59話 短い休日 おじや戦争
『おじや』とは……雑炊の呼び名の一つである。
私は朝早く目を覚ます。お兄ちゃんはまだ寝ているハズだ。
ここは『貴婦人の剣』系列の宿屋、名前は聞いていない。一流の宿屋で第二区画でも五指には入るであろう宿屋だ。ちなみに『宿屋王』と名乗る宿屋商会があり、そこが1,2位を独占している。そのあたりとタメを張れるだけの宿屋を本業でもない『貴婦人の剣』も有しているのだから大したもんだ。
まずはお兄ちゃんの様子を確認しに行く。なぜかお兄ちゃんは私の侵入に敏感なので扉を開けて隙間から覗き見る。大丈夫、まだ寝ているようだ。今のうちに看病するための道具を揃えよう。
今日の予定としては一日中お休み。お兄ちゃんどころか、サズ神官も神聖魔法の連続使用で倒れたらしい。他の神官に頼もうかとも思ったけれど一命は取り留めている上、サズ神官を派遣されているので断られてしまった。明日になればサズ神官がもう一度、魔法を唱えられるようになるだろう。それまでは、お兄ちゃんの看病をできるというわけだ。ふっふっふ。
アルビウスさんは王宮へ、セリナーゼ商会主も昨日のうちに上手く追い払っておいた。
武器商人の紹介をしたのだ。正確には武器商人ではないドワーフの鍛冶師。前にマッサージ店にドワーフさんたちを沢山 呼び込んで私達の傘下に収めておいた。その人たちの交渉をさせに行っている。
「ファイレが行けば話が早いんじゃありませんかぇ?」と断って逆に私をお兄ちゃんから引きはがそうと目論んだようだが、金銭面と必要な武器などはセリナーゼ商会主じゃなければわからない。渋々、交渉へと動き出した。色々と私に釘を刺そうとしていたが、居なくなってしまえばこっちのもんだ。
あとはお兄ちゃんに、さして興味のないウィローズとデスラベル。この辺は放っておいても問題あるまい。
そんなことを考えてキッチンへと向かう。広い宿屋だが基本的な作りは他とさほど変わらない。そのためキッチンの場所はすぐに見つかる。
入ろうとすると、追い出されそうになる。セリナーゼ商会主が衛生管理にうるさいらしい。知らない人を中に入れないように言われているとか。
セリナーゼ商会主の知り合いだと言い、交渉を開始。意外と融通が利かないコックさん! 面倒だ、ヤるか!? さすがにお兄ちゃんに怒られるだろうから、粘り強く交渉することにする。もちろん、お兄ちゃんに怒られなければヤる! だが、どこから漏れるかわからない。壁に耳あり障子に目ありである。特にセリナーゼ商会主がお兄ちゃんにチクる可能性は大きいから我慢、我慢。
なんとか交渉に(大金を掴ませて)成功。キッチンに入ることを許可された。素材も好きなモノを使っていいということになった。好きなモノを使っていいはずなのに朝食の準備をしているコックさん達。それにしてもコックさんが多い。10人近くいる。みんなこっちに注目している。なかにはイヤラしい目を向けるエロ親父もいる。百歩譲って見ている分には許すとして、手を出したらヤル! 当然だが、触れてもいいのはお兄ちゃんだけだ! それ以外は死して屍拾うものなし!
手は出さないが寄って来るものはいる……ってーか、ほとんど寄ってきた!
