71話 病を治す魔法
スノータァングから吐かれるドラゴンブレスは吹雪。吹雪と言うにはあまりにも凶悪過ぎる。全ての景色を白く凍りつかせる竜の息だ。空気すら凍り砕けそうなその息吹に対抗するのはファイレ。
「炎 の 壁!!」
大慌てで巨大な炎の壁を形成する。ファイレは炎系の魔法が得意だが、この炎の壁の大きさは得意と言うレベルを遥かの凌駕する。ちょっとした城壁のような大きさで、スノータァングの影が見えなくなる。
杖が割れているのにこの大きさかと呆れ返るが、これならしばらくはブレスの攻撃を防いでいられるだろう。今のうちに謎の女性をどうにかしないといけない。
敵の敵は味方という言葉もある。今だけでもこの女性を仲間に引き入れておこう。そう考え彼女のいる方に目を向けると刃が頬を掠めた。
「ボーっとしてたら死ぬぞ!」
スイロウの声が飛ぶ。別にボーっとしていたわけじゃない。スノータァングの方を見ていたんだが……。
「『ヤツのブレスが炎 の 壁を貫くぞ! 氷防御魔法をかけておくがそれだけじゃ足りなそうだ。全員 回避しろ!』」
マジかよ! 地面を這いずり回る舌のように、あの巨大な炎の壁が打ち破られ吹雪が直線状に吹き付ける。回避したがわずかに触れるだけでも皮膚が切り裂かれる威力がある。一応、知識持つ剣は仲間には氷防御魔法をかけている。そうなると仲間ではない謎の女性は回避できなければ大ダメージを受けているハズだ。しかも急に襲ってきたブレス……そう容易く回避できるモノではない……んだけどなぁ~。
「……剣で切った」
ガイアルが唖然としている。ブレスを真っ二つに切り平然とその場に居座っている。もう、スノータァングと謎の女性で闘ってくれねーかなぁ。って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。みんなはあっちこっちに攻撃している。遠距離型の人たちはスノータァング、近距離型は謎の女性と交戦中。ちなみに俺は攻撃に参加できない……理由は逃げ回るので精一杯。
とりあえず逃げ回りながら謎の女性と交渉しよう。
「俺はお前と戦う気はない!」
「なら、おとなしく首を差し出してもらいたいでござる」
…… ……。
大丈夫か? 話し合いになるよな? 落ち着け、まずは情報を聞き出そう。名前とか目的とか……なぁ。それから仲間になりそうか考えよう。守りに徹していれば問答ぐらいならギリギリで出来なくもない。
「俺の首が欲しいなら、まずは名乗ってもらいたいもんだな! 知らない奴に首をやるきにはならないしな」
「確かに! 確かに私の名も知らぬまま首を落すなんて、愚かすぎる考えでござった! せっかく部屋に飾ったラーズの首が私の名前も知らないなんて悲しすぎるでござるからな。名乗るのは至極当然!」
さて、狂気を孕んだ彼女の言動がどこまで真実か分からない。冷静に判断しよう。アネットとテーラーとスイロウが三人がかりで攻撃しているがそれでも五分以上に戦える謎の女性。
言葉のまま取れば狂うほど俺を愛していると考えられるが、ただ単に暗殺の依頼主を悟られぬよう演技している可能性もある。
「『だいぶ病んでいるみたいだな』」
「あんな精神状態があるってーのか? 考えづらいだろ」
「『レアケースだがないわけじゃーない。いろいろ追い込まれていくとあーなるぜ』」
「それが本当だとしてどうにかできるのか?」
「『メンドぃ』」
面倒臭いなら何とかできるということか。俺ができるなら知識持つ剣が俺にやり方くらい教えるだろうから、知識持つ剣が何とかしないといけないのか?
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。できるなら何とかしてくれ!」
「『スノータァングの方も何とかしなきゃなんねーんだろ! 2回目のブレスが来るぞ!』」
「!?」
ヤバい、忘れてた!
