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6話 ただのマッサージです

「さて、ここからが本番となるわけですが……」

「何がだ? ファイレ」


 大衆浴場から帰ってきた早々、席に着いたファイレが口を開く。

 夕食も済ませているので、多少 時間を潰したらあとは部屋割りをして寝るだけだ。明日の予定もある程度は決まっている。


「大衆浴場は素晴らしかった。だが、もっと凄いモノが待っているのであった!」

「……」


 ファイレの語りに無表情で拍手をするガイアル。

 何が行われるのかわからないスイロウとラーズが、その様子をボーっと眺めている。


 ファイレは恐ろしいことを思いついてしまったのだ。

 これを知ったら、もはや これなしには生きていけまい!


「ずばりマッサージです」

「マッサージ?」


 そう、それこそまさにマッサージ!

 しかし、マッサージはまだ一部の地域でしか知られていなかったし、流行ってもいなかった。ましてやお金を取ってまでやることでもなく、田舎の民間療法ともいえるモノだった。

 ゆえに、場所によってはマッサージ自体を知らない人も少なくは無かった。


「マッサージはあんまり好きではないなぁ。自分で揉み解した方が早い」

「チッチッチ、スイロウは全然わかってない、まるっきりわかってない、お話にならない」

「そんなにいわれることか!?」

「なにせお兄ちゃんのマッサージはお金をとっても行列ができるレベルなのよ。剣も魔法も才能が無いお兄ちゃんでしたが、マッサージに至っては神業レベル」

「ファイレ、話がある。ちょっと来なさい」


 戦う専門職・戦士を全否定されるラーズがファイレを呼び出し、がっちりと関節技を決める。『話だっていったじゃない!?』と思ったが、いわゆる一つの肉体言語だ。逃げられる術はファイレは持ち合わせていない。

 2~3分でタップして許しを乞う。なんとか解放されてへたり込み『ぜぇぜぇ』と肩で息をしてから、再び説明に戻る。

 その間、スイロウとガイアルは無表情で華麗なる関節技を観戦していた。


「はぁはぁ……お兄ちゃんの戦闘の才能はこの際おいておいて……とりあえず、マッサージの神業を堪能して()て……」


 ファイレが舌が回っていないのは放っておいたとして、どうしたものかとガイアルと顔を見合わせる。ガイアルも他人に自分の体を触られる、ましてや男性になどあまり気分の良いモノではないと判断し、首を横に振る。


「なんでよ! 超気持ちいいって!」

「……」

「むしろ、お前がなんでそんなに必死なんだ?」


 ラーズの方がツッコミを入れる。

 普通に考えれば、男性が女性に触れるいい口実なのだから黙って見守っているのが一番良さそうだが……。


「お兄ちゃんは自分で試せないから分からないでしょうけど、これは全人類の共有するべき宝といっていい(わざ)なのよ!」

「大げさすぎるだろ。村のおじいちゃん、おばあちゃんが拝んだくらいで……」

「えっ! 拝まれるレベルなのか!?」


 ファイレの胡散臭い説明よりも、あまり乗り気じゃないラーズの言葉の方がスイロウもガイアルも驚かされる。もっともガイアルの表情の変化はそれ程感じられないが……。


「……」

「少しだけ興味が湧いてきた。ちょっと試してみてもいいだろう」

「マジで! あんなに私が言ったのに一切聞く耳持たなかったのに!?」

「どちらにしろ、大したことはあるまい。嫌ならばすぐに止めればいいことだ」

「ふっふっふ、お兄ちゃんの唯一の才能を甘く見るなよ」


 次の瞬間、涙目でファイレは頭を抑えていた。ゴチーンっといい音がしてラーズの拳骨が垂直に降りていた。『すみませーん』と半べそで謝るハメになる。


「で、どうすればいいんだ?」

「う~ん、ベットのある部屋の方がいいかなぁ」

「いやらしいことをするんじゃないだろうな」

「しないし、させない! なにぃ、お兄ちゃんとヤラしいことをするつもりか、許さんぞ、許さんぞ、虫けらどもめ!」

「落ち着け、ファイレ。話が脱線していってるぞ」

「はぁ、はぁ。えーっとなんだっけ? そうベットに横になって足とか背中とか押したり揉んだりすんのよ。アンタの貧相な胸なんか……いい気になるなよ、このデカ乳女!」

「また、話が逸れてるぞ」

「駄目だ。やっぱりお兄ちゃんのマッサージはスイロウには勿体ない気がしてきた」

「ここまできて!? いや、受ける、受けるって。むしろ、今さら引く方が気持ちが悪い」

「……」


 ガイアルも自分の胸とスイロウの胸を一度確認してから頷く。その行為に何の意味があったのか知る者はファイレだけであるが、今は関係ない。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ベットのある部屋に入り、ファイレが開口一番 言った言葉。


「ずいぶんファンシーな部屋ね~」

「う、うるさい!」

「スイロウの部屋……なのか」

「くっ……」


 壁はピンクで高級そうなヌイグルミがいくつも転がっている。ベットはフリル付だがさすがに天蓋は無いようだ。タンスやクローゼットも完備されている。どれも女の子向けと言った感じだ。そのわりにちゃんと武器を収容するスペースも取ってある広い部屋だ。


