81話 少しだけ眠らせてくれ
『小さき者が力を貸してくれるなら、ひょっとしたら復讐が可能かもしれない。』
魔族と戦うために俺が古 代 竜に力を貸す……いいや、違うな。力を貰い受ける代わりに俺が魔族と戦うという訳だ。でも、腑に落ちないことがある。俺としては渡りに船と言ったところだが、古 代 竜の利益は何だ?
「俺が力を貰い受けるのはいいが、別に俺じゃなく誰でもいいんじゃないか?」
いくらでもいるだろう、俺より強い奴なんて……。それこそ勇者や英雄に力を渡した方が手っ取り早いだろうに、何故 俺なのかが気にかかる。
その答えは古 代 竜ではなく、シャーリー師匠が答えてくれる。
「はじめから言ってるだろウ。時間が無いからダ。見ての通りその魂は風前の灯。力を譲渡しようにも誰がいつ来るかわからなイ」
「確かにそうですけど、彼ならいくらだって方法が……会話の出来る魔物も配下にいるんでしょ? 町に連絡に行かせれば……」
「説明はいくらでもできル。が、その説明に意味があるのカ? もし古 代 竜に何か裏があったとしたらお前はその力を貰い受けないのカ? もしお前の身体を乗っ取ろうとしていたとしてそれをねじ伏せようという心意気はないのカ? それで『ドラゴンの主』と戦うつもりなのカ?」
ぐっ
痛いところを突いてくる。俺が聞いているのは、古 代 竜の力を貰い受けないための言い訳にしか過ぎないと師匠に見透かされている。そんなつもりはなかったが、やはり強大な力が身体の中に入ってくることを心のどこかで恐れているのだろう。
そのとき、腰に収めている知 識 持 つ 剣・ゼディスが話に割って入る。
『あー、話の最中悪いがこの小僧じゃぁ古 代 竜の力を手に入れるのは無理だろ? たしかに魔力キャパはイケるとおもうけどさー。竜の肉体は100%無理だぜ』
「そんなことないだろ。1%くらいなら……いいや、0.0001%でも0%じゃないなら俺はドラゴンの力を受け入れる!」
『0%だって言ってんだよ。この茄子のヘタ!』
「茄子のヘタって……」
「だが『ドラゴンの主』を倒す確率はこれより低イ。ここを通過しなければ不可能ダ」
『まぁ、そりゃーそーなんだけどな。そもそも人間が『ドラゴンの主』をどうこうできるレベルじゃないし、古 代 竜の力を貰い受けるのも無理って話だろ』
「いいや、古 代 竜の力をラーズは受け入れることが出来るように修行してきタ。そのために巨大な魔力キャパシティがあル」
『だ・か・ら! 肉体が無理だって言ってんだろ。スカポラチンキ!』
ギャーギャー喚くゼディスに対してシャーリー師匠は至って冷静だ……というか、ストーンゴーレムだから表情がほとんどないため冷静に見えるだけかもしれない。
「その剣が言っていることも分からないでもなイ。おそらく肉体的に堪えられないほどの激痛にもがき苦しむことになるし、高確率で死ぬだろウ」
「それでもやらなきゃ『ドラゴンの主』には届かない……んですよね。だったら古 代 竜にこちらから頭を下げて試してもらうべきだ」
『高確率じゃなくて100%死ぬぜ。やめとけ、やめとけ』
「人の判断を鈍らせるようなことをいうなよ。それじゃなくても結構ビビってんだから……」
怖くないわけがない。高確率で死ぬと言われているのだ。しかもたとえ生き残ったとしても相当もがき苦しむ試練のようだ。……師匠たちの修行も相当もがき苦しんだけど、『あれはちょっとした遊びみたいなもんだから』的な感じだった。そう考えると、血の気が引いてくる。いや、シャーリー師匠が言うには『そのための修行です』ってことだ。でも、痛くないとはいってないか。
『決まったか、小さき者よ?』
どうやら、お待たせしているようです。息も絶え絶え……この状態の力って大したことないんじゃないだろうか、とも思ってしまう。
『よいか、小さき者よ。我はオヌシに我の全ての力を与えてもよいと考えておる。ただし、条件がある』
「アンタの恨む魔族を倒すことを優先する……ってことだな?」
『その通りだ。そうすればオヌシの望むものが二つ手に入る』
「二つ? 一つは力だよな……もう一つは?」
『ドラゴンの主を見つけることが出来る』
「!?」
それは予想外だった。いつでも対戦できるってことか。さすが古 代 竜だ。凄い力を持ってるな。こりゃー、無理でも挑戦せざる得ないじゃないか。
「なら、迷うことはない!」
『よかろう、我を食らうがよい』
交渉成立。
古 代 竜の身体が蜃気楼のように揺らめき出す。ゆっくりと霧へと姿を変えていくのと同時に、俺の身体に異変が起きる。
「ぐああっぁああぁああがあぁはあぁがあ!!」
