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少年

 彼らにとって、僕は完璧から程遠い存在だった。

 この国一番の魔力と、それを意のままに操る技力。誰もが羨むものを持つ僕を、彼らはまるでガラクタのように見て言うのだ。


「出来損ない」


 皆は教えてくれた。僕がいかに優秀かを。

 けれどそれは所詮他人の評価に過ぎない。そんなもの必要ない。

 僕が欲しいのはたった一つ、彼らの、他でもない自身の両親からの言葉だけ。

「ああ、本当に素晴らしいわ」

 それが僕に向けられた言葉なら、僕は今こんな風にはなっていなかっただろう。

「あなたは私たちの思い通りに動いてくれる」

「さすが、俺たちの娘だな」

 幸せそうに語らう彼らを横目に、僕は部屋の隅の硬い椅子に腰かける。そこだけが僕の居場所だった。

 ギィ。椅子が軋む。彼らがこちらを見る。不愉快そうに。

「あら、いたの」

 興味なさそうに言う。否、興味なんてないのだ。

「あんた、ちゃんと働いてきたんでしょうね」

 吐き捨てるようなその質問に、僕は小さく頷いた。

 それが気に入らなかったのか、彼女はふんと鼻を鳴らした。

「本当に可愛げのない子。あんたが私たちの息子だなんて信じたくないわ」

 広い部屋の隅の小さくて硬い椅子が僕の唯一の居場所。僕を見てはつまらなそうに目を細めるのが僕の唯一の母親。僕を見ても何も感じないかのように反応しないのが僕の唯一の父親。そしてこれが、五歳の僕の唯一の記憶。


 それの完成の日、彼らは本当に嬉しそうだった。

 今まで僕がいくら国から讃えられても見せてくれなかった笑顔を、そいつが生まれただけで浮かべたのだ。

 生まれてきただけなのに。

 僕は自身に芽生えた負の感情を自覚しつつ、それでも抑えることをしなかった。

 壊してやる。

 完成を祝うパーティーが始まったのを見計らって、僕はそれの元へ行った。無用心にも程がある。大切な大切な娘なんだろ?

「よぉ、カマトト」

 僕が話しかけると、それは目を覚ます。

「………カマトト…? それは私のことでしょうか」

「当たり前だろう。ここにはお前と僕しかいない」

「…私はカマトトではありません。R-ionです」

「それはお前の型番だろ」

「型番………? 名前とは違うのですか?」

「違う」

「そうですか…」

 それは悲しそうに言った。まるで感情を持ってるみたいに。

「お前に名前なんて必要ないよ」

「…? なぜですか?」

「………僕がお前を壊すからだよ」

 すっと魔力を身にまとった瞬間、それは息を飲み、震えた声で呟いた。

「おにい……ちゃん?」


 目が覚めると、僕はベッドに寝かされていた。頭が痛い。

「おはようございます」

 声が聞こえた。部屋のモニターに文字が映る。R-ion……あいつだ。

「よく眠れましたか?」

 そうか…僕は壊せなかったんだな。

「あ、父様と母様から通信です。繋ぎますね」

 モニターに両親が映る。

『あなた、本当に頭が悪いのね』

 いつも通り、彼女はそう吐き捨てた。

『どうして彼女を破壊しようなんて思ったのかしら?』

「……別に、気分だよ」

『可愛げのない。………まぁいいわ。今回のことだけれど、本来ならあんたは殺処分になるところを、リオンが拒否するから免除になったわ』

 リオン………ああ、こいつのことね。

『リオンに感謝することね、それじゃ、二度と会わないでしょうけど』

 一方的に通信が切られた。部屋に静寂が広がる。

 とうとう僕は見捨てられたようだ。まぁ最初から捨てられてるようなものだったんだろうけど。

 親に捨てられ、僕はどうなるのだろうだなんて悲観することもなかった。別に生活の根本は変わらない。住む場所が違うだけ。そう考えると、やはりあの家に僕は必要なかったんだと感じた。

