57話 死体は魔法で攻撃する
お兄ちゃんの隷属の首輪が外れた。
先ほどから抑えていたが、堪忍袋の緒が切れそうだ。こんなことを看過できるほど私の心は広くない。
「アルビウスさん……。私が目の前の化け物を片付けるわ」
「ですが……!? わ、わかりました。私とラーズは仮面の暗殺者を殺ります」
「あんまり無茶すんなよ!」
無茶をしているお兄ちゃんに釘を刺される私。よっぽど、お兄ちゃんの方が危なっかしいってーのに……。思わず苦笑してしまう。
お兄ちゃんが手に入れた魔力。なんともネットリとまとわりついてくるような気持ちの悪さだが、お兄ちゃんの体の中を循環しているうちに、浄化されていくかのように滑らかになっていく。あの魔力があればそう簡単にはやられないでしょう。それに、たまにはお兄ちゃんもストレス発散させないとね。
問題は目の前の奴か。
目の前のモンスターたちの間から見える魔術師。右手に杖、左手に水晶を持つ仮面の者。いや、その水晶の奥で見ている人物がいるはずだ。
私は呪文を詠唱しつつ、謎の人物に問いただす。
「覗き見とはいい趣味してるわね♪」
「…… ……」
「返答は無し? それとも返答できないのかしら?」
「…… ……」
水晶を持った仮面からは返答無し。あの水晶の性能では通信はできないのかしら? それとも……仮面が喋れないのかもしれないわね~。
襲ってきたオーガを火炎の魔法で上半身を跡形もなく吹き飛ばしながら考察する。なんというか、まぁ、良く出来ている。本物と見まごうばかりに……。ミノタウロス、オーガ、スプリガン、ゴーレム、リビングアーマー。どれも良く動いている。だが、どれもミノタウロスでもなければオーガ―でもない。……ゴーレムではあるか。
フレッシュゴーレム。
死体から作られた人形。死体を切り刻み繋げていき、自分の命令に従うゴーレムを作る。
大きさに統一感があり過ぎることに疑念を抱かずにはいられなかった。本来、スプリガンなどはもう一回り、二回り大きいし、リビングアーマーは逆にもう少し小さいのが一般的だ。本来なら私の魔法で一撃で倒せるのだが十分、確認させてもらった。
もちろん、確認のためだけにまったり闘っていたわけではない。あっさり倒してしまうと、焦った仮面がお兄ちゃんの首輪を爆破しかねないので引きつけていたわけでもある。
だいたい、怒った私は強い。とくに今回はお兄ちゃんを誘拐し、拷問にかけたことは万死に値する。よって、生きて帰さん……のだが、水晶の先にいる奴を逃してしまうのが気がかりでならない。せめてどこの誰だか判明すれば地獄の果てまで追いかけて私の業火で苦しませるのになぁ~。と思いつつ、スプリガンのドテッ腹に風穴を開けつつ、水晶を持つ仮面に近づいていく。
あー、コイツらフレッシュゴーレムだから生きてないや。失敗、失敗。てへっ♪
残りはゴーレムとリビングアーマーモドキ。今の私の敵ではないけどね。私の手から放たれた炎の刃にコマ切れになる2体。およそ1~2分で片が付く。
「初めから敵じゃないのよね~」
後ろの方で感嘆の声を上げながら、ウィローズとデスラベルの二人が拍手をしている。ウィローズは言わずもがな、デスラベルは当たらない弓矢を『ひゃっほー!!』と奇声を発しながら撃っている。もっとも、ここまででデスラベルは活躍しているので遊んでいても許される御身分ですが! もう一名は本当に潔いくらい何にもしないなぁー!
お兄ちゃんとアルビウスさんは観客席に乗り込み、仮面の暗殺者たちと戦っている。普段のお兄ちゃんなら一人も倒すことが出来ないだろうが、余裕で10人近くを神聖魔法でブッ飛ばしている。派手な音を立てて、観客席に小さなクレーターがいくつも出来ている。駄目なお兄ちゃんも可愛いが、出来るお兄ちゃんもカッコいい! イケー! お兄ちゃん!
アルビウスさんは普通に活躍……と記しておこう。
私の方も、この仮面から情報が聞き出せるかなぁ。少しウキウキしてくる。いや、仮面に水晶を持たせている奴か。目の前の仮面を拷問にかけたところで何一つ話はしないだろう。何せ、この仮面は……。
仮面が動く前に魔法の矢を数発撃ち込んでみる。赤黒い鮮血が飛び散るが動く気配が微塵もない。痛みを感じていない……おそらく、彼もフレッシュゴーレム。みごとな技術力だ、本当に見事。だが、ここまで大掛かりな技術力がある人間は数が限られるはずだ。
「宮廷魔術師かな? それより上? 魔術師長が作り上げたのかしら、この暗殺集団を?」
「…… …… オモシロイゾ、コムスメ」
「ふーん、意外。人形を通して喋ることが出来るんだ」
「ムロン、マホウモ トナエラレルゾ」
仮面の人形に冷気の魔力が溜まっていく。人形にも魔力はあるだろうが、行使できる量を超しているような気がする。杖を持っていたのは伊達じゃなかったわけね~。
『どーでもいいか』と思い直し、こちらは火の魔力で対抗することにする。
「ワカリヤスイ チカラ クラベカ?」
「悪いけど、実験に付き合ってあげるほど、今 冷静じゃないのよね」
互いの魔力が高まっていく。ぶつかり合えば激しい爆発を起こすのは必至。だが、そんなことを気にする必要もない! 今のお兄ちゃんなら大丈夫。他は知らん!
