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58話 強大な魔力を使い過ぎて大失敗

 仮面の暗殺集団のアジトから なんとか抜け出すことができた。追手もいない。

 その最中にファイレから『裏で宮廷魔術師が糸を引いているっぽい』みたいな話を聞いていた。アルビウスさんは、それに対し何か心当たりがあるらしい。デスラベルは難しい顔で頷いていたが、おそらく何にもわかっていないのだろう。ウィローズは興味無さそうだった。

 下水道から第一区画に出ると、外は夕方……俺はどれくらいの時間 あそこに囚われていたのだろうか? そんなことを考えても、今は仕方がない。それよりも一刻も早くガイアルに会ってネクロマンサーかを確かめたい。本来ならワンクッションおいて第一位司祭から話を聞く予定だったが、アルビウスさんの情報である程度核心が持てているため、直行することに計画を変更した。


 ファイレ、ウィローズ、アルビウスさん、デスラベルと共に痛む体に鞭打ち足を前へと進めていたが、アキレス腱が弾き切れる音が聞こえた。


「!? ~~~~っっ!!!」


 その場に大きな音を立てて顔面から倒れ込む。あまりの痛さに声が出ない。

 こんなところで倒れている場合じゃないのに!


「ちょっと、お兄ちゃん!」

「馬鹿者、立ち上がろうとするな」

「もの凄い音がしたけど、だいじょうぶ!?」

「疲労と身体にかかった負荷のせいで腱がやられたみたいです! 慌てないでください。今のラーズなら神聖魔法が使えるはずです!」


 痛みで返事が出来ないが、アルビウスさんの言葉ですぐに回復魔法を唱えようとする。なんとか喉の奥から絞り出すような呪文詠唱。この詠唱さえ成功すれば痛みから解放されるはずである。

 俺が詠唱をはじめると、体の中の別の部屋にいるゼディスが何か知らせようとするが、そんなのは後回しだ。今この痛みを止めないと満足に考えることも出来ない!


 回復の神聖魔法を唱え終わると同時に嫌な予感がした。アキレス腱が回復していく感覚はあるが、それよりも早く視界が歪み、ファイレ達の声が遠ざかっていく。意識が飛びかけている!?

 そもそも、ゼディスはこれまで話しかけてきていない。このタイミングでの連絡は神聖魔法に関することだと思い当たる。ひょっとして、神聖魔法を使ったらマズかったのか!?

 なんとか、気を失わないように全身に力を入れ立ち上がろうとしたが、再び腰砕けで倒れてから意識が完全に無くなってしまった。


――――――――――――――――――


 気が付いた時には真っ暗な空間にいた。


 これがすぐに現実でないことは理解できた。宙に浮いているような足場のない不安定な感覚。どこまでも闇が続いている。しかし光源が無いのに、自分の体がしっかりと見ることが出来る。

 向こうから空間と同じくらい黒い人がやってくる。


「~ったく」

「ゼディスか?」

「それ以外に何に見える?」


 俺がゼディスだと認識することで、その形を成していく。どうやら精神世界はイメージで作られている世界らしい。ゼディスの形になってきているが、詳しく覚えていないので、それ以上の形にはならない。なんかモヤモヤするなぁ。


「ところで俺はどうなったんだ? 気絶でいいのか?」

「そんな甘いもんじゃないよ。俺が止めに入ったのも無視して呪文唱えやがって」

「……まさか、死んだのか?」

「意識不明の重体。お前の許容量以上の魔力を連続して使っているんだ。身体が着いていかなくなるのは当然だ……と、戦闘中に教えたよな」


 ファイレがゴーレム達と戦っている間にゼディスにレクチャーを受けていた。

 俺は俺のキャパシティー以上の魔力を有することができるという おかしな体質らしい。師匠の修行の(たまもの)だな。今思えばあんなに激しい修行をしたのに才能が無いとはいえ、こんなに成長していないことを不審に思ったものだ。だが、キャパシティー以上の魔力を体内に配備できるように成長していたようだ。変な言い回しだが、容量以上は入らないだろうと思うかもしれないが、予備タンクが違う場所にあるみたいに考えてもらえればいいのかもしれない。

 ただし、予備タンクの魔力を使うと身体にもの凄い負荷がかかる。実践してよくわかった。俺のキャパの2倍使用すると意識が朦朧としてくる。3倍で身体にガタがくる。4倍弱で今の状況、そして それをちょっとでも超すと死ぬかもしれない。


「もう少し強力な回復魔法を使ってたら死んでたな。俺もお前も……おそらく、4倍を超していなかっただろう。そもそも、魔法を使ったことが無いのに、いきなりやり過ぎなんだよ」

