36話 『国の先陣』・テーラー
マッサージ店は年中無休で働いているわけではない。当然、休日もある。そんな休日。
「はぁ!? ワタクシはそんな話聞いていませんわ!!」
と、憤っているのは伯爵のご令嬢・アンジェラ・アルーノ。
第二区画だというのに冒険者っぽい恰好は相変わらずである。ドレスとかは着ないのだろうか? まぁ、俺とかじゃぁ着飾る相手でもないということか。
「アンジェラさんに話す必要もないしね~。アルーゾには話してるよ。『ユニコーンの角』と『貴婦人の剣』からの勧誘は」
ファイレの言葉に少々イライラが見えるアンジェラだがアルーゾに話しているということで渋々納得する。
当然であるがマッサージ店の出資者であり伯爵家の長男の断りもなしに引き抜きなどしたら大変なことになるだろう。俺はそんなこと考えてもいなかったが、先方は許可は取っていたらしい。
よくアルーゾが交渉を許したなぁと正直思うが、信頼してのことなのか?
「お兄様が何を考えているのかわかりませんわ!」
「同感だ。交渉して引き抜かれたとしたらアルーゾにどんな得があるんだ?」
「色んな得があるんじゃないかなぁ」
「そんなにあるんですの?」
「只で引き抜かせるわけないよ。まずは出資金以上のお金を払い戻ししてもらうのは当然としてぇ、自分が見出したことを宣伝もしてもらえる。第一区画にも顔が利くようになれば、王族・貴族にも覚えがいいし、宮廷マッサージ師を作ろうって話もしやすくなる。それじゃなくとも獲得した商会はアルーゾに頭が上がらなくなるからお抱えにしなくても使い勝手のいい商会になるしね~。他にも色々あるんじゃないかなぁ」
「でも、それは俺が第一区画で有名になればの話じゃないか?」
「? 有名になりますわ? そこは疑問の余地はないのではなくて?」
さも当然のように、なんでそんなに信じて疑わないんだ?
そんなことを考えながら俺とファイレとアンジェラは第二区画の冒険者の酒場に向かっていた。マッサージ店で思いのほか情報は入ってこない。ファイレ曰く『まだ一ヶ月だよ』とのこと。そんな悠長に構えているわけにもいかないので、アンジェラに頼んで情報が入りそうな酒場を紹介してもらうことになった。
「ここが『白銀のタテガミ亭』ですわ」
「『ですわ』って……」
でかい。純粋にデカい。
建物は二階建てだが、幅が凄い。中に入れば一目瞭然。第三区画の酒場とは比べ物にならないほど広い。10倍くらいありそうな酒場だ。それでもほとんどの席は埋まっていて、ウエイトレスがやたらと行きかう。カウンターが複数存在する酒場を初めて見た。お客は ほとんどが手練れといった者ばかりで冒険者か傭兵なのだろう。貴族や商人はあまり見当たらない。店内はちょっとした祭りのような雰囲気だ。
係りに適当な席に案内される。
「さて、まずは何か注文でもいたしましょうか?」
「食事は後回しにして飲み物とツマミだけ頼んで、情報収集をしよう」
スイロウがいないと普通の注文になる。なんとなく物悲しい。
席だけ確保して、まずは片手にエール酒を持ち冒険者依頼を確認しに行くが、三人の男が道を塞いだ。酒場内は広いので回り道をしようとしたが、どうも嫌がらせらしい。
「なんのようだ?」
「なんのよう? そりゃーわかるだろ。なんでお前みたいなクズみたいな男が女を引き連れてるんだ。そういういい女は俺たちに渡してもらおうか」
「はぁ~」
俺ではなくファイレとアンジェラがため息を吐く。ため息を吐きたくなるのもわからんでもない。少なくとも俺よりは強そうだ。それなのに俺が美女をはべらせていたら腹も立つだろう。けれど、そういう態度で来て女性と仲良くなるのは無理じゃないかなぁ、普通に考えて。
「勝負して勝ったらその女を貰う」
「断る。俺の女でもないし!」
「なら、俺らが手ぇ付けてもいいわけだな」
「普通に犯罪だろ」
「……。多少、手ぇ出す程度なら問題ねぇだろ」
ちょっと間があった。仮にも冒険者だから無抵抗な人間にはさすがに手を出さないらしい。しかし、荒事も好むのでここで喧嘩になることを望んでいる奴らも多そうだ。周りが騒ぎだしているため、パフォーマンスをしたくなってきている部分もあるのだろう、雰囲気にのまれているのがアリアリとわかる。
