79話 古のドラゴン
少女は出来上がったばかりの村の外壁の上に立っていた。
村よりも先に作り始めたと言っても過言ではないこの外壁。半端ない規模のモノである。強度も、そして攻撃力も……壁というよりは建物に近い。石と木と銀で出来ている。銀を使っているのは魔法の伝導率をあげるためだ。敵が来たときに強度を上げる。それに狭間(弓矢を撃つための窓)も等間隔に設置されている。当然、弓だけでなく魔法も撃てる。
少女の横には黒猫が一匹、暇そうに顔を洗っている。だが、少女は気にせず黒猫に語りかける。
「どうですか、クロネコ師匠! 建築士のドワーフと魔力の粋を集めたこの外壁。これだけで10年は戦えそうじゃないですか? いろんな機能が備わっていて外壁に住むことも出来るんですよ」
だが師匠はまるで興味を示さない。
「もう師匠は! 少しは褒めてくれてもいいじゃないですか。だいたい、なんでお兄ちゃんについていっちゃー駄目なんですか」
「ニャーァ」
「そりゃーまぁ、私がお兄ちゃん分の補給ができなくて困りますけど……。お兄ちゃんだって私がいなかったら困るじゃないですかぁ。妹分が足りなくてどこかで行き倒れているかも」
「ニャー」
「はいはい、そーですね」
「ニャー……ニャーニャ」
「は? 本当ですか、師匠? ちょっと、待ってくださいよ! そりゃーお兄ちゃんについて行っている場合じゃないですけど、むしろ何で早く言ってくれないんですか、一大事ですよ! ヤバい、アルビウスさんとセリナーゼに連絡を……あぁ、もう、どこから連絡取ればいいのよ!
まさかもうリンテージ王国が攻め込んでくるなんて! しかも1万の軍隊ですって! ウチの5倍くらいいるんですけど!!」
少女は慌てて外壁から村へと走り出す。黒猫はその後ろ姿を見送る。そして彼女が見えなくなると反対側へと歩きはじめた。黒猫の足取りは当てもなく歩いているように見えた。
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ドラゴン山脈、ドラゴンの間、金銀財宝の上にドラゴン鎮座中……。
大きいと言うだけで脅威を感じる。爪の一振りで俺なんか粉々に吹き飛んでしまいそうなほど圧倒的な威圧感。
『小さき者よ、今一度問おう。何しに来た』
知りません。師匠が「来い」って言うから来ただけでして……っていいわけしても始まるまい。オリハルコンと竜骨の合金剣・ゼディスを引き抜こうとすると、シャーリー師匠に手で止められた。
「よく見るんダ。この太古から生きているドラゴンは瀕死ダ。こちらが敵意を見せなければ襲ってはこなイ」
問いかけてきたドラゴンを仰ぎ見る。たしかにボロボロだった。歳のせいではない。明らかに幾多の闘いの後が見て取れる。右手は失い、右の翼も捥がれ、角も切断されている。鱗もところどころ剥がれ落ち、胸には大きな刀傷もある。どれほどの死闘を繰り広げてきたドラゴンなんだろうか。
俺がドラゴンを観察していると、その間にシャーリー師匠の石の口が開く……重たいって意味じゃなく物理的に……なにせストーンゴーレムに変化してるからな。
「お前の力を彼が貰い受けル」
『ほう、この我を倒そうというのか?』
鎌首を擡げる赤竜。
俺はとっさに構えるが、相変わらず師匠に変化はない。
「その選択はお前と彼とで決めればいイ」
『何?』
「え?」
意味が分からず、俺とドラゴンが奇妙な声を上げてしまった。
「力を『貰い受ける』と言っても、方法はいくらでもあるだロ。」
『クックック、そういうことか化け物め! この我を喰らおうというのか、そんな非力な人間が!!』
ドラゴンの咆哮が洞窟内に木霊する。何のことを言っているかわからないが、彼を激怒させるだけのことを師匠が言ったのだと実感する。そして、それを実行するのがこの俺・ラーズなのだと……。
「師匠……『喰う』って文字通り喰うんですか?」
「違ウ。それに彼次第で状況は変わル」
確かに、怒りで口から火が漏れてますしねー。ここでブレスを吐かれたら丸焦げ決定だし、師匠だって身体がドロドロに溶けちゃうんじゃない? いや、師匠のことだから溶岩ゴーレムとかになるのかも……。
『よかろう、ならば問う。貴様は我が力を得て何をなそうとする』
「その答えは簡単だ。ドラゴンの主と呼ばれる者を倒す!」
『……クッ…… ……クック…… ……クックックック、バカかオヌシは! 我の力を得たところでドラゴンの主には届きはせん! そもそもドラゴンの主が何なのかすら知らぬようだな』
「強いドラゴンじゃないのか?」
『強いドラゴン? あぁ、的を射ていて見当外れだ』
「意味が分からんのだが? 合っているのに間違っている?」
ドラゴンを見上げる。襲ってくる気配はない。このドラゴンとは話し合いが出来るのだ。倒す必要は今のところないが、『喰う』という発想をするなら そうも言ってられないか。
「教えてもらってもいいか?」
『何故、オヌシに教える必要がある?』
「俺は人類を滅ぼそうとしたドラゴンの主を許すわけにはいかない。その正体を知り罪を償わせたいと考えている」
『よく言う。大方、親兄弟がドラゴンにより殺された復讐を果たしたいだけだろう? そんな復讐劇など我に関係ない。近しい者を守れなかった罪滅ぼしなどと考えている時点でオヌシと我は相容れぬ存在だ』
