69話 別れるべくして別れる
私と猿の獣人と熊の獣人がガイアルの鍛冶屋に急ぐ。
私の感だと、姫の私は死んでいる。今まで気が付かなかったが私は二人いたのだ。姫の私が死んだことでようやく気が付いた。もはや感と言うレベルではない。ハッキリともう一人の自分が死んだと確証を持っていえる。これからはスイロウは私一人である。
二人いた自分が一人になると、ここまで開放的な気分になるのかと驚かされる。まるで何をしても許されるのではないだろうか、という邪念に憑りつかれそうだ。もし、ガイアルやラーズ達に会っていなければ城の姫として我が儘放題だろうことが手に取るようにわかる。
もっとも今はそんなことをしようとも思わないし、それどころではない。
おそらくアルビウス情報副大臣から連絡がないのは、姫であったスイロウが死んだことに関係があるのだろう。ただ、匿ってくれていた獣人たちに信じてもらうのは難しい。
そしてガイアルとラーズが私絡みの問題で悪い方向に話が流れて行っていることは察しが付く。願わくば取り返しがつかないことになる前に到着したい。
「ガイアルの鍛冶屋にラーズ達もいると思いますか?」
「わかんねーなぁ。熊さんは?」
「いる……な。だが、ヤバいかもしれんぞ」
熊さんの言うことにゃ『お嬢さん、急ぎましょ』。
熊は犬の嗅覚の7~10倍くらいあるらしい。ガイアルの鍛冶屋が近づいてきて、戦闘があった匂いがしたそうだ。……『あった』……過去形である。すでに戦闘は終わっているらしい。胸騒ぎを無理矢理、押し込め扉に手をかける。
中から激しい音がする。戦闘は終わったのでは? という疑問もあったが、ひょっとしたらまだ止めることが出来るかもしれないと、鍛冶屋に踊り込んだ。
そこで見た光景は、意外なモノだった。
ラーズが三人がかりで抑えつけられている。ガイアル、ファイレ、デスラベルが腕や体をガッチリと固定させ動けないようにしていた。状況が掴めない。
「スイロウ、いいところにきたわ! お兄ちゃんを説得して!」
「なにが、どうなって、こーなったんだ?」
「えーと、ラーズがガイアルを殺そうとして……」
「どーいうことだ!?」
「それで『ガイアルを殺すのに自分が無傷なわけにはいかない』とかいいだして、自分の腕を切り落とそうとしたの」
「待て、いろいろとおかしいだろ!」
「それより、お兄ちゃんを抑えつけないと……!」
「こっちも重要だ。まずは話を聞け。まずはアルビウス副大臣と連絡が取れなくなった。この場合はすぐさまドラゴン退治に向かうよう言われている。それと連絡があったわけではないのだが、城にいるスイロウ……つまり私が死んだ。なにも証拠はないのだが、私は確信している」
予想通り私の言葉にラーズ達の動きがピタリッと止まった。目を見開き、口が開きっぱなしだ。確かに何の証拠もないのに『姫が死んだ』など意味が分からないだろう。突拍子もない話をすれば、人間だれしも止まるものだ。猿と熊の獣人の人は苦笑いを浮かべているだけだ。
それにしても……と、考えてしまう。
なぜ、ラーズがガイアルを殺そうとしているのか? そして自分の腕を切り落とそうとしているのか? 理由がわからなければ、どうすることも出来ない。デスラベルの話ではイマイチ要領を得ない。どちらに非があるのかすら判断できる材料すらない。
私がラーズを抑えこむ方法を思案していたが、みんなノロノロとラーズを放してしまう。そしてラーズ、ファイレ、ガイアル、デスラベル、全員 正座。
「な……スイロウ姫が……なんで?」
「お兄ちゃん! ガイアルを殺す意味がなくなったよ!」
「…… ……誰が殺した?」
「万歳ぃー!! 万歳ぃー!! 万歳ぃー!!」
何故か、デスラベル、万歳三唱。
「いや、デスラベル。万歳じゃねー! スイロウ姫が死んだんだぞ!!」
「でも、よくわかんないけどガイアルが死なないで済むんでしょ?」
「…… ……一概にそうとも言えない。私は罪人でもある」
「それは反省してるし、生きて償ってもらうことにすればいいんじゃない?」
話についていけない。
百歩譲って、ガイアルが罪人だったとしよう。それと姫の死とどんな因果関係があるのか分からない。姫を呪ったのだとすれば、その死でガイアルに罪があるので死罪……なら、納得いく。だが、姫が死ななかったからガイアルが死罪……と言うような話だ。
「スイロウ! とりあえず こちらは解決したので説明は後回しだ。それより対ドラゴン戦について話し合った方が良さそうだな。芳しい状況とは思えない!」
キリッとした態度でラーズが言い放つ。先程まで床に這いつくばらせられていた男とは思えない。
猿の獣人に急いで確認を取っていく。
「準備はどれくらいで来てるんだ?」
「6~7割程度。『巻いて巻いて』でやってはいるが『ユニコーンの角』がネックだ。アイツらのせいで遅れ気味だな。あと1~2週間あれば無理矢理、侵攻することが出来るようになる」
