45話 ゴージャス馬車
箱馬車に揺られる。
現在、俺はアンジェラ・アルーノ伯爵令嬢と一緒に箱馬車で第一区画に向かっている。ファイレは帳簿のやりくりやドワーフのおっさんたちの扱いなどがあり忙しくて店から出れない。
一人で第一区画の神殿に向かおうとしたところ、ちょうど……ちょうど? アンジェラが店にやってきた。
「歩いて第一区画に行くなんて非常識ですわ。よろしければワタクシの馬車に乗せて上げてもよろしくてよ」
「なんで馬車で店に来てんだ? 普段、歩いて来てるよな?」
「た、たまたまですわ!」
そんなわけで、馬車に乗せてもらうことになったわけだ。
さすがにたまたまなわけじゃぁないだろう。ひょっとしたら誰かが話したのかもしれないが、それを聞くのは野暮ってもんだろう。
馬車に乗り込む際、ファイレの視線が痛い。貫通するような威力を持った視線。恨めしいらしい。アンジェラと二人きりで馬車の中に入るせいか、それとも仕事を一人でこなさなければならないからか……両方だろうなぁ。
「いいこと、二人きりだからといって馬車の中で変なことをしたら只じゃおきませんことよ!」
「しない、しない!」
「むっ。即答ですの! 少しくらい考えたらいかがですの? だいたいこんな美しいワタクシと一緒に馬車に乗るというだけで、興奮なさっているのではなくて?」
「いや、さすがに発情した犬じゃないんだから、二人きりだからってそんなことはない」
「フン……」
なにか不満そうな顔のアンジェラは馬車内に設置してある紐を引くとチリンチリンと鈴が鳴り、馭者に馬車を動かすよう連絡する。室内は豪華で広々としている。神殿までの所要時間は30分程度。その間にアンジェラは俺に聞きたいことがあるらしい……どこか、ソワソワしている。それが目的で迎えに来たのであろう。とくにアンジェラに隠していることはない、ハズであるから答えられるだろう。
「さて、何でも聞きたまえ!」
なんか、睨みつけられた。怖いです。
狭い室内ですが、天井にはいつでも取れるように槍が控えてあるようです。対襲撃者用らしいです。なんでそんなもん眺めるかなぁ~。
「第一区画に歩いて入るとか普通ありませんことよ?」
「は?」
「第一区画で歩いている人間は見回りの騎士だけだと言っているんですの」
「え? 貴族はどうやって出歩くの?」
「全員、馬車で移動ですわ。例外なく」
「隣に遊びに行くのでも?」
「もちろん」
『もちろん』なんだ……。何でみんな馬車なんだ? あれか、敷地が広いのか。そういえばアルーノ家も広かったもんな。馬車が必須か。第二区画から第一区画に行く人も王族か上流貴族か豪商かだから、みんな馬車か。じゃぁ俺はどうしたらいいんだ?
「俺は馬車 持ってないんだけど?」
「買えばよろしいのではなくて?」
『何を言ってるんですの?』的にあっさり言ってくれる。荷馬車なら安いが幌馬車でも結構なお値段がするんですよ? 歩きでいいだろ歩きで! なんでそんなところで無駄遣いせねばならん。
「いや、歩けばいいんじゃね?」
「なんでですの?」
「馬車を買わなくて済むから」
「ですから、何で買わないんですの?」
「お金が勿体ないから」
「大した額ではありませんわ。それに『移動時間を買う』と思えばむしろ安いのではなくて?」
そう言われれば、そんな気もしてくる。馬車を買うべきか? 時間を買うことが出来るとは目から鱗の発想だ! 貧乏人にはない感覚だよな。歩いた方が無駄遣いしないって気分だもん。
貴族になったら、ちょくちょく第一区画に来ることになるかもしれないから念のため買っといた方がいいか? すげー皮算用だけど……。
「だけど俺、馬車に詳しくないし……ていうか馬にも詳しくないし、何を選べばいいかわからないからなぁ」
「まったく。仕方ないから今度、ワタクシが一緒に見にいって差し上げてもよろしいですわよ。今の流行は黒馬で馬車は緑、植物のレリーフがお勧めですわ」
「それだけ聞けば、アンジェラいらなくね?」
「チッチッチ! これだから素人は困りますわ。馬の毛並み肉付き血統などアナタごときがお分かりになりますの? さらに馬車も誰が作ったモノか、デザインの良し悪しなどもありますのよ」
ヤバい、天狗になってる。鼻高々だ!
