60話 短い休日 トイレの中まで・・・
素材が怪しげな朝食を食べ終えた俺。何故かオジヤに高級食材が使われていた。どう考えても調理法を間違えてるだろ。マズくはなかった、マズくはなかったが、なにかモヤモヤした感じが残る朝食だった。
それにしても全身ボロボロで治るんだろうか という気になっていたが、サズ神官の神聖魔法は俺が考えているよりも遥かに効果を発揮している。朝、動かなかった身体も昼前には多少マシになってきた。痛みがあるものの手も足も辛うじて動くようになってきている。
ベットから立ち上がろうとしてみるが……。
「うわぁ、お兄ちゃん、ぷるぷるしてるぅ」
「あははははは!」
「生まれたての小鹿のようじゃな」
「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ」
すぐに床に四つん這いに倒れ込む。ファイレをはじめ、デスラベルもウィローズも言いたい放題である。立ち上がっただけでも脂汗をかくほど痛みが神経を蝕んでくる。
「無理しなくても、明日になればサズ神官がもう一度 神聖魔法をかけてくれるだろうから、そすれば立ち上がれるようになると思うわ」
「ガイアルのことが心配なんじゃろうが今は大人しくしているしかあるまい?」
「しょうがないからトランプやろーよ。トランプ!」
たしかにウィローズの言う通りガイアルのことも心配だが、口には出していないがそれよりも切羽詰った問題があった。
トイレに行きたい!!
残念ながら彼女達に頼む選択肢はない。なぜならトイレの中まで着いてきそうな勢いなのは先程の朝食で理解した。中まで入ってきてズボンを降ろされパンツまで降ろされた日には……。落ち着け、何かいい手段があるはずだ。
這い上がるようにベットに戻る俺。そのわきをファイレとデスラベルが手伝ってくれる。基本的にはいい娘たちなのだが、ちょっと過剰すぎる感がある。ウィローズは自分の思うが儘に行動するので、何時、何に食いついてくるかわからないので注意が必要だ。
いつの間にかデスラベルの提案のトランプを始めることとなっていた。それどころではないのに……。
態度で悟られないようにしつつ、その間にトイレに向かう方法を考えよう。カードを眺めながらトイレについて思考を傾ける。
最もシンプルな方法は、彼女たちにトイレまで連れて行って外で待っていてもらう。だが、不安要素が多いのが難点である。トイレの中まで入ってきて「手伝う!」と言われたら目も当てられない。しかも可能性が大きい。さらに三人とも着いてきそうで恐ろしい。これは最終手段としたい。
第二弾、自力でトイレに向かう。これは実質的に無理。なので却下。
第三弾、宿屋の人を呼んできてもらう。これは名案のような気がするが、なんといって宿屋の店員さんを呼んでもらうかが難しい。「トイレに行きたい」? そうなると彼女たちに無理矢理引きずられていく図しか思い浮かばない。なら「私的な用事だから」? 結局、彼女たちがやると言い出す未来しかなさそうな気がする。もっといい言い回しはないだろうか?
適当にカードを切りながらトランプを進める。
ちなみに『大貧民』という遊び。地方によっては『大富豪』とも呼ばれているらしい。ローカルルールが多いので、その辺は始まる前に確認するのがマナー。
あれ、いつの間にかファイレはあがってるぞ。
それはともかく、店員さんを呼んできてもらう方法を考え付いた。ファイレ、デスラベル、ウィローズ、それそれに用事を言いつける。そして「他にも用事があるので店員さんを呼んできて」と言う。彼女たちも出かけてしまうので渋々店員さんを呼んでくれる。どうだ、この作戦!
とか、考えているうちに最下位になってしまっている。
「相変わらず、ラーズは弱いなぁ」
「僅差! 僅差だろ!」
「ふむ、儂がファイレに負けるとは思わなんだ」
「はっはっはっは、残念、ウィローズちゃん! これで今回、お兄ちゃんのトイレに連れて行くのは私ということね」
「致し方あるまい」
「そーだね。デスラベルは次の次かぁ」
「…… ……。 …… ……は?」
何ヲ言ッテイルンダ?
いや、言葉の意味は分かる。そして、そろそろトイレにも行きたい気分でもある。だが、俺が思案していた全てが台無しじゃないか!
「いつ、このトランプで俺のトイレ担当を決めることになったんだ!?」
「『いつ』って言われてもね~?」
「そうじゃのぉ、始める前には決まっておる感じじゃったじゃろ?」
「暗黙の了解……みたいな?」
嘘だぁ!! 俺、何にも聞いてないし! なんでアンタらだけ理解してんの!?