その時、乱暴に扉がけ破られる。
「残念だが、そんなに待ッちゃーくれねーみたいだぜ!」
入ってきたのは眼帯のウサギの獣人。かなりの戦歴の持ち主なのは一目瞭然。ただ、その見た目とは裏腹に万全の状態とは言い難い。たったいま『襲われてきました』と言わんばかりの血みどろ具合である。右腕も折れているようだ。
「デスラベル、アネットに薬を!」
「ないよ」
「お兄ちゃん、デスラベルは毒薬ばかりだから駄目だよ」
「仕方ない、ガイアル。彼女を治してくれ」
「……わかった」
「『俺でも良かったんじゃないか?』」
「状況的には知識を持つ剣は魔力を温存しておいた方がいいだろう」
なんで初めからガイアルに頼まなかったのか、そしてどこでインテリジェンスソードなんか手に入れたのか、不審に思ったがその辺も含めて後回しと言うことなのだろう。それに私達はかなり切羽詰った状態に陥っているようだ。
彼女から町の状況が話される。それは耳を疑うような話だった。
「てーと、なにかマジで『獣人狩り』なんて行っているのか?」
「俺が腕を折られるくらいにはマジなわけだ」
そこからは猿と熊さんがアジトに戻り国中の獣人に連絡やら出発やらに奮闘することになる。万全の状態じゃないがこの国にいるわけにはいかなくなった。『人間 対 獣人』の形までにはなっていないため、この国での争いは避ける。町の冒険者まで『獣人狩り』に積極的になられたら目も当てられない。その日のうちに夜逃げ同然に獣人たちの大移動が始まる。しかも行先は死地……ドラゴンを目指すわけだ。前門の虎後門の狼とはまさにこのこと。
本来なら攻城兵器を持っていきたいところだが、そうも言っていられない。
商会主のセリナーゼ嬢とアンジェラ伯爵令嬢が先頭に立って指揮をする。もともと人の上に立つことの多い二人は先導が上手い。が、両者とも人間。町を出すまでが仕事で、ある程度出したら後方支援に回らざるを得ない。
ただ、これだけの大人数に門番が驚いているが、その辺はお金を積んで黙らせる。どうやら、門番までは『獣人狩り』のお達しは届いていないらしい。急いで獣人達を国の外へと出していく……のだが、人数が多すぎる。途中で門番には休んでもらうことになった。ロープでグルグル巻きにして猿ぐつわをさせて、1~2日くらい休暇を取ってもらう。それでも多い獣人の人口。正体を隠している者はとどまり、それ以外は地下へと潜る。冒険者は自分で何とかしろ……という形にならざるを得ない。国を脱出するのは最小限にしてこの人数かと胃が痛くなる。
一般市民の獣人のことは猿の獣人たちと『貴婦人の剣』商会に任せて、先頭部分……対ドラゴン用の部隊の構成を組み立てなくてはならない。なにせ相手は正規兵でも倒せないドラゴン・スノータァングである。
数日は国から離れるために強行軍、さらに数日は簡易村の建設に明け暮れることになる。当然だがここに魔物と国から守る軍も置かなければならない。そうなると、ドラゴンと戦う人数は限られてくる。
ファイレの話ではそう簡単に正規軍を簡易村に派遣してくることはないんじゃないか、と言っていたが情報大臣がそんな甘い男だとは思えない。これを機に全滅を目論む可能性が低いとはどうしても思えない。そんな議論をすれば、この簡易村に置いておく兵を増やし対ドラゴンに連れて行く兵を減らすことになる。
会議はラーズパーティーの主要メンバ―と傭兵団隊長、副隊長で話し合われていた。国の方面とドラゴン方面に斥候を放って、数日たって帰還してからの話し合いだ。
国の方はこちらに向かっている正規軍は見当たらないが、相手も斥候を送っている可能性は大らしい。冒険者がウロウロしているとの報告を確認。悪い情報は国内で本格的な『獣人狩り』が始まっているらしい。拷問などもかけられる状態だとか……ラーズなどは歯軋りをしながら何とか堪えている。ドラゴン退治よりも国と事を構えそうな感じだが、さすがは妹ファイレ、上手く手綱を引いている。
「まずはここに居る獣人の安全を確保できる土地を得ることが重要だよ」
「たしかに、簡易村で戦うなんて愚策もいいところですからね」
「獣人がみんな戦えればいいんだけどね~」
「テーラーを残すか?」
「私だけじゃ弱いですね。アネットも村に残した方がいいでしょう」
「ブラックドラゴンを倒したメンバーと同じような感じになりそうだな。俺とファイレ、ガイアル、スイロウ、デスラベル……だとちょっと弱いか?」
結論から言えばちょっとどころではない。斥候の話ではホワイトドラゴンを見つけることが出来なかった。平原は猛吹雪で前も後も分からなくなる可能性があるので、途中で引き返してきたらしい。私たちが向かってもドラゴンに着く前に吹雪で遭難するかもしれない。強力なドラゴンになれば天候も操るというお伽話もちらほらある。その類だろうか?
