41話 デブの司祭と二人きり
デブのおっさんと個室で二人きりってどうよ?
個室といっても事務室なんだけども……。
相手は大地神・第一位司祭ビギヌス高司祭。
わざわざ第二区画の俺のマッサージ店まで出向いてきた。第一位司祭だけどその上に最高司祭がいる。大地神で一番偉いのは最高司祭なので事実上、大地神のNO.2である。
しかし最高司祭の上に全ての教会を纏める機関・枢機卿団があり、更にその上に教皇がいたりもするが、今はそれは関係ない。
現在この国の大地神で一番偉いのは間違いなくビギヌス高司祭である。最高司祭などは別の場所にいるからだ。
サズ神官が色々と手をまわしてくれたらしい。第一区画に行けるようになったことと、直接第一位高司祭に会えることになったわけだ。
さて、その高司祭と個室で二人きりなのだが、用件はといえばマッサージ学校を開いてそこの教員とならないかと言う話だった。
「そう『だった』。過去形だ。駄目だ、ラーズ……だったか? 教えるのが下手過ぎる。教員に向いていない」
「すみませーん」
「せっかくいい商売になりそうな予感がしておったのに、とんだ役立たずじゃ」
ずいぶん潔いおっさんだ。信者の前で金儲け目的とか普通言うか? あっ、俺、大地神の信者なんですわー、実は昔から師匠のおススメで。
そのわりに師匠は別の神様の信者らしいんですけどねー。
「なんじゃ? ワシが金の話をするのがおかしいか?」
「そんなことは……」
どうやら、俺の顔に全部出ていたらしい。ってーか、俺にそんな話をするビギヌス高司祭がおかしいだろ?
「別に隠すことも無い。ワシは金が大好きじゃからな」
「むしろ、清々しいくらいですね。でも……」
「『聖職者としてあるまじき行為』……か? まぁ、言いたいことは分からんでもないがな。だが、実際問題、金もない教会なんぞクソの役にも立たん! 金があれば貧しいモノも救える。もちろん神聖魔法も重要じゃが金も重要ということじゃ」
「は……ぁ」
「祈ってるだけで信者が集まるならワシは第一位司祭なんぞになっておらんじゃろうな。だが、金儲けしか考えていないワシみたいなクズはこれ以上の地位にはなれん。最高司祭にもなれんし、ならんほうがいい」
うん? 最高司祭になることを諦めてるのか? それは意外だ。なんか自己顕示欲が強そうだと思ったんだけどそうじゃないのか? しかも自分を含め金の亡者を『クズ』と呼ぶとか、もう、司祭辞めて商人に転職した方がいいんじゃないだろうか、この人。
「じゃぁ、貧しい人に施すためにお金を……」
「そんなわけあるか! 働け! ただ、働けるようには面倒を見てやるのは教会の役目の一つでもあるがな。そのためにはワシの身銭を切るのも吝かではない。職業を斡旋してやれば信者になる……信者になれば我が教会に金が落ちる……巡り巡ってワシの金は増えるわけだ」
なんなんだ、この人。いい人なのか悪い人なのかいまいちわからない。
「ワシの話はどうでもいい。ラーズ、貴様なの話じゃ。マッサージ師を大量生産し金を稼ごうと思ったが無理だとなると使い道がいまいちないな。だからと言ってアルビウス副大臣にお前を使わせておくのは勿体ない。第一区画で神官見習いでもやらせておくか?」
「何で俺なんですか?」
別に神官になる気もない。俺は魔力が少ないために神官になれたとしても神聖魔法は使えないだろう。そんな奴をなんでビギヌス高司祭は引き抜こうというのだろうか? マッサージ師としてか? アルビウス副大臣はワームの件以来、街の近辺に現れる魔物退治の依頼を運んでくるようになった。しかも、そこそこ難易度の高い依頼だ。
その依頼を俺たちはこなしている。……もちろん、傭兵団が出張ってくれているのですが! 『ユニコーンの角』と『貴婦人の剣』が良い顔をしない……と思いきや、両者とも『使ってくれて結構です』との話。宣伝効果があるらしい。第二地区の治安を守らせるのも傭兵をただ遊ばせておくよりは『治安守っている』というアピールの為らしい。
だから、大掛かりな依頼は『いい店』としての宣伝効果になるそうだ。しかも、今までは両者が縄張りを競うような感じだったのに対し、現在は町全体を協力体制で守るようないい感じにアピールできているらしい。そのせいか他の大規模な商会も傭兵の用途を護衛だけでなく、町の自衛や宣伝にと画策するところが増えてきた。
おかげで、傭兵・獣人の雇用が増えて経済効果も上がっているとアルビウスさんが言っておりました。
ようするに、俺をダシに色々、煮出しているようで……。ビギヌス高司祭が面白くないから、俺を何か使えないかと思ったらしい。
元を正せば、俺たちが第一区画に入れるようになって、大地神の神殿に入りたい……というか、オリハルコンを加工できる人に会いたい……と言う話に遡るわけなのだ。
「あわせてやってもいいけど、お前ら見返りは」と、初めは遠回りにいわれたのだけれど、俺の物分りの悪さに業を煮やし、今のような喋り方になったビギヌス高司祭というわけだ。
「マッサージは確かに素晴らしい……じゃが、他には何もない。冒険者としては二流、指揮官としては三流」
そう、指揮官なんてやったことはない。傭兵団を纏めているのはアルビウスさんなのである。俺は隣で立って応援しているだけ。俺が受けた依頼なのに『危ないのでそこで見ていてください』と念を押され指揮はアルビウスさん、副指揮官はファイレ、実働隊はアネットとテーラーの傭兵団。後方支援部隊は第二区画神官団、素材回収は第三区画獣人団。
鉄壁な軍隊となりつつあるんですが、俺の居場所がないのは気のせい?
