66話 オリハルコンと竜骨の合剣を命名する
楓は何が起きたのか わからなかった。自分に話しかける人間がいることの不思議に思考がついていけないのだ。しかも自分の身を案ずるような言葉をかけられたのは、物心をついてから初めての出来事かもしれない。今までは葉弓の名の為に生き残る術を両親に叩き込まれていたため、そんな言葉をかけられたことはなかった。
13で『葉弓 楓』を名乗ることになる程の実力を持ち合わせていたために、ほとんど親の愛情を感じることなく家を出ることになる。それからは血生臭い日々を送った。魔物も追手も切り捨て、次の追手に殺されないように修行を繰り返し、力をつければ逆に別の『葉弓 楓』を探し、しばらくの安息の場所を探した。
結局のところ安住の地などありはしなかった。それから街道を避け獣に近いような生活をした。しかし、そんな生活をしているよりも冒険者として各地を回るほうが、安定しているという結論に辿り着いたのだ。
ただし、目立ってはいけない。出来るだけ名前を尋ねられないような容姿をとり、パーティーを組まず日銭を稼ぎ、一か所に長居をしない。会話も冒険者ギルドの酒場での必要最小限しか話さない。ただ、死なないように生きるだけの生活。誰の目にも止まらないようにひっそりと……死ぬことを考える暇もないほど切羽詰まった時間を過ごしていた。
いつのまにか、自分は透明人間にでもなったような気分だった。誰からも相手をされず、気にも留められず、ゴミと変わらない存在になったのだと思っていた。その感覚を何年も味わいながら意味もなく生きていた。
だが、そんなゴミと変わらないと思っていた自分に「大丈夫?」と尋ねる人がいるのだ。麻痺していた楓の脳にその言葉がどれほど甘美なモノだったか、一般人には想像できない。自分の身を案じてくれる言葉に楓はお礼が言いたかったが言葉が出ない。何年もまともに話していないのだ。なんと言えばいいかなんてわかるはずもなく、かすれ声だけが響く。
「あ……あ"ぁ……」
ただ一言「大丈夫でござる」と言うだけでいいのに、咄嗟にその言葉すら出ない。ただ変な娘だと思われ去っていくだけだろう。それでも楓は自分を気にかけてくれる人物がいるだけで心の中は暖かいモノで満たされていた。
「声がガラガラですね。よかったら、俺の水袋を上げますよ」
「!?」
「それじゃぁ、俺たちも忙しいのでこれで……」
ラーズはそれほど楓のことが気になったわけではない。ただ、尻餅をついてから動かなかった時間が長かったので、怪我でもしたかと思っただけだ。時間にして5分前後の会話。もちろん、急いでいるので楓のことなど歩きはじめれば忘れそうなほどである。
だが、その5分は楓にとって世界を一変させるほどの時間だった。この世の全てが嫌悪と憎しみの灰色の世界だったが、今は虹色に輝いて見えた。
ただでさえ、ガラガラな喉がさらに渇き、ラーズを呼び止めたいのに声が出ない。息が荒く熱があることを自覚する。そして、それが恋や愛だと感じてしまう。本物か偽物かなどを理解しないまま、ラーズだけに興味が注がれていく。
「あ……あの、また、会えるでござるか?」
「え!? ……あー、無理じゃないかなぁ。俺たちは危険な仕事をしているしな」
ラーズは楓が喋ったことでようやく女性であることに確証が取れた。そして、何を思ったか彼女が「また会えるか」を訪ねてきたことに少なからず警戒を抱いた。全く知らない浮浪者のような女性である。何を企んでいるかわからない。近づけないに越したことはないが、悪人でもないだろうと ぞんざいに対応することも出来なかった。それにネクロマンサーとドラゴンと戦うことを考えれば本当に二度と会えない可能性は高かった。
楓は彼の考えを完全に曲解して捕えていた。
たしかにラーズの言う『会えなくなる』理由を自分を危険に巻き込みたくないからだと思っていた。彼は自分を庇っているのだと勘違いしている。そして、優しさを感じている。どんどん深みにはまっていく誤解。
それは今まで世界から外れていた楓にとっては、とてつもなく重たく甘く輝くモノだった。彼女が生きている意味を見出した瞬間ともいえる。他のモノは目に移らない。が、彼がどんどん遠ざかっていく。呼び止めたいが拒絶されるのが怖くて動けない。命を懸けて生きてきたのに彼に嫌われる方が今は遥かに恐ろしくなっているのだ。恐怖とは命のやり取りだけとは限らないことを初めて理解する。今は死に対する恐怖は無い。代りに彼を失うことへの恐怖が楓を支配していた。
ラーズはすでに動き出しており、かなりの距離まで離れてしまっていた。このままでは見失う。だが、なんといって追いかければいいのかわからない。そもそも見つかったら嫌われてしまうのではないかという強迫観念にかられる。しかし、このまま永遠に会えなくなってしまうことも今の彼女の選択肢にはない。見つからないように後を付ける。それが最善の策のように楓には思えた。
気配を殺し、一定の距離を取る。ファイレにもデスラベルにも気づかれないほど熟練した忍び足。一流の盗賊を遥かに凌ぐほどの追跡術。もとより そういう生き方をしてきたのだ。その辺の人間ごときが彼女の動きを感じ取ることは不可能に近い。ちょっとした技術を悪用したストーカーである。
そういった行為に楓も最初のうちは罪悪感があった。ラーズの知らぬ間に後を付け回すことが善い行いでないことは考えるまでもない。だが、彼の後をつけはじめると心の高揚を止めることは出来なかった。
