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43話 貴族になってみませんか?

 マッサージ店の仕事の帰り『貴婦人の剣』の商会主・セリナーゼに呼び出され、個室のあるレストランへとファイレと一緒に足を運ぶことになった。防音もしっかりとした豪華な部屋で俺たちが席に着くと同時に次々と料理が運ばれてきた。

 なんでも秘密の話があるとか、狼の獣人テーラーを介して連絡してきた。そしてそのテーラーも現在 護衛としてセリナーゼの後ろに控えている。護衛は一人か……不用心だな。いや、俺たちだけだから信用しているのだろう。店の外にはおそらく傭兵を十数人控えさせているに違いない。


 でも、テーラーがセリナーゼの護衛として役に立つのだろうか? 俺の思い上がりじゃなければテーラーは俺に好意があるように思うのだが……いや、ファイレもセリナーゼも……自信過剰か? 

 そもそも、そんな好意を寄せられるようなイベントは発生していないのが腑に落ちない所ではある。百歩譲ってファイレはわかる。子供のころに命を助けたからだろうと推測できるが……セリナーゼとテーラーはなんでだ。


 そんなわけで、幾人かの……いや、結構な数の女性から好意を頂いていることは認識しているが、出所の分からない好意に戸惑いと畏怖を覚える。

 それに残念なことに、この国は一般市民は一夫多妻制ではない。一夫一妻である。もちろん王族・貴族は別。

 それを考えれば、付き合う女性をじっくり考えなければならない。すげー! 昔の俺なら贅沢な悩みだ。女性を選べる立場だよ。でも、選べる立場……なのか? なんか違う気がする。

 他にも『今、そんなことをしている場合か』とか『ネクロマンサー優先』とか『ドラゴンの主を倒してからじゃないか』とか、いろいろと考えてしまうわけで、上手く立ち回ることが出来ない……そのおかげでモテなかったわけだが……嘘です、ただ単にモテてなかっただけです。


 それは今はいいや、とにかくセリナーゼの話を聞こう。

 すでに、不機嫌そうにモグモグとファイレは食事を始めている。そういえば、セリナーゼの食事を見たことがない。いまも口元を扇子で隠して食事をとる様子はない。


「どうぞ、遠慮なさらずにどんどん食べなはれ。ウチの奢りやす」

「遠慮なく頂くが、何の話があるんだ?」

「ある情報を差し上げたいと思いますぅ」

「そりゃー、ありがたいですね! 何を見返りに? まさかお兄ちゃんを手に入れようと画策してるんじゃないでしょうね!」


 ファイレがフォークを突きつける。行儀が悪いぞ。

 だが、涼しい顔でセリナーゼは目を細める。むしろテーラーの方が怖い顔をしていますが、大丈夫なんですかね、セリナーゼさん?


「そのまさかどすぇ」


 大きくニヤリと笑っているのが扇子越しにも感じられる。

 真っ先に動きセリナーゼの首筋に刃物突き付けたのはテーラーだった。明らかに傭兵の役目果たしてないですけど!? わずかな差でファイレもナイフをセリナーゼの目の前まで持っていっている。

 冷や汗をかいているものの、決して冷静さを失わずセリナーゼは落ち着いている。凄いな歴戦の戦士かお前は! 俺だったらそんな四方から刃物が来たらチビるよ。


「お二人とも慌て過ぎやで。二人にとっても悪い話じゃあらへんと思うんやけどなぁ」

「お兄ちゃんを掻っ攫おうとして?」

「どう考えてもいい話じゃないですよ、セリナーゼ・さ・ま」


 ゾッとするような声が聞こえる。声だけで殺されそうなレベルだ。完全に殺意が混じってる。

 むしろ、正気を保っていられるセリナーゼが凄い。俺なんて身体が硬直して食事どころか、呼吸も忘れそうな状況だ。

 万が一の場合は俺が動かなきゃならないだろうに、声すら出せない。

 顔色が悪くセリナーゼは絞り出すように何とか声を発する。


「ここにいる三人ともラーズをモノにできるとしても……どすか?」

「!?」「!?」


 俺の思考が止まった。なにを言っているんだ?


「どーいうこと?」

「……」


 興味を持ったのかファイレとテーラーは刃物を引っ込める。それにより周りに空気が出来たかのようにセリナーゼは大きく深呼吸する。少なくとも二人が興味を引く話題であることは彼女の命を長引かせることにつながった。勿論、長引かせるで終わるつもりもないのだろう。むしろ、仲間に引き入れる算段なのは彼女の眼からも伺える。


「そんな難しいことじゃなありまへん。『ラーズを貴族にせーへんか?』と言う話や」

「難しいだろ!」


 思わず大声でツッコむ!

