80話 遺跡の上に鎮座する者の言葉
『我は〝ドラゴン襲来″の遥か前からこの地に住んでいた。異世界の転生者と呼ばれる者がいた超古代魔法文明と呼ばれる時代に生まれた。
超古代魔法時代
天才的魔術師が一代で作り上げた大魔法文明。
近しい者を守るためと称し、ありとあらゆる異世界の技術を使い作り上げていった。彼の作り上げた技術は魔族にも有効だった。人間世界が魔界からの脅威に対抗する手段として作り上げたモノは、勇者ではなく誰もが公平に使える武器や防具だった。
圧倒的技術力により鉄の鳥や馬を必要としない馬車、四角い石の塔を何千と打ち立て居住地とした。
そして人間に勝てる生物がいなくなった。我らドラゴンでさえ鉄の鳥の放つ鋼鉄の弓矢の前では一撃で撃ち落とされるほどだった。
魔物は逃げまどい、魔族は魔界から出てくることなく、ドラゴンは空を飛ぶことさえ許されない状況の世界へと変貌した。
異世界の転生者・天才魔術師は人間の平和を勝ち取った。そう弱肉強食の世界で彼のやったことに一分の間違いもないだろう。我らからすれば絶望であってもそれが世界のルールなのだから……。
神々もそれを咎めることはなかった。それもルールの一環だった。
世界が人間のモノになり、人間は平和に暮らしていた。魔物でも魔族でも彼らに手を出すことは出来ない。ただ、指をくわえて見ているだけだった。
その天才魔術師が亡くなるまでは……。
彼の死後、10年足らずで彼の作ったルールは破られる。武器や防具を存分に発揮し、魔物や魔族を『狩る』ことを嗜みとする者が出てくる。それを咎める者はいない。いるわけがない。その者達は権力ある者達だ。より多くより強い武器を持っているし、天才魔術師の死後、彼らが法を作り裁く側へと変貌していく。
天才魔術師はこのことを懸念していなかったわけではない。
そのために、法を創る者・法で裁く者・法を遂行する者を別々の機関としていた。だが、結局は力あるモノが一つにまとめてしまっていた。
人々が技術に対して未熟なため使いきれなかった結果といえよう。誰もが正しく理解していない技術など支配の道具にしかならない。本来、成長するべきスピードを遥かに超えた技術だったのだ。
『狩り』は順調に進んだ。
人間たちはありとあらゆる魔物を収取し、はく製にし、見世物とした。
我もまだその当時は若かった。なす術なく人間に捉えられ、見世物として闘わされた。ときには魔物と、ときには武装した人間と、ときには連戦、ときには団体……首輪をつけられ生き恥を晒していた。
人間を憎くなかったか?
あぁ、人間を皆殺しにしたいほど恨んださ。弱肉強食にもルールがある。弱者は死ぬことを許されている。決して晒し者にはならない。肉は食われ大地へと帰る。だが、そのルールすら人間たちは変えていく。
弱者は死ぬことすら許されない。勝者は生死に至るまで全ての権限を有するのだ。そして、そのルールは魔族にも広まった。当時の魔族はただ殺すことしか考えていなかったが、より残酷な方法を見出すチャンスをそこで得た。
我が生き残る術はほとんどなかった。首輪には強力な魔術が施されており、逃げることも死ぬことも叶わない。
だが、ある時、牢獄から我を少年が逃がしてくれた。人間が完全に腐ってはいないことを我は知ることができた。その少年に礼をいい『必ず恩を返す』と言い残した。そして、人間たちの来ないであろう洞窟へと身を隠すことにした。もちろん少年には我の居場所を教えていた。
少年はすぐに遊びに来るようになった。
我としては当然 困る。が、恩人である彼を無下にも出来ず遊び相手となった。
しかし、ある日を境にピタリと来なくなった。
もちろん初めは、我の所に来るのに飽きたのだろうと思っていた。だが、しばらくすると武器を携えた人間が現れるようになった。我の命を狙いに……。
二つのことが考えられた。
一つは、人間が自力で我の居場所を突き止めた。可能性が無いわけではない。なにせ逃げ出したドラゴンを探さないはずがない。