身体の中から破裂しそうになる。骨や血管、血液、細胞が一回りも二回りも膨れ上がっていくような感覚に囚われる。その膨張に耐えられなかったのか嘔吐し、のた打ち回る。これは苦しい。満足に動くこともままならない。気を失えばその間 苦痛から逃れられそうだが、意識が戻らない可能性もある。そう考えればオチオチ気絶も出来やしない。
苦しみに耐え試練を乗り越えて、ファイレ達の元に戻らないとならない。
やらなければならないことが山ほどある。『ドラゴンの主』を退治し、村の安全も守って、獣人たちの立場も改善しなければならない。そのためにはこの力を何としてもモノにしなきゃならない。
まだ、のた打ち回れるうちは体力がある。死にはしない、思考さえ拒否しなければ……ただ、これを何時間耐えればいいのかが分からない。
いや、何時間だって、何日だって耐えてやる。
耐えて、力を手に入れてみんなの所に戻るんだ。
――――――――――――――――――
6時間が過ぎた……まだのた打ち回る余裕がある
12時間が過ぎた……うめき声が上がり体を動かす余裕も無くなっている
24時間……古 代 竜の魔力を吸収し終える……が、ここからが本番だった。
48時間……肉が裂け血が噴き出す。シャーリーが回復魔法で止血を行う。
96時間……動きがほとんどない。骨も砕け始めている。人間が耐えられる力ではないので当然だ。
192時間……心臓音も呼吸も聞こえない。いわゆる……。
『いや、むしろ良くここまで『生きていた』と言った方がいいくらいだな。俺なら初日でギブアップだ』
ゼディスが特に抑揚なくシャーリーに話しかける。このストーンゴーレムがラーズに期待していたのはわかるが、初めから不可能だったのだとゼディスは思っていた。
「『奇跡でも起きない限り』カ? ならば奇跡を起こせばいイ」
『死んでからじゃぁ、何もかも手遅れだろ? それとも辛うじて『生きている』とかのたまうか』
ストーンゴーレムのクセしてニヤリっと笑ったような気がした。
「死んでいル。死んでいるから奇跡が起こせるんじゃないカ」
『何を言っているんだ?』
「復活の呪文を使用すル」
『おいおい、ずいぶん便利なモノがあんじゃねーか!』
「代償は私の身体の部位だがナ。その部位は生贄となるため回復魔法では元に戻らなイ。しかもどの部位が生贄になるかわからなイ。もちろん頭が生贄になれば復活の呪文はすぐにでも失敗に終わるわけダ」
『ハイリスク・ハイリターンだな。俺なら一生使わない』
「神聖魔法を使うなら覚えておいて損はなイ」
『そーかね~』
ゼディスの言葉を無視してシャーリーはラーズに手をかざし復活の呪文を唱え始める。ラーズの身体が光り輝き傷がいやされていく。確かに蘇る兆しがある……と、同時にシャーリーの手首から先が、目に見えない力で毟り取られていく。人間ならその激痛で呪文を唱えているどころではないだろう。
だが、その甲斐あってラーズの傷と心臓音が回復する。
「手首から先カ。幸先がいいナ」
『幸先がいい? もう蘇ったんじゃないのか?』
「……」
ゼディスはその沈黙の意味をすぐに理解する。
ラーズは確かに蘇った……蘇ったがすぐにドラゴンの力の吸収が始まり痙攣を起こす。蘇ったばかりの身体でその苦痛は想像を絶する。
『…… ……おい』
「そういうことダ。死んだらまた蘇らせル。私の身体が無くなるのが先かラーズがドラゴンの力を吸収するのが先か……ダ」
『どんな地獄だよ。ラーズも……アンタも……』
すでに2度目の復活の呪文を唱え始めている。一回目の復活ではラーズは数時間しか生き残れなかった。再び復活の呪文を唱えるシャーリー。今度は丸々、左足一本が粉々に砕け散りと化していく。あと何回、復活の呪文が唱えられるのか……頭や中心核を生贄にされれば一発で終わる。
「ゴーレムは痛覚がないから苦痛による失敗が無いのがいいナ。ハッハッハッハ」
『笑い事じゃねーけどな。俺ならそんな苦痛に耐えられないし、運が悪いから一発目で心臓が生贄になりそうだ』
――――――――――――――――――
俺は生きていた。全身傷だらけだがなんとか呼吸できる。これ以上、痛みも恐怖も襲ってこない。
確信がある。古 代 竜の力を取り込めたのだ。だが、その代償で今は身体が動かない。瞼を開ける力さえ、今はない。
シャーリー師匠は神聖魔法を使えるからしばらくしたら治してもらおう。いや、シャーリー師匠はいないのか? いるなら、とっくに俺の傷を治しているんじゃないだろうか。近くの店まで買い物に行っているとか? どこだよ、近くって! どんなに近くとも1週間はかかるだろ! 往復したら2週間だ!
