9話 ろりばばあ参上
練習場を借りて対アルーゾ用の六日目の訓練が終わり唖然としていたのはスイロウだった。
無表情でガイアルも一瞥をくれるだけで内心で思っていることはスイロウと大差ない。
ラーズ、スイロウ、ガイアルの三人は休むため練習場に設置されているベンチに腰かけた。
結論から言えば芳しくない。ラーズはスイロウに勝つどころか有効打も見当たらなかった。
「なにが駄目なんだ」
がっくりと肩を落としている。スイロウはいたたまれない気持になる。
ラーズが遊び半だったり、ふざけていた方がまだ救いがある。それなら『真面目にやれ、努力しろ』で済む。だが、彼は至って真面目で努力家だった。
スイロウやガイアルが出す課題を黙々とこなし、そしてそれ以上に訓練を重ねていたのである。それなのに上達しない。
いや、正確に言うなら育てる方向がわからない。
すでに筋肉も十分にある肉体。スピードも技術もそこそこ。工夫と攻め手に弱いがそこはセンスによるところが大きく、考えて行動しようとすると動きが鈍る傾向がある。一週間程度で治るものではない。
ただ、防御に関しては高いレベルを誇っている。スイロウに有効打を与えることは出来なかったが、中々隙を見せることも無かった。
『防御を中心に相手の隙を探す』ことが課題となったが、それも上手くは行かない。隙だと思った時には遅いのだ。闘いの流れから隙が出来ることを前もって理解しなければならない。
ガイアルもいろいろと案を出したが、ラーズの訓練は思った以上に上手くは行かなかった。
それでも腐ることなくこの六日間、訓練を続けたラーズ。アルーゾの件を別にしても、何とかしてやりたいが思いつかない。
今までこの場にいなかったファイレがフラッとやってきてベンチに座っていた。
「武器は向こうが用意、薬物禁止。このままじゃぁお兄ちゃんはあのお坊ちゃんに勝てないわね~」
「スイロウ達に迷惑をかけることになるな。やっぱりただ訓練を続けるしかないか」
それが効率的だとはラーズも思っていないが、やらないよりは……ということだろう。だが、すでにオーバーワーク気味だ。
「お前はラーズが訓練している間どこに行っていたんだ?」
あんなにラーズにベッタリだったファイレの姿を訓練中はほとんど見なかった。本人曰く『訓練の邪魔になるから……』ということだが、彼女がそんな玉じゃないことくらいはわかってきている。
ことあるごとに、すり寄って来るだろう。だが、ほとんど今まで街中をフラフラと歩きまわっていた。
目的ありきだと予感させられる。
「デートコースの下見!」
「それは強くなれるのか?」
スイロウやガイアルは本当にデートコースを探していたんじゃないかと疑ったが……ラーズがニヤリと笑う。妹のファイレを信頼していることが伺える。
そして、ファイレは兄の期待に背かない娘らしい。兄とは違い屈託のない笑い方をする。
「簡単に強くなれる天国コースと滅茶苦茶ハードな地獄コース、どちらがお好みですか~?」
「地獄コースだろうなぁ」
天国コースがあるかどうかも怪しい。それにラーズの性格からいえば地獄コース以外選ばないだろう。努力しなければ力が得られないと思っている節がある。いや、努力しても得られないことがあることも知っている。
「まぁ、お兄ちゃんならそーいうわね~。じゃぁ時間もないし街に繰り出しますか!」
「今からか?」
夕方の日が暮れる時間帯だ。今からだと訓練するには遅すぎる気がする。しかし時間が無いのも また事実。急ぐことは急ぐ。
訓練所を出て、街中に繰り出す。時間帯的に一般の店は閉まる頃である。だが、それはそれで客足は増えていく。酒場に繰り出すのはこの時間からが多い。
人ごみの中、ラーズは行先もわからずファイレについていく。その横にスイロウとガイアルもついてきている。
かなり大きい通りの為、すれ違う人と肩が触れ合うことはない。大きな構えの店が多い。
「まずは食事にしましょうか。たしか、この辺に"白銀の魚亭"っていう酒場があったはずーぅ」
「まさか、本当にデートということはないだろうな?」
スイロウが半信半疑でファイレを問い詰める。
ニヤ~ンと笑うと"白銀の魚亭"を見つけ出し中へと入っていく。
一抹の不安を覚えないわけではないが、どちらにしろ、この時間から訓練することもないだろうと諦めるスイロウ。
ガイアルは……周りを確認している。
そこでようやく気が付く。
「ずいぶん高級そうな酒場だな」
扉からしてデカい。樹と石で造られた建物。柱の一本一本に彫刻が施され、吹き抜けの天井にはシャンデリアが飾られている。魔法で作られた灯りが当たりを煌々と照らしている。
だが、服装とかは気にしないのか冒険者風の格好の人間が多い。ただ、熟練者、腕に覚え有……と言った感じの人種ばかり。金回りは良いのかもしれない。
そこに燕尾服の男が先頭のファイレに話しかけてくる。
「いらっしゃいませ。お席にご案内いたします」
しかし、手で燕尾服の男を止まらせるとニッコリと笑った。
「待ち合わせよ。ウィローズって人なんだけど?」
「少々お待ちを……」
燕尾服の男が確認の為に一度下がっていく。
ウィローズ……聞いたことのない名前だとラーズが思い、スイロウとガイアルの顔を見る。この辺の人間なら知っているかもしれないと考えたとだが、二人とも首を振る。有名人ではないらしい。
すぐに男が戻ってくる。
