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64話 急転直下

 英雄・トールからの指名はチャンスだとウィローズは思った。彼から自分に攻撃を仕掛ける意図があるなら預言者に(はばか)ることなく叩き潰すことが出来る。今のラーズの仲間ではトールを倒すに至る人物は誰一人いないだろう。かといって、こちらから手を出すことは禁じられている。向こうからやってきてくれたのだ、ラーズ達の為に一肌脱げる機会が……。

 だが、思わぬ人物から横やりを入れられる。


「駄目だ。彼女を貸すわけにはいかない」


 ラーズがトールの提案を無下に断る。

 呆気にとられるのはウィローズとトール。ファイレは当たり前のようにラーズの車いすの後ろで眉一つ動かさない。デスラベルはラーズの膝の上で寝ていたが、ようやく頭を抑えながら立ち上がる。


「悪いがウィローズは俺たちの仲間だ。彼女に手を出させるわけにはいかない」


 目を丸くしたのはトールだけではなかった。ウィローズもその言葉にラーズの顔を確認してしまった。まさか仲間(・ ・)と言われるとは夢にも思わなかった。確かにラーズの近くにいることが多かったが、彼自身を直接助けたことは一度もない。ちょっとした修行のコツを教えたくらいで、ドラゴン戦に至っては死にそうになっているにもかかわらず高みの見物を決め込んでいた。そんな者が仲間と呼べるのだろうか? 少なくともラーズは仲間だと思っているようだ。ウィローズは複雑な気分になる。ウィローズ自身も彼らを助けるべくトールの呼び出しに応じようとしていた。それは仲間としての行動だと今さらながら理解する。冷静に考えれば、それでは監視の預言者に言い訳が立たない。いつの間にかずいぶん彼らに肩入れしすぎていた自分にあきれ返る。


「ラーズ、気持ちは嬉しいが、これは儂とトールとの話し合いなのじゃ」


 そう言った時にウィローズは自分でもさらに驚いた。『気持は嬉しい(・ ・ ・)が』? 仲間と思われているのが嬉しいのかと……。一緒にいれば面白い、だが、それが仲間かと言えば違うと思っていた。どうやら、まるで意識していなかったのだと密かにため息を吐く。

 『儂とトールとの話し合い』と言った時点でラーズが諦めるかと思ったが、一歩も引く気はないようだった。


「何かあってからじゃ遅いんだ。それに俺は……俺たちはウィローズに戦わせる気はない」

「……なん……じゃと?」

「へー、それは助かる。実は僕はそのことについて確認しに来たんだ。僕たちとラーズ達の争いに参加しないようにということをね。たとえば戦場にウィローズがズカズカ出てきて『巻き込まれました』みたいな顔をされないように安全な場所にいてもらいたい、とお願いしに来たんだ」

「わかった。彼女の安全を確保すればいいってことだろ?」

「勝手に話を進めるでない、ラーズ! 儂の話を聞け!」


 喚き散らすウィローズをよそに、ラーズとトールが双方の戦闘時にウィローズを参加させないことが取り決められる。トールが契約書を用意していたが一切認めず、ファイレが取り決めの全てを新たに書き起こす。安全を確保するとか、ラーズ対トール戦はいかなる場合でも戦闘に参加させないだとか、が、記入されトールが確認しサインする。不承不承でウィローズもサインせざるえない流れになる。元より闘ってはいけないのだから、これくらいは当たり前だとウィローズは自分に言い聞かせる。


「ラーズ君たちのおかげでいい契約ができたよ。精霊の拘束力まであるんだからね」

「バイバーイ!」


 手を振っているのはトールとデスラベル。かなり強い拘束力を持つ精霊の契約を結んだらしい。ウィローズは一瞬 拳を振り上げたが手をプルプルと震わせた後、なにか納得し諦めてため息を吐くだけで終わった。

 そもそも、関わりを持つからイケないのであって彼らが悪いわけではない。むしろ、ウィローズを積極的に戦場から遠ざけているのだから、感謝こそすれ迷惑がるのはお門違いというものだろう。

 トールの姿は遠ざかり今は見えなくなっている。ウィローズの感覚でも、もうこの辺りにいないのは確かだ。

 なんとなく無言のまま帰り道を歩く。先程まで楽しかった雰囲気が一変して重苦しく感じる。だんだんと人通りが少なくなり、ラーズ達だけになった時に、ウィローズは呟くように口を開いた。


「……愚か者どもめ」

「…… ……」

「儂はおぬしらの仲間なんぞではないわ」

「…… ……」

「だいたい、トールと戦うことが本来の目的でもあるまい。あんな奴の口車になんぞ乗せられおって」

「…… ……」

「……なんじゃ、これは?」


 ファイレから突然 渡されたハンカチに目を丸くするウィローズ。意図が読めず困惑気味にファイレを見返す。だが、ウィローズを見ていたのはファイレだけでなく、ラーズもデスラベルも戸惑い気味にウィローズを見ていた。


「気付いてないのか?」

「なにがじゃ?」

「ウィローズ、泣いてるよ?」

「!?」


 バッと慌てて片目を押さえる。頬が濡れた生温い感触が手にあたる。目から液体がゆっくりと、まだ流れつづけている。『なんだこれは?』、涙だと理解は出来ているが、何故流れているのか皆目見当がつかない。ここ何年も、何十年も、何百年も……いや生まれて此の方、涙を流した覚えなどない。


「嬉しかったんじゃないの?」

「……嬉しかった?」


 ファイレの言葉に呆れ返る。馬鹿も休み休み言え、と。仲間だと言われ嬉しくなかったと言えば嘘になるが泣くほどではなかった。よくあることだ、人の生死や仲間意識、そんなものにいちいち感情を振り回されていればキリが無い。ましてやウィローズは常に一人でいた。その間に多くの人の生死も感情も、嫌と言うほど見てきた。それを今さら……。


