56話 人数を数えろ!
訓練場に入ってきたのはミノタウロス。有名な人型の牛の化け物。身長は2~3mくらいあるだろう。2mを超すと威圧感がある。だからと言って俺たちが後れを取るはずがない。なにせドラゴンを討伐しているのだから、冷静に対処すれば難なく倒せるはずだ……1体なら……。
はじめのミノタウルスが訓練場に入場してから、その後ろにオーガがついてくる。
2体か? いや、さらにスプリガン、ゴーレム、生ける鎧と続く。全部で5体。どれも同じくらいの大きさがある。
ミノタウロスが大斧、オーガが鋼鉄の棍棒、スプリガンがウォーハンマー、ゴーレムがバスターソード、リビングアーマーがランスと盾を装備している。
縮尺の感覚が狂ってくる。俺たちが小人になった気分だ。勿論そんなことはない。おそらく彼らの一振りが直撃すれば致命傷は免れないだろう。
ジットリと手の平が汗ばんでくる。
アルビウス副大臣は彼らを斜に構え薄く笑みを浮かべて、俺たちに指示を出す。
「私が前衛で彼らを引きつけます。ファイレは後衛で魔法を。ウィローズは自分に降りかかる火の粉は自分で払ってください。ラーズは誰にも近づかずジッとしていてください」
「いや、俺も戦うぜ? さすがに前衛一人じゃ……」
「お兄ちゃん、武器持ってないでしょ」
「それに首輪がいつ爆発するかわからんからな。儂たちに近づくな。いいか、おとなしくしていろ。もう一度いう。絶対に大人しくしていろ、絶対だぞ」
ファイレの言う通り、武器を持ってない。牢に入れられたとき全部回収されている。でも、よくよく考えたら、ファイレ達が倒した仮面門番たちが持っていたのを拾ってくればよかった。ファイレ達も教えてくれればよかったのに。
とはいえ、俺が戦えばウィローズの言うように仲間ごと首輪の爆発に巻き込むことになりかねない。むしろ仲間に近づかない方が俺にもファイレ達にも安全であろう。そう考えれば下手に武器を持ってないのは良かったかもしれない。
そう思っていると、精神の同居人、ゼディスが俺に話しかけてくる。
(そんなわけないだろ。武器は持っているに越したことはねーよ。あの姉ちゃんはワザとお前に武器を手にしないように進んできたんだよ)
(ワザと?)
(簡単にはお前がお前だと信じてもらってないってことだ。武器を持たれて後ろからバッサリ……ってーのを嫌ったんだろ。
そんなことより、俺たちの仕事をさっさとはじめようぜ)
(え? 仕事? いや、ジッとしてろって言われただろ)
(あそこまで『動くなよ』って言われたら、普通『動け』ってことだろ! 常識だ!)
(どこの常識だ!)
(どこでもいいだろ。それよりまずは武器が必要だ。あの姉ちゃんか嬢ちゃんが倒した化け物の武器を貰おう。できればバスターソードが無難だな)
だが、真っ先に戦い始めたのはミノタウロス。
アルビウスさんの脳天をかち割らんと言わんばかりに、頭上から雷鳴のように振り下ろす。が、難なく横に一歩避けるだけで、そのままミノタウロスの腹に自分のショートソードを差し込む。突き刺さったあとビーンとショートソードの刃が波打ち、ミノタウロスの筋肉で引き抜けなくなってしまったようだ。
第二激をミノタウロスが狙うより早く、アルビウスさんはメガネをクイッと上げながら、刺さったショートソードを足場にミノタウロスの頭まで登り今度は首にダガーを突き刺す。これで終わったかと思ったが、首を刺されても、まだ倒れない。なんちゅー生命力だよ。
そこにオーガがアルビウスさんを狙った一撃が繰り出される。周りをよく見えていたアルビウスさんは難なく避けるが、ミノタウロスは吹き飛ばされる。平気で同士討ちしてくる、おっかねー。
アルビウスさんが避けたのを見てファイレがファイアーボールを打ち込む。ウチの妹のファイアーボールはちょーっとばかし痛いですよぉ! スプリガンに当たり、ミノタウロス以外の化け物を巻き込む。アルビウスさんは避けた先でも、まだ走らないと巻き込まれそうだったけど……。
それにしても、ファイヤーボール一発じゃぁ、誰一人倒れやしない。直撃したスプリガンですら倒れず、ゴーレムとリビングアーマーは煙が出てるだけでダメージがいったかも怪しい。
(おい!)
(んぁ?)
