37話 情報と優待券
おっす! 私、ファイレ。
なんか変な獣人女が約二名、私の楽しいお兄ちゃんとの時間を邪魔しにやってきやがったよ! どーっすっかなー、魔法でもぶっ放すかぁ~。
名目上は『お兄ちゃんを助けた恩人』なんだけど、あからさまにお兄ちゃん狙いだろ。たかだかマッサージごときでお兄ちゃんの本質を分かったつもりになってもらっても困るんだよね~。お兄ちゃんのプロである私からしたら。
お兄ちゃんの顔を立てて、仕方ないので彼女たちとも一緒に食事をすることになったわけだけれども、二人とも肉料理だよ。お魚の方が美味しいのにね。あーやだ、やだ、野蛮人は……。お兄ちゃんがお肉を食べるのは良し! アンジェラさんはお魚かぁー。お肉を食べてれば心の中で罵れたのになぁ。最近のアンジェラさんもあからさまにお兄ちゃん贔屓になってきてるのが気に喰わない。
「それにしても、あの男の顎を撃ち抜いた手さばきは見事なもんじゃねーか」
隻眼のアネットがお兄ちゃんを褒める。悪い気はしないが、お兄ちゃんが唯一使える技が視線誘導だからなぁ。次は上手くいかないよ。それでも、あんな冒険者なら三割程度は勝てる可能性があるだろうなぁ。お酒が入ってれば五分五分かもしれない。
「たしかに、酒場内での喧嘩でこれだけ最小限に終わらせたのは、ラーズさ……ラーズが初めてじゃないか?」
『ラーズさ……』って、まさか『ラーズ様』とか言おうとしたんじゃないだろうな、この狼っ娘! 名前なんだっけ……テーラーだ。国内で統率のとれた最速の傭兵団って噂だ。マッサージ店に来るお客さんが言っていた。ただ個人で速いのは他にもたくさんいるが、団体でここまで速いのは『牙の傭兵団』だけらしい。
「それに、なんだ。お前たちがココに来るのは初めてじゃないか?」
「そうですけど……」
「何で知ってんのよ、まさか、お兄ちゃんを見張っていたわけじゃないでしょうね!」
私達が冒険者の酒場に行くのは良くあることだが、ここ『白銀のタテガミ亭』に来るのは初めてだった。大きい酒場なので気後れしていたところもある。主にお兄ちゃんが……。
「な、な、な、な、な、何を根拠にっぃっぃ」
アネットのグラスを持つ手がガクガク震えている。こぼれてる、こぼれてる! 動揺しすぎ! まさか本当に見張ってたとは! 誰がこんな筋肉ウサギにお兄ちゃんを渡すもんですかってーのよ!
「た、た、た、た、たまたまです。私たちはここの酒場で、よ、よ、よ、よく飲んでるんですよ。ねぇアネット!」
「そ、それだ! そう、テーラーとよくこの酒場で飲むんだ!」
『それだ!』ってどれよ! なにひょっとしてテーラーも見張っていたの? お兄ちゃんはアンタ達なんか眼中にないのになぁ……マッサージの時は。今現在は満更でも……と思うが、どうやら『ユニコーンの角』と『貴婦人の剣』に見張られていると勘違いしているようだ。冷や汗を流している。
「あら、『飛龍狩り』と『国の先陣』は仲が悪いと有名ではありませんこと?」
「そうなのか?」
「なんでも傭兵団同士での争いも絶えないらしいですわよ。もっとも小競り合い程度らしいですけども」
アンジェラの上手いツッコミ。商会同士も仲がいいわけでもないしね。どう切り返すつもりかしら?
「えーっと……そうだ! 傭兵団同士は仲が良くないが、そのことで私とアネットは何とかしようと、ココの酒場でよく話し合っているんだ! な、なぁアネット」
「? 俺とお前が? 何を……痛ッ! あ、あぁ、そういうことか……そう、そうだった! 話し合い、二人で、もう少し傭兵団を仲良くしようと思ってなぁ」
ゴスリッと鈍い音。
テーラーがアネットの脇腹をつついた音だけど『つついた』などという可愛らしいモノではない。私なら肋骨がイカれているレベルだ。しかも、誤魔化せてないし……。
「そ、そんなことよりお前たちは酒場の依頼を探しに来たのか?」
あからさまに話題を変えてきた。私とアンジェラはジト目で見るがお兄ちゃんはさほど気にしていないようだ。気をつけて! 狙われてるのはお兄ちゃんですから~!
