67話 もう居ない人の為に
「……知識持つ剣『ゼディス』?」
ガイアルが疑問を持つのも当然だ。知識持つ剣など作った覚えがないのだから。もちろん、ファイレとデスラベルも『きょとーん……』としている。まるで時間が止まったかのように誰も動かない。
念のため、説明しておいた方がいいかな?
「いや、そんなに難しいことじゃないんだ。俺の中にゼディスという悪魔?がいたわけだが、体内から魔力を使うと俺が死にかけるわけだ。そのことは実体験でわかった。
だから、ゼディスに俺の体を使わず魔法を使ってもらう方法を考案してもらった結果、強力な武器や防具・道具などの中に入れば、直接 魔法を唱えられるという訳だ。しかも剣なら普段から身に着けているから大丈夫だしな。身に着けていないとゼディスの魔力が浄化されないとかなんとか……。
簡易版・身に着けられる仲間が増えたと考えればいいのかな?」
「『そんなわけで俺がゼディスだ。剣の中に住んでみるのは初めてだが、想像していたより遥かに住み心地が……!?』」
「ニャー、ニャにゃ、ニャー!!」
「『な、なんでクロネコがっぁあぁ!? ちょっと、ちょっとタンマ!! ぐあっぁあぁあ!!』」
クロネコ師匠が俺の手から知識持つ剣『ゼディス』を叩き落して、「にゃーにゃー」と鳴きながら猫パンチを繰り出している。クロネコ師匠の圧倒的強さ。ただ眺めているだけの俺たち。クルクル回る『ゼディス』。数分間、クロネコ師匠とゼディスの激闘を俺たちは囲んでみている。
どうやら決着がついたようだ。クロネコ師匠は飽きたらしく悠然とその場を去っていく。残されたのはオリハルコンの合金の知識持つ剣。
「『あんのクソ女! 覚えてろよ!!』」
「そんなに怒るな。戯ただけだろ」
「『アホか! お前もアホなのか!? あの女、俺を本格的にこの剣の中に封印しやがったんだぞ!! なんで封印の儀式および詠唱を黙って見てんだよ、お前ら! これで俺がこの剣から出られなくなっただろうが!!』」
「あれ、封印の儀式だったんだ」
「ニャーニャー言って戯てるのかと思ったよぉ」
どうやら魔術師も精霊使いも気が付かなかったらしい。さすがクロネコ師匠だ。誰にも気づかれることなく『ゼディス』の封印に成功していた。これで逃げられることなく知識持つ剣として十分に威力を発揮してもらえるだろう。
「まぁ、そういうわけだ」
「……わかった」
ガイアルの理解力は凄いな。あの状況でわかったのか! いや、途中で考えるのを放棄したのかもしれない。あるが儘を受け入れたと……。
それにしても素晴らしい剣だ。俺が見ても凄いと思えるほどの剣。ゼディスが憑りつくモノに提示していた内容のハードルを軽々クリアできる逸品。これほどのモノが出来上がるとは夢にも思わなかった。なにせ初めはオリハルコンの加工すらままならなかったわけだからな。
「この剣に関してはガイアルとデスラベルに感謝している」
「さっすが、デスラベルでしょ~♪」
「……デスラベル師匠のおかげ」
「たしかに、デスラベルが居なければ作れなかっただろうが、その実、これを作り上げたのはガイアルだ。ありがとう」
「…… ……」
そしてガイアルがネクロマンサーなはずがないと結論付ける。この剣を作るのにどれだけ苦労したか握ればわかる。しかも自分の為でなく俺が戦うための武器なのだ。疑っていた自分を恥じるべきだ。が、ファイレはそうじゃなかった。
「ガイアル、アナタがスイロウのドッペルゲンガーを作ったネクロマンサーね」
「いや、違うだろ、ファイレ! どう見たってこの剣とか、俺専用に作られてネクロマンサーを倒すためのモノだ。もし、ガイアルがネクロマンサーならこんなもん……」
思わずファイレの言葉に否定的に割って入ってしまった。俺自身が『もしかしたら……』と言う気持ちの表れだ。だが、ガイアルにとっては助け舟になるはずだ。俺の言ったことを復唱すれば、ネクロマンサーの疑いが薄まることは間違いない。
そうだ、ガイアルがネクロマンサーなはずがない。別にいるはずだ。そいつを倒せばスイロウ剣士もスイロウ姫も助けられるはず。
俺はガイアルから否定の言葉が出るのを期待した。信じているつもりだが、本人の口から聞くまではどうしても確証が持てない。自分自身に嫌気がさしてくる。心の中で神に祈る。おそらく、ファイレやデスラベルも同じ気持ちだろう。口に出してみたものの否定してくれるに違いないという願望から……。
「……私がネクロマンサー」
だが、ガイアルの口から出た言葉はネクロマンサーであることの肯定。
咄嗟に言葉が出てこない。どうしたらいい? 攻撃するのか? それとも話し合い? いや、本当にネクロマンサーなのか、ガイアルが!?
