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61話 短い休日 覚悟をする・・・ということ

 ラーズ様が昼食をとることになりました。

 この宿では本来 食事は店員に運んでもらうか完備されている食堂に向かうかの二択です。当然、警備担当ではあるが私も、この宿の店員であるからしてラーズ様の部屋に食事を運ぶことに何も問題は無いのです。


「いいや、あるわよ!」

「そーだ、そーだ!」

「食事を運んだなら、さっさと帰れ、人狼」


 私の仲間(?)のファイレと、よくわからないエルフと少女が抗議を申し立てます。無論、そんな抗議を快諾するわけがありません。なにせラーズ様はお怪我をなさっているです。誰かが食事を手伝って差し上げなければならりません。その役目は当然、私以外考えられないでしょう。


「なんで、テーラーなのよ!」

「そーだ、そーだ!」

「ラーズの食事は儂らが手伝うから、人狼は警備に戻れ!」


 などと、訳の分からないことを言う彼女たち。こう言った仕事は私の仕事だと決まっているのに……。

 今日の昼食はラーズ様の体調に合わせてハギスのリゾットとサラダとスープ。ハギスの肉ということだが実際はただ単に珍しい肉と言う意味合いを持ちます。実物のハギスを見た者がこの国にどれほどいるかも怪しい生き物です。

 そんなリゾットを私がラーズに食べさせようというのに力ずくで羽交い絞めにされてしまいます。ぐぬぬ。


「あー、4人とも慌てるな。朝と比べると手足も多、少し動くようになってきたら一人で食べれないことも無い。そういう訳で」

「どーいう訳よぉっぉおお!!」

「儂らの楽しみを奪うつもりか、おぬしはっぁあぁ!!」

「いくらラーズ様といえど、言っていいことと悪いことがありますっぅっぅ!!」

「そーだ、そーだ!」


 いくら私が温厚だとしても許せないことはあります。……えっ? それは許せる範囲だと? ハッ! 何をおっしゃってるんだかさっぱりわかりません。

 どうやら、この中でラーズ様の暴挙を許せるものは一人もいないようで安心しました。それどころか、ラーズ様のお言葉を全く無視して、誰が手伝うか決めるようです。


「じゃぁー、ジャンケンで配置を決めまーす!」

「うぉい! 俺の話を聞いていたか!!」

「『最初はグー』ですよ!」

「ほほぅ、儂にジャンケンで勝とうというのか!」

「デスラベルも強いよ~。3回に1回くらい勝つからね~」

「…… ……それは普通(・ ・)では?」


 それぞれ、妙な構えを取りジャンケンに備えます。手の平を組んでグルッとさせて覗き込んだり、手の甲に指をあてたり……。だが、ウィローズと言う少女はそれぞれの手の動きを見ています。只者ではないようですね。おそらく出す瞬間の指の動きまで見抜き判断するのではないでしょうか。腕を組んで悠々と見下すように立ちはだかります……ただ身長が低いので迫力はありませんが…。


「「「 ジャン……ケン……ポン!! 」」」

「「「 あいこで……しょ!! 」」」


「「「 あいこで……しょ!! 」」」


「「「 あいこで……しょ!! 」」」


「やったー! デスラベル 優・勝っぉおっぉおお!! 勝った、勝ったっぁああ!!」


 ……意外な勝負結果でした。

 エルフのデスラベルが3分の1を順調に勝ち抜き1位に……で


「馬鹿なっぁあ! 儂が最下位だとっぉお!!」


 余裕をかましていたウィローズは最下位でした。最初のあのポーズに騙されましたが、真っ先に負けてました。残念なことに私は3位。そうなると言うまでもなくファイレは2位です。


「じゃぁデスラベルが食べさせるぅっぅ!」

「おっと、デスラベル。ちゃんと聞いてなかったわね。配置(・ ・)を決めるのよ」

「? デスラベルが食べさせるんじゃないのぉ~」

「落ち着いてください。リゾット、サラダ、スープとあります。それぞれが持ち場に着けるということです……一人を除いて……ふっ」

「なんじゃ、この人狼野郎! 殺るのか、儂と殺り合うというのか! コンチクショウ!」


 半泣きです。この少女、生意気だけど半泣きになってるのを見ると可哀そうではあります。可哀そうではありますが譲る気は微塵もありません。デスラベルとファイレを見ても譲る気は永遠のゼロといった感じですね。それもそのはず半分は生き甲斐と言ってもいいくらいのイベントなんですから。半泣き少女くらいで譲れるわけがありません。