面倒なことになったと思わざるを得ない。ファイレとアンジェラならおそらく勝てる。女だと思って油断しているところもあるからだが、女性に戦わせるのは気が引ける。
ボキボキと指を鳴らしながら近づいてくる三人。
嫌だけど俺がやるか、と構えると相手はニヤリと笑う。ヤバいなぁ、どうも相手の方が一枚上手っぽい。しかも三人。
「やれー、やっちゃえーお兄ちゃん!」
「だいぶ、へっぴり腰ですけど大丈夫ですの?」
ファイレの応援とアンジェラの不安の声を余所に相手の動きをしっかりと見る。酒場の通路が広いのは客が多いだけじゃなく喧嘩が出来るようになっているのだと、今さら納得した。
最初の一撃は簡単に避けたが、残り二人に反応が出来ない。両サイドから殴り掛かって来られる。こりゃー2~3発は覚悟が必要か……と思ったら、そいつらの動きが急にガクンッと止まった。
白い美しい毛並みの大きな手が右の男を、青い力強い毛並みのしなやかな手が左の男の頭を抑えつけていて、彼らの動きを止めた。
「おいおい、三対一は卑怯じゃねーか?」
「手助け……ってわけじゃぁありませんがせめて男らしく一対一または多対多でしょ? なら、こちらも三人でいいですわよね」
ウサギ獣人と狼獣人の女性が二人を抑えつけている。えーっと誰だっけ? 二人とも大商会の傭兵の人だ。なんか二人とも凄い二つ名があった気がするけど忘れた。
「なるほど、三対三でやればよかったのか。そこには気づかなかったよ」
「なんとなく自分が商品のような立場になると忘れてしまいますわねぇ」
ファイレとアンジェラは驚きもせず、割って入った二人を平然と見ている。
しかし、三人の冒険者は堪ったモノではないようだ!
「待て、待て、待て、待て! 『飛龍狩り』と『国の先陣』が割って入るってどーいうことだよ!」
「俺はちょっと暴れたいから便乗させてもらっただけだ」
「私は三対一が気に喰わないからですかね」
「わかった! 一対一なら文句あるまい! 今から一対一にする。お前もいいよな!」
いいわけがない。だってこっちが有利そうなんだもの。俺とコイツならコイツの方が強い。俺はC級冒険者だがコイツは……というか、ここに居る冒険者は少なくてもB級だろう。
三対三の方が俺にとって絶対有利なんだから。
そんなことを考えながらも不意に俺が何かに釣られるように横を向く。
「あん?」
何かあるのかと男も一緒に横を向いた。
次の瞬間、男はガクリッと腰から床に座り込む。何が起こったのか理解できないようだ。
ただ単に、俺が視線誘導して顎にパンチを叩き込んだだけなのだが……。ダメージが少なく軽い脳震盪を起こし身体の機能が一時的に麻痺しているのだが本人はそれに気づけないのだろう。
「ちょっと卑怯っぽいけど、手段選んだらやられそうだからな」
三人の男をあっさり退けると拍手喝采が起きた。油断している時しか使えない手段なんだが良しとしよう。普通に戦っていたらボッコボコにされていただろう。
二人にも礼を言わないと……。
「いやぁ、危ないところを助かりました」
「い、意外と強いんだな。見直したぜ」
「ひょっとして私たちはお邪魔でしたか?」
「まさか、偶然一人倒せただけですから。よろしかったらお礼にお食事でもご一緒願え……」
「お兄ちゃん! 失礼だよ、無理に誘ったら。彼女たちはせっかく酒場でくつろいでいるんだから」
「そうですわ。彼女たちにお礼を言って解放して差し上げるべきですわ!」
「いや、待て待て! どういうわけか俺は時間がある。テーラーは時間がないだろ。お前だけ帰れ!」
「なんでですか。ありますよ。時間余りまくりです。お食事だけとは言わず何時間でも一緒にいられます」
「それなら良かった。さすがに礼を言っただけで別れるのは気が引けますから」
いくらなんでも助けてもらって、一言礼を言って帰すのは悪いだろ。アンジェラはそれでいいみたいに言っていたが……。ファイレとアンジェラが頬を膨らませて怒っている。時間を取らすのはやっぱりやめた方が良かったのか!? 傭兵にとって休憩時間は重要だもんなぁ。飯だけでさっさと別れた方が彼女たちの為か?
