42話 服を買いに
やっと第一区画に行けるようになった。ガイアルをオリハルコンの細工師を会わせられると思ったが、よくよく考えたらガイアルは第一区画に行けない。
「じゃぁ、オリハルコンの細工師に第三区画の鍛冶屋に来てもらえばいいんじゃない?」
「さすがファイレ、頭いいな!」
「でも、第一区画にいる人が第三区画にそうそう降りてこないから色々準備した方がいいよ」
「準備……ってなにすればいいんだ?」
「まずは護衛は必須、店内の改築または改装、見た目もいい方がいいだろうからドレスとまではいかなくとも、それなりの服、食べ物、飲み物。それに紹介状」
「紹介状って?」
「偉い人に紹介されて『第三区画に来ても問題が起きないようにしてますよ』って書いてもらうのよ。要するに安全と待遇の保証人」
やることが多い。まずはガイアルとスイロウを第二区画まで来れるようにリュガンの保証人になることにする。残念ながら第一区画にガイアルを連れていけるほどの保証人は集まらないだろう。
準備をするのに一流のものを用意しようと思ったらとてもじゃないが、俺とファイレだけでどうにかなるような状況じゃない。スイロウとガイアルは第二区画に来なければならない。
それなら『第二区画で話し合う』という俺の案があったが、工房が無ければオリハルコンの加工を教えるのは難しいだろうと、ファイレに却下された。
それでも俺がやることはほとんどなかった。第一位司祭に頼むことくらい。それまではマッサージ店を潰さないようにすることだけ。
護衛の手配や改装などはファイレとガイアルに任せる。その間、マッサージ店の受付をスイロウが行う。
まだ、ガイアルとオリハルコンの細工師が会えると決まったわけではないが、決まってから準備ではいろいろ遅すぎる。無駄に金が掛かることになりかねないが背に腹は代えられない。前倒しで準備だ。マッサージ店で溜めていたお金とアルビウスさんからの依頼で稼いだお金を放出。そこそこになる。
意外とお金を惜しみなく使う、という行為は心臓に悪い。
何かあった時の蓄えがない状態に自ら進めていくのだから気分がいいわけもない。最悪サバイバル生活も視野に入ってくる。今の現状でそれはないだろうと思ってみても、可能性が0ではないのが胃は軽く痛くなる。
しかも、欲しくもない礼服を用意しろと、ファイレに言われた。
ガイアルだけでなく俺も礼服が必要らしい……というか、俺の方が必要らしい。第一区画に行くのにも、神殿に行くのにも、第一位司祭に会うのにも……この間、ラフな格好であったばかりなのに……。
マッサージ店の休日、俺とガイアルは第二区画の『貴婦人の剣』に礼服を買いに行くこととなった。ファイレとスイロウはマッサージ店の売り上げと税金の確認の為、同伴できない。
ファイレは二人で大丈夫だろうと思っていたが、実際、そんな甘いモノではなかったことをこの時のファイレが知る由もなかった。
なぜなら『貴婦人の剣』に着いた早々、アンジェラとサズ神官に出会っていた。
――――――――――――
「あら、偶然ですわね、三流冒険者」
「お待ちしておりました、天使様」
「……」
「そんな目で俺を見るなよ、ガイアル……」
少なくともアンジェラが偶然な雰囲気はない。サズ神官が『待っていた』と言っている時点で。
「ワタクシはたまたま『貴婦人の剣』にドレスを買いに来たんですわ」
「でしたら、アルーノ伯爵ご令嬢様はさっさと中へとどうぞ。私は天使様を店内案内をする役目がございますので」
「ワタクシはラーズに荷物運びをさせますのよ。貴女が店内を案内する必要はございませんわ」
「『天使様に荷物運び』正気ですか、ご令嬢様? 彼の方は神様の使徒ですよ?」
「そんな馬鹿なことがあるわけありませんわ。ただの三流冒険者ですから。我が家の雇われマッサージ店店長ですわよ」
「いいえ、もし、アルーノ家が天使様と縁を切ろうとも、彼のお方は他の王族あるいは貴族の力をすぐにでもお借りできます。むしろ、アルーノ家が天使様のお力を貸していただいていると考えるべきではございませんか?」