「『半泣き少女に譲れるわけがない!』とか思ってるんじゃろ、おぬしら! わからんでもないが、儂にもなにか役職を要求する権利があるはずじゃ!」

「デスラベルはリゾット食べさせるー」

「人の話を聞けぃ、デスラベル!」

「じゃぁ、私はサラダにするけどテーラーは、ウィローズにスープを譲れば?」

「ご冗談を。これは私に与えられた役目。ラーズ様に美味しく頂いてもらうために心を込めて飲ませて差し上げます」

「だぁかぁらぁ、儂にもなにかやらせぇ!」


「俺の意見は? 諦めて食べさせてもらうけど、ウィローズも何かやらせてやれよー」

「あぉ! さすがはラーズじゃいいことを言う」

「デスラベルは思いつかなーい」

「考える気ゼロじゃん」

「では、配膳を片付けるのは?」

「それ、もうラーズ関係ないじゃろ!!」

「思いついた! 部屋の前で警備!」

「デスラベル、貴様、儂を部屋から追い出すつもりかっぁ」


 もっとも先程まで私は知らずに警備していましたがね。セリナーゼ様もどうせならラーズ様が泊まっていることを教えて下さればよかったものを……そうすれば寝ずに番をしましたのに……。具体的にはベットの中とかで!

 話が逸れました。ウィローズの配置を考えねばならないわけです。たしかに、なにか与えるべきではありますね。私が最下位でしたら発狂モノです。ですが、何かいい案があるものでしょうか?

 私たちが憐みの目を向けていることがわかったのでしょう。急にウィローズが後ずさりを始めました。


「な、なんじゃ、おぬしら……。そんな目で、そんな目で儂を見ることは許さんぞっぉ!! やめろー」


 どこの三流悪役でしょう……。ヨロヨロと後ずさり頭を抱えて倒れ込みます。見ている分には楽しいです。どこか他人と一線を引いているような少女が、他人との関係で敗北していることが面白く感じられる私は性悪なのでしょうか?

 そう思い横を見ると、私以上の性悪が少なくとも二人、確認することが出来ます。


「まぁ、見てるだけで大丈夫そうね」

「思ったよりも大丈夫そーだ」

「大丈夫ですね」


「えー! なんかさっきより弱ってるように見えるのは俺だけぇー!!」


 ウィローズを見学に据えて、ラーズ様の食事が始まります。

 ラーズ様は自分の手で食べたそうにしていましたが、私たちがそれを許しません。私は不思議な感覚に襲われます。私の指示でしかスープを飲むことが出来ないラーズ様を支配する女王のような 且つ ラーズ様が欲すればすぐにスープを差し出さなくてはならない奴隷のような、胸を……いや、肺を鷲掴みにされ呼吸が出来なくなるような苦しいような嬉しいような感覚。この体験は病みつきになります。自分の心拍数が上がっていくのがわかるほどです。


 少し甘く考えていました。

 只、食べさせるだけ……その行為がここまで感情を高ぶらせるものだとは考えてもみませんでした。もし、朝食も彼女たちがラーズ様に「あーん」をしていたらと思うと、悔しくて涙が出そうになります。それどころか精神的にもダメージが大きいです。大きく溝を開けられたような気になってきます。が、同時に朝食でこの感覚を体験しているのに、見るだけとなったウィローズのことを考えると、空恐ろしいことです。

 そして、ここまで理解しているのにファイレとデスラベルは、それを平然とやってのけているのです。別に罰とかではありません。優越感……自分が他者より上に立っていることを実感できるというだけで、ラーズ様への食事をさせる権利を奪っていると考えるのが妥当でしょう。3つしかない料理を見て決めたのはラーズ様なの妹のファイレです。

 だが、ウィローズ(・ ・ ・ ・ ・)からその権利を奪ったのではありません。なぜなら『見てるだけ』と言う地位にファイレもなる可能性があったはずなのにジャンケンを選択したのです。ジャンケンに絶対の自信があったか、と問われれば否でしょう。なぜなら1位ではないからです。負けることがあったわけです。

 ハイリスク、ハイリターン

 それにかけたのでしょうか? たしかに負けは4人に1人だけですが……。


「ふっふっふ、まぁ、人狼には理解できんか」

「なんですって?」


 ラーズ様にスープを飲ませた後、ウィローズと目が遭った時にかけられた言葉に自分が考えていたことが頭をよぎりました。ファイレが負けるリスクを背負った理由。ウィローズは知っているのでしょうか?


