62話 冷やかし
宿屋内で騒ぎまくっていることを謝罪しておいた。さすがに車いすをブッ飛ばしてトイレに行くなど非常識だろう。良い子のみんなはマネするなよ。それに室内とはいえ大声の出し過ぎだろう。それ程苦情も来て無いようなのであっさりと許してもらった。というか『それくらいは大目に見ますよ』と言われた。
午後は買い物に出かけることになった。もちろん俺は車いす。本来 行く予定のなかった買い物である。こうしている間にも、色々問題が起こっているというのにノンビリしていていいのだろうかという気がどうしてもしてしまう。それが顔に出るたびにウィローズにぶん殴られる。
「今は忘れろと言っておるじゃろ!」
「そー簡単に切り替わらないよなー、やっぱり」
「お兄ちゃんも女の腐ったのみたいにウダウダ言わない」
「じゃぁ、車いす全力疾走で街に繰り出そう!」
「デスラベル、今、宿屋に謝りに行ったばかりで……って聞いてない! おい、コラ!」
ギャルルルルゥっと車いすの車輪を回転させると、火花を散らして滑走し始める。宿屋から一気に外へと飛び出していく。何馬力あるんだ! あと、なんでウィローズは肘掛けの上に毎回乗るんだ! ファイレとテーラも走って追いかけてくる。このまま第二区画の商業施設まで突っ走っていく。
外に出れば晴天。路上に人が溢れている。どの店も活気にあふれている。俺が下水道で闘っていた都市と同じ都市だとは思えないほど明るく騒がしい。
さて、どこに行くかと問えばウインドショッピング……要は冷やかしだ。第三区画では冷やかしは嫌われるが第二区画ではそうでもないらしい。冷やかしのつもりで店に入っても買っていく客は多いそうだ。これが持てる者と持たざる者の差だということらしい。資金があれば、ついつい買ってしまうことがままあるとのこと。俺にはない感覚なので、どちらかと言えば持たざる者に入るのだろう。だが、一緒に育ってきたはずの義妹ファイレは持てる者の才覚があるらしい。
「ねーねー、お兄ちゃん。これを買おうよ!」
「いや、こっちの方が良いのではないか?」
「両方、買えばぁ~♪」
「そうですね。安いですし」
えー、マジでぇー! 洋服一着3万Gって安いのぉー!? だって俺が普段着にしているのって一着980Gだけどぉ? 安いときは三着で1980Gだったりするけどぉ?
デスラベルとテーラーがお金を持っているのはわかる。そもそもこの二人は第一、第二区画が住処と言っていい連中だ。だが、ファイレは俺と同じハズ、ウィローズに至っては働いているのかすら疑問が残る。
「儂は金を持っておる」
俺の心を読んだかのように、顔を覗き込まれる。かなりの至近距離。まるで精密に作られた美少女の人形のような顔立ち。だが、その顔は尋常とは言えない。背中が寒くなるほど恐ろしい笑顔だった。
一瞬、誰だか分からなくなるほど 全く別人のような顔をしていた。いや、ウィローズはたまにそんな顔をしている。
あれは……。
「そんな話、どーでもいいから、次の店に行こ!」
「どーでもいいのぉー!? いや、よくわかんないけど重要かもしれないだろ!」
「重要じゃないよぉ。そんなことよりこの辺の服は大雑把に見たから、あとでまた見に来ればいいよ」
「今、見とけよ! なんでまたくんのっぉ!!」
「安心せい。おぬしの分も儂らで選んでやる」
「こちらは女性物が大半ですからね。紳士服なら別の店の方がいいでしょう」
「いや、紳士服は後回しでいいから、先にこっちで買えばいいだろ」
「そうはいうけどね、他も見てみないと分からないじゃない? たとえば他の店で同じものが安い値段であるかもしれないし、同じ値段でもっと良いモノがあるかもしれないし」
「色々見て、確認して、良いモノを探して、結局買わないぃ♪」