「ぐっ」
そこで言葉に詰まるなよ。
だいたい、俺、そんなに王族・貴族にコネがないから力借りられないので、アルーノ家に撤退されたら すぐにニッチモサッチモいかなくなるって。
だいたい、マッサージが流行っているのも一時的なモノだろう。珍しさが先に来ているに違いない。いつも思うが、こんな職業が長く持つはずがない。
店前で二人が言い争い、俺とガイアルが入店できずにいると店の店員さんが二人を端に追いやって中に入ることが出来るようになった……あっ、店員じゃねーぞ。
「ようこそ、おいでくださいました、ラーズ。ささっ、中へ」
口元に扇子をあてて、表情を隠している この女はセリナーゼ商会主。商会主本人がなんで出てくるんだよ。
「まさか、待ち伏せ!?」
「ややわぁ。偶然や、ぐ・う・ぜ・ん♪」
ほっほっほ……と扇子に笑い声を反射させている。
ガイアルの眼が冷たい、氷レベルに……。
「ちょっと、貴方、私の荷物持ちを勝手に店の中へ入れないでいただけます!?」
「天使様に護衛無しでこのような店に入るなど言語道断です」
二人は一時休戦とばかりにセリナーゼに睨みを利かすが柳に風と受け流す。
「いつまでも、店の外に居ても仕方ありませんやろ? ささっ、中で私が見立てて差し上げましょ」
グイグイと押し込まれ『貴婦人の剣』の洋服店へと入っていく。元から入るつもりだったからいいんだが、なんか強引に入れられると何か罠ではないかと思ってしまう。
「なっ、わ、ワタクシもお客ですのよ! なんでラーズだけを連れて行くんですの!」
「天使様! お一人では危険です!」
お一人も何もガイアルが一緒なんだけど? っていうか一人で危険な服屋ってなんだよ! それにアンジェラも上客じゃないの? ほっぽいといていいの?
ゾロゾロと店内に入っていく。
かなり広い店内。大理石でゴージャスな作り。ずらーっと婦人服が並んでいる。洋服だけでこんなにあるのかとビックリさせられる。
「えー婦人服、ドレスはここにあるので選んでおくれやす。ラーズは個室でじっくりとウチが自ら頭の天辺からつま先まで寸法を計ってさしあげましょか?」
ジャキリッ……セリナーゼの首筋に剣とハンマーが当てられている。
さすがにこの状況に顔色が悪くなるセリナーゼだが、扇子を口に当てたままで表情を崩すことはない。
「これはなんどすか?」
「ワ・タ・ク・シの荷物持ちをどこに連れて行くおつもりですの?」
「取って喰おうとする悪魔にかける言葉はありません」
三人とも下手気に動けないらしい。誰かが動けば誰かを攻撃する……三つ巴のような関係……。を無視して俺とガイアルは洋服を選ぶことにした。
どこまで行っても、洋服とドレスのジャングル。男性物は少ない。あまり着飾る男性もいないしタキシードか燕尾服があれば十分なのだろう。
「と、思いになるのは素人どすぇ?」
ひょっこりと顔を出すセリナーゼ。さっきまで三つ巴で遊んでいたのにもう逃れてきたのか。もっとゆっくりしていてくれてよかったのに……。
セリナーゼの説明ではタキシード、燕尾服を選ぶとして、素材、柄、色がある。それから仕立ての出来もある。折り返しの縫い方やボタンの配置。上流階級は細かいところまで気にするらしい。
第一位司祭ビギヌス高司祭とかは気にしそうだ。あの人が気に喰わないと説教が長そうなのでガイアルに相談してみる。
「どれがいいと思う?」
「ワタクシはラーズには赤がいいと思いますわ!」
「いいえ、天使様は白地に青のワンポイントのこちらの方が……」
「黒と白のこちらの高級品がよろしいと思いますぅ」
貴女たちには聞いていないんだけど? ガイアルは諦めたように肩をすくめ首を振るとジェスチャーで、向こうで自分の服を探すと言われた。
ようするに彼女たち三人が邪魔なので相手をしろと暗に言われたわけだ。俺も邪魔なんだけど? 仕方ないガイアルが選び終わるまで俺は犠牲になったのだ。
「そもそも、俺はアンジェラの荷物持ちをするつもりはないぞ」
「なっ! なんですって!? それはどこの国家の陰謀ですの!?」