「自分に降りかかってきただけで、感情が翻弄されておるというのか? 馬鹿馬鹿しい……」


 借りたハンカチで涙を拭く。冷静になれば涙はすぐに止まる……ハズだった。だが、ハンカチから顔を上げることが出来ない。こんな奴らと仲間ではない、一時の感情の高ぶりだと己に言い聞かせ冷静になったはずなのに……。


「私達は先に帰っているから、ウィローズはその辺散歩してくれば?」

「……うむ……」


 ファイレの言葉で、肩が震える。まだ顔を上げられない。いや、もっと顔を上げられなくなった。彼らの言葉一つ一つが胸をえぐるように痛い。叫びたくなる。

 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 儂はお前らの仲間などではない! こんなクソみたいな弱い心など持ち合わせておらん……と。

 ウィローズは裏道に入って声を殺して膝を付いて泣き崩れた。


―――――――――――――――――――――――――――


 ラーズ達が休日を取っている間、城内ではとんでもない事件が起こっていた。


 一つは神聖王国の王子の呪いともいうべき『隷属の首輪』が情報局副大臣アルビウスによってはずされたこと。これは派閥争いをしている王侯貴族に大きな影響を与えることは言うまでもない。この一手により情勢が大きく獣人擁護に傾くかと思われた。

 だが、それを大きく上回る出来事が起こってしまう。

 冷静に対処したいアルビウスだが、とてもじゃないが心臓が破裂するのではないかと思うほどの大事件だ。一刻も早く行動しなければ一気に獣人擁護派が全滅しかねない状況に追い込まれた。

 メガネの弦を人差し指で持ち上げつつ、早足で移動するアルビウス副大臣。愚痴らずにはいられない


「バーグルド大臣か、雷剣トールか。どちらの馬鹿がこんなことをやったのやら。この代償は軽くないですよ。少なくともお二人の命は頂かないと割に合わない。だいたい他の雑魚がこんな大それたことを考えるはずがないし、考えたとしても実行するはずがない!!」


 信頼できる情報部の局員にいくつか指示を出す。そしてすぐに移動。早くラーズ達に知らせなければ死と隣り合わせの危険が迫っている。だが、この城からすぐに出るわけにもいかない。というか、出られない。


 正気の沙汰とは思えない強硬手段。

 殺したのだ、王族を。ただし獣人が……こうなれば、獣人擁護派がほぼ壊滅に追い込まれる。シナリオ的には最悪だ。ただ異国の王子を助けたことが首の皮一枚で生き残ることが出来ている。この城から出れない理由もそこにある。しかも殺されたのはスイロウ姫。

 バーグルド大臣が密かに闇に葬るよう情報を薄めていたと思っていたが、その判断は間違いだった。彼の狙いはスイロウ姫が獣人だったかを、あやふやなまま葬り去ることにあった。人の姫を獣人が殺した構図こそが狙い……王や英雄トールがこれに一枚噛んでないわけがない。自分の娘を闇に葬ってまで獣人を全滅させる気なのかと正気を疑う。

 だが、今はそんなことを考えている暇はない。第二区画、第三区画にいる獣人をこの場から逃がさなければ大半が殺される可能性が高い。もとから、この地域から出てラーズを貴族にし獣人たちの居場所を考えていたが後手に回っている。しかも、アルビウスも容疑者の一人として城から出ることも出来ない。


「全てはバーグルド大臣の手の平の上……とでも思っているのかしら」


 確かに城から出られない。だが、連絡を取る手段が全くないわけではない。王侯貴族たちよりもアドベンチャラーとして活躍していたことのあるアルビウスが、もしものことを考えて連絡手段をいくつも用意しているのは当然のこと。そして、そのうちいくつかはバーグルド大臣にネタバレしているのも覚悟の上。彼がアルビウスの連絡手段を無視しているとは考えづらい。


「とはいえ、全部を把握しているわけじゃないでしょうから、大昔の方法でいきましょうか」


 鏡を使った光の信号。城から出る必要もなく遠距離にまで音もなく連絡できる。周りに人がいないのも確認している。ココは見張られていないだろう。問題は受け手側だが、そちらもいくつか用意してある。一か所に集中するとバレるから当然だが、緊急時以外使わない場所にする。まだ、一度も使ったことのない場所、さすがにバーグルド大臣の手の者もいないだろう。受けては獣人、ほぼ裏切ることはない。


 ほぼ……というのは、スイロウ姫を殺したことからもわかる通り、絶対ではないのだ。その獣人もすぐさまアルーノ伯爵に断罪され首を落された。喋る隙も与えない、いわば口封じ。それがアルーノ伯爵の意志なのか、誰かに操られての出来事なのかの判断は難しい。アルーノ伯爵の息子・娘が味方にいるのに伯爵本人が敵に回れば厄介極まりないことは言うまでもない。


「やることが多すぎる!」


 頭をフル回転させても身体の数が変わるわけではない。ましてや軟禁状態では動くことすらままならない。だが、城内でもやることがある。

 まずは城内にいる貴族の獣人擁護派をすべて解体・ ・する。バーグルド大臣か王が行うだろうが、それに乗っかる。その手筈を部下にも指示してある。

 顔の傷に指を這わせながらこの場を後にした。

光のモールス信号 ありきたりですが有効ですね

ただし夜なので光源が弱いのが欠点

他にも動物(鳥など)を使う、パイプ連絡管(モールス信号)、風の精霊魔法など

他にも方法はたくさんあります

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