そういえば、俺は古 代 竜の力を取り込むのに何時間かかったんだろう。体感時間では数十年くらいかかっていたような気がする。たぶん数時間の出来事だろう。よく気が触れなかったもんだ。さすが俺、やれば出来る子だ。ゼディスが『成功率0%』とかぬかしていたが何%かあったわけだ。
笑いそうになるが、それだけで筋肉が痛い。駄目だ、笑うことも出来ねーよ。笑うどころか呼吸もかなり痛いんだけどな。肺もどっか故障中のようだ。修理屋さんはまだ帰ってこないのだろうか……。まさか、さっき近所にお出かけしたばかりだったらどうしよう!
それからどれくらいの時間が経っただろうか。時計台の鐘の音もないわけで、時間を知るすべはないが数時間は経過しているような気がする。
あれだけあった傷がだいぶ治り始めている。ドラゴンの再生能力なのだろうか。それにドラゴンの記憶が曖昧にある。魔法に関することや歴史認識、魔族に関することなど。ただし俺の記憶と相まってなんかおかしなことになっている。どっかで整理しないと使い物にはならないだろう。これでドラゴン特有の魔法とか能力があれば超強くなれると思うけど、それじゃなくても結構強いのだろうか。まだ、剣を振るえるほどの力も回復していないので確認が出来ない。さすがに瞬時に回復するほどの能力はないことだけはわかった。
それでも瞼を開け首を動かす余裕は出てきた。敵がいたら一撃で終わりそうな状況だな。ふと横を見るとシャーリー師匠が目に入った。
なんだ、いるんじゃん、シャーリー師匠。だったら早く治して欲しいのだが……これも修行の一環か? ってーか寝てるな師匠。俺が大変だったときに寝てんのか?
「おーい、シャーリー師匠……」
残念なことに師匠まで声が届くほどの声量がでない。早く治して欲しいんだが、師匠も何かしていたのかもしれない。師匠もお疲れか? 少し眠らせておいた方がいいのか、ゴーレムなのに?
『おっ、生きてたか、ラーズ。運がいいな』
「ギリギリだけどな」
『本当に……な。死んでりゃ、その心臓を俺が貰い受けられたのにな』
ゼディスの奴が俺に気が付いたらしい。なんか物騒なことを言っているが放置。それよりも丁度良かった。コイツにシャーリー師匠を呼んでもらおう。
「死んでないが大打撃だ。シャーリー師匠を呼んでくれ。そんで回復魔法をかけてくれ」
『何か忘れているようだから教えてやるが、俺様、神聖魔法 得意だぞ。なにせ神官だし』
「そんな話もあったなぁー。ずーっと悪魔だと思ってたからなぁ」
『登場時の仮面と鎌のイメージだけじゃん! まぁいいや。回復してやる』
全快するまでに1時間ほど要した。どんだけ傷が深かったのか……状況がよく呑み込めないが、どうやら骨や内臓もやられていたっぽい。それでよく生き残れたなぁ、俺。ドラゴンの生命力ってスゲー。傷は治ったが疲労感は払拭されない。これを治す魔法はないかと尋ねたら、きっぱりと『無い』と一刀両断。あると便利なのにな。誰か開発してくれ。魔法って何でもできんじゃないの?
