかった。

「……は?」

 アウォードはぽかんと唖然する。

 煙を微かにまとっているも、何事もなかったかのようにイノは少し困った顔で向かいの男に言う。「あーもう、それあまり使ってほしくないんですよ」

「……わからんな」

 メリックが突然口を開く。低く、小さい声なので聞き取りづらいが、イノにはしっかり伝わっているようだ。アウォードは何か言った程度しか聞こえていない。

「あ、やっと喋った。名前変えないと」

 イノの言葉には何一つ触れず、メリックは話を続ける。

「……何故、貴様はすべてを受け止める。護るだけでは進まぬままだぞ」

 その言葉を聞き、イノは考える間もなくあっさりと答えた。

「この場所はエリナさんがずっと大切にしてきたフィルさんとの思い出の場所なんです。だから、あまりこの塔を傷つけないでほしいんです」

 その表情は穏やかなものだった。

 静かにメリックは再び問う。

「そうしてこの塔を守っている間にもあの御方はふたりを死まで連れて行く。貴様の実力ならこの戦いを避けられたはずだ。何故決着をつけようとしない」

 イノは「あー……」と頬を指でぽりぽりと掻く。「ずっと考えてなかったんでそういうことは気にしてませんでした。まぁ結果オーライでいいんですよ」

 話のまとまりがない。メリックはそのいい加減な発言に仮面越しで眉を寄せた。

「言われてみればそうですね、そろそろ決着つけましょうか。いい運動になりましたし」

 と言ったときだった。


 再び爆撃を喰らい、イノの身体は爆発に飲み込まれる。

 その爆炎が目くらましの役割をし、メリックはその隙にイノのもとへ駈ける。その速さは風のように速かった。

「――っ、速すぎだろ」

 相手の奇襲をイノに知らせようとアウォードは声を出そうとしたが、既にメリックは二刀のクナイのような短剣を抜刀し、爆炎の中に切り込んでいった。

 ガキィン、と金属のぶつかり合う音が塔内で木霊する。

「あいつ武器かなんか持ってたのか?」

 アウォードはそう呟いたと同時に黒煙の中からふたりの影が飛び出てくる。

 メリックは二本の短剣を駆使し、目にも留まらぬ速さでイノを斬りつけてくるが、イノは襲い掛かってくるそれを素手で弾き返していた。

 それを見たアウォードはまたも唖然とした表情を浮かべる。

「……なんなんだあいつは……」

 その体格で人並み外れた身体能力。それだけでない、人を斬るための剣を素手で対抗しているのだ。金属音が聞こえるが、とても生身の手から聞こえる音ではない。

 イノは壁を蹴り上がり、天井に足を付き、タン! と勢いよく下にいるメリックへ突っ込む。だが、それはあっさりとかわされるが、地面に激突することなく、手をつき、ギュルンと回転蹴りを繰り出す。しかし、それも避けられ、距離を置かれる。

 メリックの手から十数本の仕込み針が矢の如く飛んでくる。それをするりと悉く躱した瞬間、メリックの猛攻がイノを襲った。

 振りかかった短剣を弾くのではなく躱すように、流すように手で払いのけ、相手の重心を崩す。だが、メリックは倒れることなく、その重心の流れを利用して思い切りの力でイノの右頭部を切り刻もうとした。

