68話 生死問わず
ジレンマ……戦いたくないが戦うしかない。
そもそもネクロマンサーは悪である。安らかであろうが恨みを持ったままであろうが、死んだあとは現世とは関わらなくなる。それを無理矢理、こちらの都合で魂を縛り付ける。経験はしたことないが、その苦しみは凄まじいものらしい。もともとこの世界から離れた者だから当然と言えば当然である。
なぜ、ガイアルのような大人しい娘がネクロマンサーになったのかは知らないが、許されざる所業を繰り返してきたことは間違いない。罪を背負っているなら罰が下る……そうならなければならない。ただし、それが死に直結するほどの罪だったかは疑問の余地があるのだが、罪人を処罰することで二人のスイロウを救い出せるのなら仕方がない、と自分に言い聞かせる。
相手はガイアルとデスラベル。ドワーフとエルフの組み合わせ。エルフはドワーフ嫌いで有名なんだけどな。こちらは俺とファイレと知識を持つ剣。俺の見立てではこちらが有利だろう。ガイアルはネクロマンサー、デスラベルは弓または精霊使い。こちらは俺が戦士でファイレが炎が得意な魔術師、知識を持つ剣は神聖魔法が使える。
ネクロマンサーがアンデットを使えば、炎または神聖魔法の餌食なのは言うまでもない。デスラベルの弓の腕前は俺でもわかる二流レベル。すでに戦力を半分削った状態でスタートと考えていい。
後は心情の問題だけだ。俺はすでにやりにくさを感じている。ガイアルも戸惑い気味に見えるが、普段から感情が乏しいのでハッキリはしない。知識を持つ剣に表情は無し。
ファイレとデスラベルの二人は殺る気満々だ。
真っ先に動いたのはファイレ。杖を取り出し呪文詠唱。それに続いてデスラベルが懐に手を入れ薬瓶を投げつけてくる。
薬瓶?
咄嗟に俺がその瓶を切り落とす。
「『馬鹿! よく見ろ!』」
知識を持つ剣の声が響いたが後の祭りだった。瓶が真っ二つに割れると俺たちはヌルリとした液体を身体中に浴びる。すぐさまバックステップで距離を取る。ファイレが呪文を完成させるが、デスラベルが忠告する。
「その液体、発火しちゃうよ?」
「ちっ!」
「油か!」
炎系が得意なのを見破られ室内に油をまかれたわけだ。薬瓶を切り付けた俺の失敗か。なら剣戟で失敗を補おうと前に出たが、準備が整ったガイアルが俺の前に立ちはだかる。モールと盾、鎧はつけていない。鍛冶屋にあったその辺のモノを引っ張り出した形だ。
「『対 炎 防 御』」
「意外と頭いいぞ知識を持つ剣!」
「『意外は余計だ。嬢ちゃんこれで炎系がいけるぞ!』」
「…… ……付加魔法解除」
「さすが、デスラベルの弟子だね。そう簡単に魔法、使わせないってさ!」
防御呪文を打ち消され、ファイレが再び足止めを食らう。そうしている間にデスラベルが第二段の薬瓶をジャラジャラと複数取り出す。よくよく見るとドクロマークのラベルが貼ってある。
「そういうこと……危険の印……オリハルコンの細工師でもアーチャーでも精霊使いでもなく……」
「薬剤師!!」
「そーゆーこと。しかも専攻は毒物なんだよ。
オリハルコンの加工に必要なのはある種の毒物。それと化学反応させてからじゃないと伸ばすことも曲げることもできないわけ。専門的にはもっといろいろと説明が必要だけど、今はいらないよね~。
そんなわけで、どんどん毒物 投げちゃうよ~♪」
身の毛がよだつ! 完全に勘違いをしていた。