これで、もうここにいる理由はないハズだ。シャーリー師匠を起こして村に帰ろう。俺がいなくて困っているかもしれない。……困るよな? あれ、俺の一人や二人いなくても村は困らない? と、とにかく帰ろう。
「シャーリー師匠……。……師匠?」
『……』
それは師匠にも見える岩の塊だった。もし、これを師匠とするなら、上半身の一部と左腕の肘までと頭しかない。ついでに頭が右半分無い状態だ。もはや人としてもゴーレムとしても形を成していない。
俺がその辺をのた打ち回っている間に何かあった。魔物か魔族にでも襲われたのか? いや、師匠がそんなモノに負けるはずがないし、これが師匠だとは……。
『それがお前の言うシャーリー師匠だ』
「…… ……」
目の前が真っ暗になって言葉が出ない。何も考えられない。
何が!? どうして!?
「ゼディス……なにが起こっていたんだ?」
『ん? 知らないほうがいいんじゃねーか?』
「……いや、俺には知る権利があるハズだ。もし敵が攻めてきて師匠が俺のことを守ってくれたのなら俺はそいつを倒しに行かなきゃならないだろ」
『大丈夫、それは的外れな回答だから。知ったら100%後悔するぞ?』
「お前の%は当てにならない。だいたい生存率0%で俺、生きてるだろ」
『じゃぁ説明してやる。お前はドラゴンの力を受け入れられずに死んだんだ?』
「…… ……は?
なにいってんだ? だってこの通り俺は生きている。なにか、これは夢か何かか?」
『死んだ奴を復活させる呪文がある』
「おい、おい、おい!!」
『もちろんネクロマンサーの術でなく、神聖魔法。ただし術者の体の部位が失われる』
それからシャーリー師匠に起こった事実を知る。俺を何度も復活させ、そのたびに身体を失っていく。普通の人間ならとっくに死んでいるであろう状態にまでなっても、呪文を唱え続けた。そして最後は頭を失い呪文詠唱が出来なくなり、石造のように朽ち果てた。
「そんな……そんなはず……師匠が死ぬなんてありえない」
目から水が溢れ出す。泣くつもりなんてまるでないのに涙が止まらない。喉が詰まったように痛みを感じる。心臓が抉り取られたような感覚が全身を支配する。
師匠が死ぬはずがない!
ゼディスは知らないだろうが、滅茶苦茶強いのだ。絶対に誰にも負けないし、ねじ伏せることが出来ない。たとえ死神であろうとシャーリー師匠を連れて行くことは不可能だ。それを知らないから……。
近くにあった岩を力任せに殴りつける。感情が抑えられない。
どうすればいい。仇を取りたいのに、今の話が本当なら俺が仇じゃないか! だからって自殺するわけにはいかない。師匠の命を俺が預かっている状態だ。憤怒だけが感情を支配する。落ち着かなければならないことは分かるが、落ち着けるわけがない。
さらにゼディスが俺の冷静さを奪うように話しかけてくる。
『そんなことより』
「そんなことってなんだ! 師匠の死をそんなことだというのか!」
『はいはい、俺の師匠でもなんでもないんでね。伝言があるんで聞いてもらえるかな?』
「伝……言……」
『シャーリー師匠より 「お前は今、岐路に立たされていル。好きな道を選ベ。一つは村がリンテージ王国に襲われているので助けに行く道」』
「なっ!? すぐにいかないと! ファイレ達を助ける以外の道があるわけがないだろ」
涙が止まらないが、師匠が残してくれた伝言だ。これ以上仲間を失わないために。師匠の意志を尊重しすぐにでも助けに行く。そしてファイレにもこの出来事を教えなければならない。ファイレはどんな顔をするのだろう。俺たちの育ての親と言っても過言でない師匠の一人を失って……。しかも俺のせいで……。
『慌てるなよ。もう一つの道も聞いておけ。もう一つの道は』
ゼディスの言葉を遮って洞窟から出ようとしたが、別の場所……金銀財宝の山の上から別の声が聞こえる。もう古 代 竜はいないはずなのに……。
「もう一つの道は『この場でドラゴンの主と戦う道』だ」
全身の毛が逆立つような感覚。圧倒的な強さ。間違いなくこの声は『ドラゴンの主』
そして、何度も聞いたことのある幼女の声。
財宝の山の上に胡坐をかいて座り頬杖をついている奴がいる。
「どうする? 儂はいつでもお前の相手をしてやるとは限らんぞ?」
「ウィローズ!!」
ドラゴンの主=ウィローズ=幼女




