47話 オリハルコンの細工師
なんとか無事、第一位司祭の部屋へと案内された。どうやらサズ神官はここまでのようだ。名残惜しそうに一礼した後 退室する。
室内は広々とした空間。調度品がいくつも並べられているが狭くは感じない。が、一つの部屋に置き過ぎだろう。成金趣味か?
ビギヌス司祭は椅子に座りこちらを一瞥しただけで、話を促す。
「あー、誰じゃったかな。まぁ、誰でもいいか。用件は何じゃ?」
「誰でも良くありませんわ、第一位司祭様!」
アンジェラはまだいる……というか、俺がついでについてきている形だ。爵位もないのにそう簡単に会えないらしいので体裁を作ろうためだ。
サズ神官なら無理矢理 第一司祭にアポイトメントを捻じ込めたかもしれないが、彼女の立場を悪くせずともアンジェラなら伯爵令嬢なので問題が無かった。そのため、サズ神官には連絡していなかったのだが、何故か案内役を買って出ていたわけだが……。
その話は置いておいたとして、今は聞きたいことを尋ねよう。
「実はお尋ねしたいことがありまして……」
「そんなことの為にワシの時間を割いたのか?」
「まだ、何も言ってませんけど?」
「ワシがお前たちの問いに答えて金になるのか? わかったらさっさと帰れ」
この人、こんな態度で他の人から上手く金を巻き上げられているのだろうか。この場面だけ切り取ってみたら最低な人間だ。俺に限らず今は貧乏人でも後々偉くなる可能性もあるだろうに……。
「少しくらいは話を聞いてもいいんじゃないですか?」
俺の言葉に雰囲気が一変する第一位司祭。
「なんじゃ、そういう目が出来るなら初めに言え。ワシから只で情報を引き出そうとするから馬鹿が来たのかと思ったわ!」
「只で貰えればそれに越したことはないかなぁーって思ってました」
「そうじゃろうな。態度でわかる。ワシに利益をもたらそうとしていなことくらい、な。回りくどい話はいい。早速話せ。暇じゃない」
「……。色々、言いたいこともありますが、とりあえず必要最小限で話させてもらいます。一人はオリハルコン細工師、もう一人はネクロマンサー。両方の所在と情報が欲しいのですが」
「……。それでワシの利は?」
「……。ホント、ガメツイですね」
「はぁ~。遊びに来ているなら帰れ。ハッキリ言って金の匂いが貴様からせん。なにか狙いがあるのだろうが上手くはいかんぞ?」
「マッサージ店とか上手くいってますよ」
「……あぁ、あそこの餓鬼か。使い道が無かった。なんだ情報料を払うつもりか?」
「はした金じゃぁ教えてくれないでしょ。もう少しいいもんですよ」
その言葉に第一位司祭ビギヌスの眉がピクリと動く。俺を値踏みするように上から下へと視線を這わせている。俺だってこの司祭が普通の情報料で教えてくれるとは思っていない。
情報料はプライスレス!
アンジェラの方を見る。
「私達が提示するのは領地での大地神の信仰に便宜を少々図るというものですわ。もちろん現在、領地を彼は持っていませんが彼が貴族になり土地を得るのは時間の問題かと思いますわ。どうでしょう、第一位司祭様、一口乗ってみては?」
代りに説明してくれた。
確かにそう説明しようと思っていたけどアンジェラにはまだ何も言っていなかったのに、理解してくれていた。嬉しいのだが何でわかったのかが気がかりでもある。むしろ分かりやすい代償だったのかな?
「ずいぶん大きな狸の皮算用をしているな」
「乗らないんですの?」
アンジェラは余裕たっぷりである。対するビギヌス司祭も馬車に引かれたガマガエルのような薄気味悪い笑い方をしている。凄い悪人プリの笑顔だ。
乗ってきそうな気がする。
「少々便宜をはかるなどという言葉……お前たちの口先三寸、ふり幅が広すぎるじゃろ? 具体的にどうなる? それに領地が入らなければワシの支払い損ということもありうる」
「契約書でもお書きになります?」
「くっくっく……そんな足の着くようなことをするはずもなかろう。互いに手付金が必要だという話じゃ。お前たちは現金、ワシは情報の半分を支払おう」
豚なのに食えないとは、これいかに!