「これはこれは、剣士様も女の子ですにゃ~。ぷぷーっ」

「ぐぐぐっ……ぶっとばすぞ」


 はじめはガイアルの部屋にしようという話があったのだが、ドワーフ用のベットは小さかった。ガイアルのみなら問題はないが、スイロウも……となると無理がある。入らない大きさではないが手狭なのだ。

 そこで、スイロウの部屋にしようとなったが、スイロウが断固拒否の姿勢を見せる。しかし、多勢に無勢。強行突破で今に至る。

 まさか、こんな少女趣味だとは思っていなかったので、ラーズとしては少々罪悪感を感じていたが、ファイレにとってはむしろ面白おかしかったらしくハイテンションだ。もっとも彼女がハイテンションじゃない方が少ないが……。


「もっといろいろ室内を物色したいところですが、今回は諦めてフツーにマッサージに移りますかぁ」

「……」


 ガイアルがコクコクと頷く。

 どうやら、彼女にとってもこの部屋は未知の空間らしい。興味があるようだ。とくにヌイグルミに……。もっとも大きいヌイグルミの山にガイアルが紛れ込んでいたら区別がつかなくなりそうである。


「まずはどっちからやる?」


 ラーズが上着を脱いで腕まくりをする。

 スイロウとガイアルがどっちでもいいとアピールするが、結局のところそのままだと埒が明かなそうなのでジャンケンでスイロウから始めることとなる。


「あー、お兄ちゃん。全力でやるの?」

「全力はやりすぎだろ。様子を見てだなぁ。とりあえず三割程度で試しつつ……かな」


 物騒なことを言いつつ、スイロウを座らせ足の裏を出させる。

 まずは足裏のツボ押しマッサージだ。

 ムニムニと何かを確認するように触っていく。さして、気持ち良くもなんともない。

 スイロウは想像通りのマッサージに落胆した。


「……  ……  ……

ん……

んんんぁあっぁ!! 待て待て待て待て待て待て!

痛痛痛っ痛っ痛痛っ痛っ!! イタスギルっぅうぅ!! なにしてるっぅうう!!

んなあっぁあ 待てっぇえっぇ死ぬ死ぬ死んじゃうからっぁあ」


 完全に舐めきっていたところに突然の言い知れぬ痛みが足の裏から這い上がってきた。今までに一度たりとも感じたことのない苦痛。切られるとも殴られるとも全く違う痛み。

 押されているのに押し潰されるような痛みでもない。まったく未知の痛みに絶叫してしまう。『剣士として情けない』などと考えている余裕もない。

 止めようと手を伸ばしても足先なので簡単に届かない。


 それを見てニヤニヤ笑うファイレの姿が見える。

 『おのれ、(たばか)ったな』と涙目で思うが現在 手出しする手段はない。

 ぐぐぐぐっと奥歯を噛みしめ悶えまくるスイロウ。

 足の裏をあっちこっち(いじく)りまわされ、のた打ち回り右足が終わる。


「うん、だいぶ凝ってるな。やっぱり剣士だと肩と腰かぁ。足の踏ん張りもかなり効いてるみたいだなぁ」


 ラーズが冷静に分析しながら、今度は左足裏にさりげなく移行していく。

 一瞬間があったが、スイロウは『今度は左足が!』とすぐさま頭に浮かぶ。


「待て、待て、もうわかった! わかったから、許してくださいっぃいぃ

いぃたたたたぁあっぁ!! ちょーっぉ! 待ってっぇええっぇ

ギブ、ギブ、ギブアップッゥだからっぁあっぁ それダメぇえっぇ!!」


 止めようとした初めのうちは余裕があったが、途中からは自分でも何を言っているのかわからなくなるほど絶叫している。

 知らない痛みがこれほどのモノとは想像していなかった。『完全にマッサージ舐めてました、すみません!!』と心の中で唱えながら悶絶打つスイロウ。

 さすがに、その光景を目の当たりにしているガイアルは引き気味である。このあとマッサージを受けるとはとても言える状態ではない。


 およそ、15分ほどで足裏マッサージがまず完了。

 ヨダレを垂らして、虚ろな目で横たわっているスイロウがいる。

 意気揚々とファイレはスイロウに尋ねる。


「どうだった、足裏マッサージは?」

「ふ……ふざけるなぁ!! 死ぬかと思ったわ!!」

「ふざけてないよ。落ち着いて……身体とかの調子はどう?」

「あんな激痛で身体の調子が良くなるとでも……とでも? あれ、肩が軽い……それに身体がポカポカしてる?」

「足の裏は?」

「痛いに!……ぅん? 何かスッキリして気持ちがいい? あんなに痛かったはずなのに?」


 足裏マッサージの激痛が思い出せないほどスッキリしている。間違いなく先程まで悶絶打つほどの痛みがあったはずなのに……。

 不思議なほど絶好調になっている。


「ふっふっふ、まだまだこれからよ、マッサージの極意は……」

「なんで、お前がマッサージの極意を語ってんだ?」

「いいじゃない、お兄ちゃん! さぁ、今度は背中と太ももをやっておしまい!」

冒険にはまだまだ出られなそうです

ちなみに『肩が凝る』は『牛耳る』などと一緒で

夏目漱石が作った造語だという話を聞いたことがあります

本当かなぁ

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