(奴らの後ろに誰かいるぞ。いや、誰かっていうか魔法使いだな。なんか右手に杖、左手に水晶を持ってるからな)
(あれで魔法使いじゃなきゃ何者だって姿だな。仮面はちゃんとつけてるか。アイツが化け物どもを操ってるのか?)
(他に考えられるか? あんな近い距離であの格好で?)
(考えられない……な)
(なら、俺たちの狙いは奴さんだな)
(ふぅ~)
(なんだよ、溜め息なんて吐いて)
(あとで怒られたらお前のせいだからな)
(かといって、ただ見守るのも性に合わないだろ? それにお前待ちみたいだからな)
(俺待ち? なにが?)
( ……。 なんでもいい、まずはミノタウロスからダガーを頂こう)
ゼディスの言葉にミノタウロスを見るとショートソードはすでに引き抜かれていた。力を入れていなければ筋肉でいつまでも挟んでおくのは無理ってもんか。
すでに、アルビウスさんは4体の化け物の中央で縦横無尽に走り回っている。攻撃より防御に重点を置いているために、危なげなく相手を挑発している。おかげでファイレに目を向ける余裕は化け物どもには無いらしい。その間にファイレの魔 法 の 矢がオーガに数発 ズブズブと突き刺さり血を上げる。
俺は戦いを注視しながら、ゆっくりと訓練場の外壁を添うように小走りに進む。
それにしてもウィローズは本当に何もしない。腕を組んでニマニマしながら戦闘を見ているだけだ。何の武器も持っていないけど、魔法使い系統なのだろうか? それとも武器を忘れたか? そもそも、何もしないなら何でコイツ来たんだ?
ウィローズと目が合う。変なことを考えているのがバレたか、と思ったが、何か頷かれた。どうやら動き回っていいらしい。じゃぁ、さっきの『動くなよぉ。絶対、動くなよぉ』は何だったのか?
中央近くで激戦が繰り広げられているなか、なんとかグルッと回ってミノタウロスの元へ辿り着いた……ら、ゼディスが大声で叫んだ。
(左に飛べ!!)
咄嗟に言葉に従った。
飛んだ後、俺のいた場所に大斧が地面に突き刺さっている。どうやらミノタウロスは死んでいなかったらしい。倒れたままの姿で、大斧を振り下ろしていやがる。呼吸が荒くダガーが刺さっているところから血が流れているのに、ゆっくりと立ち上がろうとしている。
(完全に立ち上がる前にダガーを引き抜け! 俺たちの相手はコイツじゃないから、武器を頂いたらずらかるぞ)
簡単に言ってくれる!
ハッキリ言って2mを超す巨体に正面に立つのがどれほど怖いと思ってるんだ! 横を見ると2mを超す巨体4体と戦っているメガネ美女が宙を滑空している。 …… ……。 俺も頑張ろう。
ミノタウロスが大斧を杖のようにして立ち上がろうとしている正面からダガーの刺さっている喉に手を伸ばす。ダガーを掴むのとほぼ同時に俺の手がミノタウロスに握られた。
ミシッ!!
(ダガーを放せ! そのまま喉に蹴りを入れろ!)
自分の手首の骨が軋む音とゼディスの声が同時に聞こえた。ダガーを手放し喉に足の裏で蹴りを入れると、ダガーを押し込むような蹴りとなりミノタウロスの喉にさらに深く突き刺さった。口と喉から血が溢れ出すミノタウロス。俺の脚がどんどん赤黒く染まっていく。そして俺の手を放すとそのまま後ろへと倒れた。
「危なかったぁ」
(もっと素早くやれよ!)
(無茶言うな! 俺の全力だ!)
(ビビッて腰が引けてるから、ミノタウロスの手が近づいたのも気づかないんだ)
ぐぬっ! 返す言葉も見つかりません。
確かにミノタウロスの動きに全く注意を払ってなかった。緊張のせいかダガーを引き抜くことで頭がいっぱいになってしまっていたことは間違いない。これでもドラゴンと対峙したこともあるのになぁ。やっぱり、デカい奴を目の前にすれば何度だって恐怖はあるってことだ。あとは慣れるしかないんだろうけど、なかなか慣れないもんだよ。
右腕を砕かれる前にミノタウロスを倒せた。それでも利き腕の自由が利かなくなっている。神聖魔法でもかけてもらわなければ、この手はしばらくは使えないだろう。左でダガーを持つしかないかと思いながらミノタウロスに近づく。
(安心しろ。お前に何も期待していない)
(ちょっとは期待してくれよ)
(あの仮面魔術師の水晶さえ壊せれば万々歳だ。もっとも、そこまでやる必要もない)
(なんで? 壊すのが目的だろ?)
