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34話 隻眼のワーラビット

 俺の名前はアネット。見ての通り女性のウサギ型獣人だ。なに? 見えない? 根性で何とかしろ! だいたい何でもかんでも人に頼るな! チャームポイントは腹筋。


「姐さん。腹筋は普通チャームポイントとは言いませんぜ」

「な! なんで俺が考えてることがわかるんだよ!」

「声に出てますぜ」


 とりあえず、部下のレトリバーの獣人を殴り飛ばしておく。

 えーっと、今度は声に出してないな。何をしているかと言うと、自己紹介の練習だ。俺は恋愛になんて興味がまるでなかった。ましてや一目惚れなど都市伝説だと笑っていたのだが、昨日 行ったマッサージ店なる施設の先生が一目で気に入ってしまった。

 心臓が高鳴り、体が熱くなる。これを恋と言わずしてなんというのか!? で、名前も知らない先生にそのことを告げたら……。


『マッサージの効果ですね。血行が良くなったのでしょう』


 と言われ、すごすご帰ってきてしまった。情けない。


 第二区画で一、二位を争う商会の傭兵団の団長を務めている『隻眼のアネット』または『飛龍狩り』の名で知られている。

 隻眼……ようはワイバーンに片目を持っていかれただけだが……あれはミスった。同じウサギの獣人を庇ってのことだが、俺の指示のミスともいえる。教会でも治せなかった。今は眼帯をしている。

 飛龍狩りの名も同じくワイバーン絡みだ。一騎打ちならワイバーンに後れを取らない。町の周りのワイバーンの半数は俺が討伐したといっても過言ではない。何匹いたか数えていないが……。半数は王宮の奴らだな。

 飛龍狩りの名もあるが当然、他の魔物も多く狩った。そのおかげで第二区画の大商会『ユニコーンの角』の傭兵団長となったわけだ。

 ただ、獣人の傭兵は首輪を課せられる為、人間の姿にはなれない。魔法を使えなくするからな。


 給料はいい。月に100万Gくらいになる。その代り部下が言うことを聞かないことと、『ユニコーンの角』の旦那がうるさいのが面倒ではある。官僚の言う中間管理職の板挟みってーやつか、よくしらねーけど?

 あっちを立てれば、こっちが立たずってーのだ。世の中、斯くも面倒くさい。


 そんな中、マッサージ屋なるアホみたいな店が出来たわけだ。マッサージなんぞ自分で出来るっちゅーねん! 自分が届かない所は部下にやらせる。たまにエロい目で見るバカがいるが締め上げれば従順になる。


 しかも20分で1万Gだという。詐欺もいいところだ。

 俺は『ユニコーンの角』に雇われているが、治安の維持も仕事の一つではある。詐欺をみすみす見逃すわけにはいかねぇ。

 文句の一つも言いに行く必要があったが、大勢で出向くこともねぇ。俺だけでいいだろうと店の中に入る。凄い客だった。こんなに騙されてるとは、貴族と豪商は頭が悪すぎだろ。流行りモノならいくらでも金をだす。もっと有意義に金は使うべきだ、武器とか酒とか色々あるだろうに……。