「よろしければ、俺がおしえてやろうか?」
「テメーは下っ端だろ! 俺がおしえてやるよ」
「何作んの。手伝おうっか?」
わいの、わいのと5~6人が寄ってくる。だが、エロい目で見ていたおっさんが「朝食の準備を時間内におわらせられるのか!?」と怒鳴り声をあげると、蜘蛛の子のように散り散りになっていく。どうやらエロい目のおっさんは料理長か副長なのかもしれない。エロいくせに真面目だ。
仕方ないのでエロい目のおっさんに使用しても大丈夫そうな材料を確認することにする。その前に、あまりにも目つきがイヤラしいので一発 グーでぶん殴ってしまった。おっさんは軽く吹き飛んだ。
「すみません。目つきがイヤラしかったので……。それはいいとして、この辺は使っても問題ないですか?」
「いきなりコークスクリューは勘弁してくれ……。しかも、半端なく痛い。目つきがイヤラしいのは諦めてくれ、だってそーゆー目でしか見られないんだもん! こんな可愛い娘がこんなキッチンにやってくれば我慢出来るか! 否、出来ない!」
2~3発 腹に蹴りを入れる。『ぐふっ!』と声を上げるが、私はゴミを見るような目で見下す。
「あぁ、そんな目で俺を見るなぁぁ。ゾクゾクしてきちゃうっぅ」
もう2~3発加える。このおっさんは危険だ。世の女性の為にここでトドメを刺しておいた方がいいかもしれない。
「お嬢さん、料理副長への攻撃はそれくらいにしてもらえますか? 代りに私がお答えいたしましょう」
先ほど入室を許可した若者……この人が料理長らしい。ちょっと考えればわかることだった。入室許可が出せるのは料理長くらいだ。
宿屋の朝食を副長の指示の元 行うことになって、私は料理長から材料などの許可や指示を受けることになった。
まずは卵焼き。卵をいくつ使っても構わないとのことで、とりあえず一個使ってやってみると、料理長に褒められた。「ふふーん♪」と鼻息を荒くしていると、もう一個作ってみるように指示される。疑問に思いながらもやってみると、味はいいが手際の悪さを指摘され、見本を見せられる。なるほど納得。もう一個作ってみると、すばやく、簡単に作れる。が、練習しないとすぐに忘れるので、ここで13個作ってみなさいと言われ、言われるがまま素早く作る。
…… ……。
「待て待て!! 私、宿屋の朝食造り、手伝わされてない!?」
「はっはっは」
「『はっはっは』じゃないわよ! 私はお兄ちゃんの朝食を作りに来たのよ!」
「大丈夫、その卵焼きのおかげで、だいぶ時間が短縮できた。それより盛り付けなども覚えた方がいいぞ。料理は味だけじゃない。盛り付けが重視される。どんなに美味くても見た目が悪ければ価値を下げる」
「ぐっ、確かにそうだけど……」
「わかったら、指示された通りの盛り付けを」
私は文句を垂れ流しながら、宿屋の朝食準備を手伝う羽目になる。後で覚えていろよ、料理長! 高い素材をふんだんに使ってやる、と心に誓いながら……。だが、キッチンでは料理長に勝つのは至難の業のようだ。高い食材は殆ど使ってしまう。この後買い出しに行くようだ。使い切りかよ! それでもある程度の物は残しておいてくれたようで、それなりの料理が作れそうだ。だが、お兄ちゃんに作るのは『おじや』である。内臓もやられているらしいので「重たい食べ物は控えてください」とサズ神官に言われている。そう考えれば高い食材は初めから使えないのか……まぁ、無理してカニみそとかおじやに入れよう。
味はともかく、無駄に豪華なおじやを完成させる。
カニみそ、グリズリーの右腕、ワイバーンの舌などをふんだんに使う。といっても料理長は痛手にならない。なぜなら今日中に使い切らないといけない食材で持て余していたから……色々あって使い切れなかったらしい。高級宿屋になるとたまにある手違いらしい。相手方のキャンセルなどが主な理由だとか。
あとでわかったことだが料理長、女性だった。ハスキーボイスに背の高いコック帽をかぶっていたからわからなかった。
兎に角、完成! なずけて『無駄豪華おじや』!
食べたいか……と言われると微妙。豪華なんだけどイマイチそうだ。まぁ、仕方ない。労働の報酬を頂いた結果、こんなことになってしまったのだ。お兄ちゃんも喜んでくれるだろう……これ、胃に重たくないか? そんなことないよね?
料理長にお礼と文句を一通りいうと、お兄ちゃんの部屋へとおじやを持って急いだ。これでコケたらシャレにならないので、慎重かつ素早く移動する。もちろん肉体強化の魔法を唱えて! 早く私が作ったオジヤの感想を聞きたい! どう考えても「おいしい」と答えてくれるだろう確信がある! あれ? さっき私「味はともかく」っていってたっけ? まぁお兄ちゃんは優しいから大丈夫! ついつい顔がにやけつつ、足で扉を蹴り開ける。
「お兄ちゃーーん! 朝食の時間だ! コラァ!」
そこで目にしたモノは、顔に濡れた白い布をかぶせられ呼吸が出来なくなってフガフガ言っているお兄ちゃんと、横で笑っているデスラベル。横で椅子に腰かけ本を読んでいるウィローズの姿だった。
「うわっぁあっぁ!! お兄ちゃんが死んじゃうっぅ!!」
「あはははははははは! 大丈夫! 『フガフガ』言ってるから生きてるよ!」
デスローズが腹を抱えながら、お兄ちゃんを指さし大笑いである。笑い事じゃねー!
