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46話 英雄・雷剣のトール

 厳かな神殿というのが第一印象だ。

 白を基調にし、彫刻や絵画が飾り付けられているが、派手さはなくセンスの良さが伺える。


 神殿に入ると俺とアンジェラの元に案内人がやってくる。

 俺が今回会うのはビギヌス第一位司祭様だ。

 用件は何度も言っているがネクロマンサーの所在とオリハルコンの加工師に接触すること。



「で、何故、アナタですの?」

「私がラーズ様の案内を志願したからですが、何か不都合でも?」


 不都合があるような無いような……案内役にサズ神官。確か彼女は第二区画にいたはずなのに?


「アナタ、確か第二区画の神官をしておりませんでしたか?」

「第二区画()担当です」

「ようするに、第一区画も大丈夫なわけか」

「さすがは天使様。呑み込みが早くて助かります。では、早速、第一位司祭様の元へとご案内いたします」


 俺たち以外にも上品そうな人物が広い神殿を神官の案内人のもと歩いている。俺もそれなりの恰好をしてきたつもりだが、周りからどう映っているのだろうか。根拠もないが笑われているような気がして胃のあたりがキリキリする。

 それにしても広い。神殿の中で馬車を使った方がいいんじゃないかと思えるくらいである。


 あんまりにも広く間が持たないので、サズ神官にわかりもしない美術品のことを聞きいてみる。立ち止まりサズ神官が説明してくれるのだが、専門用語など出てきてよくわからない。たまにアンジェラが横やりを入れたりする。間を持たせるためだから変に突っかからないでほしいのだが、彼女の性分か対抗意識かは判断しかねる。


「この絵画は77年前の作品で、点描画の祖と言われるステファン・ド・クラークのモノと言われています」

「または、点描画の祖と言われる人はデルコ・リーチ・ゲルトだとも言われていますわね」

「ムッ……年代が同じだけでステファンの影響を受けたのがデルコだという説が一般的です」

「どうかしら? ワタクシが思うにステファンは点描画として明度が高いため、祖と考えるならデルコの方が先に感じられるけど?」

「私はあくまでも一般論として語られるこの風景画について説明をしているだけで……」


 どっちにしろ、よくわからないからどーでもいいんですけど……ただの間を埋めるために聞いただけですから……。

 点描画? メイド? 知らんよ、そんなの。

 このままでは一生、第一位司祭に会うことが出来なくなりそうなので意を決して謝罪する。


「いや、スマン、二人とも。別にそんなに絵に興味もないんだ。さっさと第一位司祭の所に連れてってもらえると助かる」

「も、申し訳ありません、天使様。気分を害されましたか?」

「ワタクシとしたことが御免あそばせ。つまらない話を聞かせてしまいましたわね。黙ってますのでゆっくり鑑賞していただいても構いませんことよ?」


 どうやら、二人は俺が言い争いを止めるため、絵画に興味のない振りをしていると勘違いしたようだ……『ホント、スマン。全く興味ないんだ』とは言いづらくなったので、なんとなく逸れっぽく眺めることにする。個人的には好みな絵ではない。むしろ興味があるのはこの絵が幾らくらいするのかという俗っぽい話だ。お高いんでしょうね~?


「幾らくらいだと思う?」


 俺の真後ろから若い男の声がして慌てて振り返る。

 そこには見たことも無い青年が立っていた。そしてその隣には美しい少女が立っている。全く気配を感じなかった。そう、サズ神官もアンジェラも突然のことに驚いている。


「ゴメン、ゴメン。驚かすつもりは無かったんだ。ただその絵が気にいったのかと思ってね。なんなら僕が売ってもらうよう司祭様に頼んであげようかと思ってね」


 美青年だ……上から下まで完璧な……。佇まいからして只者ではない雰囲気が醸し出されている。当然だが神殿の中なので武器の持ち込みは禁止されている……なのに、恐ろしいほどの殺気が俺に突き刺さる。それなのに敵意がまるでない。

 俺の体はその感覚に対処しきれず言葉を紡ぎだすことが出来ない……この青年は、人間なのか?