「加減がわからなかったからな。

 意識不明の重体って話だけど、どうすれば起きられるんだ?」

「こちらから出来ることは この空間から脱出することなんだが、お前の体に溜まっているダメージ量に応じてこの空間は広がる。

 外から身体の治療をしてもらわないと現在の広さは脱出するのに10~20年くらいかかるか、その前に息絶えるな」

「マジかよ!?」

「それどころか、今現在は俺が痛覚を遮断しているから痛みが無いが、ココから離れたら痛みが全身を襲い歩くことも困難だろうな。アキレス腱切れてるし」

「!? この空間でも痛みがあるのか!?」

「あるに決まってるだろ。外傷がそのまま脳に伝達するんだから」

「この空間で回復魔法をつかえば!?」

「外傷だって言ってんだろ。それに、もし使ったら直後に死ぬぞ」

「魔法使い過ぎて倒れてんだった!」


 ゼディスはそう言いつつ、空を見上げる。もっとも上が空だと仮定しての話だが……。まったく闇の広さは変わっていない。下手に動けば激痛が走る。それでも意識不明から回復するためには動かなければならない。10年だろうと、20年だろうと……。


「いや、外から外傷を治してもらってから動いた方がいい。少しでも治れば痛みも引くし、空間も縮まる。完治したならすぐにでも起き上れるからな。もっともそこまで優秀な神官がいるかどうかだが?」


 サズ神官かガイアルだが、サズ神官の実力を知らないし、ガイアルはネクロマンサーの可能性が高いんだっけ……。


「とりあえず治るまで待つとして、このままではお前はキャパ以上に魔力を使いそうなので別の方法を考えよう」

「どうするんだ?」

「お前の中から出ていく」

「元に戻る、ってことか?」

「それだと、俺の魔力が綺麗にならない」

「いつのまにそんなことしてたんだ? そんなの俺、許可したっけ?」

「いいだろ。お前だって俺の魔力使ってるんだから」

「……納得いかんが、納得しよう。それより話を進めようか。魔力が綺麗にならないとどうなるんだ?」

「…… ……。前にも言ったけど、嫌われ者になる。というか、嫌悪のレベルを超えて暗殺対象になりかねない。お前の心臓を介して徐々に洗浄されて、一般レベルになる。本来の魔力になるのは程遠い。お前が死んでからも心臓が欲しいが、その話はまた今度にして、現在進行形で進めたい」

「でも、俺の体から出て行ったら魔力の浄化?は出来ないんじゃないか?」

「触れていれば魔力を巡回させることは出来る。が、人の姿でずっと触れているのは不可能」


 うん、ホモっぽい。いや、女だったとしてもずっと触れているのは不自然に思える。じゃぁ、別れちゃだめなんじゃない? それに俺が魔力減ったらメリットが無くなる。仲間になるならいいが、危なくなったら途中で逃げ出しそうだし、いい方法があるのだろうか?

 そんなことを考えていると、体の外傷が治っていくのが感じられる。まさに『感じられる』である。イメージの俺には外傷がないからだ。きっと外で神官が治してくれているのだろう。それでも完治するには、まだまだ時間がかかりそうだ。ゼディスの魔力を使った分のダメージの大きさを思い知る。自分の体を意識してみると神経がズタズタになっているを感じる。もし、ゼディスが痛覚を遮断していなければ激痛で死んでいたかもしれない。


 それから、どれくらいの時間 ゼディスと話し合っただろうか? 話し合いが終わったころには真っ暗だった空間から糸のような細い光が差し込んできた。これを辿っていけば現世に出られるんだろう。ゼディスに聞いてみたら正解だった。すぐにでも こんなところから出てみんなを安心させたいと思いゼディスの話を打ち切る。どのみち、俺の体にいる間はいつでも話し合うことが出来るのだから……と思ったんだが、ゼディスから離れ痛覚が回復してくると身体を抉られるような痛みが全身に走る。


「本当かよ!? これ以上の痛みがあったのかよ!!」


 思わず絶叫してしまう。

 どこが痛いとかじゃない。とにかく痛い。強いて言うなら血管を引き抜かれ、骨を砕かれるような感覚だ。この状況で歩けって無茶な話だ! とりあえず、這って進むしか思いつかないが、這えば胸や腹からその激痛が昇ってくる。脳に電気でも流されているような痛みに視界が歪む。意識の中でこれって、実際は俺の身体どうなってるんだ? それどころか、治る前は死ぬ寸前だったんじゃないのか?


 今、俺より辛い人間はいないんじゃないかという、ありもしない妄想に囚われる。そんなわけはない! このくらいで最悪なわけがない! もっと苦しんでいる人間なんぞゴマンといる。俺だって両親がドラゴンに殺された時の方が辛いと感じたはずだ。ハズなのだが、今現在じゃないので比べられないと俺の弱気が脳ミソに浸透してくる。


 痛みや辛さは、面白いほど負の感情を大きくしていく。ありもしない妄想を生み出す。この闇から出られないんじゃないかとか、もう死んでいるのにゼディスに騙され歩かされているのではないかとか、ゼディスのいた場所に戻って痛覚を無くしていた方が幸せではないかとか……。


 それでも、俺は前に進む選択をした。馬鹿だと思ったが、馬鹿の方が俺らしい。そもそも考えるのは得意ではない。諦めることが正しいわけはない。まずは生きる。どんなに辛くても死んで出る答えはない。


 ファイレ達の声が薄らと聞こえる。それだけで痛みが引いていくような錯覚を覚える。彼女たちがいるだけで癒されていくような……だんだんと感覚が外へと漏れていく。

 誰かが手を握っている。

 …… ……。


「おはよう、お兄ちゃん」

「……おはよう」


 涙目で笑っているファイレがいる。さすが優秀な妹だ。俺が目覚めたとき泣き顔をしないようにと心得ていたのだろう。それにしてもイメージの中だけで身体が痛いのかと思ったら、目が覚めても同じように痛い。誰かが治してくれたんじゃないのか?

