73話 魔瘴気
生と死の境界線とはよく言ったものだ。
あっ、どーもゼディスです。
接近戦に行った部隊が全滅なわけですよ。全員死んだわけだ……正確に言うなら死んではいない。心肺停止。非常にヤバい状態だ。吹雪のおかげで仮死状態だから完全には死んではいないが そう何時間ももつまい。
助けに行かなければならないが、簡単じゃーないことはお察しの通りですわ~ん。
スノータァングの正体は『動く冥府の結界』。ドラゴンでもなければカーバンクルですらなかった。
ドラゴンの眼や宝石に見えていた部分が結界を発動させる魔導器かなんかなんじゃねーかなぁ。大きな影が結界部分で触れたら心臓が止まるわけだ。
冥府の結界は魔界の空気を吐き出すモノだ。
魔界の空気は『魔瘴気』と呼ばれ、普通の人間は吸い込めば死に至る。ようするに普通じゃない人間は大丈夫という訳だ。魔力を身にまとった人間、あるいは悪人。
意外なことに悪人には『魔瘴気』は効果が薄い。悪魔系の魔物は『魔瘴気』を吸い込むとパワーアップするのに関連があるそうだが、仕組みはわからない。
そんなことはどうでもいいな。今はあの姉ちゃんたちがピンチだという話だ。
ラーズに指示を出すことにする……のだが、外に声を出さず念話を使用する。こちらの方が魔力消費が少ないからだ。「なんで今更?」って思った? 何故ならこれからラーズの体を魔力で包みつづけなければならない。だいたいコイツ容量悪いから時間がどんだけ掛かるかわかんねーんだよなぁ。
上手く頼むぜ、相棒。
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俺は知識持つ剣から指示を受ける。
え? 「カッコよく頼む」って? なんじゃそりゃ。
俺が心の中で会話していると、ファイレやデスラベル達が救出にいこうと急かしはじめる。だが、当然駄目だ。『魔瘴気』とかいう毒が充満している状況。そんなところに行ったら全滅は必至だ。どーりで正規軍でも勝てないわけだ。
「お兄ちゃん、早く助けに行かないと死んじゃうんじゃないの!?」
「ってーか『生と死の境界』って死んでんじゃないの?」
「慌てるな。あそこに飛び込めば敵の思う壺だ。救出には俺とガイアルで向かう」
「……私しか無理」
うん。普通の人間が死んじゃうんですもんねー。本来ならガイアルしか無理だろう。ファイレ達が魔力で身体を包むという方法もあるが、その間 魔法が使えなくなるだろうから連れて行けない。俺は知識持つ剣と俺とで二人で魔法を使用できるから向かえるわけだが、ガイアルはカーバンクルの正体を掴んだから自分しか無理だと言っているのだろうか?
「なんでガイアルだけしか無理なんだ?」
「……あれがなんだか わかったから」
「カーバンクルの正体?」
「……そう……あれは」
「『魔瘴気』だろ? 触れれば死に至る魔界の空気」
「!?」
ファイレを含めデスラベルもガイアルも獣人軍団も、みんながみんな驚き顔になる。なに、俺が賢いキャラだとみんなびっくりするわけ? 何気にバカだと思ってんの? もっとも知識持つ剣から得た知識ですけどねー。
「……それがわかっているなら」
「魔力を張れば魔瘴気は防げるだろ」
「なら私も」
「デスラベルも!」
「お前らは同時に魔法も唱えられんのか? 敵がいるかもしれないだろ?」
「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。たしかにそれならお兄ちゃんは大丈夫かもしれないけど、ガイアルは無理じゃない?」
だが、その問いには答えない。
俺はニヤリと笑っただけでガイアルと共に歩き出す。目指す場所はスノータァング……『冥府の結界』だ。
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結界のギリギリ外まで辿り着く。すでに魔力で体を覆っている。真っ黒な空気は見れば見るほどドラゴンのような形をしている。こりゃー遠目で見たら勘違いするわ~。なるほど意図的なモノを感じる。誰かが何の目的で作ったか知らないが、自然発生ってーわけじゃぁ無さそうだ。
「入るが大丈夫か?」
「……」
無言でうなずくガイアル。