「ワシがアルビウス副大臣と同じことをやったとしても二番煎じ……使い道が思いつかん」
「本当ですねー」
「他人事みたいに言うな! オリハルコン細工師に会いたければお前もいいところをアピールしろ。何もないなら、会わせなくともいいんだぞ!」
ふむ~、それは困る。細工師はいつかは神殿から出てくるかもしれないが、そんなに悠長に待ってるわけにもいかない、ガイアルにネクロマンサー用に武器を作ってもらいたいからな。
だけれど、冒険者としての腕も、指揮官としての腕もビギヌス高司祭のお眼鏡に叶うものではないのは、たった今、確認したばかり。
「うーん、あとは多少気配りが得意?」
「なんじゃ、その自分でも疑問形は!? それなら美術関連はどうじゃ? 絵画や彫刻など」
「やったことないですし、美術関連って、生きていく上で必要ないじゃないですか、あんまり関心ないんですよねー」
「バカか、お前は? 芸術は生きていく上で必要なモノじゃ」
「そんなものより、パンが一切れあった方がいいでしょ! 芸術で腹は膨れない。飢えて死にそうな奴にパンと絵画とどっちを与えればいいかなんて一目瞭然でしょ?」
「なら聞こう、喰うに事欠かない奴の母親が死んだとき、パンと絵画とどちらがその者の生きる支えになる! ワシの娘は絵画のおかげで死を免れたぞ?
芸術品はその者がその時、自分の持てる全ての才能を注ぎ込んで作ったいわば子供のような存在。そしてそれは幾人もの人間に勇気や希望を与える可能性を半永久的にもっている。
たまにいる、銅像を壊して便利な道具にするバカが。もう二度と同じものが作り出せないというのに……もし、まったく同じものを作ったとしても、それはその時 彼の全ての才能を注ぎ込んだモノではないだろう。他人が作れば自分の子供でもないだろう、そんな単純なこともわからずに芸術品を破壊する者を許せるはずもない。
お前は愛する者を殺され別の魔物に変えられたとして、許せるのか?
……っと、話が脱線してしまったな。昔いた美術品を片っ端から壊し魔法の研究材料にした奴のことを思いだしてしまってな……この国に入り込んだネクロマンサーだがな。
思い出しても腹が立つ……アイツは娘が一番気に入っていた……いや、命を救った逸品を己の研究のために……」
なんか芸術品を馬鹿にしたら、変なスイッチが入ってしまったらしい。いや、バカにしたわけではないんだけれどなー……ネクロマンサー?
「ちょ、ちょっと、エッ!? ネクロマンサーを知ってる!?」
「あぁ、よく知っている。元々は大地神ガナス様の信者でワシの信頼する部下だった奴だ。死人使いの禁忌に手を染め破門された。この国の王を呪い殺そうとした奴だ!
アイツがワシの娘にも死人使いの術を学ばせた! その際に生きる糧としていた絵画を全て焼き払い己の研究材料にしたのだ。そのおかげでワシの娘は禁忌の呪文以外、生きる興味を失ったのだからな……さらにワシの愛する妻を、そして娘の愛する母を化け物に変えた奴だ。ネクロマンサーとは死者を冒涜する者の総称だ!
それも10年くらい前の話だ……」
「10年!? えっ……だって確か20年くらい前にネクロマンサーは討伐されたんじゃなかったでしたっけ?」
おかしいぞ! 20年前に倒された奴がどうして10年前にいる?