デスラベルは2本の薬瓶を同時に投げてよこす。回避すれば割れ、切って捨てても割れる。選択肢は受け取るしかない。
「駄目よ、お兄ちゃん!」
受け止めようとしたとき、ガイアルがシールドチャージで薬瓶ごと俺を吹き飛ばす。薬瓶は割れは俺とガイアルの盾に降りかかる。
「ぐあっぁあ!!」
「知識を持つ剣、毒治癒魔法を!」
「『わかってるが、片方は毒じゃね! 酸だ! ややこしいことしやがる。それにシールドチャージでラーズの手首より先が砕けてる』」
右手一本で痛みを堪えつつガイアルの攻撃を防ぎ、知識を持つ剣に回復魔法をかけてもらうのを待つ。その間にファイレが小回りの利く魔法の矢で応戦。だが、本来の炎系を封じられたのが大きい。逆にデスラベルは風の精霊魔法をいかんなく発揮してくる。しばらくは押され気味の戦闘を繰り返していた。
普通に考えれば、かなり危険な状態に陥っているハズだがガイアルの動きが悪い。それに呪文を多用してこない。この状況ならアンデット系モンスターを出す手だって考えられるはずだ。攻撃してくるもののその切れのなさが伺える。
「…… ……」
「くっ」
呼吸音だけでガイアルは一言も漏らさず冷静に俺の攻撃を払いのけていく。もちろん攻撃もしてくる……のだが、まるで練習しているかのような動き。その動きに出来る隙がいかにも『狙ってくれ』と言わんばかりだ。
ガイアルには呪文もあるのに使用しない。
何度目かの打ち合いでようやく気付いた。『狙ってくれ』と言っているのだ。俺が無抵抗のガイアルの首を取ることが出来ないであろうことを踏まえた上で……。
デスラベルとファイレはまだ気づいていないだろう。細かい魔法の応酬を繰り広げている。デスラベルの懐にはまだ薬瓶があるかもしれない。注意を払いつつの攻撃。今回は弓を取り出さないらしい。室内だし狭い場所だ。
もし、ガイアルが本気で俺を殺しに来ているのなら、まず鍛冶屋を壊すほどの魔法攻撃を選ぶだろう。見境なく周りの人を巻き込んでアンデットの大量生産。こちらも炎の魔法が使えるが、ガイアルにとっては逃げ道も作れるはずだ。
「くそっ!」
何もかもが噛み合わないことに俺は苛立つ。殺すと決めたのに、こんなことをされたら逆に殺しづらい。
それと分からないようにガイアルはちゃんと攻撃していたハズだったが、途中で匙を投げた……いや、モールか……。
「……デスラベル、ありがとう」
「え? え? まだだよ! まだ戦ってるんだよ、勝てるから、勝つから!」
戦いを止めたガイアルに必死に追いすがるデスラベル。ファイレは構わず詠唱していたが、俺が手で制した。ファイレはクールどころかドライである。俺の敵に回った時点で容赦がないのが恐ろしい。不満そうだが詠唱を中断した。
「…… ……」
「ふぅ……。正直に言うとガイアルに死んでもらいたくない」
「…… ……わかってる。何も言わないでいい。その剣で……」
知識を持つ剣を改めて握り直す。デスラベルが何度も『お願いだから』と泣きながら俺にすがりついてくる。俺だって殺したくない。間違いなくガイアルは改心している。闘いの中でも首を取ることが出来なかったのにこの状況で切れるのか、と言う疑問が浮かぶ。だが、ここまで覚悟を決めてくれて『できませんでした』は無い! せめて苦しまないように……。
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俺! 俺!