 イノは右腕を盾代わりに頭上の少し右側にかざし、会心の一撃を受け止めた。

 ガギィン! と金属音が反響する。とてもその女性のような白く細い腕から聞こえてくる音ではない。

 すると、受け止めた短剣がパキ、とヒビを入れ、折れる。折れた刃がカランカラン、と石床に落ちる。

「……その腕に金属でも仕込まれているのか?」

 メリックは静かに訊く。

「普通の腕ですよ」

 そう微笑んだ。

 ドォン! と銃声が轟き、同時にイノの懐で爆発が起きる。爆風を生かし、メリックは大きく後方へ下がる。イノは吹き飛び、瓦礫の中に突っ込んだ。

「……弾切れか」

 メリックはそう呟き、黒衣の中から弾を取り出し、装填しようとしたとき、いきなり銃をしまい、短剣を抜き、振り返り様に空を薙ぎ払う。

「うわっと」

 すると、先程前方の瓦礫の山に突っ込んだはずのイノがメリックの真後ろにいた。振り払われた剣を躱し、後方へバク宙をして距離を置いた。

「うわーあぶなかった。よく気づきましたね」

「……ダミーか?」

 冷静にメリックは問う。アウォードはただ訳も分からぬ事態を見守ることしかできなかった。

「あ、いえ、ちゃんと瓦礫には突っ込みましたんで」と手を振る。

「尚更解せぬな」

 メリックは一本の短剣を構え、身体を前屈みに倒し、その重心を加速へと変える。

 それこそ風のような速さ。突然の一騎打ちはイノを不利にさせた。メリックはそこに居た旅人をその剣で斬り払い、斬り裂かれたその人間の後方を歩いている。

 ――ように見えた。


「――っ」

 ズシャアッ、とメリックは声も上げぬまま床に倒れる。そして、倒れたまま、再び動くことはなかった。

「……」

 イノはすたすたと歩き、アウォードの方へと向かう。アウォードは驚愕の表情を浮かべたままだ。

「やっぱりすぐに終えた方が良かったですね。疲れました」

 はぁ、と力の抜けた溜息をつく。イノは手に膝をつきぐったりとした。

「――おまえ、なんなんだよ……っ」

「……ん?」

 きょとんとした表情に対し、少しいらっとしたアウォードは立ち上がる。

「いや『ん?』じゃねぇよ! なんだお前!? 壁登ったり剣を素手で弾いたりなんか瞬間移動したり! それに大砲みてぇな銃弾くらっても死なねぇし、最後のなんだあれ! 俺でも何が起きたのかわかんねぇよ!」

 びしっ、びしっ、とアウォードはイノの真っ白な頭に手刀を入れる。

「さいごのはくるってまわってかわして首にチョップですよ」

「誰が解説しろって言った!」 

「あいたっ」

 強めのチョップで頭にドスッと叩かれる。

「でもあの呟きマスクさん、全身武装でしたよ。首にまで鎧があったんで強めに入れないとダメでしたもん」

 アウォードはイノにチョップするのを止め、倒れたメリックの方を見る。

「……やっぱりこいつも全身武装だったか」


 アウォードはメリックの傍へ歩く。黒衣を剥ぎ取ると、ドリーと同様、全身武装で施されていたが、内部には特に装置のようなものは仕込んでいないみたいだった。

「意識はなし、か。そりゃあ首裏の鎧にヒビが入るほどの手刀で叩かれたからなぁ。延髄蹴りより強いんじゃねーか?」

 メリックの首裏の黒い装甲はイノの手刀によって深くひび割れていた。

「そうですねー、でも死にはしませんよ」

 気軽にそう答えた。意識ないメリックを見、アウォードはイノに声をかける。

「……なあ」

「はい?」

「おまえさっき、この塔を傷つけたくないって言ったよな」

「そうですよー」

「……そうか」

 アウォードは二か所ある壁の大きな穴を見つめた。

 薄暗い塔の中で、ただ小さな溜息をつく。



 イノとアウォードは月光の差す中央ホールへ歩き、辺りを見回す。内部はおろか、外から一切の音が聞こえない。不思議に思うほど、静寂だった。

「もう、いねーよな。にしても兵がここへ入ってこないのはなんでだ?」

「ここでなんか始めるんじゃないんでしたっけ」

「そうか……でもよ、こんなぼろっちい幽霊塔に何があるってんだよ」

「まっくろくろすけですね」

 当然そうに言ったイノだが、それが何のことかはアウォードにとって知る由もなかった。

「なんだよそれ」

「真っ黒なカビですよ」

「は? それがなんだってんだよ」

 アウォードは呆れ、奥の方へ行こうとする。


「――ぅわああああああああああああああ」


 徐々に強くなる声。どこかで聞いたことがある。

「ん? ……っ! おいマジか!」

 上を見上げると、リードとエリナが落ちてきていた。

 アウォードは一瞬唖然し、即行動へ移る。

「くそっ!」

 アウォードは身体を構え、落ちてきた二人を両腕で抱くように受け止め、落下の衝撃で受け身を取るようにその大きな体躯を地面へ倒した。アウォードが巨体な分、子供のリードと女性のエリナの小柄な体格はしっかりと受け止められたのでこれといった怪我はないようだ。