 貴族になるには領地が必要だし、国に貢献しなければならな。とてもじゃないが国に恩を売るほどの貢献など俺が出来るとも思えない。そんな志低いことでドラゴンの主を倒せるかは別にして、現実味がなさすぎるということだ。


「なるほど、お兄ちゃんを貴族に……」

「それは盲点でした」

「いやいや、お前ら真剣に考えるところじゃないから!」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「すみません」


 なんで、怒られてんだ? そもそもこの流れは俺にとってうれしいことのような気がするが、同時に危険を伴うことは避けられないだろう。そんなことを俺の欲望の為に彼女たちにやらせるわけにはいかない……のだが、怒られてしまったので大人しく推移を見守ることにする。問題が出てきたらツッコめばいいか。


「具体的な計画があるのですか?」

「慌て過ぎや、落ち着き、テーラー。まずはラーズと交渉が先や」

「さっさと、交渉を進めましょう。というか情報を寄越す代わりに、貴方の目的はお兄ちゃんをどうするつもり?」


 目がニヤニヤしている。完全にセリナーゼのペースに嵌ったようだ。余裕すら感じられる。


「ラーズを貴族にしハーレムを作るぅ。そして、ウチもその中に入れてもらうのが条件や」

「よし、いいでしょう!」

「早っ!! 待て、全然よくない!」

「いいじゃないの、お兄ちゃん。何の問題があるの!? 否、無い! だいたい、お兄ちゃんもハーレムがあった方がいいでしょ。セリナーゼさんが第一夫人かどうかは置いておいていいって言ってんだから問題ないでしょ! それに今 私たちは情報が必要だから仕方ないの!」

「情報がついでになってるじゃん! 明らかに最後につけてしたよな!」

「うるさいなぁー、男が細かいことゴタゴタ言わないの!」

「いや、色々問題があるだろ! まず、貴族になるのが無理だ! それに俺がそんなに好かれていることに疑問を覚える! ついでに情報一個もらうだけなのに大掛かり過ぎだし!」


 だが、すでに三人は俺の話を聞いていなかった。さすが女三人、姦しい。


「じゃぁ、情報は後回しにして、どうやって貴族になるかが重要ね。まさか何の伝手もコネもなく貴族になろうってわけじゃぁないでしょうね?」


 いや、情報後回しってどーなのよ。手段と目的が入れ替わってるだろ! だいたい何の情報かも聞いていないんだぞ?


「あくまでもウチの計画やけれども……

 ここから、北に一週間ほど行ったところに平原があるんよ。そこを領地としようと思っとります。本来はどっかの伯爵家が所有していたらしいがドラゴン襲来により壊滅。伯爵も死んだという噂どすぇ。今は白竜の住む場所となっとるさかい、奪えばウチのモンになるし、国にも功績が認められるやなかろうか? まぁ、なんとか伯爵が出てきたとしても国もウチらを無視はできへんやろ。貴族にはなれるんやないやろかぁ?」

「ホワイトドラゴンを倒すってそんな楽じゃないだろ!」

「そこはラーズの伝手どす。テーラーに『飛龍狩り』、大地神の教会に、副大臣を動かせれば……」

「たしかに抜かりないわね。完璧だわ!」

「本当か!? ホントに完璧か!?」

「大丈夫よ! 貴族よ貴族! 夢が広がリングよ!」

「夢が広がリングやわ!」

「広がリングです!」


 ダメだ、コイツら! 冷静な判断が出来なくなっている。ホワイトドラゴンはドラゴンの中では弱い部類に属する……正確に言えば戦いやすい部類だな。弱いわけではない。弱いのはパピードラゴン、レッサードラゴンとかだ。色によっては戦いやすさの差があるだけだ。ちなみに黒は強い方だったはず。


 平原にいるホワイトドラゴンの強さはわからないが、前に5~6人でブラックドラゴンを倒しに行った時より人数は多いが楽かどうかは疑問である。

 ドラゴンは空を飛ぶ。前回は洞窟内。限られたスペースで闘ったわけだ。

 今回のドラゴンだって、国が放っておいたわけではあるまい。だが、倒すに至っていないわけだから、厄介なのは目に見えている。

 コイツらは何故手放しで喜べるのだろうか?


「とりあえず、俺の貴族化計画は置いておいて、情報と言うのを教えてくれ」

「ですからぁ、貴族になるお約束と交換と言うとりますぅ」

「さぁさぁ、お兄ちゃん約束してしまえー」

「貴族になるのに何のためらいがあるのですか?」

「ホワイトドラゴンと戦って勝てる見込みがないところとか、万が一倒したとして貴族になれるかわからない所とか、不安要素がいっぱいなのですが?」

「それはこちらでなんとかしますぅ」


 なんで三人が三人とも悪魔のような微笑みを絶やさない? 絶対 誰か騙すつもりだよね? さらに俺の知らない所でいろいろやりそうで怖すぎる。とはいえ、俺の願望が全くないと言えばうそになる。ただ、俺の欲望のせいで誰かが危険な目に遭うようなことがあるのは嫌だ。