慌てて濡れた布をお兄ちゃんの顔から取り払い、デスラベルを叱る。
「なんでこんな悪戯してるの!?」
「イタズラじゃないよぉ。『人間の看病は濡れた布を顔に乗せる』ってエルフの村で聞いたことあるもん!」
「いや、額だから、ひ・た・い! 明らかにワザと間違えたでしょ!」
「~♪ …… ~♪」
目を反らして口笛を吹くデスラベル。絶対わかってやってたな!
お兄ちゃんから布を取ったが、顔はビショビショだ。どんだけしっかり濡らしてあるのよ。絞れ、絞れ!
「それにウィローズも放っておかないでよ!」
「儂は関与せん」
「こんなところでも!?」
「いや、こんなところは関与してもいいだろうが、デスラベルが楽しそうじゃったから黙っておった」
「黙ってないでよ! マジで!」
「やーい、ウィローズ、怒られてやんの!」
「怒られてるのはお主じゃがな」
はぁ~とため息が出る。
お兄ちゃんの荒かった呼吸が元に戻っていく。どうやら目は覚めているが手が痺れていて、まだ動けないらしい。昨日は気が張っていたせいか まだ少しは動けたが、休みともなると気が抜けているようだ。
「色んな意味で大丈夫、お兄ちゃん?」
「色んな意味で駄目だ。危うく死ぬところだった」
「そんな簡単に死なないよぉ。気を失ったら、ちゃんと取るつもりだったから」
「気を失わせるつもりか!? 痛たたたっ!」
「……お兄ちゃんも落ち着いて……。そうだ、朝食を作ってきたんだ」
そういって『無駄豪華おじや』をお兄ちゃんに見せる。
「おっ、美味しそうだな?」
「!? なんで疑問形!? とにかく食べて、食べて!」
「いや、今日 休みだと思って気が抜けたせいか俺、動けないんだわ」
「じゃぁ、食べさせてあげる!」
これは思わぬ収穫。私がお兄ちゃんに『あーん』してあげられる機会が巡ってまいりましたよ! テンション上がるわ~!
「はい、お兄ちゃん。あーん!」
「ちょっと、待て。なにこの羞恥プレイ!」
「気にしない、気にしない」
「めっちゃ、気になるんですけどー!」
デスラベルとウィローズがじっと見ている。ふっふっふ、どうよ兄妹のラブラブぶりは! うらやましいだろー!
お兄ちゃんが幾ら気にしたところで、自力で食べられないのだ。私に頼るしかあるまい。無駄な抵抗はやめるのだ、お兄ちゃん♪
諦めたお兄ちゃんが『あーん』と口を開ける。無抵抗で何もできないお兄ちゃんが可愛い。食べさせてあげることができると、凄く私の気分が高揚していくのがわかる。
はぁはぁ……凄い、凄くいい!
二口めにいく前に『無駄豪華おじや』の感想を聞いてみると「なんかオジヤと具材が合っていない」と言われた。うん! 私もそう思う、勿体ないからツッコんだだけだもん! でも、お兄ちゃんはちゃんと感謝してくれた。感謝の言葉を聞くと、もう私の野性を抑えることが出来なくなりそうだよ!
と、襲い掛かりそうになっていたら、デスラベルに水を差された。
「ファイレ、私がラーズに食べさせるから貸して!」
「な、これは私の役でしょ」
「デスラベルもやりたい!」
「ダメダメ! 私が一生懸命作ってきたんだから!」
「やだー。やーらーせーろー」
私の『無駄豪華おじや』に手をかけ引っ張り出す。危ないっちゅーねん! 土鍋で作ったからまだ熱々なんだから! このままいったら100%ぶちまける。
「わかった、わかったから! ちょっとだけよ?」
「やったー! ほら『あーん』!『あーん』」
「ちょ、熱っ熱っ! 待っ! 熱っ熱っ!」
デスラベルは私から土鍋を取り上げると、タイミングを計らずにレンゲをどんどん お兄ちゃんの口へと差し出している。火傷しそうだが、困っているお兄ちゃんを見ていると笑いが込み上げてきてしまう。残念ですがデスラベルじゃなくても面白い状況ですよ、お兄ちゃん。
あぁーあ、こぼれてる、こぼれてる……お兄ちゃんの胸元に。
「熱っ熱っ! ちょっと、取れ! 食わせるの後にして」
「それはいいから『あーん』して」
「良かねーよ! あちっ! 口も胸も熱いって!」
「これだから『オジヤ食べさせ』の素人は困るのぉ。どれ、儂にやらせてみよ」
ナンデスカ、『オジヤ食べさせ』の素人って?