一つは、少年が何らかの事情で我の情報を売った。だとしても、文句はない。元々、見世物にされるより洞窟で死ねる方が遥かにマシである。……が、懸念が残る。何故、我の情報を売ったのかだ。
考えても仕方がない。我を討ち取りに来た冒険者を半殺しにし、聞き出すことにした。彼らは自分たちの技術力に胡坐をかき、己の無力さを忘れていた。何でもできると勘違いしていた冒険者を打ちのめすことは容易だった。しかし、次に来る冒険者は本格的に我を討ち取りに来るだろうから、この洞窟を捨てねばならない。
聞き出した内容は最悪だった。
少年を拷問し我の居場所を聞き出したそうだ。『必ず恩を返す』と言った我の言葉が嘘になる。そうならないよう、人間の都市へと翼をはばたかせ向かった。
鋼鉄の鳥が何羽も我に群がった。爆発する矢は我の翼を焼き、鱗を砕いていったが少年を見殺しにすることなど絶対に出来ることではない。終いには撃ち落とされ地面を這うように進むことになる。少年に恩を返さねばならん……その一心で都市へと向かった。
だが、目の前へにしてその都市は炎に包まれた。
別の国の鋼鉄の鳥が落した矢が都市を焼き払っていく。
……平和に飽きた人間たちは己の武器の強さを示したくて戦争を始めたのだ。本来はもっともらしい言い分があるのかもしれないが、要は暇つぶしだ。
その戦争により『超古代魔法時代』は終わりを告げることになる。
我は生きているうちに少年を見つけることが出来た。その傷は戦争ではなく拷問により見るに堪えないモノで、死の間際だった。だが、少年の最後の願いは『人間を恨まないでほしい』というモノだった。その言葉に我は驚いた。人間に恨みを持っていることを、初めて我は悟った。
少年に人間を恨まないことを約束すると『恩を返してくれて有難う』と言われた。我は恩を返せてはいない。
我は人間を恨まないことを約束した。そして、彼の墓場を縄張りとし、縄張りに入る生き物を分け隔てなく駆逐することにした。
人間同士の戦争が始まれば、他の生物にかまけている暇はないのだろう。なにせ、地上でもっとも強力な生物同士の争いなのだから……。
その戦争が何十年続いただろうか。世界のあらゆる所が、物が、生き物が破壊され姿を消してき、元の形がわからなくなったころ、笑いながら魔族が地の底から現れ始めた。
それが人間にとって『暗黒時代』の始まりである。
魔族は地上にあるありとあらゆる兵器と文化を破壊しつくした。
すでに互いに滅ぼし合っていた人間に魔族の侵攻を止める術はなく、瞬く間に地上は魔族のモノと化し人々は魔族の奴隷、家畜と化した。
魔族は『殺す』ことにより力を得る種族である。むやみやたらに『殺す』のは自分の能力を高めるためで、同種族を『殺し』ても能力は上がる。ただ人間を『殺す』ことが最も効率よく能力を高める。さらにはより絶望を与えた方が好ましいらしい。
だから、人間を家畜とした。数を増やし無闇に『殺す』
その結果、暗黒時代の魔王は新しい邪神へと昇華された。そして、魔物が地上に住む力を手に入れた。
それがおよそ1000年続く
その間、我を狩ろうとする魔族も出てきたが、この頃には我の力は上級魔族以上になっていた。縄張りを犯す魔物は全て食らい尽くしていった。
地上を手に入れた魔族……すなわち獣人の祖先が人間に情が移り始めたとき新時代の幕開けとなった。
『混沌時代』
邪神が地上に魔物たちを住ませることを他の神々に宣言したことにより起こった時代。結論から言えば新しい人間の種族として受け入れる方向で話は進んでいく。
この時代は今とまるで逆。獣人の方が立場が高く多くの人間は奴隷と化していた。だが、獣人の中にも人間の立場向上を訴える者がでてきて人間をある程度の地位まで押し上げていた。