「どっちにしたって、今のお兄ちゃんじゃぁ一人でトイレに行けないでしょ?」
ニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべる我が妹ファイレ。よく御存じで……よくも何も今の状態でトイレに行けないのは明白か……。
「わかった、トイレに連れて行ってもらうことにはする。だが、中には入るなよ」
「なんで?」
「なんで?」
「なぜじゃ?」
「ハモるな! 中に入る必要ないだろ! 今現在でもトランプ出来るまでに回復してるんだから」
「そうはいっても」
「儂らも心配じゃからなぁ」
「そうそう、ちゃんとパンツまで降ろせるか、確認しないと! それ以外も確認しないと!! はぁはぁ」
「駄目だ! お前らは色んな意味で危なすぎる! あと人間としても駄目だ」
「じゃぁ人間をやめる!」
「エルフだから」
「はたして儂が人間かのぉ~?」
三人ともニヤついて、手をワキワキしながら俺に近づいてくる。
ダメだ……根本的にダメ人間だ、コイツら。
にじり寄ってくる三人に脂汗を垂らしながら、真剣に神聖魔法を撃ち込んでやろうかと考える俺。だが、ファイレの行動は俺よりも早かった。俺が呪文を唱えてやろうかと考えている時には、すでに彼女は呪文を唱え終わっていた!
「…… ……!?」
「あれ、ラーズの声が聞こえなくなったよ?」
「ほほぉぅ。沈黙の呪文か。素早いのぉ。これなら下手に呪文も唱えられないし、うるさくもないわけじゃな。さらに現在は体術等も使えまいから好き放題できるわけじゃ」
「ふっふっふ、そういうこと♪」
『そーいうこと』じゃないでしょ、妹君! 何しでかすつもりだよ! 落ち着いて話合おうじゃないか! と、言いたくても声にならない。俺の周りの音は一切出ないようになっている。
「さ~て、お兄ちゃん♪ 楽しい楽しいおトイレの時間でちゅよ~」
楽しそうなのはお前だけじゃないかぁっぁあ!!
「慌てる出ない」
「そうだよ、ファイレ」
二人が冷静に止めに入る。そんんはハズはない! ウィローズもデスラベルもそんな玉か!? 否、むしろ……。
「この際だから、儂らも一緒に行くというのはどうじゃろう?」
「トイレなんか一日に何度か行くんだから、初めはみんなで連れて行ってみようよ」
何を見るつもりだ!
デスラベルとファイレが俺をベットから引きずりおろすと、車いすに座らせる。いつの間にこんなモノを!? 確か高級品……上流貴族の怪我人にしか使われていないモノだったはず。
「『何でそんなモノがココに!』という顔をしてるわね。もちろんサズ神官のご厚意よ。ホント、至れり尽くせりだわ。具体的に私たちが!」
ヤバい、先ほどまで小悪魔の微笑みが大悪魔の高笑いへと変貌しつつあるぞ。何か知らんが貞操の危機じゃないか?
ガチャリと車輪が動き出す音が聞こえると同時に体が後ろへとゲージ圧力がかかる。
何馬力だ!? 馬が一頭や二頭で引っ張っているようなもんじゃねーよ。まるでドラゴンが引いている馬車かと勘違いしそうな勢いで車いすが発進する。
俺が声にならない声を上げてビビッているが、後ろからはデスラベルの笑い声が聞こえる。指示はファイレで、ウィローズは車いすの肘掛けの上に乗っかって立っている。前がよく見えんぞ。まさか本当に三人でトイレに連れて行くつもりか!?