俺たちが支払う金額が提示されていないわけで、少なく見積もれば貴族になる芽はないと思われ、多く払えば損をする。賄賂に金額を聞くバカもいない。
そしてあちら側の半分の情報はオリハルコン細工師だろう。欲しい情報は後回しだろうからな。
「よろしいですわ。こちらは5000万Gをご用意いたします」
えっ!? よろしいの? いや、よろしくない! 俺、そんなお金持ってないし……と思ったら、小声で『ワタクシが用意しますから黙っててくださいません?』と睨まれた。いや、しかし、アンジェラに頼るのは悪い気がするんだが今は他に手もないしお任せしよう。あとで何かお礼をしないと……そのうち耳を揃えてお返しいたします。
「5000万は貰っておこう。だが、その程度で情報を半分というのは虫が良過ぎるんじゃないか?」
「まず、ラーズが"スノータァング"の領土を確保できましたら、半年は他の教会を入れないというのはいかがかでしょう? その間に町の根回しがきくのではありませんこと?」
「半年なんぞほとんど住人がおらんじゃろ。少なくとも5年は必要じゃ」
「なら、この話は無しでも構いませんことよ?」
「……」
少し首を捻る第一位司祭。
こちらとしてはどうしても情報は欲しいが足元を見られるのは得策ではないので黙って見守る。というか、もう俺は交渉していないので邪魔にならないように下手に声をかけないようにするくらいだ。
「3年」
「1年でしたら構いませんわ」
「分かった、1年でいいじゃろう。ただし、一つ条件がある。英雄トールを敵に回したい」
「!?」
国の英雄を敵に回したいって! 俺たちとしては至れり尽くせりだけど、このおっさんにとっては英雄だけじゃなく国も敵にまわることになるんじゃないの? いや、獣人とこの国は敵対していないし英雄だけが切り離されて考えられるのか? 待て、英雄の立ち位置が分からないぞ?
「すみません! わからないんだけど、なんで英雄トールと敵対を?」
「あのクソガキが画家より画商の方が偉いとか抜かしやがったやがったからだ。『高い値で売れているのは画商の宣伝のおかげであって、画家の絵なんて二束三文。宣伝が無きゃゴミとかわらない』などと のたまわりやがって! ココにある絵画はたしかに画家の生前は一枚しか売れなかったが、彼の家は著名な画商だった事も知りはしない。なら画家よりもその画商の名前の方が後世に残ってるに決まっているだろ! どんだけ頭が悪いのか、許しがたい。ましてや英雄ということで誰も文句も言いはしない! 自分の考えに凝り固まった最悪のバカだ!」
「……待て、おっさん。雷剣トールと敵対するのは獣人との対立の為、じゃないのか?」
思わずおっさん呼ばわりしてしまった。第一位司祭様だ。
そんなことよりもっと大事なことがあるんじゃないの?
「獣人と敵対しているのか、あのクソガキ? それは丁度いい! ちゃんとした口実があるではないか! なるほど獣人排除派の英雄か……問題はどうやって追い出すか、か? それでアルビウス副大臣の小娘が……」
突然一人で考え始めた。
ほとんど、個人的、芸術に対する冒涜への恨みだけで国の英雄と敵対しようとしていたのか第一位司祭なのに! 思い切った思考回路だな。
だが、英雄トールが獣人と敵対しているという情報を得て彼を追い詰める算段を立てているようだ。恩義に感じている……ハズもないか。だが、俺たちには第一位司祭が味方に付いてくれれば力強い……けど今は、思案の邪魔をして、どさくさに紛れて情報を引き出しておこうかなぁ。あとでゆっくり対トールについて考えてください。
「第一位司祭様、では5000万と1年と英雄への敵対……表立っては出来ませんが……でよろしいですね?」
「ん? まだおったのか? さっさと金を持ってこい……とりあえず、それでO.Kだ」
「では、我々にも情報を……」
「面倒臭いやつらじゃな! ワシは忙しいというのに! 客室にデスラベルという女が居る。そいつがオリハルコンの細工師だ! さっさと会いに行け」
シッシッと迷い犬でも追い払うように手を振る。
第一位司祭ってアルビウス副大臣と仲が悪かったような気がするんだけど、英雄トールと手を組む可能性はないのだろうか? でも、ウチの領地に来るなら……まだ、俺の領地になったわけじゃないけど……。これって、確実に"スノータァング"倒さないとまずい状況じゃないか?