「いや、依頼じゃないんだ」
「確かにお金は十分でしょうしね」
「情報が欲しいんですのよ。あなた方は持っておりませんの?」
確かに情報を探しに来た。依頼を確認し、さらに情報屋を当たろうと考えていた。まぁ情報屋よりも冒険者や傭兵の方が口が軽いので、上手く交渉できれば安上がりになる。
ただし、相手が商会の回し者だから逆手に取られる可能性も多分にある。それがわかっていてアンジェラさんは聞いているのだろう。この二人がお兄ちゃんに不利な情報を流さないと確信して……。抜け目ない貴族令嬢だ……が、同時にそれは『自分も同じだからわかりますよー』と言っているようなモノ。アンジェラさんにも注意を払わないと……。
「何の情報だ。悪いが俺は『ユニコーンの角』については話せんぞ」
「私も同様に『貴婦人の剣』のことは勘弁願います」
「さすがに、そんなことは聞かないさ。色々あるんだけれど、とりわけ重要なのはネクロマンサーのことかなぁ」
「ネクロマンサー? 死人使いのことか? 聞いたことないなぁ」
アネットはあっさりゲロる。権謀術数は得意ではないらしい。飼い主のメガネのコンセクターは得意そうなのにね。ただ、テーラーは反応を見せないのが気になる。
揺さぶるだけ揺さぶっておきましょう。木の実の一つも落ちてくるかもしれないし。
「何か知ってるの? もちろん、差支えが無ければ……だけど?」
「ふぅ~」
憂いを帯びた艶のあるため息。誰がそんな色っぽい仕草をしろと言った! お兄ちゃんも妄想を止めなさい!
どうやら何か掴んでいるみたいね。
「嘘を吐くのは性に合わないので正直に申しますが、掴んでいますよ」
「本当か!?」
「ただし! これは『貴婦人の剣』の情報になるので私が売るわけにはいきませんけどね」
「それだけ教えていただいただけでも、かなりの情報ですわ。貴方にとってかなり不利益なことを口走っているんじゃありませんこと?」
「たしかに、これだけでも相当 危険な橋を渡っている自覚はあります。ですが、ラーズに少し借りを作っておこうと思いましてね」
うわー、めっちゃヤラシい視線だよ、こん畜生が! そんな視線 許されると思うなよ。なんでも色っぽく艶っぽくすればいいってもんじゃないぞ! 私だってやろうと思えばできないことはない! たぶん……。 あっ、アネットが真似しようとしている……怖っ!! 凄い睨みだよ! それだけでゴブリンならイチコロだよ、本当の意味で!!
「あぁ、確かに借りだな。必ず返すよ。マッサージ優待券でいい?」
「そーいう意味じゃないよ、お兄ちゃん!」
マッサージ優待券を渡そうとする我が兄。そんな安いもんなわけないでしょ、この女が求めるモノは。あっ、ちょっと欲しそうな顔してる。……我慢してる。ヨダレ! テーラーさんヨダレ出てるよ! そんなに我慢すんの? もう貰っちゃって今回の情報の貸し借り無しにしてくれれば私としては大いに助かる!
とくにマッサージ時のお兄ちゃんなら100人の美女が誘惑しても大丈夫! とんでもない安心感。
「ふっ、ふっふっふっふ、そうだな。そんなモノじゃなくて、そのうち ちゃんとしたもので返してもらいたいですね」
うわー、幻だけれど血の涙が見えるよ。もう、貸し借り別にして優待券はあげた方がいいのではと私でも思っちゃうよ。まぁ、お兄ちゃんは容赦なく胸ポケットにしまいますが!
ウサギの眼も真っ赤だよ。血走り過ぎ! ウサギの眼が赤いのは知っていたけど、もう、そう言うのとは別次元だ。
それはともかく『ネクロマンサーの情報がある』……ということは『調べれば何かわかる』ということだ。ココが貴重な所。今までは調べても『分かるかもしれないし、わからない可能性の方が大きい』だったので一歩前進である。
『貴婦人の剣』のセリナーゼが隠した理由はそこにある。
もっとも、彼女に聞けないのが痛いところ。聞いてしまったら私達は彼女の傘下に入ると宣言させられてしまうだろう。今はまだ面倒なのでどこにも つきたくない。
「テーラーさんは役に立ちますわね~。『飛龍狩り』さんは戦力でしょうから仕方ありませんが」
アンジェラが挑発する。『なにか情報を出せ』と言っているだけだけれども……。たしか、お兄ちゃんを助けてもらったお礼に、一緒に食事していたと思うんですけど~。まぁ、ストーカー共から無理矢理 情報を吸いだしてもバチは当たらないだろう。いいぞ、もっとやれ!
「たしかに、テーラーばかりラーズに褒められるのは癪に障るな。ネクロマンサーではないし、役に立つかわからないけど情報はある」
「どんな情報ですの?」
「……ゆ、優待券と交換だ」
アネットがお兄ちゃんの顔色を伺う。
それに対して、お兄ちゃんが私の眼を見る。
どうやら『ネクロマンサー以外の情報はいらないけど、どうする』ってことらしい。だけど、どの情報がどこに繋がるかわからない。そもそも、マッサージ店は情報を集めるのが目的の一つでもある。優待券一つで傭兵の情報が入るなら悪くはないので、頷いておく。
「いいだろう」
「ちょっと待って! なら、やっぱり私も優待券を下さい!」
「え!?」
どうやら、我慢が出来なかったらしいテーラー。残念な娘だ。もっといい目が見れたかもしれないのに……。目先のニンジンに釣られてしまうとは……。だが、隣で美味しそうにニンジンを食べているウサギがいたら致し方ない事か……。ふっふっふ。
「わ、わかった。二人に優待券をあげよう。そのまえにアネットの話を聞いてから」
「サッサと話しなさい。『飛龍狩り』!」
「うるさい! お前に言われずとも……。まぁ、そんな大したことないんだがぁ、オリハルコンを加工できる鍛冶師が今、この国に来ているらしい」
「「何だって!!」」
私とお兄ちゃんが忘れていた重要情報じゃないですかぁ!! アンジェラは私達の声にビックリしている。まぁ、話したことも無いしね。
これでオリハルコンを加工できれば対ネクロマンサーように新しい武器が出来るじゃないですかぁー。そうだ、お兄ちゃんは竜骨刀が折れてるんだった。新しい武器誕生!?