「あの…」

 控え目に呼びかけられる。

「なんだよ」

「父様と母様は…どうして…お兄ちゃんにあんな風に厳しいのでしょうか」

 お前がそれを訊くのかと、思わず笑ってしまった。天才に造ってもらったくせに。

「お前のせいだろ」

「…私の…?」

「お前が好きだから僕のこと嫌いになったんだろ」

「そんな……私のせいで…お兄ちゃんが……」

「別にもうどうでもいいよ。僕が気に入らなかったからお前を造り始めたのかもしれないし」

「……でも、お兄ちゃんは…一番すごい魔法使いなのに」

「それはあいつらに言えよ。僕に言ってどうなるんだよ」

「そうですけど…」

 それからしばらく黙り込んだ。両親もくだらないものを造ったものだ。感情を持ち合わせた機械に絡まれる僕の身にもなってくれ。

「あの…」

 黙っていればいいものを、そいつはまた喋り出した。

「お兄ちゃんの名前……教えてください」

「嫌だ」

 本能的にそう返していた。

「ど、どうしてですか?」

「お前が嫌いだから」

「っ…」

 単刀直入に言うと、そいつは傷ついたように息を吐いた。

「じゃ、じゃあ、私のこと、リオンって呼んでください」

「は?」

「父様も母様も、私をそう呼ぶので…」

「嫌だ」

「ど、どうしてっ。私が嫌いだからって、ひどいです」

 うざい。

 僕を放置し続けた両親が造ったくせに、こいつは鬱陶しい程に僕に話しかけてくる。

「お前は人間じゃないよ」

「なっ……」

「だからカミサマって呼んでやるよ」

「神…?」

「この国の核となる部分にお前はもういるんだろ? だったらこの国にとってお前は神様同然だ」

「そんなんじゃありません」

「うざいなぁ…。僕の欲しいもの根こそぎ奪ってったんだろ。カミサマさんが」

「そ、それは…」

ジリリリリリリリリリリリリ。唐突に呼び出し音が鳴る。仕事だ。

「あ、あのっ」

 まだ何か言いたそうなカミサマを無視して扉へと向かう。

「待って、お兄ちゃん!」

 ガチャ、とドアノブを回して、僕はカミサマを振り向いた。

「お兄ちゃんって呼ぶのやめろ。お前は僕の妹でも何でもないだろ」

「そ、んな…の、嫌だよ、おにい…」

「やめろって言ってるだろ。次言ったら、殺す」

 十一歳のその日、僕は妹の存在を抹消した。


 カミサマが実験に加担してることを知ったとき、僕は正直呆れていた。

 感情を持っていても、所詮人間のいう通りにしか動けない機械なんだとカミサマを軽蔑した。

 カミサマの話を聞き流しながら、僕は次の仕事の依頼がなんだっただろうかと思考を巡らせ始めた。

「とっても可愛らしい人で、本当は私も嫌なんだけどね」

 けれど、次に紡がれた言葉を流すことができず、頭の中は一瞬にしてフリーズした。

「あなたに憧れているんですって」

 選りによってそんなイカレた実験に間接的ではあれど加担することになるなんて。

「だからなんだか可愛らしくて、その子が実験を続けるって言ううちは続けるつもりなの」

 嬉しそうに語るカミサマの言葉の意味がわからなくて、しばらく言葉が出てこなかった。

「お前、ついに狂ったな」

やっと形になったそれはなんとも稚拙で、

「そんなことないよ」

いとも簡単に蹴飛ばされた。

「僕を目指して、その子が幸せになるなんて思わない」

「そうかしら? なりたいものになれるって素敵じゃない?」

 カミサマの言葉には嘘偽りなんてないのだろう。だからこそ恐ろしかった。

 これだからヒトは嫌なんだ。

 僕はそれ以上何も言わずにそこから立ち去ることを選んだ。自分にできることなどないとどこかで悟っていた。

 そのときもう少し深入りできるような勇気があれば、こんなに遠回りすることもなかったのに。


 その日はやたらと機嫌が悪かった。

 依頼された仕事を難なくこなせば、すごいだのかっこいいだの言われた。

 帰りに寄った食事処では、他の客に話しかけられ静かに食事ができなかった。

 街を歩けばすれ違う人が興味深げにこちらを見たり話したり、ひどければ馴れ馴れしく話しかけてくる。

 話題は決まって僕の力の話。

 褒められもてはやされ妬まれるけれど、みんなが言うほどいいものなんかじゃない。

 僕はこの力で家族を失った。

 家に帰れば誰もいない。一人の部屋で食事をとって、一言も喋らないうちに眠るのだ。そんな毎日を年端もいかないこんな子供が送っているのだ。

 何が、どこが羨ましいんだよ。

 仕事を滞りなく終えたことを報告しに、依頼主である人間がいる研究所に立ち寄ったときだった。

「あ、あのっ」

 声をかけられて振り返れば、同い年くらいの女の子。

「何か用?」

「あの、私、あなたに憧れてて…!」

 今日何度目だろう。そんなことを考えた。

「……だから?」

 僕の返答に、彼女は怯んだような顔をしたけれど、何か強く決心したように口を開いた。

「わ、私………今は魔力がないけれど…きっといつか立派になってみせるわ」

 魔力がない。

 そうか、カミサマが言ってたのは…。

 理解して、それから、腹が立つ、なんて思った。

「それって実験で?」

「あ、そ、そうなの…。まだ、全然結果は出ていないけど……でも、いつかっ」

 言い訳をするのなら、その日機嫌が悪かったから、だろう。