――――――――――――――――――
第一位司祭の部屋を出ると、姿勢正しくサズ神官が待っていた。
「なんで、アナタがまだいるんですの!?」
「私はラーズ様の案内役ですので」
「必要なら呼びますわ。こんなところで待機されてますと心臓によろしくありませんことよ!」
「アナタにどう思われようと関係ございません。常におそばで待機しているのが当たり前のことです」
「ありがたいけど、そこまで親身になってくれなくていいから。自分のこともちゃんとやって」
「勿論、自分の仕事を疎かになどしませんのでご安心を」
「いや、そうじゃなくって息抜きなどをして貰いたいというか……」
どうも上手く俺の言いたいことが伝わっていない気がする。
デスラベルという女性の部屋に案内してもらっているのだが、丸々太った司祭様からは情報をほとんど貰ってなかった。あれで5000万もするの? という気持ちもあるが直接面会を許可されたのだから御の字ということか。
アンジェラとサズ神官は激しいやり取りを繰り返しながら、十分な時間をかけて目的地に到着する。さすが大神殿の客室、煌びやかな装飾の扉だ。
サズ神官がノックをし部屋の中から若い女性の返事が返ってくる。サズ神官が扉を開けて中に入るとそこにいたのは金髪の草色のドレスを着た背の低い女性……。
「エルフ?」
長い耳を持っているので たぶんエルフだろう。エルフに会ったことがないので断言できない。エルフが人間の村や街にいるという話はほとんど聞かない。グリンウインドにもいなかったし、この国に来てもドワーフや獣人は見てもエルフに会ったことは無かった。
俺より身長は低く……というか、アンジェラやサズ神官より低い。子供なのか成人なのかわからない。何せエルフの成長過程など知る機会もないのだから。
「誰、アンタ達?」
「えっと、俺はラーズでこっちが伯爵令嬢のアンジェラ。で、案内役のサズ神官」
「ふ~ん、……で?」
「『で?』って?」
「…… ……。 …… ……。何の用かって聞いてるのよ! この薄らトンカチ!」
ダンダンと軽い音を立てながら地団駄を踏むエルフ……えーっと、デスラベルさん……さん? ちゃん?。
「用件はデスラベルさんにオリハルコンの加工の仕方を教えていただこうと思ったんだけど……君がデスラベルちゃん?」
「年下のくせに『ちゃん』付けで呼ぶなぁ!!」
どうやらご本人のようで……年上なのか? ファイレに『命が惜しければ女性の年齢は聞いては行けない』とキツク言われているので聞くことは諦めるが、贔屓目に見ても15歳には満たないように感じるのは俺だけ?
「なによ! 疑ってんの!? デスラベルがデスラベルよ!」
「あ、疑ってたのは『俺より年上』って部分だから」
「レディーに年齢を聞くなんて失礼でしょ!」
「失礼ですわ」
「失礼ですね」
何か知らんがアンジェラとサズ神官も加わって総攻撃!? 聞ぃてないよー! そんな僅かな感じでも駄目なの!? さすがファイレが言っていただけのことはある。聞いてなくても年齢の話題でもアウトだ。もう、年齢の話題は黙秘しよう。
「年齢はどーでもいいので、オリハルコンの……」
「どーでもいいわけあるか!」
「まったくですわ」
「ラーズ様、少し気を使った方がよろしいかと」
どーしろというんだ俺に! そうだ、深呼吸しよう……あと、落ち着くには素数を数えるといいと師匠が言っていたな、2,3,5,7,9,11,13,19……。
「まぁ、立ち話もなんだから三人とも部屋に入ってもいいよ」
「では、お邪魔しますわ」
「私もお言葉に甘えまして」
えぇー、もう年齢の話はどうでもいいのぉー。早いよ。ただ単に俺をからかうだけの口実かよぉー。
納得できないまま部屋の中に入る……赤を基調とした少女趣味なフリルの多い部屋だ。俺の中のエルフのイメージは緑なのだが……デスラベルの服も緑だし……。
フリルの着いているテーブルクロスが掛かった丸テーブルの席を勧められる。
どうやら紅茶を飲んでいたようだ。
「暇だったのよねー。何して遊ぶ?」
「いや、俺たちは遊びに来たわけじゃなくってオリハルコンの加工技術についてご教授いただければと」
「断る!」
「えぇー」
「だってツマンナイもん! そんなことよりトランプやろ、トランプ。これ面白いんだよー。1から13真での数字があってねー」
どんだけ、Going My Wayだよ!
着実にトランプの話をするデスラベルちゃん。もう『ちゃん』付けでいいだろう。年上かもしらんが少なくとも精神年齢は俺より下だろう。
「いや、トランプはいいから、オリハルコン加工を!」
「やーーーーーーーーーーだーーーーーーーーーー!」
「さては、オリハルコン加工できないんだろ!」
「な”!? なにいってんの!? できるもん! ただメンドくさいだけだもん!」
「じゃあ、ちょっと教えてみろよ!」
「じゃぁ、まずは私を満足させてみなさいよ!」
ぬぬぬぬ……とデスラベルちゃんと睨みあう。ヤバい、俺の精神年齢が疑われる事態に陥っている。
「満足させたらオリハルコン加工を教えてくれんだな!?」
「いいわよー、デスラベルを満足させられるなら、オリハルコンの細工の仕方を教えてあげても!」
何か知らんがエルフのお子様を満足させるトランプ遊びを披露する羽目になった。
トランプやチェスなどこの世界の遊戯は意外と幅広いです
あと紙はあまり貴重ではありません
魔法があると生成するのは難しくないので・・・




