7話 なんかもー・・・朝です
今朝はいつになくスッキリした目覚めのスイロウだった。
少女趣味の部屋の窓を開けると日がやっと登ってきたばかりだった。おそらく朝の5時か6時くらいだろう。この時間ではお城にある時計台の鐘の音もまだ鳴らない。
鶏がたまに大声を上げている。一部の商売の人間はこの時間から働いているようだ。
昨日のマッサージのことを考えただけで顔から火が出そうになる。
気持ち良さに悶えた挙句、途中からウットリしてヨダレを垂らして熟睡してしまったらしい。その後の記憶がない……ガイアルもラーズもファイレの姿もない。どうなったのだろうか……。
なんとなく、顔を合わせるのが恥ずかしい。
『いや、なにも悪いことはやっていない!……はず……』と自分に言い聞かせるが、昨晩は自分でも信じられないような甘い声で喘いでいた。必死に両手で口を押さえていたがどーにもならなかった。
ニヤニヤしながら見ていたファイレの顔が思い出される。顔を赤くしつつ舌打ちをする。
『あれは駄目だ……歯止めがきかなくなる』そんなことを考えつつ、ダイニングキッチンへと向かい、一杯 水を飲もうと思った。
その場所にはすでに、ガイアルとファイレが水を飲んで座っていた。
「……ぉはょ」
「おはよースイロウ!」
「あぁ、おはよう」
ファイレは昨日と変わらないが、ガイアルは無表情だが顔が赤い気がする。マッサージを受けたのか聞くべきか、それとも聞かないのが本人の為なのだろうか?
そんなことを全く無視するのがファイレである。
「いやぁ、スイロウもガイアルもフニャフニャだったね~。その後 爆睡だもんね~。もっとも私もやってもらったんだけど気持ち良くって、途中からどーしても意識無くしちゃって寝ちゃうんだよね」
どうやら、何度かマッサージされているファイレでも対抗できないらしい。もうスリープの上位互換の魔法ではないのだろうかと、勘ぐりたくなるレベルだ。
「ラーズはまだ寝てるのか?」
この場に一人だけいないことが気にかかり尋ねると返事はもちろん『はい』しかない。さすがに朝早く出かけたということは無いらしい。
「マッサージするのが疲れたとか……じゃぁ?」
「お兄ちゃんはだいたい7時か8時起きだよ。ただ部屋に忍び込むとすぐに反応するけどね~」
机に突っ伏しながら空になったコップを咥えウゴウゴと上下にゆすって見せる。
『それにしても何度か忍び込んでいるのか、このダメ妹は……』とスイロウも席に着きファイレを見ながら自分のコップに口をつける。
しかし、腑に落ちない。
「ラーズのどこがそんなにいいんだ?」
「よくぞ 聞いてくれました!」
ファイレの陽気な声がダイニングキッチンに響き渡る。この時点でスイロウは聞いたことを後悔する。『話が長そうだ』と……。
ガイアルは無表情で朝食の準備を始めてしまうため一対一で聞かされる羽目になる。
「私とお兄ちゃんは血は繋がってないのよ、話したっけ?」
「どうだったかなぁ。聞いたような、いないような」
だが、スイロウの相槌などお構いなしに話はどんどん進んでいく。
「私がまだ物心をついたばかりの時だったわ。それがドラゴンが空を覆った時のことだった。幼い私にはそれが何だかも理解できなかった」
「あぁ、私もだ。ただ漠然と『世界が終わるのかな?』と考えていたな」
「そのとき村には数匹のドラゴンが降り立ったと思う。一瞬にして私の知っている村は無くなった。家は壊れ、その中にいた両親も……。
私はただ、泣きじゃくっていることしかできなかった。恐怖が全身を蝕みドラゴンに食い殺されようとしても動くことは出来なかった。
幼くしても『死』に関しては敏感だった。うぅん、幼かったから敏感だったのかもしれない。助からないことがすぐにわかって、さらに大声を上げて泣き叫んでいた。怖かった。目の前が真っ暗になっても泣き叫ぶことしかできなかった。
そこにさっそうと現れたのが……」
「ラーズだったわけか……」
「コラー! いいところなんだから、私の台詞を取らないでよ!」
「いや、そのまんまだし……その……すまない」
「そうよ! ラーズお兄ちゃんが私の手を引っ張って逃げ出してくれたのよ。もし、あのときお兄ちゃんが手を引っ張ってくれなかったら私は死んでいたと思う。もっともドラゴンが子供の相手をしたかどうかは怪しいもんだけどね。
でも、お兄ちゃんの両親も殺されたというのに、泣いている私なんか放っておけばいいって普通 思うじゃない? それなのに自分の危険も顧みず私を助けてくれたのよ!まさにお姫様を助けに来た王子様さながら!
