少女
11/1誤字・脱字修正しました。
役立たず。それは私に押された烙印。
妻子ある人と不倫の関係にあった母は、私を身籠るとあっという間に捨てられてしまったらしい。
だから、母は私の才能に賭けた。強い魔力を持った子供を生んで有名になれば、彼が帰ってくると思ったようだ。
しかし、その期待はあっさり裏切られ、この国では珍しい魔力を持たない私が生まれてきた。母はひどく悲しんだ。そして私を恨んだ。
少しの間は義務感からか、子育てをしていたようだが、それも長くは持たなかった。結局、私は十年も生きないうちにかつて男に捨てられた母親よろしく訳も分からないまま捨てられた。正確には「売られた」だけれど、そこにお金が絡んでいようがいまいが、私にとっては同じことだった。
「君にはたくさんの可能性があるんだ」
魔力を持たない私を、彼らはまるで物を見るように見ていた。それでも、私は彼らの言葉が嬉しかった。
必要とされている。幼い私はそう感じ、彼らの言う実験に協力することにした。
「初めまして。私があなたの実験を承ることとなりました」
通された部屋に置かれたスピーカーから声がして、大きなモニターになにやら文字が浮かんできた。
「私は人工知能ですので肉体がありませんが、これからずっと一緒です。名前はありませんがR-ionという型番で呼ばれています。呼びやすい呼び方でお呼びください」
はきはきと喋るスピーカーを、私はただただ眺めていた。
「それでは、早速ですが実験を開始します。椅子にお座りください」
事務的に告げられ、私は何もわからないままそれに従った。
それがまさか、地獄みたいな日々の始まりだなんて思いもしなかった。
初めて彼女に出会ってからしばらく経った頃だった。
「綺麗…」
「あなたは彼が好きなのね」
「な、なんではっきり言うのっ?」
この国一番の有名人に私は恋をしていた。
といっても、度々耳にする噂や、四六時中一緒にいる人工知能の彼女が見せてくれる彼の写真でしか彼を知らなかったのだけれど。
でも、今は何もない私でも、いつかこの実験が上手くいって、彼と同じくらいになれたらって、そんなほのかな希望を抱きしめて、私は毎日毎日彼女の施す処置を受け続けた。
初恋をして、初めて自分が自分として生きられていると感じた私の心に、
「そんな風にそれを得て、本当に意味あるの?」
彼のその言葉は深く突き刺さった。
彼に否定された。
その事実だけ頭をぐるぐる回って。
私はなんのためにこんなことしているのかなんて思い始めて。
考えるのに疲れてしまった私の頭は、いとも簡単に思考することを放棄した。
「彼を超えればいいのよ」
結論は単純で、私は私を彼に認めてほしくて。
そうなるには彼を超えればいいのだと、力で彼を屈服させればいいのだと思ったのだ。
それが正しいか間違っているかなんて、判断できるほど大人でもなかった。
「本当に続けるの?」
今まで処置を施すことをためらわなかった彼女が、急に難色を示し始めた。
「当たり前でしょ? 私は誰よりも強い力が欲しいの」
私が明確な目的を持って歩き出そうとしているのを彼女に止められているように感じて、私は彼女の態度に苛立った。
実験を続ければいいの。
それだけを彼女に訴え続けた。
しばらくそう言い続けたら、彼女はもう何も言わなくなった。ようやく私のことを理解したようだ。
いつになれば、いつになれば彼と同等に…それ以上になれるのかしら。
私の頭の中はその思いだけが溢れかえっていて、気づけば私は彼の噂を聞きに部屋を抜け出すことも、彼女に彼の新しい情報を教えてもらうこともなくなっていた。
だからあの日は、気を抜いていたのかもしれない。唐突に寂しさが襲ってきたのかもしれない。
「こんな私でも、まだ彼とお話しできるかしら」
口をついて出たその言葉は、まるで恋する乙女そのもので。
彼を超えたい、屈服させたいと思っていたはずなのに、相反するそんな自分の発言に、恐ろしいほど戸惑った。
「あなた…」
そんな私を、彼女は見逃してなどいなかった。
なぜだか部屋に彼がいた。
あの美しい彼は、美しいまま成長していた。
手を伸ばしても届かない。本能がそう言った。
「どうして連れてきたのっ?」
わけのわからない状況に、私は彼女を罵倒した。
今まで言ったことのないようなひどい言葉が勝手に口から飛び出した。
「私がもう実験をしないと言っても、あなたは従わないでしょう?」
「当たり前でしょっ? 私はもっと、もっと立派になるの!」
今更何を言っているのだと私は憤慨した。
「そう言うと思ったから、彼を連れてきたのよ」
得意気な彼女を、彼は一瞥する。
「カミサマが自分の間違いを認めるんだ」
彼は彼女を神様と呼び、ふっと笑う。
「私は神様ではありませんよ」
「うん。知ってるよ」
二人のよくわからない会話に、何も口を出せずにいると、彼はめんどくさそうに首を傾げた。
「今更僕にこんなのを押しつけられても困る」
こんなの、とは、私のことだろうか。
「最初から言ってただろ、実験なんてやめろって。カミサマにしては愚かな判断だったね」
私の理解を待たず、彼は続けた。
「やっぱり僕に会ったのが間違いだったんだ。君はそんなものを手にする必要はない」