たしかに俺では分からん。馬に乗れないことも無いが、その程度で良し悪しなどわかるわけもない。そもそも馬一頭の値段が高い。特に乗馬用の物となれば一桁違う。粗悪品などつかまされた日には後悔してもしきれない。
そんなことを思っていると、アンジェラの顔が若干、赤くなってきている。自慢しすぎて、テンション上がり過ぎて恥ずかしくなってきたのか、と思ったらそうではない。
「もし、貴族になるならこう言うことがわかる女性が正室であるべきだと思いませんこと?」
「…… ……」
「た、たとえ話ですわ! 例えば、もし万が一、アナタのような三流冒険者が貴族になったとしたら、貴族のことを何も知らないとお困りになるのではないかという、ワタクシの慈悲の心がアナタに教え導こうとしているだけのことであって、全然他意はありませんことよ! いつまで口を開けてるんですの、閉じなさい!」
「ひょっとして、俺が貴族になろうとしているって知ってるとか?」
「えぇ『貴婦人の剣』の商会主が直接、ワタクシに話しに来ましたわ」
「アルーノ家じゃなくって?」
ちょっとだけ考えるように人差し指を顎へと持っていき、首を捻る。
「そーいえば、お父様とお兄様方もいたような気がいたしますわね~。概ね賛成だったような気がしますから気にも留めておりませんでしたが」
「超重要なことだろ! そもそも、貴族って一般人から貴族になるのって嫌う傾向があるのかと思ってたけどそうじゃないのか?」
「面白くないと思う貴族は少なくないですわ、普段なら。ただし現在、領地回復が目的に入りますわ。要するに一時的に領地を管理させ安全が確保されるまでなら貴族という名を貸してやろうと大半は思っているようですわ」
「貸し、かよ」
「当然、領地を奪った後、爵位も奪うつもりでしょう。それでも数年、十数年は安泰だと思いますわ」
「逆に考えれば、その間、領地は魔物で危険だってことだよな」
「そうとも言えますわね」
そうとしか言えない気がする。貴族になれる可能性が増えたが、同時に貴族なっても領地の安全がわかれば剥奪される可能性が高いわけか……剥奪されることは貴族になってから考えればいいか! 一時的でも貴族になれそうな気配だし、朗報だと思うべきだろう。
「数日前ですが国で、Aランク冒険者にホワイトドラゴン"スノータァング"を倒した者に爵封を与えることが決議されたらしいですわ」
「しゃくほう?」
「爵位と領地……ですわ」
「ホントか!? なんてグッドタイミング!」
「はぁ~」
溜め息、吐かれた。なんでよ!
だって俺たちが貴族になろう計画を立てたのはちょっと前で、しかもそのホワイトドラゴンを倒せば、なんとかなるんじゃない? と、貴族になれるか なれないか曖昧な作戦だったんだぜ。これをグッドタイミングと言わずして……。
「……まさか、俺を貴族にする計画?」
「当たり前ですわ」
「いや、いくらなんでもセリナーゼが国に働きかけるのは……」
「彼女以外にも、もっとちゃんと国に働きかけられる人間がいるのをお忘れですの?」
「ま、まさか……」
「……」
「スイロウか?」
「ブハーッ!?」
「!?」
「違いますわ!! アナタの頭の中には何が詰まってますの!? 藁! おが屑! それとも空っぽですの!? 釘でも入れておいた方がいいんじゃありませんの!」
「アルビウスさんの方か」
「まったく、本気でわかってないのかと思いましたわ!」
いや、アルビウス副大臣は忙しくてあんまり構ってもらえないのよね。情報がほとんど降りてこない。なのに貴族になることに手を貸してくれていたとは思わなかった。スイロウの呪いのことで手を組んでいるが、俺を貴族にすることに手を貸すことに意味が見いだせない。
「でも、彼女にマッサージした覚えはないんだよね~。マッサージした人が大抵、力は貸してくれるんだけども……」
「はぁ~。全くわかっていないんですのね? たしかにマッサージも関係あります、9割ほど」
「ほとんど、全部だ!?」
「マッサージはラーズの注目を集める切っ掛けにすぎませんわ。アナタが思う以上にアナタは他にも いいところが色々ありますのよ」
「その前に9割言われているのが気になるんだけども……」
「具体的には獣人に対する態度。この国では……いいえ、世界的に見てもアナタほど獣人を差別なく扱っている人は珍しいんですわ。ワタクシも差別しないようにしていますが、逆に『鼻につく』といわれることもあります。それにこの国には明確に第一区画に獣人を入れない、第二区画でも首輪をつける、などの処置がされています」
「まぁ、しょうがないんじゃない? 出来ればない方がいいけど……」
「まさにその態度ですわ」
「え?」
「擁護するわけでも、反発するわけでもないその態度。当事者的な対応。同じ立場の目線。擁護派は今の現状を無くそうとするし、排除派はもっと締め付けようとする。そして、この国にいるほとんどの人間はそのどちらかしかいませんわ。おそらくアルビウス副大臣がアナタに目を付けたのはその所なんじゃないかと推測できますわ。彼女が獣人擁護派なのは周知の事実ですから、貴方に領地を持たせ獣人たちの居住区を造ろうと思っているのではないかしら?」
ふむ『俺』というより、俺の思想的な『何か』に協力的なのか……何の思想も持ってないけどね。どうしてそーなったんだろう。どちらかといえば傍観的思考なんだけど、それでいいのか?もっと こう『助けるぜ』的な方が獣人にはいいようなきがするけど? まぁ、協力してくれるのに文句を言う必要もないので黙っておこう。
「ま、まぁアナタが『どーしても』って言うならアルビウス副大臣だけじゃなく、ワタクシも貴族になるお手伝いして差し上げてもよろしくてよ」
アンジェラが鼻をフンッと鳴らしながら、そっぽを向いて怒気を孕みながら俺に宣言してくる。確かに人手は多い方がいい。とくに伯爵令嬢の後ろ盾とかありがたい。手伝ってくれるというのならお願いしてみよう。適当に!