 ニコニコと人懐っこそうに笑っている。好感と嫌悪が同時に心に生じる気持ち悪さ……漠然とした不安。


「ひょっとして、英雄・トール様……ですか?」


 サズ神官が青年に問いかける。誰だトールって?

 彼は『当たり!』と嬉しそうに答える。


「僕は英雄と呼ばれるトール・ヤスカ。以後お見知りおきを。またの名を『雷剣』とも呼ばれているよ」

「『雷剣』?」

「あれ、聞いたことないかい? 貴族の間では多少は有名だと思ったんだけど?」

「存じ上げていますわ! 雷剣トール。最強の魔法剣士。ドラゴンをも一撃で葬り去るとか、百体のゴーレムを一太刀で薙ぎ払ったとか、無数の逸話がございますもの。しかも数か月前までは無名の人物」

「そうそれが僕だよ。君の名前を伺ってもかまわないかな?」


 そう言って殺気を放ったまま握手を求めてくる。

 すぐに握手を交わすと彼は軽い驚きを見せる。考えての行動ではない。というか、考えるのを早々に放棄した。たとえ俺が……いや三人がかりでもトールをどうにか出来るわけがない。彼がひとたび、俺を殺そうと考えれば数秒後には胴体は生き別れだろうから開き直るしかない。


「ラーズだ」

「へぇ~。まさかすぐ握手をしてくれるなんて思わないかったよ。少し君のことを侮っていたことを謝罪するよ。それと相談なんだけど僕に力を貸してくれないかな?」

「何に力を貸せばいいかよくわからないですけど、俺が力を貸さないと思って相談してますよね?」

「あぁ、君は力を貸してくれないだろうねぇ。この国から……いやこの世界から獣人を排除する手助けに」

「冗談ですよね? ココは大地神の神殿ですよ? 獣人擁護派の……」


 だが、トールは笑顔を絶やさない。

 断ればトールの敵で今すぐ真っ二つにされかねないが、受ければ大地神の信者を敵にすることになる……というか俺も信者だし、結論から言えば


「断る以外の選択はできないでしょ?」

「その通りだね」


 ヤバいと思った。トールは武器を持っていなかったが殺されるイメージが咄嗟に浮かんだ。が、それとほぼ同時くらいにサズ神官とアンジェラが俺の前に割って入った。


「トール様、神殿内で少しイタズラが過ぎると思いますが?」

「今すぐ大地神信者全てを敵に回すおつもりですの?」


 『それもいいけど……』と平然と言ってのけるので、俺たちは冷や汗を流す。本当に彼一人で……横に女性はいるが……この神殿内にいるすべてを敵に回しても何も問題はないという態度だ。いや、いずれは敵に回そうと考えているのだろうから当然なのか? でも、さすがに一人でじゃぁないだろ……何かしらの軍隊を用意しないで事を構えないはずだ……構えないよな? まさか本当に、一人でも神殿ごと相手に出来るのか?


「今日は帰るよ。僕一人なら問題なく全て片付けられるだろうけど、姫君に万が一があっては困るからね」


 そう言い残して優雅に身をひるがえし二人はその場を後にする。


 サズ神官とアンジェラに礼を言う。

 なんで俺に突っかかってきたんだろうか? この神殿内は全員、獣人擁護派だと考えてもおかしくはないハズだ……。誰でも良かった、という雰囲気はない。相手のことも よくわからないまま敵視されることになったようだ。


――――――――――――――――――


 私とトール様が二流冒険者と会話を終えた後、トール様は私に感想をお尋ねになられました。


「ラーズ君という名の彼はどうだった?」

「特に感想を持つべきものは何もございませんでした。むしろ横にいた神官様と伯爵令嬢の方が強いのではないかという印象を受けました」


 私と同じ感想を持ったであろう婚約者の顔を覗き込んでみると不敵な笑みを見せます。ドキリッとする私。いつからだろうか、私は彼の虜となっています。他の男のことなど……いいえ、他の人間のことなど気に留める価値も感じられなくなっていました。