ふいに向けられた視線と優しげな言葉に、私は一瞬ひるむ。
「君は魔力を持たずに生まれてきた。これは変えられない事実なんだ」
彼の声は優しかった。表情も同様に、底が見えないくらい優しかった。けれど、彼から発せられる言葉は、私の心をぐさぐさと容赦なく突き刺す。
「わかってるわ! だからこうして、こうやって、私頑張ってるじゃない!」
気づいたらそんなことを叫んでいた。
「だから、そんなことをする必要はないんだ」
「どうしてそんなこと言うのっ。私が頑張ってるのを否定するのっ。あなたはなんでも持ってるじゃない! 私にないものを持ってるじゃない! あなたになんか分からない…。私のことなんか分からないわ!」
私、まだ彼のこと好きだったんだ。
自分でもわからなくなっていたあやふやな部分が、一瞬で明確なものへと変わった。
叶わない恋心を、私はまた自覚した。
「うん。僕には分からない。今までずっと、君はなんてくだらないもののために生きてるんだろうって思ってきたから」
彼の冷ややかな言葉は、相反する暖かさを持っている。
「でもね、最近君が羨ましいんだ」
羨ましい。
彼が私に向けた単語には違和感しかない。
「たった一つのことだけ見て生きている。それがあまりにも真っ直ぐで、純粋で、羨ましい。僕には無い部分だから」
包み込むような優しさが心に流れ込んでくるような感覚を覚えた。
彼は一体、何を言っているんだろう。
「だからもう、君はこれ以上頑張る必要なんてないんだよ」
頭の中に彼が直接話しかけてくるようなその感じは、決して嫌なものではなくて。
「少しだけお休み」
その言葉に従うように、私は意識を手放した。
「…ぅ」
目覚めると、見知らぬ場所にいて。
「なっ…?」
なぜか私の寝ている隣のベッドに彼が腰かけていた。
「おはよう。朝は何を食べる人?」
ごく自然に話しかけられて、スクランブルエッグと答えていた。
「そ。じゃあ作ってくるから、着替えてからリビングにおいで」
「あ、あのっ」
「ん?」
不思議そうに首を傾げる彼は本当に美しくて、見惚れてしまう。
けれど、今はそれどころじゃない。
「こ、ここは…どこなのかっていうか…その……なんであなたが…いるのかな…って」
「………あ」
彼が小さく声を漏らして、少し慌てたように身を引いた。
「べ、別に寝てる間に何かしたわけじゃないよ?」
「…?」
彼の返答に今度は私が首を傾げると、彼は一瞬フリーズした後、ああそうかと呟く。
「怒られるかと思った。…えっと…? ここはどこかって言った? あ、えっとね、小屋だよ?」
いまいち掴めないその情報に曖昧に頷くと、彼はそそくさと部屋を出て行こうとする。
「ま、待って」
「な、やっぱり怒るの?」
彼の不安そうな顔を見て、やっぱり堪えきれない笑いが込み上げてきた。
「どうして笑ってるの?」
「ふふっ…。ごめんなさい。あなたって思ったよりも面白い人なのね」
私の言葉に、彼は顔を少し赤らめて、そんなことないよとだけ言って部屋を出て行った。
「不思議な人…」
閉められた扉を見ながら、私はそんなことを呟いた。
「それじゃあ私は、もう実験はしなくていいってこと?」
「そう。君はあんな物好きどもにこれ以上好きにされなくていいんだ」
彼はちょっと不機嫌な口調で言った。
「どうしてそんなに不服そうなの?」
「そりゃ、好きな人を好き勝手にされて喜ぶ奴なんかいないでしょ」
「え…?」
好きな人?
「誰が…? 好きな人って…?」
「君のこと?」
少しの間彼を見つめて、自分が言われていることの意味を理解して、私は顔がみるみるうちに紅潮していくのを感じた。
「あれ…? 前にも伝えたはずなんだけど…」
伝わってなかったの? とかなんとか言いながら、彼が私の顔を覗き込む。
綺麗な彼の瞳と目が合った。
「なっ、なっ!」
「な?」
「なんでっ?」
「…なんでって、僕がなんで君を好きかってこと?」
彼はよくわからないという顔をする。
「だから、君が僕と違って真っ直ぐで綺麗だからだよ?」
これじゃだめ? と彼が訊ねてくる。
どうして、彼はこうも恥ずかしいことをぺらぺらと口に出せるのだろう。
「だ、だって、私魔力ないし! 何もないから!」
「魔力? それってそんなに大事?」
「あ、あたり前…っ?」
それは軽く触れるだけのキスだった。
「な、にしてっ」
「僕はこっちのほうが大事、みたいな?」
優しく微笑む彼に見つめられて、私はわけのわからないことを喚き散らしながらその場から逃げた。…つもりだった。
「はい、鬼ごっこ終わり」
家から少し離れたところですぐに彼に捕獲され、そのまま家まで連れ帰られた。
そもそも魔法でなんでもできる彼から逃げることが無謀だったようだ。
「あんまり外に出ちゃだめだよ?」
子供を諭すように言う彼に敗北感を感じつつも、思わず素直に頷く。
まだ掴めない私の状況。けれどきっと、これは幸せに似た何かなんだと思う。
私の知らないそれを、彼はまた教えてくれる。
「やっほー。二人とも幸せ? ハピネス?」
だからまた、彼女のその質問に私は頷くのだ。
これがきっと幸せだと、私の心に確かめながら。




