78話 ドラゴン山脈と錻力の人形
狩りから帰ってくると門番に「ファイレ様が酒場でお待ちだ。急用らしい」と連絡を受ける。その場で仲間と別れて酒場へ直行。途中で村人に声をかけられ「手伝ってくれ」と言われたが、ファイレに呼ばれていることを説明すると「急いで行け」と馬を渡される。おそらくそこまで火急のようではないと思うんだけれど、ファイレの評価的にそうなんだろう。
着くと騒がしい酒場がいつも以上の騒音で、客のみんなが一点をチラ見している。明らかにファイレの周りだけ空間が出来ている。その様子をボーっと眺めていた。我が義妹ながら絵になる少女だ。
俺が入り口で彼女に見惚れていると、ドワーフのおっさんに声をかけられる。いつもパーティーを組んでいるドワーフとは別人だ。
「おう、小僧。ファイレ様を見るのは初めてか? めったにココには来ないからな。昼食も移動しながら摂るという噂もあるほど忙しいお方だ。それが何の用事か珍しく酒場に来られたからみんな有り難がって拝みにきていやがる……って俺もその口だがな」
「いや、ファイレの用事は俺だろうから……」
「あー? バカ言っちゃいけねぇ。俺らみたいな下っ端に用事があったとしても人伝になるに決まってるだ……ろ……ってオイ!」
ファイレに用事が無いなら、ここでドワーフのおっさんの話を聞いて他人のフリでもしていたいところだ。ただでさえ、俺は一般人扱いなのだからファイレにとってはいい迷惑だろう。だが、今はそうも言ってられない。忙しい中わざわざ時間を作ってまで酒場に姿を現したのだからよっぽどの用事だと判断する。
俺がファイレの座る席に近づくだけで「ざわざわ」とざわめき立つ。
「誰だ、アイツ!?」「ファイレ様に近づいているぞ、恐れを知らないのか!」「いくらなんでもラーズじゃ釣り合わないだろ」「玉砕覚悟か?」「ファイレ様のことを知らないのかしら?」
言いたい放題だな、オイ。
周りの声を無視してファイレの真正面に座る。
どう、声をかけれるのが正解? 『義妹』『知らない人』『上司』『雲の上の存在』『依頼主』
知らん! 適当でいいや。
「よう!」
「あぁん♪ お兄ちゃ~ん! 会いたかったっぁっぁああ!!」
「「「「えぇー!!」」」」(酒場中、総ツッコみ)
「ば、バカな」「ファイレ様とアレが兄妹……だと」「私のファイレ様がっぁ」「明らかに血は繋がってないだろ!」「嘘だ!!」「なんであんなに"出来"が違うのよ!!」
と色々と貴重なご意見が聞こえてきますが、ファイレは全く耳に入っていない様子。どーでも良さそうだ。
とりあえず抱きついてきそうなファイレを制止し、隣の黒猫をみて師匠だと気づく。
「俺に用件ってクロネコ師匠か?」
「そんなことより『お兄ちゃん分の補給』をっぉ!!」
「ニャー!!」
「痛たたたっぁあ! わかり、わかりましたよ、クロネコ師匠。連絡ね、連絡、ハイハイ」
「ニャニャ」
「す、すみません、師匠。ですが、私も『お兄ちゃん分の補給』がないと死んでしまうかも……」
「相変わらず師匠と仲がいいな」
残念なことに俺にはクロネコ師匠の言葉は『ニャー』としかわからない。子供のころは話せた気がするのだが、いつのころからかその言葉は理解できなくなっていた。大人になるとわからなくなるのかと思ったが、ファイレが言うにはクロネコ師匠が面倒だから俺に直接話しかけないらしい。なんでも魔力を使用するとか。
「聞いてよ、お兄ちゃん。師匠が苛めるんだよ」
「にゃーにゃー」
「だーって、私だってお兄ちゃんと一緒に行きたいもん!」
「すまんが、話が見えない。ランタンも持たずに洞窟の中に入っていったほど真っ暗。もうちょっと詳しく話してくれ。俺はどこに行くんだ?」
「えっとね、クロネコ師匠が言うには『ドラゴン山脈』」
「なんで?」
「やだなー、お兄ちゃん。ドラゴン山脈だよ? ドラゴンに会いに行くに決まってんじゃん。倒すか、話し合いかはお兄ちゃんが決めていいって」
「何で俺?」
「お兄ちゃんが弱いかららしい。ドラゴンに会えば強くなる可能性があるって。あ、それはクロネコ師匠の意見で他の師匠は『無理だ』っていってるらしいわ。あとはドラゴンの主の兼ね合い上、会っておいた方がいいドラゴンなんだって」
「ドラゴンの主……その名前を出されたら、行くしかねーなぁ。で、ファイレはそれに来れない……と?」
「そーなのよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんからも文句言ってやって!」