「戦闘に関してはね」

「トール様なら戦闘以外でもあの程度の男など問題にならないと思いますが?」

「どうだろうね」

「何か不安要素があるのですか?」

「彼の能力だね。どんな能力があるかわからない。戦闘は僕の敵ではない、見た目も普通、特に頭の回転が早いとも思えない……なのに、バーグルド大臣の話では獣人たちがラーズ君の元に集まってきている……という話ですよね?」

「何かしらの能力だとお考えですか?」

「さぁ、どうでしょう。しかし能力の有無はいいとして、虫を寄せ付ける『花』の役は見事に果たしているんですよ。『花』を早めに摘み取るか、『虫』と一緒に刈り取るかが悩みどころなんですよ」


 納得できる話です。力を付ける前に倒すか、獣人を一網打尽にするか……一長一短です。私としてはトール様に無用は被害はない方がいいので早めにあの男を消すことをお勧めしますが、どうやらバーグルド大臣は一網打尽で獣人の首をご所望のようです。

 どちらにするかはトール様がお決めになること。そしてどちらの道を進もうともトール様と共に私は進む所存でいます。

 

 私の姉・スイロウは永い眠りについています。本来なら彼女が第一王女なのですが、獣人である彼女はその存在を闇へと葬り去られようとしています。私は彼女と腹違いの妹……ようは第二王妃の娘という立場でした。

 私から何か言うのではなく、自然と私が第一王女という立場を確立していったのは(ひとえ)にバーグルド大臣の力によるものだと思われます。ただ第一王妃も第一王女・スイロウもどちらも完全に消えた話ではないのです。

 まだ何かに使用しようとしているのか、完全に存在を消すのが難しいのか計りかねますが、上流貴族ではその噂が絶えたことはございません。ただ、日に日にその存在が希薄になりスイロウが獣人の娘だという話もあやふやになってきてはいます。


 一年近くも姉と呼べる人物と会話しないと私自身も本当にスイロウが居たかがあやふやになってきます。まるで夢を見ていたような気分にさせられます。一部の限られたメイドだけが彼女の世話をしているとか……そのメイドも情報局の人間らしいですが詳しくお聞きすることはありませんでした。


 仲の良い姉妹だったのですが、彼女が獣人だとわかると いつのころからか分けて育てられるようになりました。そうです、父上……すなわち王は第一王妃が獣人だということすら知らなかったのです。この事実で起こりうる混乱は思ったほど広がりませんでした。ドラゴンの襲来のおかげ、といったところでしょうか。その間に情報局が鎮火に当たり一部の者にしか知られない情報となったのです。その後、眠り人となり現在に至るわけですが……。

 トール様はいかがなさるおつもりなんでしょうか? まぁ、私が考えずとも最良の判断をなさってくれると信じ先を進むトール様の後を付き従うだけですね。


――――――――――――――――――


 相変わらず震えが止まらない俺。

 サズ神官とアンジェラも震えている。それなのによく俺の前に出たもんだ。


「助かったよ、二人とも」

「……天使様の……ラーズ様の為でしたら私の命など……」

「……たまたまですわ! ワタクシもあの男が気に喰わなかっただけですわ」


 二人とも震えてはいるが笑顔を見せる。

 彼が去ったことで落ち着きを取り戻しつつある。慣れもしない絵画観賞なんてすると碌なことにならないな、と苦笑いしてしまう。


「さて、第一位司祭様の元に急ぐか。また奴が戻ってきたら今度こそ殺されかねん」

「その時は私が一命に変えましても……」

「アナタが逃げるくらいの時間は稼いであげますわ! 勘違いなさらないでくださいまし? 戦闘の邪魔になるからですわよ!」

「女性を置いて逃げるのはちょっと男らしくないので、俺も頑張るよ、そんときは」


 二人が俺の顔を見る。何を考えているかは読み取れない。

 でも『そのとき』が来るより先に『出会わない』方がいいだろう。あれに狙われたらどうすれば助かるか想像がつかない。

 おそらく『飛龍狩り・アネッサ』『国の先陣・テーラー』の二人がいたとしてもどうにかなるような青年ではなかった。

点描画といえばスーラですが 当然この世界にはいません


基礎となる点描壁画はさらに昔になりますが

そんな設定の話はどーでもいいので出てくることはありません

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