「ワタシハ トアル『実験』ヲシテイル。オマエニモ オシエテヤリタイガ マズハ シネ」
「いや、この程度じゃぁ、私は倒せないわよ!!」
正直、舐めきっていた。所詮、ゴーレムの使う魔法など高が知れていると……だが、人間のギリギリ、属性値でいえば最大が100だとして90までだしている。90まで出せる人間はほんの一握り。おそらく、これが『実験』の成果というヤツだろう。
もっとも、私は属性値100、出しますがねっ!!
訓練場で私の炎魔法と仮面人形の氷魔法が激突し大爆発を起こす。その衝撃で壁や天井にヒビが入りガラガラと音をたてはじめる。押し切ったのは私の魔力。仮面人形は頭を残し綺麗に吹き飛んでいた。
「ホォ、コノ イリョクヲ モノトモシナイカ」
「……」
私は残った頭も焼き払う。灰すら残さない。
部位はどれ一つ残してやらない。一つでも残っていれば、そこからデータを抽出するだろう。只者じゃない。英雄トールもヤバそうだが魔法技術的にはコイツの方が危険度は高い。何せ、フレッシュゴーレムでもこれほどの魔力を出せるようにするのだ。本人がこの技術を使用する可能性は高い。もっとも『実験』と言っていた時点で、まだ活用されていないのは丸わかりではある。そのためのこの場所が実験施設を兼ね揃えていたと考えて問題ないだろう。
「そんなことより、お兄ちゃんは……」
おー、おー、あの爆風で無傷だ! なんか神聖魔法のプロテクトを唱えたのかな? アルビウスさんは仮面の暗殺者を盾に回避していたのか。デスラベルはウィロースの後ろにしゃがんで隠れてて……ウィローズは全く動いてないで真っ白の埃だらけだ。
生き残った仮面たちは撤収してしまっている。行動早いな。コイツラがやられたら決まっていた手順なのかもしれない。仮面を取ったら誰が誰だかわからないから、逃げ切るのは簡単だろう。暗殺者たちの上層部くらいしか彼らの正体を知らないだろうからねぇ。この調子じゃぁ下層部同士でも面が割れていないだろうなぁ。
暗殺者は戦闘力が重視されないのが面倒くさい。闇討ち、毒殺、罠などを使って、いつ殺しに来るかわからない。狙われているのがわかれば落ち着く暇もない。そんな集団にケンカを売ったわけで、アルビウスさんの『ラーズを助けたらホワイトドラゴンと連戦しよう』作戦は案外、的を射ているのかもしれない。
私たちは今後について話し合うため一か所に集まる。お兄ちゃんは慣れない力のせいかヨロヨロしている。いきなり魔法を使いたいだけ使うから反動で筋肉痛になっているようだ。アルビウスさんは爆破の時にズレたメガネを元の位置に戻しながら近づいてくる。割れてるけど私のせいじゃないから弁償しなくていいよね? デスラベルは『ひゃー、危なかったぁ』とか言いながら埃を払いのけている。ウィローズは石化したかのように真っ白で動く気配がない。
「どう、みんな無事?」
「おぬしには無事に見えるか?」
「俺は敵の攻撃より自分の魔力でででで……。足がぁ、足がつったっぁああぁ!!」
「私はメガネの方がやられましたね。さすがに激しく動いたせいで身体に無理が生じてますね」
「デスラベルは無事だよ。派手で面白かった!」
「全員無事ね。あとで、お兄ちゃんにマッサージしてもらいましょう」
「待て、俺は誰がマッサージしてくれるんだ?」
「それ以前に儂は『無事』に入るのか? あぁ~ん?」
「それより、ここを早く移動した方がよろしいですね。彼らが何を企んでいるかわかりませんが……」
「アルビウス!『そんなことより』とはどういうことじゃ」
「このまま、なんとかて言うドラゴンと戦うのぉ?」
「おぬしも儂の話を聞かんか」
「まず、ガイアルの鍛冶屋に戻ろう」
「…… ……」
「お兄ちゃん、そのことでアルビウスさんから連絡があるんだけど……」
「ふーんだ。もう儂のことなんて、どーでもいいんじゃな。その辺でイジけてやる」
真っ白な塊の首根っこをお兄ちゃんが捕まえてこの場から脱出を試みる。入ってきたところは閉まっているが、他の通路はほとんど開きっぱなしだ。罠の可能性もあるので先頭はアドベンチャラーのアルビウスさんに任せる。精霊魔法に出口や隠し扉を探す風魔法があるが、デスラベルは魔力切れなので諦める。
出口を探している最中にお兄ちゃんにはガイアルがネクロマンサーである可能性の高さを説明する。さすがに苦い顔をしている。お兄ちゃんの心中を察するに余りある。私もそうだが、ガイアルとスイロウには この国に来てから世話になりっぱなしである。ブラックドラゴンを倒したことも、住居の提供も受けている。この国の生活場所の説明も彼女たちだ。その彼女たちから受けた恩を返そうとしていたら、彼女を倒さねばならないというジレンマに陥ってしまった。しかもお兄ちゃんは変に正義感が強い。悪いことをそのまま許すことが出来ない。私なら無かったことにしちゃうけどね。どうするんだろう?