今度はウィローズがデスラベルから土鍋を取り上げようとする。
「やーだー! まだデスラベルがヤルのぉ!」
「エルフの小娘は黙って見ておれ。儂が『オジヤ食べさせ』の玄人の極意をとくと拝むがよい!」
「危っ! ちょっと、俺の上にこぼれてる! こぼれてる!! 熱っ!!」
お兄ちゃんは踏んだり蹴ったりだ。怪我の上に火傷まで負いそうな勢いだ。
どうやら、勝者はウィローズのようだ。何をやったか知らないがデスラベルが目を回し倒れ、その身体を片足で抑えつけ土鍋を奪ったようだ。
「どれどれ、儂が特別に喰わせてやろう。感謝せよ」
私が作ったんだけどなぁー。ウィローズ食べさせてるだけじゃん?
「さぁ、オジヤが欲しければ『あーん』と口を大きく開けるがよい!」
「ずいぶん偉そうだな?」
「わかっておらんようじゃな? 偉いのじゃ。オヌシの食は全て儂が牛耳っておるのじゃぞ? 飢え死にしたくあるまい? わかったら、さっさと『あーん』するのじゃ!」
「どう考えても、そんなに大げさなもんじゃないだろうけど……あーん」
「ほれ、食べるが良い!」
お兄ちゃんがウィローズから食べさせてもらう。お兄ちゃんは普通に あむあむ 食べているがウィローズが目を細め嬉しそうにしている。彼女にもそんな感情があることに少々驚きである。どちらかといえばウィローズは傍観者を装う節があったからだ。
しばらく様子をみていたら、ウィローズがだんだん調子に乗ってきた。目つきも怪しくお兄ちゃんを見ながら、オジヤをどんどん与えていく。
なんか、だんだんイライラしてきた。
「ふっふっふ、そう慌てるでない。まだまだオジヤはあるからな。儂がジックリ食べさせてやろう」
「ちょっと、そろそろ私に返しなさいよ。私が食べさせるんだから!」
「むっ、何を言う。儂の玄人の食べさせ方がラーズは気にいっておるのじゃ。おぬしは黙って見ておれ!」
「そんなわけないでしょ! 私が一番お兄ちゃんに食べさせるのが上手いわよ!」
「ぐぬぬぬ……!」「ぐにににに……!」
当然のように土鍋の取り合いになる。
お兄ちゃんが「危ない、危ない! とくに俺が!」と言っているが、私もウィローズも気にせず引っ張り合う。段々と力が入ってくる。手に汗握る展開……というか手に汗が流れ出して滑りやすくなってきているぞ? 大丈夫だ、私! まだ行ける! 行け行けゴーゴー!
「あっ!?」「あっ!?」
ほぼ同時だった。私とウィローズの手から土鍋が宙を舞ったのは……。その土鍋は華麗に中で回転し、お兄ちゃんの所へ……は、行かず真下のデスラベルの頭にかかった。
「うんぎゃっぁあっぁあーああーーあーーーっぁ!!」
ジタバタとデスラベルは頭からオジヤを退かそうとしているが、ウィローズが足で抑えつけているため転げまわることも出来ない。
呆然と見ている私とウィローズ。
「あぁ、私のオジヤが……」と大慌てのデスラベルを見てションボリトする……ってしょんぼりしている場合じゃなかった!
「ウィローズ、足をどけて! ファイレは水を!」
「おぉ、そうじゃった!」
「早く救出しないと!」
お兄ちゃんの言葉で私たちは慌てて、デスラベルに向き直るが……すでに自己消火後でした。
水の精霊を呼び出し、フルフェイスヘルムのように頭に水の球をすっぽりかぶって頬を膨らませて怒っているデスラベルが立ち上がる。
「ごぼぼ、がぼぼぼ! ゴボゴボ、ゴボボガボ!」
地団駄を踏み私たちを指さし、しきりに何かを訴えている。おそらく怒っているのだろう。私とウィローズは平謝りである。
「ガバッ! ごぼぼぼぉ、ごぼっ!」
「すまん! まさにオヌシの言う通りじゃ」
「本当、すみませんでした」
何を言っているかはわからないが一切逆らうことはない。悪いのは私達だし、逆らえる雰囲気でもないし……。
こうして、私たちの短い休日が始まった。
この日の休日はまだ続きます
次回は『ラーズ、トイレはどうするの巻』予定
あくまでも予定なので変更の可能性はあります