 受付まで行くと、いかにも『女の子です』と主張している女性だった。こういうタイプとは反りが合わないのは昔からだ。


「責任者を出せ」

「は? ……えーっと、どのようなご用件でしょうか?」


 一瞬、素に戻ったように素っ頓狂な声を上げていたが、すぐに受付嬢としての役目を果たす。

 俺が思っていたよりは根性が座っている。俺の顔を見ただけで逃げ出す貴族令嬢は多い。とくに俺の名を知っていれば尚更だが、彼女はさすがに知らないのだろう。


「文句を言いに来た。具体的に言えば……」

「『詐欺ではないか?』または『料金が高すぎではないか?』と言ったことですね? 無料期間には来られましたか?」

「無料期間? いいや、知らんな。そんなことはどうでもいい、俺が言いたいのは……」

「皆様、この金額で納得していらっしゃっています。『客が多すぎるので、もっと値を上げて欲しい』と言う声もあって困っているところです」

「適当なことを抜かすなよ、お嬢さん」


 ダンッと威圧すると、周りの客がビクッと肩を震わす。当たりは静まり返る。傭兵に成りたての若輩者ならこれだけで漏らす者もいた。名前が先行している部分もあるが……。

 彼女は……むしろため息をついている。まったく恐れていない。傭兵というモノをよく知っている。下っ端は荒くれ者が多いのは確かだが、上はそうはいかない。

 少しでも一般人に手を出せば解雇される。抑えつけるのが役目だからだ。


 俺も小娘も一歩も引かない態度に周囲の客はオロオロと見守っているが、診察室と思しきところから男が一人出てきた。


「なんだ、お客さんが入ってこないから、今日はもう終わりと思ったけど、どうなってんだ?」

「えーっと、クレーム処理中かな?」


 おそらく責任者だろう。ラベンダーの香りが鼻につく。とりわけ特徴のある男ではない。それなのに次の言葉が出なかった。


「じゃぁその人にマッサージを経験してもらうのがいいんじゃないか? 無料期間にきてなんだろ?」

「そーだけど……お客さん詰まってんだよね~」

「残業……ってほどじゃないけど今日は延長すればいいだろ」

「お兄ちゃんがいいならいいけど……彼女の代金はどうする? 無料にするとクレーム付ける人が増えるよ?」

「いつも通りで。気に喰わなかったら払わないでいいんじゃねーかな。ってーのでどうだろう、ウサギの人?」

「あ? あぁ」


 初めて感じる自分の感覚に戸惑いながら、何を話していたのかも聞いていなかったが俺は頷いていた。なぜか診察室に案内される。

 中に入り、マッサージを試すことになっていたらしい。

 そして散々、足の裏を(なぶ)られた! 苦痛で叫んだのなど久しぶりだった。『コイツ絶対殺す』と思い攻撃しようと思ったがいとも簡単に足首を捻るだけで手が届かなくされてしまう。どんな達人だ!

 涙目になったのも何年ぶりだかわからない。攻撃できない分、罵倒し続けたが蛙の面になんとやら……だ。サディストもいいところ! 俺がクレームを付けたから痛めつけようという魂胆が丸見えだ!


 なんとか解放され、その分の怒りを鳩尾(みぞおち)に喰らわせてやったら、あっさり堕ちた。

 鼻息荒く、会計に行くと足裏の痛みを聞かれる……ほとんどのお客がこっちを見てクスクス笑っている。腹が立ったので正直に『殺す気か!!』と答えると、現状はいたくないハズと言われた。

 確かにそうだった。次々に受付に体の節々を確認するよう指示されると、驚くほど調子が良くなっている。


「続きがありますので診察室にお戻りください」

「ちっ」


 舌打ちをする。

 認めたくないが気に喰わないからと言って認めないのは俺の性に合わない。部屋に戻ることにする。確かに最後まで受けなければマッサージの金額が妥当かどうか判断できない。

 今思えば初めに受けた感覚が気になっていたのかもしれない。


「……。…………」


 しまったぁー。殴り倒していたー! 外傷はないだろうが思いっきり気絶している。両肩を抑え『ふんっ』と気付けをする。

 ガクッと揺れて目を覚ます先生。


「あてててて……」

「自業自得だ!」


 腕を組んで倒れている先生を見下す。手を貸すこともしない。勝手に起き上ればいい。あの時の痛みに比べればお前の方はまだマシだろう!


「とりあえず、背中マッサージですね~」


 プロだ! 鳩尾(みぞおち)殴られたのに文句ひとつない。むしろそんなことに慣れてるのかと、勘ぐってしまう。そんなに殴られ慣れるってどんだけだよ!


「背中は下着姿になってもらわないと駄目なので更衣室で着替えてください」

「変態め。女の下着姿を見るのが目的か! とはいえ俺の裸など見ても面白くもないだろうがな!」

「まぁ、面白くないですね。さっさとお願いします」


 腹が立つ。マッサージの名を借りたセクハラ行為! やはりこの店は潰すべきだろう。 たしかに俺の体は女性的ではない。しかも獣人なので毛深い……というか真っ白な毛で覆われている。……一応、下着はつけているが……。