「いや、国家の陰謀じゃないだろ。たかだか荷物を持たないだけで……」
「だいたい天使様に荷物持ちをさせようなどと、罰当たりもいいところです」
「でー、サズ神官。俺は天使じゃないので、天使様と呼ばないでいただきたいのですが?」
「またまたぁー。ですが、呼び名を変えるのがご所望でしたら善処いたします。なんとお呼びすればよろしいですか? 天使様以外だと、ご主人様、主様、使徒様、マスター?」
「普通にラーズで」
「では、ラーズ様とお呼びしましょう」
「えーっと『様』は無しで」
「お断りします!(キッパリ)」
「じゃぁ、仮に……仮に俺が天使だったとして……『様』付けはなしで、と言えば?」
「お断りします!(キッパリ)」
「なんで!? あれ? 天使って偉いんじゃないの?」
「もちろん、私の全てと言っても差し支えないお方です。ですから『様』付けで呼べないのでしたら、命を絶ちます!」
「わ、わかりました、すみません」
「困っておりますなぁ、よろしければウチが追い払って差し上げまひょか?」
「まぁ、セリナーゼさんにも困ってるんですけど」
「ウチが?」
「商会主でしょ。俺を相手してないで、店に戻った方がいいんじゃないですか?」
「ここはウチの店どすえ?」
「俺と遊んでないで、仕事をした方がいいと話しているんですよ」
「これはこれは! 二人と違いウチの心配をしてくれはるんどすな! ウチは感激や!」
「え!?」
セリナーゼは、あからさまにニヤリとあくどい笑みを二人に見せつける。当たり前のようにカチーン音がするほど憎らしく睨み返すアンジェラとサズ。
「まぁ、そっちの二人と違いウチは美貌とお金があるさかい、ラーズに好かれていることが否応なしにひしひしと感じておりますが!」
「じょーーだんでしょ、お・ば・さ・ん!! ワタクシの方が明らかに美しくお金を持っていますわ!」
「二人ともラーズ様がお金なんかに靡くとお思いになっている時点で恥を知っていただきたいですね。ラーズ様の愛の深さを知らないからそのような醜い考えしか浮かばないのです」
違う方向に話が流れてるぞ! なんとか三人を追い払おうとしているのに、むしろ居座る感じになってきてる。助けてガイアルぅー。
ガイアルはドレスを広げ、店員さんと相談している。全くこっちを相手する気はないらしい。店員さんもこちらに目を合わせようとする者はいない。店員は他の客を見つけて案内とアドバイスを率先して行っている。こっちにヘルプをよこしてくださーい。
三人で盛り上がっているみたいので、この隙に逃げてタキシードでも選んで帰ろう。
二~三着、適当に手に取り鏡の前に立ってみる。ふむ、よくわからん。そういえば、『赤』と『白地に青』『黒白』が良いといっていたな。
手に取りなおして鏡の前に立つ、赤は派手な気がするな。白地に青は神殿に行くにはこれでいいかもしれないが一般には着づらいような……無難に黒白か?
「どうどうすかぁ? ウチのおススメは~」
「赤がいいでしょ? それぐらい目立たなければワタクシとは釣り合いが取れませんことよ?」
「これから神殿に行くのでしたら、私が選んだモノの方が宜しいかと思います」
俺の神経がガリガリと削られる音が聞こえるようだ。どれを選んでもダメだろ。正解がない意地悪クイズか。
「さ……」
「「『さ』?」」
「三着、買おうかなぁ……」
三人は俺の顔を見た後、互いに睨みあう。何を考えているかわからない。
「いいでしょう」
「今回は引き分け……ですね」
「さっさと、諦めぇ、お二人さん」
よくわからないが、俺はビクビクしながらガイアルと合流し服を数着 購入し、帰路へと就いた。
その際、何故か三人がマッサージ店まで送ってくれたので(頼んでない)、マッサージを無料で行い大人しく帰ってもらったことは言うまでもない。
休日出勤かよ。
この世界の鏡は鉄に銀メッキにガラスを張る手法
高価なモノなので第三区画ではあまり見られません
2月22日なので22時に投稿予定
だからなんだと言われれば それまでですけども 気分がいいから?