「文句はないけど」(ギャフン)「俺が連れて行くメンバーを選んでいいのか」
「ニャーニャ」
「村人は連れて言っちゃダメだって!」
「マジですか、クロネコ師匠!?」
「その代り、優秀なのを村の門の前に一週間前から待たせてるって」
「一週間前から!? 大丈夫なの、飢え死にとかしないか!?」
「にゃー」
「え? クロネコ師匠、それマジですか?」
「なんだって?」
「門の前で待っているの……シャーリ師匠……シャーリー師匠が来ているって」
「え?」
クロネコ師匠以外の師匠がこの村に来ている。正確には門の前。
どうやら俺はもう一人の師匠とドラゴン山脈に向かうことになるらしい。
――――――――――――――――――
第2番口の村の門。そこに二人の門番が立っている。先程、交代したときに定時連絡で『木陰に人影が見えるが錻力の人形だ』と教えられていた。『暇だったら見ておけば?』とも言われている。
門番の仕事は至って暇だ。朝昼晩と狩りにでるパーティーの確認くらいしかない。近くに魔物が出る気配もない。そうなれば、暇なのは言うまでもない。交代で錻力の人形を見に行くことになるのは必然的なことだった。
「人形ね~。ずいぶん出来の悪い人形だ。愛嬌もねーし……」
四角い身体に四角い手足、四角い顔にまん丸のボタンのような目がついている。手に指は無く、Uの字状の錻力がついているだけである。人形といってはいるが人の形とも思えない不思議な格好だ。足をまっすぐ伸ばし木にもたれ掛る様に座っている。
気づいたのは一週間くらい前らしいが、いつの間にかそこに置いてあった。
真っ先に敵の罠を疑い破壊しようと考えた。だが、村の子供がそこに人形を置いた事を自供した。彼曰く『一人でも味方がいれば心強い』だそうだ。子供のつくった案山子だ。そう考えれば無下にも出来ない。少々気味が悪いが苦笑いで許すしかなかったらしい。
人形を見た後、門番二人の話題は当然 人形以外にありえない。
「どんな子供があの人形を作ったんだ?」
「5~6歳くらいの男の子だってきいたぜ」
「オイオイ、錻力でできてんだぞ。そんな危ないことさせる鍛冶場があるか」
「本当に子供が作ったわけじゃねーだろ。鍛冶場のおっさんがせがまれて代りに作ったんだろーよ」
「なるほど、そりゃそーか」
出来は悪いが子供が作れる代物じゃないのは確かだ。結論はそんな感じだろう。それからもどんな子供とか、その人形に兵士の設定とかあるのかとか、他愛のないことを話していた。本当に暇である。
そして午後の狩り部隊の出発より少し早い時間にラーズが姿を現した、しかも一人で。これは異例のことである。
「おう、ラーズじゃねーか。どうしたんだ?」
門番は狩りには時間も人数も合わないラーズを不審に思い問いただす。差し入れか、交代か……またはほかの用事か? だが、ラーズの恰好は旅支度。村を捨てるのかとも考えられるが、それにしては悲壮感漂う。顔色も悪い。ひょっとしたら村に良くない連絡が……と勘ぐりたくもなる。
「あぁ、もう2番門か」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃ……ない。命令でドラゴン山脈に向かわなきゃならない」
「マジか! やっぱり領主の悪口のせいで追放されるのか!?」
「違うって……。あんまり反論する気力もないけどそうじゃない」
「だったら、仲間とか引き連れて……軍か、軍を動かすのか?」
「師匠と二人旅らしい」
「師匠? どんな人物だ?」
ラーズは木陰を指差す。
「おい」
「そー。あの錻力の人形に見える人」
「いや『見える』じゃなくって『錻力の人形』だ!」
その言葉を聞いてもラーズの反応は薄い。むしろ『そう見えますよね~』と力ない笑い。
だが、門番二人は生きているかハルバートで突いてみたりして確認している。残念だがラーズが期待しているような師匠でないと確信していた。
ラーズが一声かける。
「シャーリー師匠……」
ウィィィーン……
キュルキュル…… キュィィィーン
門番二人が聞いたことのない音が人形から聞こえてくる。そして人形の目が一度ピカッと光ったかと思うと不自然にスゥーと立ち上がる。唖然とし、咄嗟に戦闘態勢になってしまう門番だが、ラーズもその人形も彼らを全く視野に収めていない。
「やっと来ましたカ、ラーズ」
「師匠はだいぶ姿が変わられましたね」