ガイアルが大丈夫な理由はネクロマンサーだからだ。一度ネクロマンサーに身を落すと人間ではなくなる。完全な肉体を持つ屍という魔物といえる。もう人間に戻ることは出来ない。
それにしても魔瘴気自体は、魔力で防げるが吹雪が痛い。念のため氷 抵 抗を唱えてきたが骨まで凍りそうな寒さだ。
「さて、どうやって探すか」
「……」
敵がいる可能性もあるが、まずはスイロウ、アネット、テーラー、葉弓を探さなければならない。本来ならインフラビジョンを持つガイアルが見つけられそうだが、心肺停止している上に吹雪で雪の下にいるであろうことを考えれば体温での判別は無理だろう。生命探索魔法も当然 却下。地道に雪を掘り返す時間もない。困ったことに探す場所は意外と広いのだ。
ガイアルの案は
「……葉弓を探す」
「なるほどねー。善人には見えなかったもんな」
『魔瘴気』は悪人には効果が薄いらしい。俺を躊躇なく殺そうとしたアイツが善人なわけはない。問題はその純粋さで悪人だとも言い難いところだ。
「……生命探索魔法」
生命探索魔法を使う。
葉弓がまだ心肺停止していなければ効果があるはずだ。他の方法もいくつか考えているのだが、その前にガイアルが発見する。順調だ。このままいけば全員何事もなく助けられる。
「……」
「わかってる。このまま順調に行くはずがないってことだろ」
ガイアルが葉弓を目指しながら歩いてはいたが表情は険しい。他に生命反応はないようだが緊張しているようだ。
「いや、ガイアルも気づいているわけだよな」
「……ラーズもわかる?」
「生命力のない魔物」
「……アンデット……しかも強い」
どす黒い気配が周囲に漂う。
違うな、魔瘴気が一か所に集まってきていると言った感じか。初めからこれを追いかければ葉弓たちを見つけることが出来たようだ。
何者かと葉弓が戦っているのが見える。
葉弓の動きは鈍い。当然だ、魔瘴気を吸い込み生きているだけでも凄いのにアンデットと対戦させられているのだ。動きが鈍くない方がどうかしている。
葉弓の周りをグルグルと霧状のアンデットが20~30体襲い掛かっている。
俺とガイアルは助けに向かう。
「何と戦ってると思う?」
「……スペクター。戦士、剣士の天敵」
霊体の化け物。
物理攻撃無効、魔法攻撃耐性有
強力な暗黒魔法をバンバン使用してきて、知性も高く付け入るすきがない。どれくらい強いかといえば中級バンパイアより強いといえばわかりやすいだろう。
普段の俺なら まず『逃げる』を選択したくなる魔物だが、知識持つ剣は対アンデットに対してめっぽう強いらしい。それを信じれば自然と試してみたくなるってーもんだ。
「大丈夫か、葉弓!」
「……助けに来た」
「ラーズ、怖かったでござるぅー」
と言って飛びついて来ようとする葉弓を、ガイアルがハンマで殴り飛ばす。が、それを刀で回避する。
「…… ……」
「『怖かった』だと? 嘘つけ!」
「嘘と決めつけるのは良くないでござるよ?」
葉弓の所に着いた時には、さっきまでいたスペクターが全滅している。俺が到着するとほぼ同時に刀のきらめきが目に付いた。いつでも倒せる状況だったと言わざるをえまい。スペクターって物理攻撃無効のはずだ。さらに動きが鈍いと思ったが、居合という型のようだ。どうして魔瘴気の中で平気なのかわからん。
「ラーズが来てくれたから、ピンチを乗り越えられたでござる。愛の力でござるからその首を渡していただきたいでござる」
「……ダウト」
「なんでござるか、このチンチクリンは? 私とラーズの仲を裂こうという悪魔でござるか?」
「……ラーズはアナタのことをなんとも思っていないから『仲』とはいわない」
「ムカッ腹の立つドワーフでござるな! ソナタの首も切り落して欲しいでござるか?」
「……私はラーズに服を買ってもらったことがある。アナタは?」
「くぅ~! 何でござるか洋服ぐらい、私も買ってもらうでござるよ!」
「……首を落すんじゃないの?」
「落すでござるよ! それがなんでござるか!?」
「……首を落したら一緒に買い物にはいけない。私の勝ち」
「首だけでも行けるでござるよ! 首と一緒に買い物にいくでござるぅ!」
「……首だけじゃ喋れない。デートにはならない。アナタの負け」
「ムカつく、ムカつくでござるぅ~!」
雪を踏み固めるように地団駄を踏む葉弓。
鼻で笑うガイアル。
ガイアルってこんなキャラだっけ?