さすがにこの時代には家畜として人間を飼うことはなくなっている。理由は簡単、彼らは扱いが魔族ではなくなったため人を殺しても能力を高めることが出来なくなっていたからだ。そして邪神になった元魔王も邪神の地位を他の神々に剥奪されることになったと聞く。
そのころの我は縄張りを守る以外にやることはなかったが、大勢の人間・獣人が幾度となく我の縄張りに入ってきた。理由は簡単、『超古代魔法時代の遺産』を欲しがっていた。
我は少年の墓の場所から縄張りを広げていったために、地下には古代遺跡が埋もれている。ほとんどの遺産は前魔族により破壊されたが、それでも研究するにこれ以上の材料はない。もし、超古代魔法時代の兵器が一つでも蘇れば、それを手にした国が世界を収めることは間違いないからだ。
我の縄張りの近くに村を立て、幾度となく挑んでくる冒険者たち。我は撃退するために多くの魔物を配下とした。そのことが噂となり、より多くの冒険者が挑戦してくるようになる。
そして、村は町へと発展し、人間と獣人の混合のパーティーが増えてくる。そう、人間だけでも獣人だけでもバランスが悪い。より我の近くまで来るのは力が安定しているパーティーであることを理解していくのだ。それにより、その街では人間を奴隷にするという悪習が無くなっていく。
我は彼らを暇つぶし程度に迎え入れていた。大した力ではない。我の元まで来れた者には褒美も出した。もちろん古代遺産以外のモノでだが……。
いつしか、街では我を『賢者の竜』と呼ばれるようになっていた。友好関係ではないが敵対関係でもない。我の縄張りでもないのに、保護対象の町。そして町の冒険者以外の人間も我に貢物をするようになっていた。不思議な信頼関係だった。
そのような年月が長く続いたが、魔族のことを忘れてはならなかった。魔界には幾多の魔王が存在する。1000年に一度、どこかの魔王が地上に侵攻してくるのだ。
苦痛の魔王と呼ばれる者が地上を制圧し始める。とくに魔王の7人の部下は凶悪で地上の大半の人間・獣人問わず葬り去り、建物も文化も破壊尽くした。
地上の7割近くは苦痛の魔王の物と化したが、我は我の縄張りを守ることに徹した……むろん、その頃には街も我の縄張りの一部としていた。最良の暇つぶしであるからな。
そこからが人間・獣人と魔族の『戦乱の時代』となる。
なにより、獣人は魔族に狙われた。当然であろう、もとは魔族なのだから裏切り者と判断していたのだろう。だが、獣人も十分な強さがあるし、我との戦いなどで人間とパーティーを組むことの有用性にも気づいていた。
それにこの時代には『7人の勇者』と呼ばれる存在が現れる。文字通り7人……もっとも、ほとんど6人であったし、最後の一人は魔王の7人の部下の一人だったのだが……我にはどうでもいいことだ。
この闘いで獣人は激減する。
魔王はなんとか撃退することが出来たが、獣人たちは地位を脅かされることになる。勇者の中には当然獣人もいたし、本来なら対等になりそうなものだが、時間をかけ人数の多い人間がいいように歴史を書き換えていく。そう、それはまるで獣人たちが魔族を呼び寄せたかのように……。
そして現代
獣人の多くは地位が低く、場合によっては奴隷にまでされる身分である。人間たちが我が物顔で闊歩し、『戦乱の時代』の生き残りの魔物と戦闘を繰り返す。1000年後にはまた魔王がやって来るだろうが、彼らがそれを覚えているかも怪しい。
我のことを『賢者の竜』と呼んでいた街を幾度となく魔族の手から救ってきた。だが、魔族が去り街が大きくななり国となると、我の縄張りを犯してきた。木々を薙ぎ倒し、軍を進め領土を広げ始めおった。
少し頭を悩ませ、交渉できる魔物を送ったが、そやつの首が我の元に届けられた。交渉決裂なら致し方ない。我は国の軍とぶつかることになった。何千もの人間を焼き払い、爪を喰い込ませ、牙で喰らった。だが、国ともなるとさすがに強かった……いや、あの時、我はまだ気づいていなかったのだがな……軍の中に魔族が紛れていることを……。そのために右腕を失った。しかし、軍は我が縄張りに入ることを諦めることとなった。