「すごいですね、同時キャッチした」とイノは呑気にアウォードのファインプレーに感心する。

「……あ~痛ぇな畜生。おい、大丈夫か?」

 アウォードは身を起こし、ふたりを地面に座らせる。リードとエリナは震えていた。それはそうだ。塔の屋上から落ちてきたのだから。

「はぁ……はぁ……」

「し、しぬかと……思った……もうダメかと……おもった……」

 気が動転している。アウォードは落ち着かせるためにやさしく声をかける。

「もう大丈夫だ。ここは一階だ。もう落ちねーし、死にはしない」

「……あ、アウォードさん」

 リードが震えた小声で言う。だいぶ落ち着いたようでひとまず安心する。

「おう、また会ったな坊主」

 アウォードはニッと微笑む。その顔に安堵を覚える。

「いやー無事でよかったです。ナイスキャッチです」

「……っ! イノ……無事だったんだね……」

 エリナは今助かったときのとは別の安堵感を表情に浮かべた。

「イノ、あれ、撃たれたんじゃ……」

 存在に気がついたリードはイノをまじまじと見つめる。イノは両手を広げ、くるくると回る。

「無事ですよー」

「な、なんで?」

「まぁいいじゃないですか。リードも無事でよかったです」

 あははとイノは笑った。

「おまえなんでそんな余裕なんだよ。こいつら無事だったからよかったものの」

「そんだけ赤髪ちゃんを信じてるからですよ」

 ふふんと自慢げにそう言った。

「……はぁ。ま、んなことより、なんで屋上から落ちてきたんだ?」

 アウォードが訊くとリードははっとした表情になり、イノらに説明する。

「あ、あの社長が縄を解いた途端につき落としたんだ! 何考えてんだあいつ! 殺す気か!」

「まぁまぁ落ち着いて牛乳でも飲みばひょぃ!」

 アウォードがイノの顔面に軽く裏拳を振るう。

「少しはこいつらの気持ちを考えてやれバカ白髪。死ぬとこだったんだぞ」

「まー、今生きているんだからいいじゃないですか」

 鼻筋を撫でながら「たはは」と笑う。

「ったく、お前ってやつは――」

「……ねぇ、なにあれ……?」

「はい?」

「あ?」

「え?」

 エリナの指差した方向を3人は同時に見る。

 その先は真っ暗だが、目を凝らせば瓦礫や柱とは違う何かがあるのが確認できた。

「なんだぁありゃ」

「機械っぽいですね」と真顔で答えた。

「もしかして、この塔の地下にいるあれを呼び起こす装置じゃ……?」

「ていうかここだけじゃねぇ、この部屋中になんか電線とか装置とか設置してあるじゃねぇか。暗くて気が付かなかった」

「盲目ですね」

「うるせぇ」

 すると、上から声が聞こえてくる。デクトの声だ。聞こえるには聞こえるが、反響でぼやけた音は、言葉という波長を乱す。

「……てっぺん高いな。あいつの声がよく聞こえん」

「他にも兵とかいるみたいですね。なんかこの機械を起動させて、ここを深く掘るっていってますよ」

「おまえよく聞こえるな……おい、それってこっから早く出ないとやばいんじゃねぇの?」

「ですね」

 イノはにこっと笑う。

 同時に機動音が塔の中央であるこのホール中で共鳴する。

「――っ! 早くここから出るぞ! 急げ!」

 アウォードはそう叫び、エリナを抱える。イノはリードの手を掴み、走るアウォードよりも早く塔を脱出する。

 外まで出た4人は塔を振り返る。塔の中からはドドドド、と大型の機械が地面を掘るような轟音が響いていた。

「……っ、兵がいない……?」

 外に兵はひとりもおらず、がらんとしていた。どこかへ避難したのだろう。

「ちょっと危なかったな。いつからあんなの施してあったんだよ」

「い、イノ……走るの速すぎ……腕とれそうだった」