「確かに俺の両親はドラゴンに殺された。そのことについて恨みが無いと言えば嘘になる。だが、反省し償う気があるのなら俺はドラゴンの主を許すことが出来る」
『面白いことを言う。だが、ドラゴンの主を悪だと決めつけるのは早計ではないか?』
「いや、人々が大勢 死んでいる。これは間違いなく罪だ」
『人……ならばな。ドラゴンの主は神との盟約により〝ドラゴンの襲来″を行った。いわば神のお墨付きだ。ドラゴンの主を恨むなら神を恨むべきではないか?』
「そう、それこそ俺が知らなければならないことだと思う。俺は知らずにドラゴンの主に罪を償わせようとしている。そのためにドラゴンの主が何者か知りたい。俺は知らな過ぎるんだ」
『……なるほど。ただの馬鹿ではないらしい。大馬鹿か?』
クツクツとドラゴンが笑う。
悔しいが彼の言う通りだ。俺は馬鹿だ。そもそも〝ドラゴン襲来″をドラゴンの主が起こしたことしか知らない。それにより多大な被害を人間が被ったことは事実だが、その真意についてまるでわかっていないのだ。
もっとも真意がわかったところで許されることではないだろうが。
『いいだろう。ドラゴンの主が何者か、お前に教えてやろう。彼らはドラゴンにして神の眷属、神祖のドラゴン。神が人間とはまるで別物のように、彼らもまたドラゴンとはまるで別物の存在』
「神のドラゴン……」
『否。神殺しのドラゴン。神と邪神の仲裁者。人の手の届かぬ存在。オヌシは神を裁こうというのか?』
「……」
ちょっと勘違いしていた。俺は古 代 竜だと思っていた。〝ドラゴン襲来″は神が与えし試練という話は聞いたことがあるが、とても納得いくようなモノではない。それゆえ、罪を償わせたいのだ。
『どうする、小さき者よ? オヌシに神に罰を与える資格があるのか?』
まったくだな。俺がやってきたことを考えれば資格なんてあるはずもない。
小さくため息を吐く。シャーリー師匠はまったく口を挟まない。興味ないのか、それとも俺の判断に任せているのか……。
「俺には資格はない」
『ならば……』
「資格はないが、許すわけにもいかない! 誰かが言わなければならないだろ! こんなことは間違っている!」
『それは人間の範疇での話だ』
「だから、人間が文句を言う。少なくとも人間に降りかかった分は償ってもらう!」
『弱い者は強い者に喰われる。それを文句をいう者はいない』
「それは違う。文句を言わないんじゃない。文句を言えないだけだ。抗議し抵抗する力が人間にはある。同じ過ちを繰り返されたくなければ抵抗する。当然のことだ。たとえ神でも理不尽なら抗議する」
『これは獣人を人と認めるために必要な儀式だ』
「なら、その儀式方法が間違っている。少なくとも話し合わなければならない」
『人間の代表が資格もないお前でいいのか?』
「『おれでいいか?』だって? 勘違いも甚だしい! 迷惑をかけた人間全員の声を聴いてもらいたい。俺みたいに話し合う気がある奴が幾らでもいるはずだ。俺一人に限定されるいわれはない」
たしかに弱肉強食という考え方が間違っているとは言わない。なら、反撃を食らうことも覚悟の上という訳だ。〝ドラゴン襲来″という方法で獣人の資質を問う儀式なら、それによる人間の反撃を食らう覚悟を持つべきだ。弱い奴が噛みつかないわけじゃない。
『ふむ、お前の意見が正しいとは言い難い。だが、わからないわけでもない。いいだろう、我が力を与えてやっても』
「……いや、俺が納得いかない」
『なんだと? 我が力が要らないというのか?』
「ってーか、あっさり力を貸し過ぎじゃねーか? だって『喰らう』とか物騒なことを言ってただろ。それってアンタが生きてるのか? もし、死ぬようなことなら、軽すぎる」
不自然というべきだ。ドラゴンの主は眷属にあたるわけだから、命を投げ出して敵対するのに力を貸すというこは……。もし、俺の話で心を動かされたとしても、少々大げさすぎる。まぁ、力が借りれる分には有り難いのだが、裏があるような気がしてしまう。
そこでシャーリー師匠が口を開く。
「そのドラゴンはもう死ぬ寸前なんダ。前の戦いで傷つき過ぎた。今コイツは虫の息。下手をすればこの場で死にかねないほド。だから、誰かに己の力を渡したいと考えていル。そして己を傷つけた者への復讐を企てているんダ。人のことをトヤカク言っていた癖に自分が恨みをはらしたいのサ」
ドラゴンはシャーリー師匠の言葉を聞くと、首を持ち上げているだけでも疲れると言った感じでゆっくりと降ろした。そして、大きくため息を吐く。そのため息が師匠の言った言葉を肯定しているように聞こえた。
『少し昔話をしてもよいか、小さき者よ?』
無言でうなずく。
ドラゴンの声は威厳もなく、今にも消えてなくなりそうだった。
『我は〝ドラゴン襲来″の遥か前からこの地に住んでいた。古代文明と呼ばれる時代。異世界の転生者と呼ばれる者がいた時代から生きておった。』
古代竜は1000年以上生きていた竜の総称
力の有無は関係ないんですが
1000年も生きていると魔力も力もついてくるみたいです
『喰う』とはお察しの通り 力を吸収するという意味です
あと村に攻め込んできている1万の軍団は正規兵と徴収兵と混じっています
そのうち説明があるかもしれませんが
大半は7割が歩兵 2割が騎士 1割が魔法使いで構成されています