せっかく美人とお近づきになれるチャンスなんだけどなぁ。
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傭兵は街の治安を守るのが仕事のわけではありません。私達は商会『貴婦人の剣』に雇われているのですから、そこだけ守っていれば給金は支払われます。
ですが、治安が悪いのも困りもの。結局は ある程度の範囲は治安維持しなくてはなりません。
『国の先陣』ことテーラーと『牙の傭兵団』がやるべき仕事です。
当然、詐欺まがいの店も摘発対象になります。部下の話で怪しい店に客が溢れているということで確認しに行きました。初めは確かに怪しいと思いましたが、結果から申し上げれば素晴らしく良心的なお店だったとしか言いようがありませんでした。むしろ、あの値段では混雑して当たり前。他人事とはいえもう少し値段を上げた方がいいと思わざるを得ません。
適正価格より低いため私が何度も足を運んだというのに、わずか3度しかマッサージをしてもらうことしかできなかったのです。ようするに定員オーバーです。
開店してからわずか3度ですよ、一ヶ月近く経つというのに!
そして、その3度だけでも、もはや私はマッサージの……いいえ、ラーズ様の虜。試しに部下にマッサージをさせてみましたが、話になりませんでした。もう、根本的に違うとしか言いようがありません。例えるなら木の棒と聖剣くらいの違い……いいえ、もっとかけ離れているでしょう。
あの甘い感覚を思い出すだけで口内に唾液が溢れ返って何度も喉を鳴らしてしまいます。
一度目は足の裏などに文句を言いましたが、背中のマッサージでその奥深さを知ったつもりでした。ですが、二度目に入った時にその考えが甘かったことを思い知らされます。足の裏マッサージまで気持ち良くなっているのです。三度目などは、もう足の裏のマッサージが無ければ生きていけないのではないかと錯覚するほど……じゅるるるっ……失礼しました。
あれほど痛かった足裏マッサージすら快楽に変えられてしまうことに恐ろしくなったというのに、それでも彼のマッサージ店へと何度も足を運んでしまう。狼獣人のプライドすら蜂蜜でトロけさせられ、まるで飼い慣らされた犬のように従順になっていく。それなのに嫌な気持ちにならない。本当の主人を探し出した犬のように尻尾を激しく振ってしまう。
そんななか『貴婦人の剣』の商会主セリナーゼ様が新事業としてマッサージ店を取り込む交渉を行うということで護衛を傭兵団から適当に探し出そうとしていたのです。これは社員割引、社員優遇が期待できます。
交渉相手はラーズ様の店のみならず『ユニコーンの角』も魔の手を伸ばしているとか。たしかにあそこが傭兵を連れてくると厄介です。すぐさま私がその役目を買って出ました。もちろんラーズ様に会えるだろうという打算もありますが、『ユニコーンの角』の傭兵団長・隻眼のアネットが出てくと他の奴では抑え込むのは難しいでしょう。
奴とは昔からのライバル……と思っているのはこちらだけかもしれません。奴の部隊は個の力でいえば我々を上回ます。ただ、集団なら我らが上という関係です。
国でおきる戦争・魔物退治の先陣を切るのは圧倒的に私たちの方が多い、ゆえに『国の先陣』と呼ばれています。ただ、混乱した戦場で奴らが役に立つことも事実です。
話がそれましたが、その団長が出てくる可能性もあるのでしたら、私がセリナーゼ様についていくのが妥当だろう判断します。もう一人は副団長。室内ということで大人数で行くわけにはいきません。
交渉の場でラーズ様を見ただけで、鼓動が早くなるのを隠します。ポーカーフェイスは得意ですから。おそらく悟られていないでしょう。とはいえ、セリナーゼ様の無茶苦茶な提案に思わず激昂するところでした……いや、部下に抑えこまれていたところを見ると激昂していたのですが、少々記憶がアヤフヤで……。
マッサージ店を取り込むことが目的でなく、ラーズ様を手籠めにしようなどと考えていることが浮き彫りに……しかし、これは『貴婦人の剣』の傘下に収めれば美味しい蜜がすすれる可能性が……いやいや、独り占めの可能性も……と悩んで まだ傭兵団と続けているわけですが、ラーズ様が傭兵をご所望なさればすぐにでも私たちが馳せ参じるんですけど、そのような兆候もないようです。……違います、ストーカーではありません。たまたま、部下にその辺の治安を確認させているだけです。(キリッ
あの会合で得たものもあります。どうやら、ラーズ様はマッサージ師が本業ではないとのこと……これには驚かされました。しかし、確かにマッサージ師などと言う職業は今まで聞いたことがありません。本業は戦士だとか。失礼だとは思いますが、あまり強そうではありませんでした。これはラーズ様が何かある前に私がお守りするべきなのでは……と思って酒場で張り込みをすることにしました。冒険者ならここに依頼を探しに来るはず……何度も言いますが、ストーカーではありません。私の方が先にいるのですから!(キリッ
何度目かの張り込みでとうとうラーズ様がこの店に現れました。現れましたが……女性を二人連れています。気に喰いません。確かにラーズ様が誰と付き合おうとラーズ様のご意志で決めることでしょうが、まずは私が隣にいるべきです、と理不尽なことを思いながら、酒場のおつまみのレア肉を噛み千切り様子を伺います。
一人は見覚えがありました。たしか……妹さん。そうです、妹さんです。なら仕方なし! ただもう一人は? 派手で成金趣味な鎧に身を包んだ女性。顔もスタイルも良さそうです。ですが、ラーズ様の命を守るのにそんなモノは必要ではありません。どうやら、そこは私の席になりそうです。
自分でも嫌な女だと思いますが、それを考えている余裕はありません。奪える場所はさっさと奪ってしまいましょう。
ちょうどいい具合にラーズ様が三人組に絡まれています。彼らは荒くれ者ですが一流の冒険者。ラーズ様一人では勝てないでしょう。
ここで選択肢は二つ。
一つは黙って見ていて、倒されて女性二人を奪われたところを慰める。一見すればいいアイディアに感じられますが、これにはラーズ様が必ず負けなければ話になりません。それに怪我などなされたらと思うと居てもたってもいられません。
そうすると、もう一つの方法。
純粋に助けて恩を売る。これなら、負けることはありませんし、ラーズ様が感謝していただけるでしょう。さらに、ひょっとしたら、お食事に誘ってもらって……まさか、そのあとも色々なお礼が!