それから何時間もかけてパーティー構成を考える。サズ神官率いる神官団も本来なら、来てもらう予定だったが、しばらくは国内にに釘づけだろう。攻城兵器も無しに平原のドラゴンを倒す手段は少ない。カタパルトでドラゴンの翼を射抜き地上に張り付かせたかったがそれもできない。
姿を見ていないが、水か氷系のドラゴンと考えればファイレは外せないし、回復役でラーズとガイアルもいた方がいい。そうすると攻撃系の私とデスラベルを変えるか、パーティーを増やすかくらいしか選択肢はない。
アネットとテーラーを加えるべきではある。その場合の国の軍隊が攻め込んできた場合の対処が難しい。彼女らの傭兵隊の副隊長に一任するとして……。
「デスラベルも言ってたけど、傭兵団以外の獣人にも戦うことを強要しましょう」
ファイレの言葉に全員が沈黙する。それほど切羽詰った状況なのは理解している。運が良ければ国はこちらに攻めてこない。それに私たちがドラゴン退治を失敗すれば、結局のところ獣人たちが全滅するのは目に見えている。他の国に亡命するにしたって、どこかしらのドラゴンと戦わねば越えられる国境はない。かなり運頼みなところもあるが、ベターな選択に思える。
「大丈夫だって! それに後発隊……サズ神官やセリナーゼ商会主率いるドワーフたちも後からくるから、国の軍隊を押さえられる可能性もあるし、なによりアルビウス副大臣がまだ国内に残ってるはず」
「首を切られてなければ」
「怖いこと言うなよ、デスラベル……」
「……前のドラゴンを無理矢理にでも倒すしかない」
「なら俺とテーラーも行くとするか。傭兵団は残したとして、一般の獣人でも戦えそうな奴がいるかもう一度確認しよう。場合によっては対ドラゴン戦に加えてもいいだろう」
「そうですね。フォーメーションの確認やら戦力の確認をして早めに決着をつけましょう」
「食べ物なくなっちゃうもんねー。ドラゴンの財宝目当てもあるわけだし……」
そう、ホワイトタァングを倒して財宝を頂くことも視野に入れている。そうしなければ、とてもではないがこれだけの人数を養うことは出来ないし、村も作ることは出来ない。財宝が無ければかなりの確率で手詰まりなわけだ。
なんとかかんとか、メンバーを決定する。ラーズ、ファイレ、私、ガイアル、デスラベル、アネット、テーラー、あとは簡易村の村人数名。五感が鋭そうなメンバーを加える。吹雪が止むかどうかも分からないから、彼らを頼りにする。一般の人間よりは遥かに強いが、安心できるほどではない。しかし背に腹は代えられないと言い聞かせる。
しかし、私たちはまだ気づいていなかった。もう一人、ついてくる女の影があったことを……みすぼらしいが、腰に立派な刀を携えた謎の女の存在。彼女こそが今回のドラゴン戦のカギとなる人物であった。
現在、その人物はラーズ以外の命を脅かす存在だが知る由もない。
嗅覚は人間より犬の方が何万倍も凄いらしいですが
その犬より熊の方がすごいらしいです
そして さらに象の方が上らしいです
オナラしたら臭いのに象にはどんだけ苦痛なんでしょうねー