「私の方が愛されているでござる」
「……喋った回数が私の方が多い」
「しかし」
「……一緒に住んでいた」
「ぐふっ!」
「……肌と肌の触れ合い(マッサージともいう)」
「がくっ」
とうとう膝を付いた。どうやら決着がついたようだ。……何の決着だ?
「ひとまず、ラーズの首のことは忘れるでござる」
「……」
「うん、何だかわからんが、それどころじゃないしな。スイロウ達の捜索と3つの謎の球体を破壊しないといけないしな」
「では私は球体を切るでござる。他は知らんでござる」
「じゃぁ俺とガイアルで仲間を探すか」
「ズルいでござる! 2人で共同作業とかズルいでござる!」
「どないせーっちゅーねん」
「やっぱり探す方にするでござる。そこのチンチクリンが球を壊せばいいでござる」
「でも、探す気ないんだろぉ?」
「探すでござる! そりゃーもー、誠心誠意、探しまくるでござるよ?」
「……嘘くさい」
「なんでござるか、このチンチクリン! ちょーっと私のライバルになったからっていい気になり過ぎでござるよ! 嘘なんかつかないでござる! そんなに言うなら見ているでござるよ!」
刀を雪の上に突き立てるとその刀を中心に波紋が広がる。幾つかの場所で違う波紋が広がる。何かにあたったような感じだ。探している人数と合う。あの場所にいるんだろう。俺とガイアルがそれぞれ、違う場所に駆けつけ掘り起こしてみる。予想通り見つかる。俺がテーラーをガイアルがアネットを……他にも掘り起こしていく。
知識持つ剣の助言により魔法を詠唱し魔瘴気から隔離するスペースを作り、毒回復魔法をかける。
葉弓は「あれ~?」という顔をしているが放っておく。ほとんど、みんな個別に行動している。葉弓の思い描く共同作業は一切ない。
「あとは3つの|謎の球体を片付けるか」
「……高いし硬い」
「私でもそう易々と切れるモノではござらんなぁ」
「だろうな、ドラゴンの骨とオリハルコンの合金みたいだ」
「……!?」
「誰が何のためにあの魔導具を作ったか知らんが、コイツなら壊せる」
呪文を詠唱し知識持つ剣に魔力を乗せる。魔瘴気が俺たち目掛けて突風のように吹いてくるが、葉弓が真っ二つにしガイアルが結界を張り侵入を防ぐ。そしてその隙間に魔力の乗った斬撃を謎の球体に放つ!
大気が大きく振動し爆音が鳴り響く。
耳が痛い!
爆風はガイアルの結界のおかげで防いでいるが、勢いのある破片は結界を貫通してくる。それを丁寧に葉弓が切り刻んていく。
「ふぅ~。二人がいてくれて助かった」
「……当然のことをしたまで」
「ホント、じゃぁ殺していいでござるか!?」
「まずは殺すことから離れようか~?」
「なんででござるか!?」
「……殺すのは愛情表現じゃない」
「そんなことはないでござるよ?」
うん、駄目だ。葉弓を説得できる自信が無い。ここに来る前は大丈夫かと思っていたんだけどなぁ~。
魔瘴気は魔界の空気で魔力の元になります
ただし魔力になるためには幾層にもわたり濾過させる必要があり
そのままでは使い物になりません
むしろ人間にとっては毒です
魔物にとっては普通の空気の為むしろ活動しやすくなります
関係ないですけど『思う壺』は丁半博打の壺振りが語源だった気がします