あのころから正義感が強かったのよね~。
そう、私はお兄ちゃんに助けてもらったから、この命はお兄ちゃんの為に!」
椅子から立ち上がり、ビシッと敬礼する。
半ば、よくある話だとスイロウは彼女の昔話を聞いていた。だが、たしかにラーズは子供の時から正義感は強かったようだと納得もできる。
「その法則で行くと、私も命を助けられているな。私もラーズに付き従った方がいいのか」
「なんで、アンタなんかがお兄ちゃんに付き従うのよ? 自由に生きれば? お兄ちゃんには私一人がいれば十分ですぅー!」
頬を膨らませ拒絶する。
別にスイロウも付き従うつもりはないので どうでもいいのだが、そこまで激しく拒絶されるのも納得は行かない。
「それにしてもよくドラゴンから逃げおおせたな。やっぱりグリンウィンド村は凄いのか?」
「さー? お兄ちゃんに手を引かれたことしか覚えてないから よくはわからないけど、たぶん村の人たちはいたって普通だったから師匠たちが倒したんじゃないかなぁ」
「なるほど」
「……師匠たち?」
「どうした、ガイアル?」
「3人いるのよ……3人? あれは人でいいんか?」
師匠を人間呼ばわりしない……というか、本当に人間ではないのかもしれない。ここのあたりを詳しく聞いた方がいいような気もするが、一生関わらない可能性もあるので流した方がいいのか迷う所。
しかしそれよりも早く、ラーズが起き出したらしい。扉が開いたり閉じたりする音が、あちらこちらから聞こえる。
「あー、お兄ちゃんが迷子になってるっぽい……」
鍛冶屋内の広いこと広いこと……表の鍛冶屋はある程度の広さだったが住居スペースはかなり広い。部屋が十数か所ある。トイレだけで三か所もある。なんだ、ココはお屋敷かと疑いたくなる。
ずいぶん広いことを驚いたものだが、本来は住み込みで数人で使い師匠や弟子がいる工房らしい。ただ、現在はガイアル一人で使用しているため広くなってしまっているだけだそうだ。
ラーズを探してすぐに戻ってくるファイレ。
「いやぁー、さすがに一日で場所が把握できるほどじゃないなぁ」
「お兄ちゃん、しっかりして!」
寝ぼけ眼で頭を掻きながらダイニングキッチンに入ってくる。
全く意識していなかったはずのスイロウが、ラーズの顔を見た途端、昨日のマッサージが思い出され顔が赤くなる。
『落ち着け、なんでもないはずだ。あんな変な声が出たのも忘れろ~!』自分に言い聞かせる。ガイアルの方を見ると朝食を作っている無表情の顔が赤く見える。彼女も昨日の失態[?]を忘れようとしているのかもしれない。
そんなこと、お構いなしに席に着くラーズ。今日の朝食とその後の冒険者の酒場での依頼の話をしている。
「どんな依頼がドラゴンの模擬戦に近いんだ?」
「そ……そうだなぁ」
たかが、マッサージされただけで顔を見ることができない。横を向きながら適当な相槌を打っている。
たかがマッサージ、されどマッサージ……『今後、どんな機会があればマッサージされてしまうのだろう、またはしてもらえるのだろう。大衆浴場の後か? それとも討伐クエストなどの成功報酬? そう、危険なクエストを受けて命を助けたらご褒美として?』……生唾を飲み込んでしまう。
「どんな依頼があるかによるかぁ」
「たしかにね、お兄ちゃん。でも、私の見立てだとワイバーンが一番ドラゴンに近いとは思うわ」
「近い……ってーか、まんまドラゴンだろ」
「亜種よ。似てるけど別物。でも、互いの力がどれくらいかわからないとなると、もう少しランクを落さないとイケないし、私たちもC級冒険者だからランクの高い討伐は受けられないかもしれないからねぇ」
「その点は私たちがB級だから、一緒で大丈夫だろう。グリフォン辺りを狩りたいところだな。ただ、討伐クエストを受けるとなると一つ面倒なことが起きると思う」
「前もそんなこと言ってたわね? なんなの?」
その問いに答えるのは机に朝食を並べ始めたガイアルだった。
「……アルーノ伯爵家・長男のアルーゾ・アルーノ。……彼がスイロウに求婚してくる」
マッサージシーンは必要に迫られたら書こう
そんなことより 冒険に出ないと……