「ラーズに食事を与えられぬことが、リスクだと思っておるんじゃろ?」

「…… ……」

「残念ながらファイレにとってリスクではないのじゃよ」

「負け惜しみを……」

「もう一度言わねばわからんか? ファイレ(・ ・ ・ ・)には……じゃよ。かくいう儂もリスクとしては軽い方じゃな。『なにも出来ないこと』が不幸とは限らん。自ら枷を与えることが次への幸福へとつながる。今が無理であれば次に起きる快楽は何倍にも感じる。逆に常に幸福感を与えられていれば、感覚は麻痺する」

「そうでしょうか? 普段、ラーズ様にお食事を与えられるチャンスなどありません。むしろ二度とないかもしれないんですよ? それを考えればリスクとしか言いようがないと思うのですが?」

「頭の回転が早くて助かるのぉ。その通りじゃ。だから想像する。今、おぬしが幸せであるために、もしジャンケンで負けていたら……と。逆も然りということじゃ。負けたものは勝った時のことを考え次に繋ぐことが出来る。二度とないかもしれないチャンスをものに出来なければ、次こそはその幸福にしがみ付きたくなる。努力しようと思う。糧となる……とファイレは直観的に感じ取っておるのじゃろう。考えた結果ジャンケンではあるまい」

「確かに、今は負けたときのことを考えタコとは認めましょう。ですが私は常に勝っていたいです」

「それが最善じゃが、そうなるとは限らん。それに、負けも意外と悪い感覚ではないのだぞ。後ろ暗いゾクゾクした感触を味わえる。と、いうか現在進行形で味わっておるがな」

「…… ……ふぅ~」


 なんとなく、わかるような わからないような話でしたが、それよりスープをラーズ様に飲ませる仕事に従事することに忙しく、ウィローズとの話は適当に聞き流すことにしました。


――――――――――――――――――


 儂が思うにファイレは負けることに覚悟があるのじゃ。負けを受け入れる覚悟。

 兄のラーズが『ドラゴンの主』と戦うと言った時からある覚悟じゃろう。それに慣れるための手段であり選択のようにも思えるわけじゃがな。

 負けないに越したことはない。だが、理想でしかない。冷静でいるためには勝つにしても負けるにしても『覚悟』を持って受け入れるしかないわけじゃ。


――――――――――――――――――


 ラーズにリゾットを食べさせてあげながら、ぼんやりとウィローズとテーラーの話を聞いていたけどファイレの考えはおそらく違うんじゃないかなぁ。もっと曖昧。

 勝つとか負けるとかどうでもいいって感じ? うーん、ちょっと違うなぁ。どうでもいいわけじゃない。勝っても負けてもどっちもハッピーな感じ? ジャンケンを提案する前からどちらに転んでも良かったような気がする。

 私なら、おそらく そうだっただろう。負けていたとして、地団駄を踏んで嫉妬したとしても、それはそれで楽しかったような気がする。

 あれ? ウィローズも『負けてもそんなに悪くない』みたいなこと言ってたっけ? じゃぁ、私の考えと同じなのかなぁ。

 でも、こうやってリゾットを永遠とラーズの口に運んでいくことは面白い。何が面白いのか分からないけれど、気分がいいんだよね~。誰でもいいってわけでもない。不思議な感じだ。やっぱりジャンケンに勝って正解だったという気にはなる。やっぱ見てるだけじゃ味気ないかなぁ~?

 私とファイレの考えは違うのかもしれない。


――――――――――――――――――


 オッス、おら、ファイレです! (キリッ

 まぁ(キリッ)とか言ってる場合じゃないんだけどね。危ねー危ねー。まさかデスラベルにジャンケン負けるなんて想像もしてなかったよ! だってデスラベル勝負事、超弱いでしょ? だから当然、最下位になると思ってたわけよ。それがまさかの大・逆・転! ビビッたわー。お兄ちゃんに食べさせることが出来なかったらと思ったらゾッとするわー。そんなこと考えられないっちゅーの!

 まったく公平を期するフリしてデスラベルを犠牲にしようと思ったら、危うく落とし穴に落ちるところだったわぁー。確率のギャンブルはやっぱダメね。トランプのように頭を使うもので追い込みましょう。


 まさか、私の考え……バレてないわよねぇ

ハギス

スコットランドの料理ですが架空の動物でもあります

噂では三本足のカモノハシみたいな姿らしいですが

「珍しい肉」の形容詞的な意味合いを持つとか持たないとか

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