「どっちでもいいよ。私はお兄ちゃんの意志を尊重するから」
「返さなきゃいけない恩と、ソヤツの悪事。どう折り合いをつけるつもりじゃ、ラーズ?」
しゃしゃり出てきたのは埃まみれでお兄ちゃんに担がれているウィローズ。この件に関して、やたら首を突っ込みたがるんだよね~。無関係……とは言わないけど、ちょっとグイグイき過ぎじゃない?
「……。
とりあえず、会ってから考える」
お兄ちゃんらしい答えだ。正解なんてないだろう。ガイアルがネクロマンサーだったとして、どんな思いで死体を嬲っていたのかは知らないが許される行為ではない。そのことを許せるお兄ちゃんじゃない。それが許せるならドラゴンの主を倒そうと考えなかっただろう。所詮は天災レベルの話なのだから……それに、それによる獣人の地位向上などの利が無かったわけでもない。
幾つかの扉を出入りしていると、下水道へと出た。ここまでくれば、第一区画に出るのは易い。ガイアルの鍛冶屋まではもう少しだ。
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宮廷魔術師の研究室のさらに奥。
その場所に宮廷魔術師長の部屋がある。
「素晴らしい力じゃないか。まさか属性値90を超す魔術師がこの国にいたとは」
魔術師長・エサロック
齢85の老人である。指先は折れそうな枝のように細く、そこには指輪が嵌っている。高級そうな欣治の刺繍が施された藍色のローブを着て椅子に深く腰掛けている。視線の先には水晶玉があった。
今は何も映し出されていない。
だが、少し前まで彼の最高傑作の人形がその水晶玉へと映像を送っていた。
「属性値90を超せば、もはや人間かも疑わしい」
普通の人間なら恐れおののくところだろうが、エサロックは愉快そうに目を細めていた。彼は属性値を上げる研究をしていた。普通の人間は属性値が70~80くらい出せれば上出来、天才なら90に届くか届かないかだろう。精霊か神の加護を受けている勇者の類なら100に行くかもしれない。
「天才か? 否、ワシと同じ研究をしていた者じゃろう。そして、ワシより先に見つけよったわけか。精霊か神の加護を……。それでもあの歳で見つけたなら十分に天才といえるか。クックック、面白い。あの実験体は是非とも欲しい。ワシの先を進むその身体も脳ミソも全部 解体し調べ尽くしてやろう」
エサロックは億劫そうに立ち上がると、一冊の本を引く。すると本棚がスライドし隠し部屋へと続いていた。そこには仮面をつけた暗殺者とそっくりな人形が10体近く並んでいる。
それは、彼のもう一つの研究成果ともいえるフレッシュゴーレム。本来の大きさは2~3mに達するが、攻撃力も防御力もそのままで人間大にまで小型化に成功していた。
彼は死者の軍隊を創り上げるつもりなのだ。
死を恐れず、絶対に命令に背かず、さらに強靭な肉体を持つ軍隊。フレッシュゴーレムと悟られず人々に紛れ込ませることも可能になってきている。とはいえ、ゴーレムは知性も属性も無く魔法を行使できない。現在はその課題に取り組んでいたところだ。この部隊が魔法を使えるようになれば最強の部隊となるだろう。先程その試作品は相手の攻撃と自分の魔法に耐えかねて粉々になってしまったが……。
ただ、コストが莫大で量産するには金と死体が足りないのである。そのため、暗殺者集団そのものを立ち上げてもいた。そうすることで金を得られ死体の回収が楽になる。さらに、その集団に実験体も混ぜる。実際の人数と合わない暗殺者が、彼らの正体を隠すことになっているわけだ。
エサロックは暗殺者の一人を呼び出す。
彼にアルビウス副大臣の監視を命じる。たしか、あの女の仲間にアルビウスの姿があったはずだと思い当たっていた。上手くすればアルビウスもあの女も手中に収めることが出来る上、彼女たちからは死の香りが漂ってくる。大量の死体までも手に入れられるかもしれないと声を殺して笑っていた。
ざんねーん
ラーズが活躍する話ではありませんでした
属性値は人間の最大は100らしいです
なんか6種類くらいあります火、水、風、土、闇、光
ただし 何かしらの理由があれば100を超す場合もあるそうです
同じ魔法で同じ魔力を込めた場合
属性値が高い方が威力が高いです
1~10は大差ないですが
90~91の差は物凄くあります