宿屋の通路は人が余裕で3人並んで通れるほどの広い幅がある。そこを疾風のように俺の車いすが突っ走る。先にお客さんらしい人が見える。「止まれ! 止まれ!」と俺が指示を出すが沈黙の呪文が、まだ効果を発揮している。
「おらおら、どけどけぇー! ラーズ一家のお通りだっぁあっぁ!!」
「はいはーい、邪魔ですよ!」
「そこぉ! 道を開けぇぃ!!」
人の迷惑を顧みずデスラベルが車いすでドリフトをかまし、ウィローズが髪をなびかせ、ファイレの指示でトイレへと一直線。なんだ、この光景!? 大丈夫か、大丈夫なのか、こんなに傍若無人で!! しかし、俺に選択権はない。もともと身体が十分に動かない上に声まで出せなかったら、何にもできない。
「とーちゃーっく!!」
「…… ……!?」
『ぐおっ!?』と無音の声を上げる。なにせ、前に放り出されそうなところを、ウィローズの右足で肋骨部分を抑えつけて飛び出ないようにされたのだ。呼吸が一瞬止まり、激痛が走る。
「この程度で情けないのぉ」
「もっとも、予定通りなんだけどね~」
俺が苦痛に顔を歪めていると、車いすから降ろされトイレの中へと3人に連れて行かれる。待て! 暴れようとするが先程の呼吸が一拍止まったことで、さらに全身に力が入らなくなっている。『予定通り』はこれだったのか! ファイレとウィローズはどこまでが計算ずくなんだよぉ~。
ガチャガチャとズボンのベルトが外されていく。さすがに他人のベルトを外すのは3人とも慣れてはいないようで手間取っている。
「意外と難しいわね~」
「やっぱり、3人がかりというのが無理あるんだよぉ」
「ならここは儂が代表して」
「なにが『代表だ』! やめろー!!」
「あら、お兄ちゃん。沈黙の呪文が解けちゃったの?」
「まぁ、いいよ。身体は動かないみたいだし!」
「お、ベルトが外れたぞ」
「やーーめーーてーー!!」
――――――――――――――――――――――――
俺はベットで死んでいた。
「いやー、ビックリしたね~」
「初めて見た。すごいグロテスクだった」
「ふむ、意外としっかりとした物だったのぉ」
やめて、感想なんて言わないで……死にたい。
結局、パンツまで全部 降ろされて やりたい放題された。それは もう凄まじいほどに……。実際のトイレには必要ないことまで。
「いやいや、今まで『小僧』と言っておったが悪かったのぉ」
「あれは『小僧』レベルじゃないわよね~」
「うん、『小象』じゃなくって『マンモス』だった」
「そんな感想なんて聞きたくねーよ!! どこのセクハラ大会だよ!」
「お主ら、わかっておるのか? あれはまだ変身を残しておるのだぞ?」
「変!?」「身!?」
「誰かー! 誰か助けてー。 セクハラ女子がいまーす!」
廊下からドタドタと音がする。
騒ぎ過ぎたか、本当に助けが来たか!
ガチャリ扉が開くと音がして宿屋の護衛の人が来た。どうやら苦情らしい……らしいのだが……。
「お客様、少々騒ぎ過ぎの……ご様……子…… ラーズ様!!」
『貴婦人の剣』の傭兵隊長こと狼の獣人テーラだった。
なんでいるのか気になったが、『貴婦人の剣』系列の宿屋だ。いること自体に不思議はない。
「まさかラーズ様がこの宿を取っていたなんて! なんて偶然なんでしょうか。これは神の思し召しかもしれません! 今すぐ どうにかなってしまいましょう」
「どうなるつもりじゃ!?」
少女くらいのウィローズがジャンピングダブルニーキックを満面の笑顔のテーラーの顔面に食らわす。まるでスローモーションのように笑顔のまま壁に激突していく狼獣人。派手な音と埃が大量に巻き上がる。
だが頑丈な獣人は傷一つなくフラリッと立ち上がる。
「なにするんですか、この少女は……」
「ふん! あとから来て儂らに挨拶も無しにラーズに抱きつこうなどと1万年早いわ!」
「そーだ、そーだ!」
「私とラーズ様の仲です。何も問題はありません! そもそも、アナタたちこそ何者……ってラーズの妹さんもいらっしゃったのですね」
「テーラは彼女たちと初対面だっけ?」
「ふむ、そこの人狼はラーズのことを知っておるようだが……」
「デスラベル達よりはラーズのこと、知らないよね~♪」
「私がアナタたちよりラーズ様のことを知らない……ですって。そんなこと……」
「あー、テーラー、さっきね。お兄ちゃんを連れてトイレに行ってきたのよ。お兄ちゃん今 怪我していて動けないのよ」
「動・け・な・い?」
「そうじゃ。一人でトイレに行くのは大変なわけじゃ」
「そうなるとデスラベル達が手伝うしかないじゃない?」
「ま・さ・か……」
「どうやら、わかったようじゃのぉ。どちらがラーズと親密な関係にあるかを」
「ラーズ様! 今すぐトイレに行きたいと思いませんか!」
「い」
「思いますか、思いますよね! 私にお任せあれ!」
デスラベルの回し蹴りが人狼 放たれ、再び人狼 壁に激突。
「ず・る・い~! ズルいじゃないですかぁ! なんで私も呼んでくれないんですか! ラーズ様の為なら、たとえ火の中、トイレの中までお供します。いえ、お供させてください。是非!!」
助けを呼んだはずなのに、敵が増えてしまった。
セリナーゼ「この宿の警備をお願いしますぅ」
テーラー 「? ホワイトDの準備が先では?」
セリナーゼ「その準備の一環と思ってもらって良いどすぇ」
テーラー 「?? わかりました」
セリナーゼは念のため ラーズが宿屋にいることを隠し警備をさせていた
最悪、ファイレ達がラーズにちょっかいを出すようなことがあれば
野生の感でテーラーが何とかするだろうと思って……
セリナーゼ「毒を持って毒を制す……かぇ」
見事 大失敗!
毒が増えました