「買わないのかよ! 買えよ!」
「それがウインドショッピングの極意!」
「どんな極意だよ! てーか極意じゃないよ、ケチなだけだよ! お前金持ってんじゃねーの!」
「ラーズ様、お金を持っているのとウインドショッピングで買わないのとは話が違います」
「一緒じゃね? お金ないから買わないのであって、お金ある上 欲しいなら買えばいいよね!」
「あはっはっはっは……さすが、お兄ちゃん、まるでわかってない。お金があるからって、欲しいモノを何でもかんでも買えばいいってもんじゃないのよ。欲しいモノを見つけるのがウインドショッピング。そして、何か上手くいったときの自分へのご褒美に買いに来るのが目的の一つ」
「そしてもう一つは、ただダラダラと歩く!」
「そんな爽やかな顔で親指たてられてもなぁー、デスラベル。本当いい迷惑じゃね?」
「ところが迷惑じゃないんじゃな、これが。なにせ こちらは『買う確約がある』わけじゃ。何か上手くいけば買う……店としても儲けがある。しかも相手は一人二人ではないわけじゃ。毎日、下見した客がだれかしら『成功し』買っていく。ならば下見は出来るだけさせた方がいいわけじゃ」
「もっとも、買いに来たら買おうと思っていたモノより良いモノがあって、結局買わなかったりしますけどね」
「下見の意味 成してないなぁー」
ダラダラとした会話をつづけながら、色々な店を回る。小物を買いはするがたしかにほとんど下見だ。だが、みんな楽しそうに笑っている。みんなの笑顔を見た瞬間、休息の必要性に気が付いた。いままで気を張り詰め過ぎていた。
息は吸ってばかりじゃ生きられない。吐き出さなければ呼吸することは出来ない。休むことは戦ううえで必要な時間だ。必要な時間だが……。
「なぁ、ガイアルに逃げられたりしないかな?」
気になってしまう。
結論から言えば休息することが難しい。やらなきゃいけないことを放っておいて遊ぶって神経磨り減るよ。俺は何もかも片づけてから遊ぶ方が性に向いているんだけど、みんな余裕だなぁ、オイ!
「? なにいってるの?」
「なにって?」
「逃げれるわけないじゃない?」
「?」
「大丈夫か、アホ兄妹? 話が噛み合っていないみたいだぞ?」
「ふむ、そうみたいね。お兄ちゃんがアホだから?」
「小首を傾げて言うな! なんでガイアルが逃げられないのか、ファイレが説明してないだろ?」
「してなかったっけ?」
「してないよ?」
「そっかー。師匠がガイアルを見張ってるから大丈夫だよ」
「そうか師匠が……
…… …… ……
…… …… …… …… …… 師匠って、え? 師匠? 師匠キテルの!?」
「うーん? デスラベルも見たけど、あんなのが師匠なの?」
「『あんなの』……。『あんなの』といったのか、デスラベル?」
「だって、あれが師匠ならラーズとファイレの師匠にゴブリンでもなれそうじない?」
「じゃぁ、間違いなく師匠だ!」
「えー!? ラーズ様! 師匠を馬鹿にされてるんじゃないんですかぁ!?」
テーラーがもっともな意見を述べる。たしかに知らない人が聞けば馬鹿にしているように聞こえるかもしれない。だが、その見た目はとてもゴブリンを倒せる容姿ではない。だからデスラベルの見解は正しい。見た目だけに関しては……。
「どっちが見張ってるんだ?」
「ん、クロネコ師匠だよ」
クロネコ師匠!
見た目はクロネコ……そしてまぁ、黒猫である。ファイレの話だと どうやらウィローズを見張っていたらしいがウィローズをこっちに回すことにより、ガイアルを見張ることになったとか。それならガイアルの見張りは完璧だろう。憂いが無くなった。よし遊ぼう! 今日一日羽目を外そう……もう午後だし、体が満足に動かないけど!