(奴は集中しないと操れないんじゃないか? だから、攻撃魔法なんかを使わない)
(ただ単に化け物だけで倒せると思って、余裕があるからじゃないのか?)
(その可能性もあるな。アイツを攻撃して何をしているか確認するのが2番目の目的だ)
2番目なのかぁ。1番の目的はアイツを倒すことか? 倒しちまえば色々問題も解決しそうだもんな。そう自分を納得させつつ、血塗られたダガーをミノタウロスの喉から恐る恐る抉り出す。深く刺さり過ぎていたため、俺の手の平まで血がベットリだ。使い慣れない左手で滑りそうなダガーを持つ。こんな状態じゃぁ満足な成果なんて得られないだろうが、仮面魔術師の集中を散らすだけでも効果はあるかもしれないので改めて、奴 目掛けて突っ走ることにする。
中央では剣戟と魔法の爆音が鳴り響いている。まだ、派手に戦っているのだろう。
そんな中、走りに走って仮面魔術師との距離を詰め、あと少しというところで外野の声が響いた。
「そこまでだ。あと一歩でも動けば男の首輪はドカンといくぞ!」
チッ! と思わず舌打ちしてしまう。せっかく中央で人目を引きつけていたのにあっさりと見つかってしまうとは情けない。ファイレとアルビウスさんも動きを止める。ウィローズは……腕を組んだまま動いてないので変わらない。ニヤニヤ笑っているところまで一緒だ。
声を上げたのは訓練場に入ってきたときに偉そうにしていた奴だ。よく見れば一人だけ違う仮面をつけていた。真っ白ではあるモノの細かく彫り込まれ細工もしてある。たぶんコイツが偉い奴なのだろう。片手に俺の首輪の鍵らしきものを掲げている。
ジリジリと大型の人型の魔物が迫ってくる。このまま動かなければ、あっという間にミンチになってしまうだろう。
だが、何かが起こり仮面隊長は『ぐっ』という小さいうめき声と共に、俺の首輪の鍵を落してしまう。もちろん、その絶好のチャンスを逃すはずもなく俺は鍵に飛びつく。急いで首輪を外す。ガチャリとあっさり外れる。おぉ! これで自由だ! いや、今までもそんな不自由じゃなかったけど、精神的には天と地ほどの差がある! または月とすっぽんくらいの差が!
それにしても、なんで鍵を落したのかと思えば、肩に矢が刺さっている。
その矢を射ち込んだのは……。
「頭、狙ったんだけどなぁ~」
デスラベルである。
ここまで活躍無し! というか、まったく視界に入っていなかった。いや、入るわけもない。彼女は訓練場に入ると同時に風の魔法・透 明 化を唱え、ジッと待機していたのだ。おそらく俺が暴れ回り、見かねて仮面隊長が首輪の鍵が掲げあげられるであろうその時まで……。
この魔法は激しい行動をとると解けてしまうため、早々動けないのである。デスラベルが大人しく待っていることが出来たことも凄い。まさに、この一撃にかけていたと言っても過言ではない。そのわりに頭に当たらず、肩になってしまったが……とにかく当たってよかったぁ!!
首輪を外す。
これで俺の溢れる魔力を十分発揮する土台は出来たわけだ。口の端が吊り上るのがわかる。俺が活躍できる場が設けられる日が来るとは思ってもみなかった。
俺の首輪が外れても仮面隊長は激昂しなかった。腐っても隊長か。
取り囲んでいる他の仮面門番に冷静に指示を出す。どちらにしても俺たちが逃げられないと思っているのだろう。三分の一ほどの仮面門番は弓を用意している。備え付けのボウガンもある。強力そうだ……強力そうだが、デスラベルが精霊魔法を詠唱すれば飛び道具は全て無効なんだけどな!
「あっ! デスラベルぅ、風 の 障 壁唱えたら、もう魔力 素寒貧だよ」
「それで大丈夫! 私たちがあとは片付けるから! おつかれちゃん♪」
ファイレの言葉。
モチロン、俺も大活躍する予定だぜ。
スプリガンについての補足
妖精種です 普段は凄く醜いドワーフのような姿らしいです
戦闘時に巨人化しますが 訳あって3mほどです
スプリガンは宝物の番人として有名です
番人というよりは その容赦の無さから番犬に近いです
かなりおっかない妖精です この世界では!