ファイレが再び炎 の 壁の呪文を詠唱していた。杖が謎の女性により破壊されているため詠唱時間が長めであるが、ドラゴンブレスには間に合う。
「知識持つ剣! お兄ちゃんの方を何とかしなさい! スノータァングの攻撃はこっちで請け負うから!」
相変わらず吹雪で全容が見えないスノータァング。目と額の宝石だけがギラギラと輝いている。どうやらスノータァングは接近戦を挑んでくる様子はない。ブレスだけで応戦するようだ。接近戦が苦手なタイプなのかもしれない。それなら謎の女性を抑え込めればこちらに有利に働くかもしれない。
俺が思考を巡らせていると目の前に謎の女性が刀を振り下ろしているところだった。キーンと甲高い金属音が鳴り響く。知識持つ剣で彼女の攻撃を受け止めていた。
危ない、危ない。彼女が本気だったら首が飛んでいた……ようするに今の一撃は殺意が無かった。顔をギリギリまで近づけてくる。
「私の名前は葉弓 楓でござる。はぁはぁ、ラーズを殺す私の名を心に刻んで欲しいでござるよ。はぁはぁ」
うん、十分怖い。強烈な愛情表現は慣れているが、この手のモノは背筋が凍りそうになるな。
間髪入れず、テーラーが葉弓と名乗る女性に攻撃を入れ引きはがす。徐々にテーラーの攻撃が葉弓にあたるようになってきているような気がする。衣服を掠め切り裂いている。だが、葉弓はまるで気づいていないのか、気にしていないのか、俺の方ばかり見て舌舐めずりをしている。
デスラベルが起こした煙は消えてしまっているため視界は晴れてきている……といっても吹雪いているため、良好とは言い難い。しかし元に戻ったなら、葉弓の方が有利なのは変わりない。
早く知識持つ剣に何とかしてもらわないと……。
「『勘違いしないように言っておくが、性格が治るとかじゃないぜ。病を治す魔法をかけるだけだ。治るかどうかは難しいな。心の闇がデカいから』」
「よくわからんけど、さっさとしてくれ! 状況が悪化する前に!」
アネットが袈裟掛けに肩から切られている。正確に言えば切られた瞬間は目視できていない。血が噴き出しているだけだ。見た目ほど深くは切られていないようで血はすぐに止まる。もっともこんな氷点下の中だからかもしれないが……。
「『まずは接近戦に持ち込め。回避されたら目も当てられないからな』」
「回復魔法が回避とかできるのか!?」
「『普通は回避も抵抗もしないだろ。回復してくれるんだから……。だが、回復を拒否する奴がいれば回避もするし抵抗もするわけだ』」
厄介極まりないな。
まず第一に俺が葉弓と接近戦をしたら一刀のもとに切り伏せられそうなところ。第二にあのスピードでは回避されそうなところ。第三に回復魔法があたっても抵抗されそうなところ。第四に効果があるかわからない所。他にも色々ある。
スノータァングの方には獣人全員を注ぎ込んでいるが、危険極まりない状況っぽい。葉弓を早めに倒すなり味方に付けるなりしないと、接近戦戦力が使用できない。
覚悟を決めて突っ込むか。アネット、テーラー、スイロウにフォローを頼んで、致命傷を受けないように接近戦を挑む。防御に専念すれば1~2分くらい持ちこたえられるだろう。あとは危なくなったらみんなが何とかしてくれるに違いない。だいたい俺に力がないのが問題なんだよなぁ。どんなに望んでも努力してもいける限界はこの辺り。一流の手前……だが、味方がいる。
「『致命傷はやめろよ。死んだら治せねーからな』」
ガキーン金属音を鳴らし葉弓と剣を交える。近づくだけで葉弓の呼吸が「はぁはぁ」と荒くなっていく。この吹雪の中、顔を赤く染め汗まで流している。
「ラーズ、ラーズ! 私のモノでござる! 安心して欲しいでござる。誰にも渡さないでござるよ!! 永遠にその首を……」
「『病を治す魔法』!」
葉弓はすぐに俺を殺す気が無かったのが上手くいった。剣を合わせそのタイミングで呪文をかぶせられた。病を治す魔法に抵抗しているのかは不明。このままいけば仲間になるかもしれない。
と、思ったが剣にかかる圧力が弱まることが無い。失敗か?