これは一刻も早く助けに行かなくては!
三人いるうちの一匹の冒険者の頭を鷲掴みにします。が、同時に白い大きい腕が別の冒険者の頭を私と同じように掴みました。
見ると、隻眼のアネット!
「おいおい、三対一は卑怯じゃねーか?」
「手助け……ってわけじゃぁありませんがせめて男らしく一対一または多対多でしょ? なら、こちらも三人でいいですわよね」
タイミングが一緒になってしまいました。まさか彼女も……じゃなくて彼女はラーズ様をストーキングしていたんじゃないでしょうか!? 変態にも困ったモノです!
ですが、まずは雑魚を片付けてから考えることにしましょう。
「待て、待て、待て、待て! 『飛龍狩り』と『国の先陣』が割って入るってどーいうことだよ!」
「俺はちょっと暴れたいから便乗させてもらっただけだ」
「私は三対一が気に喰わないからですかね」
「わかった! 一対一なら文句あるまい! 今から一対一にする。お前もいいよな!」
さすがに私達二人が出れば過剰戦力だと相手もわかったようですが、まだ一対一でやろうとするとは思いませんでした。とんだバカです。これ以上、ラーズ様の手を煩わせるまでもないと思ったのですが、ラーズ様が誰かに呼ばれたのか不意に横を向きました。あまりに自然だったので『何だろう』と私も視線を外しそうになったほどです。次の瞬間、相手の顎を軽く拳が掠めました。それでお終い。相手は軽い脳震盪を起こし腰からガクンッと堕ちてしまいました。
これは、予想外でしたわ。こんな芸当ができるなんて! 少し嬉しくなってしまいました。
「いやぁ、危ないところを助かりました」
「い、意外と強いんだな。見直したぜ」
「ひょっとして私たちはお邪魔でしたか?」
どうやらアネットも意外だったらしいです。もちろん、あの程度 躱せないことはないでしょうけど、今のを見る限り そう簡単にラーズ様を倒せる感じもしませんからね。
「まさか、偶然一人倒せただけですから。よろしかったらお礼にお食事でもご一緒願え……」
キター! 来ました、この展開! 予定通り過ぎて食事の後まで期待しまくりです! どーしましょう! 最終的にはプロポーズの可能性もありです……ない? そんなはずはありません きっと……とテンションMAX状態に冷水を差す輩が居りました……(ムスーッ
「お兄ちゃん! 失礼だよ、無理に誘ったら。彼女たちはせっかく酒場でくつろいでいるんだから」
「そうですわ。彼女たちにお礼を言って解放して差し上げるべきですわ!」
「いや、待て待て! どういうわけか俺は時間がある。テーラーは時間がないだろ。お前だけ帰れ!」
「なんでですか。ありますよ。時間余りまくりです。お食事だけとは言わず何時間でも一緒にいられます」
「それなら良かった。さすがに礼を言っただけで別れるのは気が引けますから」
みんなが早く帰そうとする中、さすが私の心のご主人様は優しい。
だけれど結局は食事だけになってしまいます。ですが、この食事でラーズ様がネクロマンサーの情報を求めていることを知りました。
『貴婦人の剣』のセリナーゼ様が言っていた切り札の一つがネクロマンサーの情報でしたっけ。
どんどんキャラが増えていくぞ?
方向性が間違ってる気がする