 でも、そんな言い訳が通用するわけがない。

「そんな風にそれを得て、本当に意味あるの?」

 それは、カミサマに対する苛立ちを彼女にぶつけただけだった。

「………そ……それは……」

 ショックを受けた様子の彼女を横目に、僕は依頼主を探そうと歩き出した。

 今の僕ならきっと、彼女の異変にも気づけたはずなのに、そのときはできなかった。もしかしたら、僕の知らない本能的な部分でそれを拒絶していたのかもしれない。

 単純に言えば、余裕がなかったんだ。


 カミサマが僕を怒鳴りつけてきたのは次の日のこと。

 なんてことをしてくれたの、あの子に謝って、どうして優しくしてあげられないの。

 そんなことを捲し立てるように言われて、面倒だななんて思ってた矢先のことだった。

「な、なんで泣くの…?」

 カミサマに言われて頬に手をやれば、そこは確かに濡れていて、それが自分の涙だと気づいた頃には、もう止まらなくなっていた。

 カミサマが戸惑ったように僕に何か言うけれど、頭の中に内容が入ってこないままどこかへ消えていってしまう。

 わからない。わからない。どうして泣いているのかなんてわからない。

「どうして…」

 口から零れる言葉は、至極単純だった。

「どうしてそんなことまでしなくちゃいけないの」

 折角誰もが羨むような力を持って生まれてきたのに両親に捨てられて、その上筋違いの嫉妬も沢山されてきたのに、どうして他人のことにまで気を回さなければいけないんだろう。

 頭の中にそんな言葉がぐるぐると渦巻き始めたとき、カミサマはそれを悟ったかのように一言、ごめんなさいを残していなくなった。

 だから嫌いなんだよ、お前のこと。

 こんなときくらい、一緒にいてくれてもいいのに。


 その一件があってから、カミサマは僕のところに来なくなった。

 まぁ、来づらいのもあるだろうし、僕も会いたいと思わなかったから放っておいた。

 けれど、そんな静けさも少しの間だけで、カミサマはまた僕のところに現れたんだけど。

「お願いがあるの」

 深刻そうに言われれば、無視するわけにもいかなかった。

「こんなこと言える立場じゃないのだけど、お願い、彼女を助けてあげて」

 あなたにしかできないの。

 ごめんなさい。

 そう言ったっきり、カミサマは何も喋らなくなった。僕の返答を待っているようだった。

「…………」

 黙ったままの僕を前に、カミサマが気まずそうにしているのが伝わってくる。表情を持っているわけでもないただの人工知能のくせに…。

 ふぅっとため息をつく。カミサマが小さく怯んだように思えた。

「………正直なことを言えば」

 妙に穏やかな気持ちを持ったまま、僕は話し出す。

「お前はずるいよ、カミサマ」

 本当に、お前はずるい。

「僕から奪って」

 僕の両親の愛情を全部受け取って。

「彼女に与えて」

 自分のしていることの重さも考えず。

「最後はこうして助けてなんて言い出す」

 卑怯者。

「…………」

 カミサマは何も言わない。

「…………でも」

 ふと、あの子の顔を思い浮かべる。

 あのときは、悲しませてしまったから。

 きっとあの子は笑顔のほうが似合うのに。

 カミサマへの返答など、最初から決まっているようなものだった。

 本当に卑怯。わかってて僕に答えさせる気だろう。

 だから、求めている答えを言ってなどやらない。

「…まぁ、考えといてやるよ」

 これもどうせ、計算の内だろう。




「やっほー。二人とも幸せ? ハピネス?」

「あはは。うん、幸せだよ」

 飽きもせず訊いてくるカミサマに、彼女は楽しそうにそう返す。

 あの日見ることができなかったその笑顔を、ここに住むようになってからはたくさん見られるようになった。

 幸せかどうかなんて、答えるまでもないだろう。

「カミサマさっさと帰って。僕は彼女と二人きりがいいんだけど」

「そう簡単にいちゃいちゃさせませんー。お兄ちゃん手が早そうだし?」

 からかうようにカミサマがそんなことを言う。

 こいつ…。許さん…。

 彼女の方を見れば、案の定きょとんとした顔をしていて。

「…? お兄ちゃんって?」

 ああもう、可愛い。

 そっと彼女を後ろから包み込むように抱きしめる。

「後で教えてあげる」

 耳元で囁けば、恥ずかしいのか小さな耳が真っ赤に染まる。

「ちょっと! 私がいるのにいちゃいちゃしないでよ!」

「恋人同士の間に割って入ろうとするカミサマが悪いだけでしょ。……ね?」

 彼女にそう訊くと、うんうんと首を縦に何度も振る。

「はっ、恥ずかしいからリオンは帰って!」

「そ、そんな…」

 彼女に帰れと言われたのが相当ショックだったのか、カミサマはあれだけ居座ろうとしてたのが嘘のようにあっさりと消えた。

 あの日を境に、僕は大切で、大好きな人と一緒に暮らせるようになった。

 一度失った家族を、もう一度手に入れられたような気がして、僕はどうしようもないくらいに幸せだ。

「そうだ、教えてあげる」

 未だに赤面している彼女を愛しく思いつつ、僕は口を開く。

「僕の妹の話を」

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