ウサギの獣人・アネット。またの名を『飛龍狩り』。
状況、最悪。
今、絶賛 右腕 複雑骨折中。
派手にやられた。第二区画で……。
部下は第三区画に警報を鳴らしに走らせた。もし『国の先陣』が来なかったら殺されていたところだ。正騎士団に……。
対ドラゴン用の準備をしていたら城から獣人狩りのお達しが出たとかで突然、第二区画の獣人の傭兵たちを捕まえはじめた。
さすが、騎士団。滅茶苦茶強いわ。俺ん所の傭兵団は30人弱。全員、獣人。10人程度、殺害されるか拘束された。逃げるのも命からがら……。首輪の鍵は『貴婦人の剣』の商会主・セリナーゼが持ってるから助かったモノの、騎士団に渡っていたらと思うとゾッとする。理由も何もなしに突然だから対処の仕様がない。
残りの部下を第三区画に走らせた後、俺が時間を稼ごうと思ったが騎士団の隊長一人で手一杯だった。第何隊だが忘れたが、やたらと強い。それと副隊長と数人だけ残って、あとは部下を追っかけまわしている。
騎士隊長のハンマーが右腕に直撃し、骨が持っていかれた。もっともその前に副隊長を戦闘不能に陥れてはいたのだが……。もちろん騎士隊長も無傷ではない。だが重傷もない。このままジックリ事が進めば殺されるか拘束か、といったところ。退路も完全に断たれていた。
そのとき、さっそうと現れたのがテーラーだった。
「あら、とうとう悪事を働いたようですね」
「ハンッ! お前ほどの悪じゃねーよ!」
「手伝いましょうか?」
「いらね! ……と、言いたいとこだが、そうも言ってられねーみたいだな」
ハッキリ言ってコイツに貸しを作るのは腹立たしい。
しかも、キッチリと仕事をしやがる。俺が逃げ出すのに十分なスペースを簡単に切り開く。そして俺たちは騎士団を背に撤退する。
状況を整理しなければならない。
家々の屋根の上を走り回りながら第三区画へと移動していく。
「で、なにしていたのかしら?」
「俺が聞きたい。『獣人狩り』のようだぜ」
「まさかぁ」
テーラーは呆れたように俺を見返す。俺も見返す。それでため息を吐く。
この国で獣人のあからさまな差別は法に反する。『獣人狩り』などありえない話なのだ、本来ならば……。だが、第二区画の獣人の傭兵たちの首輪が破裂する姿を幾人か目撃する。しかも、第三区画にまで移動しそうだ。
「冗談じゃない!」
第三区画は冒険者もいるが、一般市民として暮らしている獣人もいるのだ。この流れだと彼らも容赦なく抹殺あるいは捕縛することが容易に想像できる。
何を考えているかわからない。法を順守する正騎士団が法を犯してまで獣人狩りを遂行している。反吐が出そうになる光景だ。
訳も分からず抵抗し殺される獣人も少なくない。
「一体何があった」
「なんでこんなことに……」
俺とテーラの戸惑いの言葉が虚しく消えていく。今やることは安全な場所まで獣人の誘導。だが、安全な場所ってどこだ? 騎士団が総掛かりで街に繰り出してきているような気がする。さすがに城に残さなきゃならないし、隣国や侵攻するドラゴンのことを考えれば全員と言うのは大げさだが、かなりの人数を割いていることは間違いない。
「どうする?」
「たしか猿の獣人が私たちの味方だったはずです。彼に連絡を取り獣人たちを移動させた方がいいでしょう。それとラーズ様に知らせないと……」
「まだ、万全じゃないがホワイトドラゴン・スノータァングを獲りにいくしかないか」
「アルビウス副大臣から連絡が無いですが仕方ないでしょう」
「後手に回った感じだな」
「でも、準備はできています」
そう、準備は出来ている。
スノータァング退治の名を借りた獣人の移動先。アルビウス副大臣はこの国から獣人を逃がす計画を立てていたのだ。ただ、本来はドラゴンを倒し住居を作ってからの移転予定だったが、そんなことも言ってられない。いくつかの分隊形式で獣人の住民を引きつれていくしかない。良い作戦ではないが、この国に残しておけば全滅する道しか見えない。
「一体、どこで何が起こって、こんな結果になってんだよ!」
苛立つ足取りでテーラーと手分けして行動に移す。
テーラーはまず、セリナーゼに向かいその後、獣人回収。俺はラーズに向かい、その後、ラーズと共に傭兵引きつれドラゴン退治に直行。
本来ならば捕縛されている仲間を助けたいところだが、現状そんなことを言っている場合ではない。
ふと、ラーズならどうするだろうと考えてしまう。
仲間を見捨てて赤の他人を救う……この選択が正しいのだろうか? 自分の身の回りの人を守りたいと思う方が正義ではないだろうか? もしラーズと1000人の命なら……。
考えるのをヤメタ。
考えずに行動する。それが俺のやり方だ。
……下手な考え休むに似たり……そんな言葉を聞いたことがある。
オリハルコンの加工方法
この世界では第一段階に薬品につけるという方法を取ります
他の人はどうしているんでしょうね?
だって硬いし温度にも強い 魔法抵抗もある・・・無敵の素材ですからね
もっとも本来は硬いよくわからない金属だった気がしますが・・・