それからしばらくして王が変わったのか同じ国から我に助けを求める人を寄越してきた。大いに笑った。我の腕を捥いでおきながら助けを求めてきたのだ、笑わずにはいられまい。
なんでも、魔族の大軍に襲われているとか! 当然、知ったことではない。同時に魔族からも人間に復讐しないかという誘いが来た。縄張りを荒らした報いを……と言われれば、興味を持つ。悪い話ではない。散々、我がその国を守ってきたのに恩を仇で返されたのだ。最悪、魔族の望み通り潰れて無くなろうと知ったことではない。
が、傍観することにした。我には約束があることを思い出した。『人間を恨まないでほしい』……それは我にとっては重要な約束事である。恨みはしないが助けもしない。我はその場にとどまった。
それが失敗だった……魔族が我を狙っていたのだ。人間にも魔族にも加担しないといったことで、魔族も了承したと勝手に解釈していた。だから数人の魔族が我の前に現れたとき、臨戦態勢に入っていなかった。
初めから全て魔族の罠だった。
国が襲ってきたのは軍の上層部に魔族が紛れ、我と人間を仲違いさせるため。そして魔族が我に話を持ち掛け『報い』などと言葉を使い味方に引き入れようとしていた。もっともそこで仲間になっていれば後ろからバッサリと行く予定だったのだろう。我はおろかにも魔族ごときに騙された。そこで翼を奪われた。が、それは大半の魔族の地獄行きの駄賃といったところだろう。我の方が圧倒的に強かった。ただ、1人だけ打ち漏らしてしまったが……。
それがのちに人間を連れ再び我の前に現れる。
ときには冒険者を、ときには軍隊を、ときには勇者の末裔を連れて我に深手を負わせていく。人間たちは彼の魔族の言葉に騙され、我を『人間喰いの竜』『生贄を欲する者』などの名前を付けた。次から次へと善意ある人間が我に挑んでくる。
徐々に身体も魂も削られていく。人間は恨まないが、魔族は別だ……特に奴は……前線にも出ず、影から人を操る。そして、人々の中に溶け込み、地位を確立している。
終いには我は胸にも大きな傷を受けることになる。素晴らしい剣士だった。もっともその剣士は後ろから魔族に殺されてしまったが……。その魔族は逃げ帰った。我にはトドメヲ刺さなかった。いや刺せなかった。魔族もボロボロだったからな。剣士の手にしていた雷神の剣を持ち急いで逃げて行った。
それからは、人間の冒険者も魔族も一切来なくなった。
『ドラゴン襲来』が起こったため、我にかまけている暇が無くなったのだ。
獣人を地上に住ますための儀式……邪神が『獣人を地上に住ます』といったことの結論がいまさら実行された。いくつかの儀式により獣人を魔族ではなく地上に住む元のして認めるということだ。
そう、獣人は未だに完全に地上の人間と神々は認めていない。まだ儀式の最中なのだ。
『ドラゴン襲来』は我の発案と言ってもいい。村に冒険者がいて我に挑んだ話。それがもとになっている。人間と獣人が力を合わせるために強き者に立ち向かう。具体的には我の同族・ドラゴンのわけだ。
だが、人間と獣人は数多くいる。それを補う数のドラゴンを呼び出すとなると神でなければならない……それが『ドラゴンの主』。ドラゴンにしてドラゴン以上の存在。神祖のドラゴン。
これが『ドラゴンの主』と『我の復讐』の話だ。
我は人に復讐はする気はないが魔族には腹を立てている。もっとも、今は満足に動くことも出来ないが……小さき者が力を貸してくれるなら、ひょっとしたら復讐が可能かもしれない。』
この世界の大まかな歴史の流れ
一度は魔族に征服されています
そのために獣人(元ライカンスロープあるいは元リカント)が存在します
彼らは魔族でありながら魔界を捨てた者であるために
魔界にいない=魔族にあたらない=殺しても能力を得ない
ということになってしまったようです