「よーし、それなら何の問題もない! 遊びまくろう! まずは甘いモン食いに行こう! そして洋服店を片っ端から冷やかそう。俺、金 持ってないしな!」
「ずいぶん開き直りましたね~……。そのクロネコ師匠は信頼おける方なんですか?」
「デスラベルが見た感じただの猫だったけどね。ファイレが色々お願いしてたけど『ニャ~』としか言ってなかったよ。あと、ときたまファイレの話を聞かないでノビをしてたりした」
「見た目的にはただの猫じゃな。初見であれを信用するなら只のアホじゃろ」
「なんか、急いで帰った方がいい気がしてきたのは、私の気のせいでしょうか?」
「でも、デスラベルがオリハルコンの加工技術を教えたから今は頑張ってんじゃないかなぁ」
「どんな根拠で!? だって、悪者ならそんなのほっぽいといて逃げません?」
「!? 言われてみれば!? 目から鱗の展開だよ!? おのれガイアル、デスラベルを謀るとはっぁ」
師匠がいる時点でガイアルに逃げられる選択肢はないので安心できるが、それよりもガイアルがオリハルコン加工をサボっているイメージが湧かない。なんとなく、無言でハンマーを振り下ろす図が頭に浮かぶ。彼女がネクロマンサーだとしたらそんなことはありえないような気がするのだが……。だって、ネクロマンサーを倒す武器を頼んでるんだぜ? 自分を倒す武器を自分で作るのか? 師匠に見張られていたって制作を強制しているわけではない。
車いすを押してもらい、新たな甘味処のレストランに向かう。テーラーはクロネコ師匠に興味津々だが、デスラベルの『黒猫以上でも以下でもない』という身も蓋もない説明に納得いかない様子。それだけ聞くと俺たちの師匠たる所以ゼロだもんなぁ。
ちゃんと一から説明しようと思ったんだけど、空気が変わった。
ゾロゾロと冒険者が俺たちを囲み始める。誰だろう? 見たことない人たちだが、友達になりたいという雰囲気ではないぞ。構える……と言う風ではないが剣を抜き身のまま持っている。人数はひーふーみー……14人微妙な人数だ。
ファイレ達も車いすを止め、挑発するように腕を組んだり腰に手を当てたりして見下す。
しかも大通りのど真ん中だ。人目につかないわけがない。周りからざわめき声が聞こえてくる。
「おい、あいつら まさか新進気鋭の『デッドマンショー』のパーティーじゃねーか!」
「有望株の冒険者を手当たり次第取り込んでいくあのパーティーか」
「なんで、あんな奴らをとりかこんでるんだ?」
「いや、目的はあの獣人だろ!」
「まさか『国の先陣』か?」
「馬鹿な、こんなところに一人で遊びに来てるとかないだろ」
「いや、まわりにも女の子がいるから……」
「そんな集まりに出る玉かよ!」
どうやら、観客の判断ではこの14人はテーラーに用事があるようだ。もっとも、俺も彼女に用事がある。というかハーレムデート中だ。話し合いで解決しないならご退場願うしかなくなる。もっともこちらから手を出すつもりはない。
「何かご用ですか? 俺たちは……」
「大人しくこの国から出ていくなら見逃してやる。残るというのなら死ね。二つに一つの選択だ」
14人の間を割って後ろから冒険者が歩いてくる。15人目……『デッドマンショー』のリーダー・オルト・デットマン。
まぁ、秒札でしたけどね~。
ウチのパーティー強いや。
答えの代わりにファイレが、鼻歌交じりにファイヤーボールを打ち込んで、その燃える火の中をテーラーが突っ込んでいく。そして、デスラベルの当たらない弓矢とウィローズが俺の膝に座り足をブラブラ。
魔法の矢でほとんど撃ち漏らしなく倒し、最後のオルトをテーラーが蹴り飛ばして終わり……そして、まだ、デスラベルが弓を撃ってるのをウィローズがケツに蹴りを入れて止める。1分はかかっていない。
「何しに来たのかしらねぇ?」
「見た見た! デスラベルの大活躍!」
「矢を回収しといた方がよいぞ。一発も当たっておらんからな」
「私のせいで少々ご迷惑をおかけしたようで……」
「まぁ。彼らが空回りしただけだろ」
観客の感嘆と拍手の中、甘味処のレストランへと向かう俺たちだった。
A「見たかよ、あの『デットマンショー』が瞬殺」
B「マジで!? 見てねー。そんなことがあったのかよ」
A「相手は『国の先陣』」
B「なに『国の先陣』伝説の始まり! レジェンドオブ『国の先陣』!?」
A「ほかにも3人の女性が仲間だったらしいが15vs4だったらしいぜ」
B「どっちにしても半端ねーな。強すぎだろ!」
完全にラーズの話題はスルーされる