「ウィローズ様はすでに席でお待ちです。ご案内いたします」
ウィローズが誰なのか聞くタイミングを完全になくしていた。偉い人だったら失礼のないようにしなければならないだろうし……いや、誰であっても失礼のないようにした方がいいだろうと思いなおす。結局、事前情報があっても大差ないかと諦める。
おそらくは訓練してくれる人なのだろう。
緊張すると騒がしいハズの酒場の周りの音があまり入ってこない。
「こちらです」
「ありがと、下がっていいですよ」
いくばくかのチップを手渡す。
堂に入ったものだとスイロウが感心する。知らなければファイレはどこぞのお嬢様と勘違いしそうだ。田舎暮らしだと聞いていたが礼儀作法も心得があるようだと……。
「おまたせ、ウィローズちゃん」
「"ちゃん"付けはよせ、小娘」
丸テーブルの席に一人の少女が座っていた。緑髪の金の眼を持つ少女。ガイアルと同じくらいの身長だがドワーフではないようだ。椅子に座っているが床に足が届いておらずブラブラしている。
スイロウは呆れている。
「おい、ファイレ。まさかその子がラーズの訓練をするわけじゃぁないだろな」
「……」
「そのまさかだろう。見た目で判断しない方がいいスイロウ。座っていいかな、ウィローズさん?」
「ほぅ。見た目にで判断しないとは聞いていたが事実か。多少は面白そうだ。よかろう、同席することを許可してやろう」
スイロウ、ガイアルも一礼してから席に着く。ラーズの言葉がなければただの子供として扱っているところだが、喋り方からして独特というか、見た目相応ではないらしいと判断した。
緑の長い髪を指でいじりながら、それぞれに食事を注文するように促す。
「お前を訓練するにしろしないにしろ、今日はもうない。好きなモノを頼め、儂が奢ってやろう」
「わーい、奢りだ! お兄ちゃん何頼む」
「では、私はここからここまでをオーダーします。スープの種類は5種類でいいです」
「待て、おぬし。タダ酒だからと滅茶苦茶な頼み方をするな!」
「? いえ、私は普段通りに頼んだだけですが?」
「……無駄に食べる」
「いや、ガイアル。無駄じゃないぞ。食べられるときに食べておくという重要な行為であって……」
「あー、俺はヒラメのムニエルでお願いします。山ん中だと魚あんまりたべれないんだよな」
「私も魚にしようかなぁ、蒸すとどーなるんだろー」
「……パイの包み揚げ」
「ふん、まぁいい。お前たちの最後の晩餐かもしれんのだからな」
「そんなに厳しいのか?」
食前酒に手を伸ばしながらウィローズにスイロウは尋ねた。
厳しいだけなら何とかなるが、生死を賭けた特訓となるとそこまでする価値があるとは思えない。
「おっと、その食前酒を飲むのはまだ早いぞ、小娘ども。まずはお前たちにその食前酒を使って確かめることがある」
「うん? 俺だけじゃないのか?」
「……そうだな、小僧だけでいいか。他の者は頼まれておらんしのぉ。やっぱ小僧以外は食前酒を飲んでもいいぞ」
「そういわれると、物凄ーーくきになるんだけど、ウィローズちゃん」
「"ちゃん"付けはよせと言っておろうに……魔術師の小娘」
「ファイレだって……食前酒で何するの?」
「よくある"属性調べ"だ」
「なぁーんだ。なら、私とお兄ちゃんはわかってるよ?」
「なんだ、その属性調べってーのは?」
「スイロウは知らないんだ。簡単に言えば火、水、土、風、光、闇の六属性のどれかを調べるの。
水に出来るだけ無属性の魔力を注ぎ込んで色や味でわかるんだって。師匠がやってたわ」
「説明不足だな。いや、そこから強さまで判別できる。場合によっては特殊な能力を見通すことも出来るぞ」
「師匠はそんなこと言ってなかったなぁ」
「なるほど、興味はあるが私とガイアルは辞退しよう。そもそも、私たちが訓練を受けるわけではないからな」
「なるほど、なるほど。なら、お前たちも"属性調べ"に参加してもらおうか」
「ちゃんと話を聞いていたのか、ウィローズ?」
「聞いていたさ、知られたくない能力があるんだろ。そこの小僧を訓練してやる代りの駄賃が少々足りないと思っておったところだ、お前たちにも支払ってもらおうか」
「ウィローズちゃん、私は?」
「だから"ちゃん"付けは……ったく。お前もだ。やり方は目の前の食前酒に魔力を注げ。ただし、魔力が無い奴もいる……子供の時に魔法の練習をした奴とかな、あれをすると魔法の才能がゼロになる……そういう奴でも魔力が完全にないわけではないので気にするな。基本的に魔力が完全にない生物はいない」
「基本的には……ね」
ラーズとファイレの師匠はその基本に当てはまらなかった。彼女に言わせると生き物かどうかも怪しいらしい。
そんなことを無視して、否応なしに"属性調べ"をやらされる羽目になる。
ラーズだけは少し期待していた。自分の能力にではなく周りの者たちに……だ。自分の才能の無さはすでに師匠によって知らされている。だが、仲間とともにならドラゴンも倒せるし、目標も果たすことも可能だろうと言われていたからだ。
彼女たちが必ずしも力を貸してくれるとは限らないが、悪い人間ではなさそうなので『それなりの力を持っていればいいなぁ』程度には考えていた。
この世界では子供のころに魔法の訓練をする魔力を失う傾向にあります
完全になくなることはありませんが魔法を唱えられるかは怪しくなります