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51話 私は死人使い 名前はガイアル(後編)

 ある日、第一位司祭の妻が獣人に殺害される。丁度この街と戦争なんぞしている時にいるのが悪いとしか言いようがない。普段なら神聖王国から出てくることも無いだろうに……。墓場で一人娘が泣き叫んでいるのが見えた。


「失ったなら取り返せばいい」

「だ……れ?」


 まだ、5歳くらいだっただろうか? 私のことは記憶にないらしい。私は彼女に会ったことがあったのだが……あぁ、2年くらい前では物心もついていないか。

 今は私が誰でもいいだろう。それより心に空いた穴を埋めてやろう。私のも()上司の娘だから……。


「お母さんを生き返らせてあげる」

「ホント!?」


 ここからは楽しい実験だった。死んだばかりで肉親がネクロマンサーとして行えば『完璧な死者蘇生』が出来るのではないかと思った。彼女に心を捨てさせ、人を憎むように教え、死人使い(ネクロマンサー)としての言葉を授けた。残念なことは人間のまま、死人使い(ネクロマンサー)の技術と魔術を修得してしまったことくらいだ。問題はないハズ。


 だが、失敗した。

 苦しむ彼女の母親の死体が出来上がった。肉体は腐り、苦しみに奇声をあげ、狂ったように暴れる。

 彼女はその生きる屍(リビングデット)を愕然として眺めていた。

 どうやら彼女は、まだ完全に心を捨てきれていなかったらしい。この状況で冷静な判断が出来ないとは……ただ、失敗しただけなのに愕然とするなど私の弟子として情けない。失敗したなら新しい死体を探せばいいだけなのに……。


 このことが裏目に出る。

 第一位司祭の娘が私を告発したのだ。恩を仇で返すとはこのこと! 正体がバレ私は追い詰められることになる。が、まだ余裕がある。戦争中の国で死人使い(ネクロマンサー)の私に楯突こうと思っているとは愚かなり。むしろ、王の首でも取って実験台にしてやろうと考えた。

 『そういえば、復讐なんかも考えていたなぁ』と頭の片隅によぎり実行することにする。


 王宮にアンデットを送り込み、中へと押しかける。闘いが激化し死者が増えれば私の仲間は増える。が、忌々しいのは神官と司祭だった。彼らの神聖魔法はアンデットの魂を開放してしまう。そうなればただの屍、動くことはない。兵士が抑えこみ神官がトドメヲ刺す。手駒を減らさざるを得ないが無くなる前には王を見つけ出すことが出来た。

 王を見つけた途端、私は唇の端を吊り上げた。殺すべき存在……仲間の仇……否、理由を付けて残酷に引き裂いていい相手を見つけ出せたのだ。

 だが、相手の王の顔に恐怖はない。訝しげに首を捻ると……世界がグルリと回転した。いや、回転していたのは私の頭だった。身体から頭が切り離されていた。その斬撃の速さに私の思考が追い付かなかっただけである。


 なるほど、アンデットの奏者である私を討ち取るために、王を餌に誘い出されたわけだ。準備万端で待ち構えていたのは後に英雄と呼ばれる男と情報大臣になる男だった。見事といえよう、ネクロマンサーである私を一撃のもとに首を刎ねたのだから……もっともこのまま封印されるつもりもない。王に呪いの言葉を吐き捨て子々孫々まで続くのだと教えてやる。私の封印が解かれた時にも彼の一族が残っているなら苦しんでいる姿が拝めるだろう……そこで一時、封印され私の記憶は途切れてしまう。


 20年ほど前の この国にいる神官や司祭に私を完全に消滅させるだけの力を持った者はいなかった。第一位司祭がこの国に来るのはもう少し先の話……いや、彼がいても私を消滅できたかは怪しい。それにしても第一位司祭が不在でなぜ母娘だけがこの国にいたのかは謎である。


 それから20年前後、封印されていたがどこの世界にも馬鹿はいる。私の噂を聞きつけ眉唾モノだと決めつけた青年が封印を解いてくれたのだ。

 それは世界にドラゴンが舞い降りていく年も過ぎ去っていた。

 そのとき……いや、封印された時かもしれないが、私は『死者蘇生の書』の呪縛から解き放たれていた。あれほど『完璧なる死者蘇生』を望んでいたことが、今となっては理解できないほどに、そしてこの国に対する憎しみすら薄らいでいた。おそらく私の憎しみまで『死者蘇生の書』に持っていかれたのだろう。


 それからは姿を変え第三区画で鍛冶師の弟子となり身を潜めていた。だが師匠はすぐに第二区画の『ユニコーンの角』から声がかかりそちらの工房に移り私だけが、この工房に住まうこととなった。


 復讐心が全くなくなったわけではないが、王を呪ったことで目的の大半は達成され、やるべきことは無くなっていたと思った。スイロウを見かけるまでは……。

 スイロウを見かけたとき、一目で私が作り出した呪いだとわかり匿うことにした。何がどうなってスイロウなどというドッペルゲンガーの呪いになったのかは不明だが、おそらく呪いを解こうとした反動で対処した呪術の進化かと思われた。