 立ち上がろうとして苦痛に顔を歪めると慌ててファイレが俺をベットへと押しとどめた。


「まだ無理だよ。サズ神官が魔力が尽きるまで回復魔法を唱えてくれたけど完治しなかったらしいから……。具体的には全身にダメージが行き渡ってるらしいんだって。力量以上の魔法を行使すると身体のいたるところに負担がかかるから、それだろうって言ってたわ」


 それしかないな。

 普通は許容量以上の魔法は唱えない。ぶっ倒れるからだが、その量が多ければ死に至るわけだ。

 まだゼディスの魔力が残っているが、そもそも俺の魔力が残っているわけじゃないので ややこしい。これを分割する方法をゼディスと話していたわけだが……。

 他の人は指輪や杖などに余剰魔力を溜めて自分の魔力以上に発揮する方法があるらしい。もっともそれをすると俺と同じ運命なわけだ。物に溜められる魔力量は、その強度や素材によるとのこと。


 俺がベットから目覚めてから、ファイレがみんなを呼びに行った。

 第一区画『貴婦人の剣』系列の宿屋だと話していた。ファイレ、ウィローズ、アルビウスさん、デスラベルはもちろんセリナーゼさんもいた。サズ神官は魔力の使い過ぎで倒れたらしい。彼女のおかげで一命を取り留めた。

 サズ神官はいなかったが、まずは彼女たちに感謝の言葉を述べた。みんな泣いて喜んでくれた。ウィローズはそっぽを向いていたが、心配していたらしい。デスラベルはみんなに怒られるほど大はしゃぎしていた。

 かなり危なかったらしい。3日も昏睡状態だったとか。自分のことだが寝ていることの間は分からない。イメージの中で大変な激痛の中、進んでいましたが。


 3日も惰眠をむさぼっていた俺にアルビウスさんが時間が惜しいと提案してくる。俺も同意した。

 俺はアルビウスさんに『レグイアの隷属の首輪の鍵』を預けると、彼女は そのまま王宮へトンボ返り。上級貴族を黙らせる切り札になるそうだ。いまだに俺が貴族になるのを拒んでいる者が多いらしい。レグイア王子を味方に引き込む作戦だ。

 それから『貴婦人の剣』の商会主セリナーゼから連絡を受けた。対スノータァングに関する準備情報だ。


「『ユニコーンの角』の連中が出し渋りしよりますぅ」

「出し渋り?」

「ウチらに武器を売らんのどす」

「なんで!?」

「単純に商売敵……ラーズが領地を広げれば第一頭にのし上がるのはウチら『貴婦人の剣』。そんなことさせとうないのやろぅ。ケツの穴の小さいことぉ」


 大量に武器が欲しい場合はどうしても『ユニコーンの角』に頼らなければならない。『貴婦人の剣』も武器を扱っているが、それでも主力商品は主婦層の雑貨。数が圧倒的に違う。傭兵全員とその他のメンバー+予備と考えると大量生産品にならざるを得ない。

 一時の金儲けに動かない『ユニコーンの角』。


 「おそらく他のA級冒険者と組むつもりなんでっしゃろ?」


 扇子で口元を隠しながらそう語る。

 多少の武器ではホワイトドラゴンと戦うのは心もとない。


「『さらにガイアルのこともあるのに悩みの種が増える一方だ』とかお兄ちゃん思ってない? 大丈夫、その辺はすでに私が手を打ってあるわ! お兄ちゃんの悩みは私が解決よ。そんなことより、今は安静にしてなさい!」


 ファイレが人差し指で俺のおでこを押し寝かしつけようとする。他にもやることがあるのだが……。


「『急いては事をし損じる』ともいう。ファイレの言うことを聞いておけ」

「そ、だよー。身体がある程度治らないと足手まといになっちゃうよぉ?」

「スノータァングの準備についてはウチらでなんとかしておきますぇ」


 気ばかり焦ってしまうが、確かに彼女たちの言う通りだ。

 完治まで……とは言わずとも、まともに動けるくらいまでは休むしかないだろう。ガイアルに会った時に、なにも(・ ・ ・)できない(・ ・ ・ ・)のでは困りものだからな。

アキレス腱・・・闘神アキレスの弱点だった場所ですね

もちろんこの世界にアキレスはいませんが そーいう名前です

ほかに形容しようもないので・・・

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