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65話 葉弓

 ウィローズを置いて宿屋に帰ってきたあとは、寝るだけだった。怪我で出かけたせいか疲れがドットでてベッドに入った途端、倒れるように寝た。

 朝起きたときは最悪だった。体の状況ではなくて……。


「なんで、お前らが俺の布団で寝てんだよ!!」

「んぎゃ!」「ふぎゃ!」「みやっ!」


 ベッドから三人を蹴り落す。ファイレとデスラベル、それとサズ神官。テーラーとウィローズはまだ戻ってきていないようだ。セリナーゼはドワーフとまだ商談中だろう。

 そんなことより、まずは怪我の様子を見てもらわないといけない。だいぶ良くなってきたが、まだ身体中に軋みがある感じは否めない。


「サズ神官」

「も、申し訳ありません。決して(よこしま)な気持ちで添い寝したわけではなく……」

「邪以外にどんな気持ちで添い寝すんのよ!」

「一緒に寝たら気持ちよさそうだって、サズが言いだしたんだよ!」

「別に私は実践しようと言ったわけでは!」

「私が実践したんだけどね」

「で、デスラベルも実践したわけで」

「わ、私は止めたんですけど……」

「初めだけね」「最初だけだよね~」


 顔を真っ赤にして首を左右に振るサズ神官だが、俺のベッドに寝ていて否定をしても何の意味もないと思うんだが……今はその話をしているわけではない。体の傷を治してもらうことが目的で名前を呼んだのである。


「あぁ、怪我! 怪我を治そうと思ってココに来たんです。そしたら、ラーズ様が寝ていらして……って今、回復魔法をかけます! じっとしていてください」


 本来の目的を思い出したようで、早口でまくしたてると回復魔法の詠唱をはじめ、手の平に光が集まっていく。体の中にゼディスを飼っているのだから自分でも回復魔法は唱えられるが反動を考えれば使う意味は無いに等しいのでサズ神官に任せるしかない。

 自分の体の回復と比例してサズ神官の疲労がたまっていくのが目に見えて分かる。長時間、回復魔法を唱えることで額から汗が流れ落ちている。「はぁ、はぁ」と息遣いも荒い。室内に熱がこもり出す。そのわりに、彼女は嬉しそうな顔をする。

 俺が不思議そうな顔をしていたのが丸わかりだったのだろう。サズ神官は疲れた笑顔のままその答えを教えてくれる。


「私がラーズ様の傷を癒せるなんて、この上なき幸せです。……はぁ、はぁ」


 サズ神官が疲労から膝を付いた時には完全に俺の傷は治っていた。

 俺はサズ神官と体を入れ替えるようにして、彼女をベッドへと寝かせた。


「おっし! お兄ちゃん、完全復活だね」

「まだ、みんな戻ってきてないけど、どうするの?」


 みんな……テーラー、ウィローズ、セリナーゼの三人のことだろう。すぐに動きたいが、少し彼女たちを待った方がいいかもしれない。サズ神官も回復すれば午後には動けるようになるかもしれない。無防備でガイアルに会うのは危険だろう。彼女がネクロマンサーと考えるなら。


「まずは食事をとろう。それからサズ神官の回復とみんなが戻って来るのを午前中いっぱい待つ。行動は午後からにしよう」

「いい考えね」

「午前中はゆっくりできるね~」

「食事が終わったら、俺のベッドに入っていたお仕置きだがな」

「!?」「なにぃ!?」「!?」


 どうやら予想外の言葉だったらしい。ファイレ達がベッドに入り込んでいることを見逃すとでも思っていたか! 甘いわ! 甘すぎだ!