「まぁ無事だったんですから。でも……」

 イノは塔を見る。内側から大量の砂埃が漏れ出し、大きな振動は今にも塔を崩しそうだった。

「……」

 エリナは黙ったまま悲哀の獣の塔を見続けていた。


       ※


「――ここって……?」


「『悲哀の獣の塔』。俺ら一族が代々守っている、ある神様のお墓だよ。この街でもあまり知られていないところなんだけど、ここに来たばかりのエリナには見せておきたいって思って」


「……」


「な、なんかごめんな、紹介した場所がお墓だなんて、正直気味悪いだろ。見た目が廃墟だもんな。で、でも俺の知ってるとこってここぐらいしかないしさ……それに」


「あはは、私まだ何も言ってないよ? とってもいいところじゃない! 神秘的で素敵だと思うな私は。なんだか感動しちゃった」


「え、ほ、本当に?」


「うん! それに、ここってなんだか落ち着く。気持ちが安らぐっていうか。そうだ、中も案内してよ。ね?」


「あぁ、いいぞ。……ありがとな、エリナ」


「うん。……ねぇフィル」


「なんだ?」


「……ううん、やっぱりなんでもない」


「そうか。……な、なぁエリナ」


「なあに?」


「……俺、おまえを守れる男になるから……今は情けないし、差別人種だけど、ちゃんと強くなって守れるようにするから……ずっと、ずっとだ。だ、だから……

 ――俺と、結婚してください」


「……っ!」


「……」


「……ぇ……ぁ……」


「――っ! ご、ごめん! 泣かせるつもりは……! あの、やっぱり今のは――」


「何も言わないで……違うの……嬉しいの、私……」


「……え……?」


「あ……うん……え、と……こ、こんな私ですが、よろしくお願いします……!」


「エリナ……! あ、ありがとう……!」


「……うん……っ!」


      ※


「エリナさん」

「……え?」

 そこにいたのは自分の恋人によく似た旅人だった。

「エリナさん、大丈夫?」

 その横にはリードがいた。とても心配そうに見ていた。

「……え、と、うん、大丈夫……」

「かなりぼーっとしてたよ。ずっと塔を見続けて」

「そう、だったの……」

 そのとき、急に音がなくなり、しんと静まり返る。

「……終わったみたいだな。にしてもこんな塔の中に何があるってんだ?」

「怪物だよ」そう言ったのはリードだった。

「怪物だと?」アウォードは少し疑いの眼差しを向ける。

「昔神様と言われていた生き物がこの塔の地下で眠っているんだって」

「……ほんとうか」

 その声は冷静だったが、危機を感じていた。

「うん、それをデクト(あいつ)が狙っているんだ。戦争の為とかどうか」

 それを聞いたアウォードは深い溜息をつく。

「……ま、政治や経済云々の動機でこんなことするのはくだらねぇが、厄介なモンに手ぇ出したってことに変わりはねぇな」

「……どうしよう、本当に目覚めちゃったら……」

 フィルから詳しく教えてもらっているエリナにとって、その神様の存在は恐ろしいものだと把握していた。

「流石に、俺もさっきのですっかりボロボロだ。普通の兵ならともかく、怪物なんかと連戦できるかどうか」

 疲労がピークに達しているアウォードは深く息を吸っては吐いた。流血は未だに続いており、視界がぼやけてくるも、ふらふらとすることはなかった。

「へー神様が埋まっているんですか。どんな味がするんでしょうね」

 みんなが不安に思っている中、イノだけはうきうきしていた。


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