「誰かを危険に晒してまで貴族になりたくない、と言うのが本音だ」

「じゃぁ、大丈夫だよ、お兄ちゃん」

「ラーズの為でなくウチら、自分の為にラーズを貴族にしたいんやから」

「私達は傷つくことを恐れは致しません。それで私たちの願いがかなうなら」

「だから、お兄ちゃんの願い『危険に晒したくない』は却下。私たちが勝手にやるんだから」

「じゃぁ、初めから俺に貴族になるか聞く必要ないんじゃないか?」

「ありますんよ。ウチらが勝手にやってもラーズが貴族にならないって言ったり、雲隠れしたりすればなんともならへんよ」

「じゃぁ貴族にならない!」

「そう言うと思いました。ですから、ホワイトドラゴンを倒すことは先に決定します。誰かが傷つくことは決定です。その上でならないならそれでも構いません」

「ならないのに何でホワイトドラゴンと闘うんだよ!」

「お兄ちゃんがいつでも貴族になれるようにしておく為だよ。一生、貴族にならなくても私たちは可能性があるだけでいいって言ってるの」


 どうやら本気だ。

 どうなってんだ? 話し合いが始まる前は敵対している雰囲気すらあったのに今では完全に意思の疎通まで出来て会話してるぞ! どんだけ固く一致団結出来てんだよ!

 放っておいてもドラゴンを倒す……おそらく本当だろう。そうすると俺の伝手無しに戦う可能性も出てくる。兵力が減るわけだ……こうなると、貴族になることを前提に協力した方が危険は減る。

 だが、どうしても自分の欲望の為のいいわけじゃないかと思ってしまう俺がいる。

 彼女たちが本心でいってくれているだろうになにか納得が出来ない。『巻き込んでいる』と思ってしまう。


「お兄ちゃん、勘違いしないでね」

「そうや、ウチらの欲望にラーズを巻き込んでおるんどす」

「ようするに、犠牲者。私たちが加害者なんですよ」


 女性にそこまで言わせる俺も情けない。


「そこまで言うなら俺も覚悟を決めよう。だが、俺にはやることがある。そのことを念頭に入れてもう一度吟味してもらいたい。第一に俺はドラゴンの主を倒すことが目標だ」

「……さすがに、ハードルが高ぅなったやわ」

「そこまではおもんばかれませんでした」


 それから、具体的に目的を話していく。ドラゴンの主、スイロウのこと、ネクロマンサーのこと。当然、この場だけの秘密だということで。

 彼女たちが俺から情報を引き出そうと画策している可能性は度外視した。疑い出したらきりがないし、彼女たちは疑うに値しないと思ったからだ。


 セリナーゼとテーラーは真剣に耳を傾け、何度か問答を繰り返した。それでも俺を貴族にしハーレムを造る計画に揺るぎは無いようだった。

 本当になんで俺がそんなに好かれているんだか……もう少し、彼女たちの期待に添えるよう頑張らないとという思いに駆られる。その横でファイレは何故か嬉しそうにしている。お兄ちゃんが精神的に追い詰められているのだというのに呑気な妹だこと。


―――――――――――――――


一方、この計画の発案者は情報大臣と密談していた。


「その男を貴族に……だと?」

「実績的には問題ないかと思います。ここ最近でAランクの依頼を複数行っております」

「それだけで、足りると思うか?」

「勿論思いません。今はまだ」

「なるほど、俺に心に『留めておけ』ということだな。だが、お前の手引きがある以上、そう易々とその男を貴族にするなんてことはないぞ」


 顔にいくつもの傷のあるメガネの副大臣は心の中で舌打ちする。腐っても情報大臣、バレていたか、と。

 彼にも内々に行ってきたはずだが、彼の眼を掻い潜るのは容易ではない。二重に隠蔽工作を行ってなお嗅ぎつけてくる。

 それでもこちらにもラーズを貴族にする手立てを複数用意している。


 彼を貴族にし、ある程度の権限を至急手に入れたい。ただ、後ろ盾が弱いのが欠点だ。

 アルーノ家がある程度と言うだけだったが、ここにきて大地神の司祭がバックに着いた。第一区画で知名度を上げれば、あとは領地と実績でなんとか行けるかもしれない。

 他にも無きにしも非ずだが、急を要する。ネクロマンサーの一件が片付く前に無理矢理にでも貴族にしたい所だったが、本人の意思を聞かないとならなかった。


 いや、もはや本人の意志など関係なしに領地が欲しい。それこそ今すぐにでも、領地開拓を始めたいぐらいに焦っていた。

 想像以上に状況が悪いことをアルビウスは自覚していた。

この頃の貴族は領地持ちじゃない人がほとんどになっています

理由はドラゴンに襲われ領地を追われたから。

ゆえに自分の領地を取り返すのが今の貴族の目的ですが

ほとんどそんな気がない貴族ばかり。

当然、ドラゴンとの戦いに敗れた貴族は死んでいるので

セリナーゼはそこに目を付けたわけです・・・

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