 この国の上層部……主に貴族や王族は獣人を嫌っていることは火を見るより明らかな状況だった。なのにスイロウが獣人であることが不思議でならなかった。

 情報を集めているうちにわかったことだが、獣人だと知らず第一王妃を迎え入れたらしい。マヌケな話だと思ったが、どうも胡散臭い話も紛れている。

 王が獣人か確認もせずに王妃を迎え入れることがあるのだろうか? 何らかの方法で確認を取っているハズなのに見抜けなかった……あるいは騙されたことになる。

 そうなると本来の私の目的が微妙にズレてくる。王女である彼女だが呪い殺すことが得策か判断できなくなる。彼女に第一区画のスイロウ姫を殺しすり替わるのを見送った方が良いのではないだろうか? そう考えれば彼女の行動を制限し第一区画に近づけないように彼女自身を『呪い』で縛る。簡単な呪いで何かの切っ掛けで解けてしまう可能性は高いが、最悪ドッペルゲンガーが本物を殺すだけの結果だ。問題はない……問題はないハズだった。


 意外なことに この選択は、ただ同じ毎日を積み重ねるだけで何の変化ももたらさなかった。私とスイロウが鍛冶屋を営み時に冒険に出て その日を過ごす。それだけだったが、鉱山王国にいたころのような温かい日々だった。


 それだけでよかったハズなのだが、スイロウが変化を求めた。呪いのせいか持って生まれた性質かその判断はできない。ドラゴンを排除すると言い出した。

 彼らのせいで獣人の立場がさらに追い詰められているらしい。私のあずかり知らぬところでドラゴン襲来は思わぬ余波を世界に広げていた。襲来のおかげで獣人の地位が上がったという人間に何人も会ったことがあるので、スイロウの話は意外だった。

 だが、二人でドラゴンを倒すことは不可能であることを告げると、スイロウも頷く。さすがにそこまで愚かではないようだ。


 私には対ドラゴン用の武器に少しだけ当てがあり、スイロウに店を預けて昔の村へと赴くことにした。死人使い(ネクロマンサー)になったあの地下室へと……。

 何十年も経って村は森に飲み込まれわずかな廃屋だけが残っていた……が、あの薄暗い魔力だけは蜿蜒えんえんと私の首に絡みついてくる。残念だが私はもうお前たちに用はない、と軽くあしらい隠し扉を開く。

 私の目的は私の命を救ってくれた熊の獣人の剣……竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)に用事があっただけだ。

 これをスイロウに授ける。スイロウが少しでも長生きできるように……と祈ったことで、私も多少 人としての感情があったようで心の中で苦笑する。


 『死者蘇生の書』を手にしてから私の感情は闇に食いつぶされていた。

 負の感情だけなら当時は持ち合わせていたのだが、復活の際に『死者蘇生の書』に それも持っていかれたらしい。スイロウが居なければ、ただ動くだけのドワーフと化していただろう。彼女のおかげでわずかばかりの感情が形成されてきていることに感謝して、我が鍛冶屋へと帰還することになった。


 スイロウがラーズとファイレを『仲間にする』という出来事があった。ドラゴンを倒すなら必要な人員だ。軽く快諾する。スイロウが長く生きられるとは思わない。彼女のおかげで感情の一部でも取り返せたのだから、彼女の好きなようにやらせたい。ただ、それだけのことだったのだが、彼らとの生活はさらに私の心を揺さぶるモノだった。

 毎日が楽しく、私は生きることが素晴らしいとすら感じていた……すでに死んでいるのに……。


 そう、今は儚い夢の続きでしかない。『生きる』ことが許されない状況にいることを思いだす。散々、『生きていた人』を嬲り研究してきた自分に資格がないことは重々承知していた。出来る限り償うつもりでいたが思わぬ形でそれが叶うこととなる。


 ウィローズという少女か老婆か分からぬ彼女の言葉だ。私とドラゴンを倒せば二人のスイロウが助かるという話だ。私自身が呪いの『令呪』の解除法を知らなかった。死人使い(ネクロマンサー)は呪いをかけるだけで解くことに長けていないのだから当然である。


 ウィローズの言葉を信じ、ドラゴンを討ち取った。あとは私が消滅するだけだ……が、言い出せなかった。土壇場になって私は臆病風に吹かれた。心躍る毎日が私の決意を砕いていた。

 少しでも長くこの時間に留まりたい……それゆえに私はラーズ達が死人使い(ネクロマンサー)を捜し当てるまで黙っていることにしてしまった。

 その罪滅ぼしではないが、私に作れる最高の剣を彼に届けようと、新たな師匠にオリハルコンの加工を習い槌をおろし磨いている。


 ただ、時間もない。私がスイロウにかけた行動制限の『呪い』は何者かによって、すでに効果は失われつつある。

 スイロウを助けたい私 と 死にたくない私。



 竜骨刀にオリハルコン加工した剣の刃が私の瞳を移す。

 場合によっては自ら命を……。

 その前にラーズ達に気づいてもらいたい……そして、私を……。

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