「アンジェラ、どうしてもお願いします」
「!?」
お願いした途端、アンジェラの顔は瞬時に真っ赤になり体をブルッと大きく震わせ、自分の両肩を抱きかかえる。目が逝っている。
「ダメぇ!! すごいっぃ!! お願いされるのって凄く気持ちいいわぁっぁ!! はぁはぁ……。手伝う、手伝ってあげるわ! いいえ、手伝わせてちょうだい! どんなことだって手伝わせてぇ!!」
なんだ! どこで琴線に触れたんだ!?
恍惚とした表情でヨダレを垂らさんばかりにゾクゾクしている様がありありとわかる。余韻に浸るかのように未だに両肩から腕を放さない。
そこでフと思い出したが、彼女に支払う報酬は何だ? お金でいいのか? 冒険者をしていたようだし……。
「どうしても、手伝ってもらいたいのは山々だが、報酬はどうすればいい? 何でも言ってくれ。俺に出来ることなら支払おう」
「な・ん・で・も」
「タンマ! 訂正、限度を考えてお願いします、どうしても」
再び、ブルッッと震えてる。面白いが罪悪感があるのであまり『どうしても』は使わないようにしよう。
今度は湯気が出そうなほど顔が赤く膝まで震えだしてるぞ。やり過ぎてしまった……いや、ナニカした覚えはないだけに扱いに困るのですが……。
「わ、分かりましたわ。とりあえずホワイトドラゴンを討伐できたらそれなりのモノを考えておきますわ。ただし、心を込めた労いの言葉は必ずかけること」
「そりゃー、俺の為に働いてくれるなら労いの言葉はかけるけど……」
「はぁはぁ……ほ、本当ですね! 嘘を吐いたら只じゃすましませんわよ!」
「ホント……です」
真っ赤になった顔を両手で隠しながら、血走った眼でこちらを見ている。俺の言葉にいちいち生唾を飲み込んでいる。
真っ先に『婚約』とか言われるかと思ったが、そんなことは無かった。ひょっとしたら『ドラゴンの主を倒すまで~』という話も聞いているのかもしれない。
それにしても、とりあえずとはいえ労いの言葉がいいとは意外な感じだ。高級品でも催促されるかと思っていた。もっともちゃんと決めてないだけだけどな。
馬車内が変なテンションになりかけたころ、馭者から引かれた紐でベルが鳴る。目的地の大地神の神殿にそろそろ到着しますよ、てことらしい。
すぐにアンジェラが元に戻る。ちょっと面白かった。悪ノリを避ければまた試してみたい。
「コホンッ! いいですか、ココからは最上級の神殿ですわ。くれぐれも粗相のないように!」
馬車の扉が開くと、目の前はデカい神殿だった。
目的はネクロマンサーの情報と、ガイアルにオリハルコン加工を教えてくれる人を探すことだ。どちらも重要ではあるが、最悪オリハルコン技師は後回しでも仕方ない。
それにしても『貴婦人の剣』のセリナーゼの情報は凄いモノだった。そのために神殿に来たと言っても過言ではない。
彼女の話では『ネクロマンサーは生きている』のだ。
どうやら、倒されただけで、殺されていなかったらしい。そして今現在も生きている。第一位司祭の話だと元・信者で第一位司祭の部下だったらしいからな。どこの誰だかわかる可能性が高い。
こりゃぁ、そろそろスイロウを本格的に助けられそうな雰囲気になってきたわけだ!
この世界では貴族以外は幌馬車が一般的
大抵は乗り合い馬車です
個人で所有している場合は少ないです
馬車屋というタクシーみたいな職種も存在します