「お兄ちゃん、二人に優待券を渡しなさい!」
「えっ!? なんで、お前が命令口調なの!? いや、言われなくてもちゃんと渡すから」
二人に二枚ずつ優待券を渡すお兄ちゃん。なぜに二枚。
二人とも目を丸くして驚いている。そこまで驚くことでもないけれどね。あーヨダレ、ヨダレ。ヨダレを拭いて。
「先程 助けてもらったお礼の一枚と情報料の一枚で計二枚。こんなもんがお礼にならないかもしれな……」
「本当にいいのか! もう返さないぞ!」
「まさか二枚もいただけるなんて、感激です!」
だめだ、獣人二人は目が爛々として、お兄ちゃんの言葉が耳に入っていない。いや、入ってるけど、心地よいサウンドとしか感じていないようだ。
アンジェラさんがモノ欲しそうにお兄ちゃんを見てるけど、お兄ちゃんは理解していないようだ。凄いスルー能力! まぁ、アンジェラさんは情報も持ってきてないしな! お前にやるモノはない。
だけど、アンジェラさんもアネットもテーラーも、まさかガイアルの鍛冶屋で毎日私たちがマッサージを受けているとは思うまい。
これを知ったらどーなるのかなぁ。……とりあえず黙ってよ。
それより、アネットに聞かないと……。
「で、肝心のオリハルコンが加工できる鍛冶屋さんはどこにいるの?」
「てーか、聞いても大丈夫なのか? 『ユニコーンの角』の情報じゃないのか?」
「それは大丈夫だ。俺の情報網だからな」
全然こっちを見ないで優待券を見てニマニマしている。彼女の中ではどんだけ夢が広がリングなんだ。
それはともかく、鍛冶師はどこだ?
「第一区画……教会に招かれているらしい。というか、俺たちが護衛した。ただ、真贋はわからん。本人がそうだと言っていたわけでもないし、それに……」
「それに?」
「女だった。まぁ、俺も女だから差別するつもりもないが、あんまり凄そうな感じがしなかったのが気にかかる。鉄の匂いもしやしねーしな。あと小っちゃかった。俺の胸くらいまでしか身長がねーでやんの」
「ドワーフじゃないんですの?」
「ドワーフよりは背丈があったし、筋肉はなかった。普通の人間じゃねーかなぁ。獣人の可能性もあるか。首輪着けてねーからなんともいえねーけどよ」
「何で教会に?」
「なんだっけ? なんとか第一位司祭様が美術品を造らせるんだってさー。教会は金が余ってるのかね~」
第一区画かぁ。まだ行けないのよねぇ。
アルーノ家とアルビウス副大臣の許可があるけどあと三人許可が必要らしい。普通はアルーノ家かアルビウス副大臣が誰かにお声をかけて、すぐに身分証明になるらしいんだけど、アルーゾの奴の『実力で何とかしろ』と、ありがたいお言葉を頂いているために保証人が足りない。
傭兵は保証人にならないらしいし……下手な貴族が保証人になるとマッサージしろとうるさそうだし、難しいところ。二つの商会主コンセクターとセリナーゼに頼む手もあるけど、なんかね~。スッキリする方法が思いつかないわけよ。
「誰か保証人になってくれる人はいないかね~、いい人で」
「いい人っていうのがハードルが高いですわね」
「じゃぁ第二地区の教会で頼めばいいんじゃね?」
「あら、アネットにしてはいい案じゃないですか」
「第二地区の教会?」
そーいえば、第二地区の教会の人はマッサージ店に来たことないので知らない。全然情報が入ってきていないわね。これは、オリハルコン技師の情報も入って一石二鳥じゃない!?
「よし! 昼食が終わったら教会に行ってみましょう、お兄ちゃん!」
「そうだな、ファイレ」
私達、一応 神様 信じてんだけど全然 教会 行ってなかったなぁ。どんな人がいるんだろう。アネットとテーラーが言う『いい人』に不安を覚えるのは何故かしら?
この世界の人のほとんどは神様を信じています
信じるっていうか『いる』ので信仰しています
信仰していて損することはないので
信仰心が強いと神聖魔法が使える可能性が高いですが
結局魔力がないと神聖魔法も使えません
宗教によりますが あまり規制はありません 道徳的なルールが基本