「スタイリッシュになりましタ
エェっと、こちらはラーズの村の門番の方々ですネ? ウチのラーズがお世話になっていまス」
不思議な音を発しながら頭を下げる錻力の人形に毒気を抜かれた形になる二人。慌てて「ご丁寧に……」と頭を下げる。何を話していいのか分からず、打ち上げられた魚のように口をパクパクと動かしてはいるが声にはならない。
「アァ、私が何者かですネ。私の名はシャーリーでス。見ての通りゴーレムの一種とお考えくださイ。ただし知能を有しているため正確にはゴーレムではありませんガ」
コクコクッと頷くしかない門番二人。
「デハ、行きましょうカ、ラーズ」
「師匠~。本当に二人でドラゴン退治ですか?」
「ドラゴン退治ではありませン。マァ、結論から言えば退治することになるかもしれませんガ。安心してくださイ。私がラーズの獲物を獲ろうなどとは考えていませン」
「ちょっと待ってください!! それだと俺が一人で倒すことになるじゃないですか! ヤダー!!」
どんどん遠ざかっていく二人の姿を、見送ることしかできない門番ズ。狩り部隊がやってくるまで動くことが出来なかった。そして狩り部隊が来て、見たことを見たままに話しても誰にも信用されなかったのは言うまでもない。
――――――――――――――――――
ドラゴン山脈
正式名称が別にあったはずだが忘れた。とにかくドラゴンが数体、住まう山。長く連なっているため縄張りがかち合っていない。逆に言えば、全てが何かしらのドラゴンの縄張りだともいえる。
なんでそんな山に登らなければならないのだろう。だが、シャーリー師匠と戦うよりはドラゴンと戦った方がマシだ。師匠の戦いぶりを見たことあるだけに逆らうわけにはいかない。
すでに何日も歩いている。残念だが馬で登れる道はない。何日も村を空けていると心配になって来るが、ちょっと長い狩りだと思えば……狩られる側の気分だ。
それにしても、岩ばかりの登山路だ。雑草一つ生えていない。この辺には虫も住んでいないのだろうか? それともドラゴンの脅威で近づけないのか……うん? おかしいぞ、それは。そもそも、ドラゴンは下級の魔物を使役するはずだから、そいつらの獲物を追い出すことはしないだろう。
「トいうことは、どういうことだと思いますカ?」
「わかりません」
師匠に問われてもさっぱりわからん。
この辺りにドラゴンの配下がいないのか、霞でも食べる下級の魔物なのか……そんなところ?
登れど登れど岩山ばっか。この辺は土地が枯れてるんだね~。高地になるとよくある場所だよ。そうそう石化した鹿とか、石化した狼とか、石化したコボルトとか……。
「どうですカ?」
「石化させる生物……ですね」
「正解でス。ここのドラゴンはなかなか良い門番を飼っていますネ。あと1~2時間くらいで遭遇できまス」
「……」
「その剣があれば大丈夫でしょウ。大半は私が片付けまス。ラーズは倒せたら倒してくださイ」
「ぜ、善処します。えっと石化させる生物ってなんだと思いますか、師匠?」
「その質問は私がしましょウ」
「えーっと、俺に考えろと……。真っ先に思いつくのがメデューサ、ゴーゴン。それからバシリスクですかねぇ」
「なかなかいい線だと思いまス。メデューサやゴーゴンはありませんガ。彼女たちは高い知性を持ちドラゴンに仕えることはほぼありませんかラ。そうするとバシリスクは妥当でしょウ。カトブレパスなら最悪ですネ。ですが、山脈の規模から考えれバ……」
空気が変わった。
あれから1時間くらいたったのだろうか。確実に何かいる。生暖かさと生臭さが入り交じり肌にまとわりついてくる。この不快感の主は蛇に近い感覚だ。だが、高い位置から匂いが漂う。それだけで大きさをうかがい知ることが出来る。
ドラゴンの亜種とも言われる生物。
「コカトリス!」
雄鶏の頭と身体、竜の翼、蛇の尻尾を持つ生物。瞳とブレスは石化とも猛毒とも言われている強力な魔物だ。高さ2.5m、全長4m。でかい。
視線が合う前に目線を下に落しすぐに下がる。
攻撃するなら当然 足を狙うしかない。頭なんてもっての外。胴体だってちょっと頭を下げられたら危険である。
それにしても足がたくさんあるぞ。2本脚だから複数いるっと……2,4,6,8。くっそー、動いているからよくわからんが4匹はいそうだ。
「ラーズ、アナタは経験を得るために1匹だけ戦いなさイ。あとの5匹は私が殺りまス」
全然、数合ってねー。2匹も違えたよ!