彼の一挙手一投足が楓の心をとらえて離さない。ただ歩いているだけなのに、そのことにすら感動できる。彼が横を向き何かを話しているだけで興奮してくる。彼から目を離すことが出来ない。不意に彼が振り返りそうになると慌てて建物の陰に隠れるが、それすらもドキドキして楽しい。これほど充実した時間を楓は今まで過ごしたことが無い。身体中が火照り、気分がいい。
(空がこんなに青いなんて知らなかったでござるよ……)
建物に隠れたときに仰ぎ見た空はどこまでも青く透き通っていた。
無論、楓は幾度となく空を見上げたことはある。だが、その眼には何も映っていなかった。ただ感情を殺し、気配を探り、索敵する作業には色などどうでも良い情報だった。
彼と同じ色の空の下に居られることがこの上ない幸せに感じられた。
もっと彼のことを知りたいと思うことは自然の流れだった。知れば知るほど自分の新しい感情が芽生えるような楽しくも嬉しい感覚は、あっという間に楓を恋愛中毒者に変えていた。しかも変質的犯罪傾向のある恋愛中毒者である。
最悪、何をしでかすかわからない。現在はまだ極端な犯罪傾向に傾いてはいない。というか、楓自身が周りを全く見えていないからだ。ラーズだけを見つめ話している相手が誰かもわかっていない。強いて言うならラーズの話し相手は動物か野菜くらいにしか見えていないのだ。
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ガイアルの鍛冶屋の前に戻ってきた。ここに居たことが もうずいぶん昔のように感じる。おそらく中にいるのはガイアルと見張りの師匠のクロネコの二人だけだろう。スイロウは獣人に連れられ逃亡生活中のはずだし、ウィローズも帰ってきてはいまい。
時間は午後3時くらいだろう。先程、王城から鐘の音が響き渡っていた。街中は賑わっている時間帯が続いている。もし……もし、ガイアルがネクロマンサーだったら、この辺り一帯が血の海になる可能性が高い。室内でこじんまり戦うなど考えづらい。それに死者が出れば出るほどネクロマンサーが有利になるのだ。当然、一般人を巻き込んでくるだろう。その辺の対処は……ファイレに任せよう。
ファイレを見ると『グッ』と親指を立ててニヤリッと笑う。頼もしいです、ファイレさん。ついでにデスラベルの方を見るとファイレのマネして親指を立てるが、彼女は意味を理解してい無さそうな匂いがプンプンするんですが……まぁ、いいか。
鍛冶屋の扉を開ける。建て付けが悪いのかギギギッと嫌な音を立てる。おそらく店内中に響いているだろう。中には客は一人もいなかった。
「閉店中……って書いてあるよ?」
今日は休日だったか? と疑問に思うも今は関係ない。奥から黒猫……おそらくクロネコ師匠がやってくる。クロネコ師匠の欠点は黒猫と区別がつかない所だ。にゃーにゃー鳴きながら近づいてくる。その後ろから、ゆらりと現れるのはドワーフ娘のガイアル。煤だらけで真っ黒で、寝ていないのか目の下にクマも見られる。
「…… ……」
「ただいま」
「ただいま、ガイアル」
「ガイアル、今、戻ったよ~♪ 大変だったんだよ。聞いてよ、聞いて! ラーズが頭悪いから敵に捕まっててねー」
良くなついている犬のようにガイアルに今までのことを話しはじめるデスラベル。ファイレはクロネコ師匠から今までの状況を聞いているのだろう。ゴロゴロ鳴いている師匠のお腹を撫でている。……師匠だよな? 区別するの難しいんだよなぁ、特徴ないし……。
「ねーねー、ラーズ。ガイアルが例のモノできたって!」
「……」
「例のモノ?」
「剣。オリハルコンと何かの骨? とを合わせて作った剣だよ。さっき完成したんだって。今、ガイアルがとって来るって言ってた」
ヨロヨロと鍛冶場に剣を取りに行くガイアル。相当、入れ込んで剣を作り上げた様子が見て取れる。ただし鬼が出るか蛇が出るか。必ずしも俺の為に作ったとは限らない。罠にはめるために念入りな細工が……という気がしないんだよなぁ。
「…… ……これ」
眠いのか疲れているのか重たそうな体を無理に動かし、鞘に収まった細身の剣を俺へと差し出す。普通のロングソードの3分の1程度の太さしかない。すぐに折れそうだ。
ゆっくりと鞘から引き抜いてみる。片側に黄金色の刃。ガイアルの説明によれば東の国で使われるカタナと呼ばれる種類の剣だそうだ。中心部分に竜骨を使い足りないオリハルコンを補う形に見えるが、実の所そんな簡単なモノではないらしい。とにかく見事な出来栄えだ。細工に時間が掛けられなかったのか刃部分以外は無骨な作りになっているが、それでも俺の手によく馴染む。明らかに俺用の剣だ。
「凄い剣だ」
「……まだ名前が無い」
「ラーズのモノだから、ラーズが名前つければいいんじゃない?」
本当に何の罠も仕掛けられていないのだろうか? 疑い出したらキリがないか……。
剣に光などを当てながら透かし見る。何度見ても吸い込まれそうなほど美しい刃……この剣でいいだろう。いや、この剣が良いらしい。……彼が住む場所として……。
「この剣の名前はゼディス。知識もつ剣『ゼディス』だ」
インテリジェンスソード
知識ある剣ですね ちなみに知恵はウィズダムだっけ?
英語苦手だから そんなことはどうでもいいや
インテリジェンスソードの作り方は色々あります
基本的には長く使う『付喪神』形式が一般的だと思われます
その他にも人工的に作ることが可能です この世界では