 べつにこの男のことなど何にとも思っていないのだから、さっさとマッサージを終わらせて、評価として潰せばいいだけのことだと思いなおす。

 バスタオルを身に着け、更衣室から出てベットにうつ伏せになる。


「ほう」

「なんだ、セクハラか?」

「獣人の方はいつみても素晴らしい筋肉だなぁと……失礼しました、では」


 セクハラまがいだが見逃す。筋肉を褒められるのは嫌いではない。俺には戦うことくらいしかないわけだからな。


 ゆっくりと背中を撫でていく。足裏の時と比べて、初めから心地よい。撫でられる感覚が心を落ち着かせていく。

 そうか、この部屋にはラベンダーのお香が焚いてあったのだ。だから、この男からも香ってきたのかと納得する。落ち着く香だ。眠たくなってくる。


「んっ」


 突然、背中の一部に圧がかかる。指で押されているのだが、いきなりであるのに驚くことも無くすんなりと受け入れられる。それがまるで当然のように……。そう、あらかじめ俺は知っていたのだろう、いや、何かしらの方法で彼が知らせていたのだろう。不思議だが突然の圧でもリラックスできるのだ。


 身体がトロけていく。すっと鼻孔に入ってくるラベンダーの香りがさ、らにその感覚を加速させる。すでに自分の状態がわからないところまで来ている。

 『隻眼のアネット』とか『飛龍狩り』などと呼ばれていることすらも忘れてベットの上へと沈み込んでいく。ゆっくりと、まるで深海へと沈んでいくような静かな感覚。


 それなのに身体は暖かくなっていく。深海なら凍えるほど寒いのではないかと俺の意識が訴えかけたのに、それを抑えこむように暖かさが身体を包む。なにかイケナイ気持ちにさせられる。『やってはいけない』『進んではいけない』リラックスとは真逆の感覚。心臓が高鳴っているのに瞼が持ち上がらない。


 すでに自分が獣人で無くなってしまっているようで、甘いトロけた塊にされてしまって、この男の手の平でドロドロにされてしまったのだと思ってしまう。闘う以外の興奮など覚えたことが無い俺が……。

 一部では戦闘狂とまで称されていたのに、それに似た……いや、それ以上の甘い興奮が血液の中を駆け巡っている。


「あぁん…………そ……ぅか……蜂蜜が……」


 蜂蜜が血液の代わりに全身を駆け巡っているんだと思った。『そんなの馬鹿らしい妄想だ』と普段の俺なら一笑出来るだろうが、今の俺ではそうとしか考えられなかった。

 甘ったるすぎる……俺には耐えられないほど……この心地よさの為なら悪魔にも魂を売り渡しそうだと思った。こんな快楽が現実にあるなんて……。


 自然とヨダレが垂れてしまう。


 あまい……

 あまい……


 あまい……

 あまい…………


 あまい…………


 あまいっぃい。


 今の俺はおそらく他人が見たら、アホみたいに蕩けた顔をしているだろう。こんな感覚を知ったら他のことなどどうでも良くなってしまう。


 もっと……

 もっと……


 もっと……

 もっと…………


 もっと…………

 もっとっぉおぉ!!

 

 そう思えば思うほど、彼の指は期待に応え、それ以上に私を際限なく堕落させていく。


「あっ…………ぁぁっ……あっぁああ」


 自分でも聞いたことの無いような声が漏れている。本当に俺の声なのかもわからない。脳ミソまで蜂蜜漬けで全てが美しい琥珀色にしか見えない。




 肩を叩かれることで夢から覚める。

 一瞬にして今までいた世界がサラサラと音を立てて無くなってしまう。あまりの出来事に呆然としてしまう。

 だが、体の軽さがその世界が存在していた証明となっている。

 胸が高鳴り、体が暖かい……そうか、俺は初めて会った時の違和感は一目惚れという奴だと理解した。まさか、自分自身がそんな不可解な現象に遭遇するとは思わず理解が遅れたのだ。一刻も早く先生に知らせなくてはと思った。


「先生、俺、体が熱く心臓が高鳴るんだ! これって!」

「マッサージの効果ですね。血行が良くなったのでしょう」

「…… ……え?」

「心配ありません。一時的に脈拍は上がっていますが、血の巡りが良くなっているだけです。全身に血がいいバランスで巡っているために体が暖かく感じるんです。冷え性などに効果もあります」

「そ、そうなの……か?」

「はい」


 満面の笑みで答えられた。

 そうじゃない……そんなはずは……な・い・のか? あれ?