 そう甘すぎだ。

 朝食を食べ終わった後、部屋に戻る。どうやら1~2時間程度でサズ神官も疲労から回復したらしい。今回の回復魔法は前回と比較にならないほど楽だったらしい。おかげで? そのせいで? かは、分からないがサズ神官もお仕置きを受けることになる。

 すでにファイレはブルブル震えている。怒られるのわかってるんだから、俺のベッドにもぐりこまなければいいのに……。ファイレの様子を見たデスラベルも顔色がよろしくない。サズ神官だけは神妙な顔をしている。心なしか気合が入っているように見受けられる。

 まずは小一時間ばかり説教。三人を正座させて小言を延々という。


「と、いう訳で、尻叩きの刑に処す」

「うわ~ん! ごめんなさいっぃ、おにいちゃん! もうやらないから許してぇえぇ!!」

「お前、小さいころから、それいってるよなぁ」

「デスラベルは初犯だから許されるべき(キリッ」

「許されねーよ!」

「申し訳ありません、ラーズ様。私めを思う存分、罰してください!」

「いや、思う存分……って程はやらないから! どんだけ叩かれるつもりなんだ!?」


 一人当たり10発くらい手加減なしでぶっ叩く。ファイレは涙目だったね。デスラベルは5発辺りから泣いて謝ったけど残り5発も叩いておいた。これでしばらくは大丈夫だろう。サズ神官も涙目ではあった。ただ、目つきが怪しかった。焦点が定まらず、どこか恍惚として息が荒かったような気がする。10発目を叩き込んだ時には背を反らせブルブル震えながら気を失いそうになっていた。色んな意味で心配だ。まぁ、心配していてもしょうがない。サズ神官には他にやってもらうことがあるので、いったん教会に戻ってもらう。ホワイトドラゴンのスノータァング退治の神官を何人か回してもらうよう頼みに行ってもらう。


 結局のところファイレとデスラベルだけで、ガイアルの所に戻ることになった。テーラーの実力から考えれば冒険者は大丈夫だとして、ウィローズはまだ心が重たいのだろうか? セリナーゼは商談がまとまっていないと考えるべきなのだろう。


 午後を知らせる鐘が王城から響いてくる。

 仕方ない、行動するか。だいたい丸一日休んだだけでも時間がかかり過ぎているんだ。これ以上引き延ばすわけにもいかない。

 ガイアルと顔を合わせると思うと気が重い。なんて言えばいいんだ? 「ネクロマンサーか?」って尋ねるのか? 尋ねて素直に答えるか? 答えたとして、そのまま戦闘に突入するのか。この人数で大丈夫か? もし、ネクロマンサーじゃなかったとき、疑われたガイアルの気持ちは?

 いろんなことが頭をよぎる。


「お兄ちゃん、絶対に大丈夫」

「まずはガイアルに会ってみないとわかんないよ?」


 その通りだ。二人ともケツを抑えていなければ、それなりに良いことを言っている気がするのだが、少し哀れな景色だ。彼女たちが悪いのは言うまでもないのだが……。


 宿屋で代金を聞いて外に出る。聞いただけ……セリナーゼ商会主の奢りじゃなければ、二度と泊まりに来ようと思わない金額。半年分の給料が無くなりそうだ。只の冒険者では泊まることはないだろう。機会があったら何かしらお返ししないと駄目だろうなぁ。

 そんなことを考えつつファイレとデスラベルを引き連れ、第二区画から第三区画へと移動していく。結構な道のりだ。

 第三区画に入ると久しぶりにくる雑踏とした臭い雰囲気にニヤケてしまう。人、ドワーフ、獣人が入り交じり、土の道に露店が並んでいいたり、喧嘩をしている人間がいたり、冒険者が酒場に入っていったり出てきたり……。人間臭い。良い悪いではない。戻ってきた感じに自分が第三区画が一番性に合っている人間なんだと思い知らされる。


 後ろからドンと突き飛ばされるが、倒れることはない。この辺では体格のいい……いや、ちょっと偉そうな冒険者は我が物顔で歩くのがお決まりだ。思っているそばから、浮浪者っぽい奴を弾き飛ばしている。