「くっくっく、なにも慌てて首を取る必要はないでござるな。二人っきりになれればいいんでござるよ」
「仲間になる気ない?」
「仲間? そんなもの私にもラーズにも必要ないでござる」
「うぉい、知識持つ剣!」
「『首、取られない分、緩和しただろ……といいたいところだが、どうやら彼女、この状態が正常らしいな』」
「正常じゃねーよ!」
「『彼女にとっては正常なんだよ。たぶん一人で生きてきた為、なにが正常かわからない。ゆえにこれが普通の状態なんだ。他の人間と接している状態がむしろ彼女にとっては異常』」
「あぁ、なるほど……」
回復魔法が彼女に効果が無いとわかると、テーラーが葉弓を蹴り飛ばし俺から引き離した。そこを猛追するアネットとスイロウ。ニヤケた笑いの仮面を張り付けたままの葉弓はその攻撃を難なく捌いていく。
こんな時代だ。一人で生きていくことが当たり前になる人物は多い。俺たちだって一歩違えば似たようなモンだ。ファイレにもああいった雰囲気を醸し出すときがある。
スイロウ達は本気で彼女を殺りにいっている。味方に出来ないとして簡単に倒せる相手ではない。俺が彼女に首を差し出す場合は……葉弓との戦闘は終わるだろうが、士気がガタ落ちになることは目に見えている。だからといって、こちらに戦力を傾ければスノータァングの餌食。
交渉……してみるか。
「葉弓、俺の首をやってもいい」
その言葉にその場の全員の動きが止まる。
ちょっとはスノータァングを気にしていてほしい。ファイレなら大丈夫だと信じて……。
「では、遠慮なく頂くでござる!」
「ただし、俺の目的の手伝いをしてくれないか? お前の力を借りたい。仲間になってくれ」
「お断り、でござる。今すぐラーズと二人っきりになりたいでござるからな」
まぁ、そう言うと思った。今まで一人だったのに俺に執着しているんだ。他のことなどどうでもいいだろう。
「今すぐだと、俺はお前のことを嫌いなまま首を取ることになるぞ?」
「!?」
俺の目の前に迫っていた葉弓が急に方向転換をして姿を消した。
「そ、そんな……ありえないで……ござる。ラーズが私のことを嫌うなど……」
「落ち着け、まずは深呼吸をしろ。俺の言うことをきいてくれるなら、もちろんそんなことはありえない……葉弓は俺のことを考えてくれているのだからな、違うか?」
「も、もちろんラーズのことを考えているでござる。ラーズのことしか考えていないでござるよ! 他のことなどどうでもよいでござるからな」
「でも葉弓はまだ俺のことをほとんど知らないだろ?」
「そんな事は関係ないでござる。私よりもラーズのことを知っている人間を皆殺しにすればいいだけの話」
「いや他の人間はどうでもいい。葉弓が俺のことをもっと知りたいのか、知りたくないのか、というところが重要なんじゃないか?」
「そんなことが重要でござるか?」
そんなこと……か。結構重要だと思うんだけどな。どうも彼女と俺との感覚に大きなズレがあることは間違いない。が、ここは押していける確信がある。まだ「知る」ことに疑問を持っているというところだ。俺を「殺す」ことにはすでに疑問が無い。殺しても嫌われないと思っているし、死んでしまえばそれ以上嫌われることも無いと確信している。なんでそんなことを確信しているのかは理解できないが、問題はそこじゃぁない。確信を持てていない部分に付け入る隙があるということだ。
「俺は他人のことを知ろうとしない人間を好意を持たない。葉弓、お前は他人を知ろうとしてくれるよな?」
吉と出るか凶と出るか分からないが葉弓 楓を追い詰めていく。この段階でスイロウ、アネット、テーラーの攻撃は一時中断している。戦闘態勢は持続してはいるが、話し合いの流れで動けるようにはなっている。
それにしても、女性を手玉に取るような方法をこの俺が取れる日が来るとは……力はないがモテモテだな。貴族じゃなくっていっそ王国でも作るか? などと冗談を思い描いている場合じゃないな。彼女の返答次第では俺の首は次の瞬間吹っ飛んでるかもしれん。落ち着いて冷静に彼女の反応を待つ……。
上手くいきそうだと なんとなく思ったその次の瞬間、ファイレが叫び声をあげた。
「スノータァングが回り込んでる! お兄ちゃん、後ろからドラゴンブレスが来る! 逃げて!」
葉弓に集中し過ぎて、すっかり忘れていたスノータァング。姿を見せないと思ったら、迂回して後から現れた。炎 の 壁が大きすぎて視界を塞ぎ、元から見えづらかった姿を確認できなくなっていたらしい。大きくしないとブレスが炎 の 壁を貫通するからだが裏目に出た。
俺やスイロウ達が気が付いた時には、ドラゴンブレスは回避が間に合わないところまで迫っていた。
回復魔法は色々あります
傷を治すモノが一般的です あとは毒を回復する魔法
あまりでてこないのが病を治す魔法ですね
出てきても役に立たない・・・今回もあんまり役に立たない
ちなみに回避や抵抗ができます
する意味があるかはしりませんが・・・