舌打ちしながら1匹だけ目指す。俺が目指した1匹以外はドンドン排除されていく。足元しか見ていないためシャーリー師匠が何をしているのか分からない。
コカトリスの正面に立たないように回り込みながら知識持つ剣で切り付ける。良く切れるが深く突き刺すのが難しい。全体像を捕えられないため、浅くなってしまう。逆に相手はこちらの動きをよく見えているらしくもろにキックを食らう。足元にはブレスは吐かないし、視線もあわさないが有利とはいえない。
しかも、2.5mも高さがあればキックの一撃が痛いのなんのって、血反吐を吐くレベル。鎧を着ていなければ一撃で肋骨を持っていかれそう。
「クッ、しまっタ! ブレスを食らっタ!」
「師匠っぉ!!」
声がする方の師匠を見る。
茶色いブレスが師匠の足から這い上がり、見る見るうちに石へと変化させていく。
……
……
石に変化しても動いている師匠。
「錻力ゴーレムからストーンゴーレムになってしまっタ!」
「師匠っぉ!!」
別の意味で叫んだ!!
初めから石化系魔物はシャーリー師匠の敵ではないのだ。むしろ錻力よりも石の体になった方が強そうだ。ハンマーパンチでコカトリスの体を抉り取っていく。ブレスも視線も師匠に効果が無いと悟ったコカトリスたちが逃げ出す。
だが、石の体でありながら想像をはるかに凌駕する俊敏さでコカトリスの背に乗ると、力任せに翼をもぎ取っていく。
俺と戦っていたコカトリスもすでに及び腰で戦意を失っている。そうなればゼディスの本領発揮。思い切り身体に突き刺すと、ゼディスは呪文詠唱。体内で衝撃呪文を発生させる。しかもかなりの魔力を消費して強力なのを打ち込んだ。
一撃のもとに倒れる。
「ウン、なかなか悪くない連携だナ」
俺たちが1匹倒す間に5匹を片付けた師匠が言う。
師匠は力任せで翼をもいだり、首をへし折ったりしたみたいだ。
「師匠、どうします?」
「なにがダ?」
「こいつらの素材を持って帰った方が……」
「邪魔になル。捨ておケ」
そーいえば、ドラゴンと戦うんですもんね~。
残念ながらコカトリスの石化能力は生存していないと効果を発揮しないらしい。目玉も石化袋も取り出しても使い物にはならないし、そもそもドラゴンには効果はないそうだ。流石ドラゴンだ……コカトリス1匹倒すのもやっとの俺が戦える相手じゃないと思うんですが師匠?
さらに数日、ドラゴンの配下の魔物を蹴散らしながら登山をしていると馬鹿でかい洞窟が見えた。
あぁ、見つからなきゃよかったのに。ここまで熱気が伝わってくる。火炎系のドラゴンだろう。一人じゃ絶対無理ですって! ゼディスを使ったところで勝てる確率はゼロでしょうよ!
そんな俺を無視してストーンゴーレムことシャーリー師匠はズンズン洞窟の中に入っていてしまう。渋々ついていくしかない俺。ここからドラゴンが出入りしているのか滅茶苦茶広い通路を一直線に進んでいく。
「師匠、脇道があります!」
「大きい道だけで十分でス。ここのドラゴンは一番大きい通路しか使いませン」
「……」
延命措置、失敗。
色んなところを回って少しでもドラゴンから遠ざかろうと思ったのに、この調子じゃすぐについてしまいそうだ。
いや、逆に考えよう! 嫌なことを先に終わらせてから楽なことが出来ると考えるんだ……駄目だ、ドラゴン戦で生きてるイメージが無い……。
洞窟の暗闇はゼディスの神聖魔法・聖なる光を使っている。
どれくらいの道を歩いただろう。戦闘~休憩~進行~戦闘~と繰り返し、奥に10mはあろうかという巨大な扉が見える所まで来た。
「ドラゴンも扉を使うんですか?」
「直接、本人に聞くんだナ」
それにしても、こんな扉をどうやって開けるのかとおもったら、師匠が簡単に開けてしまう。どう見たって何tって重さがありそうなのに……。
扉の隙間から、今まで以上の熱が頬を撫でる。
扉の奥には金銀財宝が見えた。まさに山……一面・金銀の世界、それがずーっと続いている。聖なる光の明かりでは奥まで見えない。
だが、金銀財宝の上に鎮座する巨体はハッキリと映し出している。
『なんの用だ……小さき者達よ』
全長30~40mはあろう赤 竜。
しかも言葉を喋るところをみると上位種のようだ。
コカトリス
卵を産む雄鶏という奇妙な生物
まぁ 魔物の時点で奇妙なんですけどね
死後は石化能力を失います
逆にメデューサやゴーゴンは
死後でも石化能力を失いません
ドラえもんの道具で似たようなのがありましたね~