「では、今回のマッサージは以上です。受付で料金を払うなりクレームなりをお願いします」

「は……ぁ?」


 何かよく理解できないで、トボトボと受付へと戻っていく。


「どうでしたか?」

「え?」


 どう歩いてきたかもよく覚えていない。どうやら更衣室でちゃんと着替えていて受付まで来ていた。声をかけられても何を尋ねられているのか俺には理解できなかった。


「1万Gは高かったですか」

「え? あっ! あっぁ!!」


 その言葉で自分が何しに来たか思い出す。詐欺だと騒ぎ立てて乗り込んできたのだ! 周りのお客が心配そうに見ている。

 受付嬢は憎たらしいほどニコニコしている。まるで俺の心の中まで見透かしているようだ。『これだけトロけておいて高いのかぁ、あぁん!』と顔に書いてある。屈辱! 格下の相手に切り負けたような屈辱!

 受付の机に握り拳を乗せながら声を絞り出す。


「高く……ない」

「『高くない』……ですかぁ?」


 ニヤリと笑う。

 どんだけ憎たらしい小娘なんだ。なんだ、この女、マッサージ室を覗いていたのか? まさか私が考えていたことまで全部、見る能力でも持っているのか! そう思うと顔が熱くなってくる。隠しても無駄だと言いきられている気分だ!


「安い……かなり安いとしか言いようがない」

「ほう、それで?」


 本当に最悪な女だ。俺から敗北宣言を聞きたいらしい。だが、彼女が聞きたがるのも致し方ない。初めに愚かにもイチャモンを付けたのは俺だ。


「また、この施設を……使用させてくださいっ」

「えぇ、もちろん、喜んで。ですが、次は詐欺などとは言わないでくださいね~。おほほほほ!」


 ヨロヨロとマッサージ店から俺が出ていくと、歓声が聞こえた。要するにこの一帯のお墨付きみたいなものだ。俺が詐欺だと訴えれば大抵の店は潰れる。もっとも、詐欺だった店しか潰していないつもりだが……。

 今回も詐欺だと思った。だが、あの感覚を覚えたら、もう無理だ。早くマッサージを受けたくて仕方なくなる。

 敗北感があるのに、同時にマッサージのことを思いだすとヨダレが出てきてしまうほどの恍惚感。思い出せるのに物足りない。息が荒くなる。あの男……先生の顔を思い出すだけで身体が熱くなる。


「しまった! 名前を聞きそびれたっぁあぁ!!」


 俺としたことが先生の名前を聞きそびれた! 戦う前には名乗ったり相手の名前を確認するのに、今回は完全に忘れた!

 今から聞きに行くのはおかしいか? おかしいよな? 次に会った時にさりげなく聞き出そう。さりげなく? いや、名乗る方が先か! 俺の名前も教えていない! こ……好印象を持ってもらうためにはどうすればいい?


 好きなモノとか嫌いなモノとか教えた方がいいのか? いいよな? 好き嫌いって何か使い道があるかもしれないだろ? いや、でもそれってアピールか? もっとこーほら、チャームポイント……それだ! チャームポイントだ!


「次に会った時の為に練習した方が……」

「姐さん?」

「まずは……名前だな」

「もしもーし、姐さーん」


 部下の獣人が声をかけて来たのにも俺は気付けなかった。


――――――――――――――――――


「で、お兄ちゃん。ウサギの獣人の人はどうだった?」

「誰だっけ?」

「クレームつけて来た人がいたでしょ」

「いたねぇ。筋肉と毛並みは良かったかなぁ」

「女性としての魅力とかは?」

「マッサージ中は男とか女とか気にしたことはないからなぁ~。あの筋肉だと疲れがとりやすいんだ。筋肉にも色々な質があって~……~ ……で、……」


 そうか、お兄ちゃんは筋肉女でも動じないのか……。

関係ないですけどエロそうな場合は

遅めの時間に投稿した方がいいんですかね~

関係ないですね 結局いつでも読めますし……15禁ですし……マッサージですし

初めは主人公は拷問官を考えていたんですけど 

それだと完全に18禁になってしまうのでやめました

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