「お、落ち着け、ガイアル!」
「『落ち着くのはお前だ』」
「そうだよ、お兄ちゃん。もとよりネクロマンサーとは戦う予定だったんだから!」
「デスラベルはガイアル側につくけどね!」
「……え?」
「な、なんだと!?」
「だってそうじゃない? ガイアルをよってたかってイジメようってーなら、デスラベルも黙ってないよ!」
「デスラベル!? ガイアルは悪い奴なのよ!」
「そんなの知らないもーん。ガイアルはデスラベルの弟子だから、デスラベルはガイアルの味方だよ」
「『まぁ、面倒臭ぇからバカエルフもまとめて倒せばいいんじゃねーか?』」
バカエルフの前にゼディスが勝手に構える。それにより店内が一気に不穏な空気に包まれる。ガイアルとデスラベル、俺とゼディスとファイレで、距離を取り戦闘態勢に入る。
鍛冶屋に入る前にある程度想定していたハズなのに、目の前に仲間が敵対する形になると訳が分からなくなる。ゼディスとファイレは恐ろしいほど冷静だ。二人(?)とも感情を完全に押し殺している。ゼディスはもともと、あまり知らない人物たちであろうが、ファイレは彼女たちに少なからず世話になったというのにまったく躊躇いが感じられない。
この時まだ、俺たちはスイロウ姫が殺された事実を知らされていない。もしそれが わかっていれば話は大きく変わっていただろう。スイロウ姫を助けるためにネクロマンサーを殺そうとしているのだから……。
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スイロウ姫が殺された一報は本来なら、すでに第三区画の獣人たちに届いているハズだった。今まで使ったことのない連絡場所をアルビウスが選択したのだが、それはバーグルド大臣によって潰されていた。
バーグルドはこれだけ重要な案件を今までの連絡方法を取らないことを看破していたのだ。おかげでいまだ第三区画の獣人たちは混乱の真っただ中にいることになる。
混乱が起きているのだ。
連絡が無ければ混乱が起きなそうなものだが、むしろ逆となった。それがアルビウスの第二の情報連絡手段ともいえる。常に連絡が取れる状態を保っていたのだ。連絡が取れなかった場合に行動できるように……。ただ、混乱の原因はそれだけに非ず。
「城のスイロウ姫が死んだ!?」
本来なら届くはずのない連絡を猿の獣人のおっさんが受け取っていた。その情報をもたらしたのはスイロウ剣士。今、獣人たちに匿ってもらっている彼女だ。
そもそも彼女はスイロウ姫のドッペルゲンガーであり、ある種の繋がりを持っている。それが断ち切れれば彼女にはスイロウ姫が死んだことが手に取るようにわかるのである。ただ、死因などは不明瞭ではあるのだが……。
本来はスイロウ姫が死んだことにより、ドッペルゲンガーは本物のスイロウ姫となり替わることになるのだが、その隙は一切なかったために話はややこしい方向に流れることとなる。
すでに城では殺害されていることは周知の事実となってしまっている。それなのに瓜二つのスイロウがその場に現れるわけにはいかない。と、いうより現れれば殺害の計画犯と捉えられることは間違いない。おそらく、バーグルドはその辺も計算に入っていることだろう。
獣人たちにスイロウ姫が死んだであろうことを話した時点で、彼らも混乱してしまっている。事実かどうかも確認できない。どういう行動に出るべきか獣人たちの怒号が飛び交う。
「城に確認しに行った方が……」
「冗談! 第二区画で行き止まり!」
「アルビウス副大臣から連絡があればいいんだが……」
「本来、連絡が無かった場合の行動をとるか?」
「本当に姫様は亡くなったのか? 信用できるのか?」
「一応、あのスイロウも獣人だし信用できんじゃないの?」
「後手に回るのはマズい! とにかく行動を起こそう」
予定通り事が運ばないことに獣人たちは憤りを感じる。ここに居るのは全員、獣人なのだがその正体がバレないように人間の恰好をしている。半数は町で人間として暮らしていて獣人だとバレていない。何かあったとき迫害されるのを恐れてだ。冒険者の獣人はその辺は気にしないため獣人の姿を保っている。
「とにかく『なにかあった』ことをラーズの小僧に知らせた方がいい。アイツの意見も聞いておきたい」
「たしかに、早くラーズに知らせた方がいい。嫌な予感がする」
スイロウは力強く頷く。
スイロウ自身は自分がドッペルゲンガーだったことを知らない。スイロウ姫が死んだ時点でドッペルゲンガーでなくなり本物のスイロウになっている。そのことはともかく、ラーズ達がネクロマンサーを倒そうとしていることは少なからず知っている。それが自分に関係あることも……そして、ガイアルが『ネクロマンサーなのでは』という疑問を持っていた。確信はまったくない。強いて言うなら主従関係のような術者と作られた者との感覚的繋がりがスイロウにそう思わせていた。
そして、スイロウ姫が無くなったことにより、その危機がガイアルに降りかかっているのではと感じ取っていたのである。
とにかく急がなければとスイロウが猿の獣人と熊の獣人と一緒に外にかけ出す。だがスイロウはラーズ達とガイアルが、すでに争っていた時のことは考えていなかった。
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ついでの話。
鍛冶屋の窓の外で覗き見る不審者。
『ついで』!? ついででござるか、拙者の話は!?