 ちょっと生意気だな。俺たちはA級冒険者なのに……と、思っても俺が偉いわけではないのでグッとこらえる。


「デスラベルがブッ飛ばしておこうか?」

「いや、まぁいいや。今はもめ事を起こしてる場合じゃないし……。

 …… ……大丈夫ですか?」


 倒れた浮浪者が尻餅をついたまま起き上がらないので気になって手を差し伸べた。どこか打ち所が悪かったのだろうか? 見た感じだとボロボロで男か女かも判断つかないし臭い。この人が問題なさそうなら、ガイアルの鍛冶屋に向かうか。


――――――――――――――――――


 彼女の名前は葉弓(はきゅう)(かえで)。現在いる国より遥か東の島国の出身の剣士だ。恰好は紋付き袴、黒髪で長く、年のころは20前後だろう……が、それより老けて見える。もう少し正確に言うなら、髪はボサボサで切りそろえることも無く目が隠れるほど放ったらかしで、紋付き袴もボロボロで汚い。それでも言い方としては可愛らしい方だ。道端を歩く人が見れば人かゴミか区別がつかないと いったところだろう。

 今も大男の戦士に突き飛ばされて尻餅をついている。彼女が弱いからではない。むしろ逆。彼女は強すぎるのである。


 葉弓楓。


 その名前を意味するところを、この国の人間は知らない。否、自国でも一握りの一族しか知らないであろう。この名前は3~400年ほど前に魔王を退けた勇者の名前である。この名前は葉弓の一族の女性剣士であれば誰でも名乗ることが出来る。

 『葉弓 楓』を誰でも名乗ることが出来る。本家、分家で強者と認められたものは否応なしにこの名を継がされる。

 それがどれほど恐ろしいことか葉弓家の者なら全員が知っている。『葉弓 楓』の名の者同士が出会えば殺し合う。勝った方だけが『葉弓 楓』として生き残る。この闘いに引き分けも逃げる選択肢もない。その選択肢があるなら『葉弓 楓』を名乗らなければいい。また継がされた者でも闇討ちなどを考えれば見逃すわけにもいかない。


 今、このボロ雑巾のような娘も命を助けた別の『葉弓 楓』に毒殺されそうになったばかりだった。すでに自国で数人 闘い、ここにきてさらに1人。自分こそ最強の『葉弓 楓』だという人物を打ち倒したばかりだった。命まで取るつもりはなかったのに、結果的には消させざるを得なかった。トドメを刺さなければ闇討ちしてでも『葉弓 楓』の名は欲しがるものはゴマンといるのだ。


 その『葉弓 楓』中でも彼女は五指に入る実力者である。

 ただ、その彼女の性格には問題がある。彼女は自分の居場所が世界に無いと考えている。一種の対人恐怖症。人に会えば『葉弓 楓』ではないかと疑う癖が身に付き警戒してしまう。逆に自分に近づかない人間はゴミを見るような目つきで蔑んで通り過ぎるだけ。

 彼女にはこの世界の人間は『敵対』か『蔑み』しかない世界とも言えた。

 本来は美少女だが、目立つことは『葉弓 楓』を簡単に呼び寄せ、血なまぐさい結果になり周りの人間に恐怖を植え付けることになる。それを避けるために容姿を取り払った結果ともいえる。心が荒んでくるのも当たり前と言えば当たり前だった。


「この世界なんて壊れてしまえばいいでござる」


 ちゃんとすれば美少女ではあるが「ござる」口調なのも問題はある。ようするに問題が多い娘である。見た目も口調も性格も……。だが、さらに彼女の歪んだ性格に拍車がかかることになる。


「…… ……大丈夫ですか?」


 尻餅をついたまま人を恨めしそうに睨み付けていた葉弓に、一人の男性が手を伸ばす。

 ラーズである。

蠱毒と同じような方法の『葉弓楓』システムです

闘わなければ生き残れない!

この葉弓楓さんは島国から逃げて来たんでござるが

当然 追手が来ていたわけです

名前を捨てて生きればいいのにねー

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