「『気配りが得意』な割にはワシの娘は心配せんのか? 結論から言えば無事だったのでいいがな」
鋭いツッコミ……忘れてました。俺、全然 気配りできてませんね、ハイ。
でも、ネクロマンサーの情報が美術関連から出てくるとは思わないじゃないですか―!俺としては今一番重要な話題なわけで、申し訳ありませんがビギヌス高司祭様の娘さんの話をしている場合じゃないってーのが本音。ここで少しでも情報を引き出したい……そのためにも気配りするべきだったんだけど、気が動転していたわー。
「今さら……ですが、娘さんはネクロマンサーにはならなかったんですか?」
「『なれなかった』と言うのが正しいのだろうな。もし禁忌に触れなければ最高司祭にもなれた逸材だった……。ネクロマンサーにも最高司祭にもなれなかった。
それでも、あの娘は死なずに済んだ。たった一枚の絵があったからだ。まだ画家の卵の絵だったがな。画家の卵の全てを注ぎ込んだ絵に希望を見出したのかもしれない……」
遠い目をしている。デブで腹がダルンダルンなのに少しカッコいい。
娘の命の恩人が芸術なら、それを馬鹿にされれば当然怒るに決まっている。俺だって、ファイレや師匠を馬鹿にされたらたとえ第一位司祭だろうと、王様だろうと怒る……と思う……たぶん……。
ひょっとしたら芸術に助けられたのは娘だけじゃなく、ビギヌス高司祭本人もそうだったのかもしれない。そう考えると、俺の言葉は考え無しだった気がしてくる。全然、気配りが出来ない男じゃなかと申し訳なく思う。
俺には縁のない話だが芸術がバカに出来ないモノだということ自体は良くわかるエピソードだ。衣食住だけで人間が生きているわけではない。生きる意味がなければ、死んでないだけで生きているわけじゃないと言いたいのだろう。
俺もドラゴンの主を倒す目標を失ったら、しばらくは呆然自失としそうだ。
「まぁ、お前にとって興味をそそる話はネクロマンサーのようじゃな」
「わかりますか……なんか、すみません」
「人の心の先回りをせんと第一位司祭などできんからな。探りたいものぐらい勘ぐるわ」
ニヒルな笑いのつもりか唇を吊り上げ笑うが、ガマガエルが笑ってるようで怖い。悪い人ではないと思っても体形が悪い人過ぎる。いや、こんだけ金にうるさいから悪いこともしているんだろう。ただ、悪いことだけをしているわけではなないんだろう。
「だが、アレにかかわるのは止めておけ。碌なことにならんぞ」
「……どういうことですか?」
「探している割には何も掴んでいないようだな。アルビウス副大臣とつるんでいると思ったが利用されているだけか」
「アルビウスさん……副大臣も知っている?」
アルビウスさんが知っているのに俺に知らせてこないなどということはあるのだろうか? そもそも彼女はスイロウを助けるために俺と接触を計ったと言っても過言ではない。それなのに俺に連絡しないことでデメリットはあってもメリットがあるとは思えない。
「もっとも最近までは我が教会は隠蔽していたようだから、あの小娘の機関でも調べられなかっただろうがな」
「そんなこと俺に行ってもいいんですか?」
「ワシに隠蔽しようとしたのが運の尽き。そいつらは処罰したからな」
「なにを隠していたんですか?」
「残念ながらワシがお前に教えることはない、ただ『ネクロマンサーのことだ』と言うことだけは教えてやろう。分かっておると思うが、それだけでも口外するなよ」
確かにあまりいい話にはなりそうにないからな。これで『貴婦人の剣』の商会主・セリナーゼとアルビウスさんが情報を持っていることは確定。ただし教えてもらえるかは別なのだ。
「ワシから情報を引き出しておいて、そちらは『何もなし』ってことはあるまい? 気配りが得意なら」
「意外と根に持ちますね」
意外ではないな、根に持ちそうな顔をしているもん。でも、ビギヌス高司祭と利害関係を持っておくのは悪くはないだろう。教会とのパイプは重要だ……サズ神官はなんか、すごく良くしてくれるようになったのだが無償なのが逆に怖い。
「でも、俺の手持ちの情報なんてたかが知れてますよ。ビギヌス高司祭が全部知ってることだと思いますけど、まぁ何か聞きたいことでもあれば答えますが……」
「まずはグリンウインドへの道はお前たちでは開けないのだったな?」
「えぇ、よく御存じで」
「ワシも査問会議にいたからな」
覚えている。このデップリとした体形をそう簡単に忘れるわけがない。だが、無い道を何度も聞くことに意味があるのだろうかと思ってしまう。
「道はどうでもいい。お前たちの師匠のことだ」
「大抵答えられませんよ?」
「答えられる範囲で構わん。お前たちの師匠はクロネコを連れた預言者だな」
「……」
「全ての言語を知り、預言者でありながら信じられない若さ……無詠唱の魔法も操る奴ではないか?」
「そう言った人物に心当たりが?」
俺は内心 焦っていた。その通りである。俺の師匠は若くして預言者、いろんな言葉を知り無詠唱の全く新しい魔法を駆使する人物だ。
「ワシの知り合いにそう言った奴がおる。お前の師匠でなかったとしても、そいつを見つけたら言伝を頼みたい。ワシが『神聖王国に帰る手助けをしろ』と言っていたと伝えろ」
「……わかりました」
ビギヌス高司祭に自分の師匠を打ち明けてもいいかと口を開きそうになったが、すんでのところで思いとどまった。何も自分から情報を開示する必要はない。聞かれてもいないのだから嘘をついているわけでもない。
ただ、上手く隠せた自信もない。ファイレだったらもう少し上手くやれた気がした。