楓でござる。
鍛冶屋に入った我が旦那様。いやいや、将来的には旦那様。
旦那様……甘美な響きでござるなぁ~。『そんな、旦那様、まだお昼でござる。お戯れを!』……っと、危ない危ない、ちょっと妄想してしまったでござる。そんな光景がこれから日常茶飯事になるでござるか~。
そんなことはどうでもいいのでござるよ。否、良くない! 将来の旦那様について色々言っておかねばならないことが108つほどあるでござる。きっと旦那様も拙者のことで頭がいっぱいになっているでござろう。
それにしても、収穫があったでござるよ、皆の衆。旦那様の名前が判明したでござる。どうやら『ラーズ』と言うらしいでござる。呼び捨てでいいのかでござるか? もちろん、大丈夫でござる。拙者と旦那様の仲でござる。何一つ問題ないでござるよ。むしろあのクソエルフが拙者の旦那様を呼び捨てにしているのが気に喰わないでござる。しかも死人使いの仲間だとか! 首を刎ねるべきでござろう。きっと旦那様も拙者に感謝するに違いないでござる。
……? 死人使い? 不味いでござるなぁ。首を刎ねても操れるかもしれないでござる。場合によってはこの周り一帯を血に海にしかねないでござるな。ここは旦那様の為に一肌脱ぐでござるか。
あぁ、違うでござるよ。紋付き袴を脱ぐわけではござらんよ。確かに旦那様と布団に入るなら……って何を言わせるでござるか。おませさんでござるなぁ。
「邪魔でござる! 邪魔でござる! 切られたくなければ鍛冶屋に近づくこと罷りならんでござる!」
さすが、拙者! 良く出来た嫁でござるなぁ。いや、まだ嫁でなかったでござる。しかし、あれだけ旦那様が拙者のことを心配していたのでござる。これが世に言う『ラブラブ状態』でござろう。……何か問題でも?
それにしても、旦那様も立派な刀をてに入れて拙者とお揃いになろうなどと考えていたとは感激でござる。この国で刀を持っているのは拙者と旦那様だけ。
他に刀を持った者がいた場合……でござるか? もちろん、叩き切るでござるがなにか?
ただ、あの刀、面妖なことに喋ることが出来るみたいなのが気にかかるでござるなぁ。場合によっては、あの刀も叩き切るでござるか、面倒そうでござるし……。
面倒と言えば死人使いとエルフでござるか……それと手前の旦那様の妹もいらないでござるなぁ。みんな切って捨てるでござるかなぁ。旦那様も拙者さえいれば、拙者のことだけを考えていればいいでござろう。
ただ、拙者より弱いであろうが、複数では拙者を上回るところが厄介極まりないでござるなぁ。どうすればいいでござろう。旦那様に相談しようにも、会って話すのは恥ずかしいでござるし……。できればお邪魔虫を排除してから二人っきりで話たいでござる。
旦那様となにを話したらいいでござるかなぁ。まずは旦那様の好きなモノ……いや、これは事前に調べていた方がいいでござる。そして料理に好きなモノをだすとして……嫌いなモノ……も、事前に……だいたい事前に調べておいた方がいいでござるなぁ。
仕方ないでござる。旦那様の情報を引き出すために妹殿は生かしておくでござるか。ただし、敵対する馬鹿二人は拙者の旦那様に刃を向けたことをあの世で後悔してもらうでござる。
ドッペルゲンガーは本人を殺して入れ替わります
見た目は一緒らしいですが性格がまるで違うらしいです
ただし、指紋や血液、デオキシリボ核酸は一緒なので困りものです
『知り合いが 突如 性格が変わったと思ったらドッペルゲンガーかもしれません』
と言うのがフレコミのモンスター




